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梅太郎と千代

杉家の家族関係は一坂太郎氏の諸作品を参考にさせていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。

 梅太郎は杉家の長男である。

 父百合之助、母滝の下に生まれた。

 次男である虎之助が生まれてきた時には杉家は大所帯であった。

 姑と両親、父の弟二人と妹一人、姑の妹とその子と舅、滝の妹とその子供が同じ屋敷に寝起きしていたのだ。

 しかも、姑の妹と滝の妹とその子は病気持ちであったので滝が看病していた。

 看病に家事、育児と滝は大忙しで、梅太郎が2歳の時に弟である虎之助が生まれると、梅太郎の守りはどうしても手薄になりがちであった。

 母に構ってもらえないのは寂しく、寂しさを紛らわせようと弟である虎之助を構う。

 しかし気づけば、弟である虎之助が兄をあやしている様な、奇妙な光景が出来上がっていた。


 ようやく首も座った様な赤子が2歳の幼児をあやす訳が無いのであるが、周りにはそういう風にしか見えなかった。

 助かったのは母滝である。

 生まれたばかりの虎之助は逆に心配になるくらいに手のかからない子であったし、梅太郎も虎之助といれば静かなものだったからだ。

 家事に追われ、二人には寂しい思いをさせて申し訳なく思っても、病人には看病が必要であったし、家事をやってくれる者もいない。

 不思議な程に手のかからない二人に、滝は大助かりだった。


 そしてそんな梅太郎と虎之助の関係は、二人のその後を決定付けるものであったのかもしれない。

 以後、梅太郎と虎之助の仲は終生変わらない良い関係であったが、何事につけ虎之助に頼まれれば断れない梅太郎が育まれたのであった。


 そしてそれは長女千代が生まれてからも変わらなかった。

 それぞれ二つずつしか違わない三人の仲も良く、遊ぶ時にはいつも一緒であった。

 三人の仲が良い事に周りの大人も相好を崩す。

 しかし、大人達の目の届かない所では、三人の遊びは少々風変わりな様相を呈していた。


 家の裏山に生えてくる松茸を取りに行ったり、かくれんぼや鬼ごっこといった普通の子供の遊びは勿論であったのだが、三人には他の遊びがあった。

 それは虎之助が発案したのだが、連続物の寸劇である。

 虎之助がストーリーを考え、三人でセリフを決めながらそれぞれが役を演じるのだ。

 今現在の梅太郎と千代のお気に入りは、少年忍者の物語である。

 火の里に住む、伝説の妖怪”九尾の狐”をその身に宿した下忍である少年が、里の者に疎まれながらも危険な任務をこなし、友情と敵対、仲間との別れを繰り返しながら成長してゆく物語である。

