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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
彦根藩への旅路編
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からくり儀右衛門

熊本地震でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。

未だ行方不明の方の、一刻も早い発見を祈っております。

不便な避難生活が早く解消される事を祈っております。


 「一貫斎殿が一旦席を外し、部屋へと帰られた時からこの男は座っておったから、大方一貫斎殿の差し金なのだろう。だが、それにそのまま乗っかかって秘密めいた話を進めるのも余り気分が良くないのでな。一貫斎殿には悪いが、正体を暴かせてもらった次第。」


 弥九郎の言葉に一貫斎も笑い出す。


 「流石は天下に聞こえた剣客斎藤弥九郎殿やねぇ。すんませんなぁ。隠すつもりはなかったんや。時機を見て出てきてもろうて皆さんを驚かそう思いましてなぁ。人を驚かすのが好きやいう、この人の悪い癖なんや。」


 そう言われた方は頭を掻いている。図星だった様だ。


 「申し訳なか。我輩、田中久重と申す。世間ではからくり儀右衛門ぎえもんで通っとるったい。」


 からくり儀右衛門キター!!!

 松陰は心の中で叫んだ。


 田中久重、通称からくり儀右衛門。

 筑後の久留米に生まれる。

 幼い頃からからくりの才を発揮し、数々のからくり人形を作り出す。

 現存する有名な人形として”弓曳き童子”、”文字書き人形”がある。

 その他、圧縮空気で灯油(ケロシンではなく菜種油)を供給し続ける”無尽灯”、天動説を具現化した”須弥山儀しゅみさんぎ”、季節によって昼夜の時間帯が変わる事にも対応した時計”万年自鳴鐘”などを製作する。

 その後、佐賀藩主鍋島直正に請われ、同藩が開設した精錬方に着任し、反射炉の建設、大砲の製造、蒸気船の建造などに携わる。

 明治維新後、東京に移り、田中製作所を作る。

 久重の死後、会社は芝浦に移り、株式会社芝浦製作所となる。

 後、東京電気株式会社と合併、現在の東芝の前身である、東京芝浦電気株式会社となる。




 その儀右衛門の登場である。

 松陰が興奮しない訳がなかった。

 しかし、その興奮をグッと押さえ、平静を装う。

 亦介が信頼を寄せるとはいえ、幕府側の弥九郎がいるのだ。

 興奮して余計な事まで口にしてはまずい。


 しかし、お菊にとってはそうではない。

 祖父である一貫斎に勝るとも劣らないからくり儀右衛門の名は強く意識していた。


 「ほんまに?! あのからくり儀右衛門がじいちゃんの知り合いやったの?!」

 「我輩、若い時分は江戸にも興行しに行っとったばい。一貫斎殿の名は聞いておったけん、何度か訪ねて話をさせてもらったと。一貫斎殿には、無尽灯を作る時に、えらい助けてもらったけんね。」

 「無尽灯の空気を圧縮するいうのは、ワイの気砲の技術と似たもんなんや。」

 「知らんかったわぁ。」


 などと話している。


 「まさかからくり儀右衛門とはな……。何なのだ、ここは? 国友一貫斎に田中久重? 当代きっての発明家が集っておる……。おっと、そうではない。あへん戦争であった。一体何なのだ?」


 吃驚して呆然とした気持ちを引き締め、弥九郎は松陰に問うた。

 盛り上がっていた技術者達も、弥九郎の声に我に返り、松陰の言葉を待った。


 そんな中、松陰は来年起こるアヘン戦争について語った。

 開戦へと到る経緯から、戦後結ばれる条約の内容にまでである。

 そして、その後の日本への影響を話した。


 弥九郎は元より、一貫斎、儀右衛門、お菊は、言葉を失くして聞き入る。

 それぞれ信じられない思いで松陰の言葉を