 分身の術といった忍術、幻術、体術が入り混じり、巨大な獣を召喚して使役し、悪辣な敵に立ち向かってゆく冒険劇は、梅太郎と千代を夢中にさせた。


 そんな話を考え付く肉親の虎之助を尊敬した。

 そんな二人の尊敬の眼差しに、虎之助はどことなく居心地の悪そうな苦笑いを浮かべるのだった。

 その一方で虎之助は確かな手ごたえも感じていた。

 小説を書けばウハウハじゃないか、と。

 この二人がこんなに夢中になるなら、日本中に通用するのではないか、と。

 とはいえ、まだこの頃は自重していたので、二人以外には何も話さなかった。

 二人には、「武士が芸人の真似事をしているのがばれたら父上に折檻されるぞ」、と釘を刺しているので大丈夫であろう。

 思った通り、二人は力強く頷いていた。


 因みに、海賊の物語はあまり受けなかった。

 そもそもゴムという物が存在しないから、設定も説明を考えるのも面倒なので主人公を変え、三刀流の副船長を船長に格上げした。

 そうしたのだが、「三刀流なんて絶対無理」と、梅太郎がきっぱり否定して終わったのだった。

 「いや、物語だから」と、言い訳してみたが、「物語でもおかしいものはおかしい」と正論を述べられ、ぐうの音も出ない虎之助であった。

 さすが武士の子である。

 剣に関しては厳しい。

 実際に寸劇をするのであるから、三刀流を実演して見せなければならなかった。

 刀を使う訳にもいかないので木の棒を使ったが、三刀流はまずもって歯が痛い。

 油断したら落ちてしまうので、常に噛んでいなければならない。

 従って、まともに喋れない。

 棒が邪魔で首は碌に動かせない。

 それはもう散々であった。

 梅太郎の指摘通りであったので、ほれ見ろとばかりに梅太郎は得意げであった。

 虎之助、無念である。


 あんまり梅太郎が得意げであったので、癪に障った虎之助は梅太郎の苦手な怪談で脅かしてやった。


 ――ある日、手紙を握り締めた変死体が発見される。

 その手に握られた手紙は、中身を読んでしまうと数日のうちに死んでしまうという噂の、呪いの手紙であった。

 死因を調べる一環で手紙を検分した目明し達は、数日のうちに相次いで不審な死を遂げる。

 彼らの死の報をうけ、その手紙の真相を突き止めようと奔走する彼らの同僚である岡っ引き矢七。

 なぜなら、彼も偶然その手紙を読んでしまったからだ。

 懸命に調べていくうち、その手紙には悲しい運命を背負った一人の女性の存在がある事がわかってくる。


 不思議な力を持って生まれた一人の少女貞。

 神の遣いと持て囃されるが、彼女の力を手中にしようと企む悪代官が、公衆の面前で苦悶の死を遂げてしまう事から一転、呪いの女として迫害されたのだ。

 嫌がらせで畑の作物を根こそぎ駄目にされてからは、家族も貞を疎ましがり始め、ついには彼女を撲殺して井戸に突き落とし、井戸に蓋をしてしまう。

 その日から、夜になるとガリガリと何かを削る様な音が響く様になる。

 貞が生き返って井戸を登っているんじゃないか、と家族は恐ろしくなるが、かといってそれを確かめる事など怖くて出来る訳がない。

 暫くして、井戸の覆いが壊れているのを発見。

 貞が生き返ったと家族は恐怖に慄く。

 そして、強硬に貞の排斥を訴えた村人が一人、また一人と苦悶に歪んだ表情で息を引き取る様になる。

 貞の呪いに違いないと家族は考え、村から逃げ出す事を決意する。

 親類の伝手を頼り、はるか遠く、江戸へと逃げ込んだ家族。

 これで安心だと思いきや、ある日一通の手紙が届く。

 誰から? と思い、広げてみると、そこには一面、血で書かれた『殺す』の文字があった。

 まるで、何かを掻き毟って血だらけになった指で書かれたかの様に……。

 そして、その後、その家族を見たものはいなかった。

 

 矢七は決死の思いでその村を見つけ出し、貞が殺されたと思わしき井戸を発見する。

 そして、井戸の底に眠る白骨化した遺体を見つけ、手厚く供養するのであった。

 万事解決、良かった良かったと胸を撫で下ろし、江戸に戻る矢七。

 数日が経った晩、寝苦しさに目覚めた矢七は、顔でも洗おうと井戸へと向かう。

 そして、釣瓶を井戸へと落とそうとして――


 梅太郎、限界である。

 途中から耳を塞いでいたが、とうとう逃げ出してしまう。

 それを眺めてにんまりする虎之助。

 全く持って大人気ないものである。

 それに関し、いや、俺ってまだ子供だから、と虎之助は自分に言い訳していた。

 しかし、千代には大うけであった。

 「それで? それで?」と続きを催促される。

 そして井戸から貞が這い出てきて、矢七は敢え無く死んでしまうのだ。

 その後、呪いの手紙は何処からとも無く広がり始め、ほら、今日、あなたの手許に……。

 ちゃんちゃん。




 虎之助は、調子に乗って梅太郎を怖がらせすぎた事を夜になって後悔した。

 厠について来てと梅太郎に頼まれる様になったからだ。

 厠は家の中には無い。

 当時はし尿を肥料として使ったので汲み取り式であり、甚だ臭うため、建物からは少し離れた場所に建ててあるのが普通である。

 「えー、一人で行きなよ」と言っても、「だって……」と下を向いてモジモジするばかり。

 何だこの可愛い生き物はと内心で思ったが、流石に毎日では面倒にもなる。

 しかし梅太郎の気持ちも理解できるので、面倒ながらもついて行く虎之助であった。

 なぜなら、家を出た直ぐの場所に古い井戸があるからだ。


 井戸から貞が出てくる怪談をして怖がらせたのは虎之助である。

 自業自得だなと、尿意と恐怖を我慢して震える梅太郎を連れ、厠へと向かう。

 「絶対に置いて行かないでよ」ときつく念を押され、「わかっておりまーす」と答える。

 途中、何度も「虎、いる?」と聞く梅太郎に律儀に返答し、ついでだからと虎之助も用を足す。

 実は虎之助自身も内心は怖かったりするので助かっていたのだ。

 厠に一人で行けない程ではなかったが、真っ暗な中にぽつんと存在する井戸は、「きっと来るー」と幻聴が聞こえる程に怖かったのだ。

 何せ外灯など存在しない時代だ。

 手元の蝋燭の炎しか明かりが無い中、微かに浮かび上がる井戸は、梅太郎でなくても恐怖を呼び起こすだろう。


 そして、虎之助も用を足し終わり、二人して家へと戻る。

 途中にある井戸は極力見ない様に進む梅太郎。

 しかし、二人が井戸の前に差し掛かった途端、井戸の方からカリカリという奇妙な音が響いてきた。

 ビクッとなり立ち止まる二人。

 梅太郎はガタガタと震え虎之助に抱きつく。

 虎之助も全身に鳥肌が立ち、立ち竦み、井戸を凝視した。

 カリカリという音は段々と大きくなっている。

 

 まるで、井戸の底から何かが這い上がって来ているかの様に。

 

 そして、ついに、井戸の中から白い何かが躍り出てきた。

 それは白い服を着た少女であった。

 「ぎゃあぁぁぁ」梅太郎は絶叫した。

 そして「殺してやるぅ」と呟きながら二人に這い寄る少女。

 その髪は前に垂れ下がり、髪の間から覗く目がひどく恐ろしい。

 恐怖のあまり身動きの取れない二人。

 そして、ついに少女の手が二人に迫り、「怖かった?」と言って無邪気に笑う千代が現れたのだった。


 「ごめんなさい、もういたしません。」


 父百合之助に向かい、千代はしきりに謝っている。

 あれから大変だったのだ。

 なんせ梅太郎が立ったまま失神していたからである。

 梅太郎の絶叫を聞いて何事かと父や母も出てきた。

 失神した梅太郎を布団に寝かせ、事の次第を聞いた百合之助が千代に説教をした。

 虎之助の怪談があっての事だとは百合之助が知るはずも無く、「これしきの事で武士のせがれが情けない」と梅太郎の不甲斐無さを嘆く父の姿に、いや、あれは仕方無いです、俺も小便ちびる程怖かったんで、と内心で兄に同情する虎之助だった。


 

 梅太郎を怖がらせ過ぎた事は反省しつつも、一連の結果に満足する虎之助であった。

 この時代で現代知識が通用するかの実験であったからだ。

 一部不評な物もあったが、前世の漫画や小説も、設定をこの時代に合わせれば通用する事がわかった。

 今のところは活用するつもりはないが、お金が必要になった時には役に立つだろうと確信した。

 そしてもう一つの収穫は、梅太郎と千代の可能性を発見した事だろう。

 梅太郎には絵の才能が、千代には物語を任せられるのでは、と感じたのだ。

 虎之助には現代のサブカルチャーの知識があるとはいえ、あくまで設定、大筋だけだ。

 この時代に合った絵は描けないし、話も書けない。

 あくまで何となくこんな感じ、というだけだったのだ。

 千代には、それを小説という形に為す能力があるのではないかと感じたのだ。

 とはいえ千代はまだ3歳であるのでその将来は未知数である。

 そして梅太郎であるが、虎之助の話す物語の登場人物を、実に上手に絵で表現するのだ。

 勿論、現代とは違う絵柄であるが、特徴を捉えた絵を描いてくれる。

 上手くいけば原案虎之助、文千代、絵梅太郎で小金を狙えるのではないかとほくそ笑むのであった。

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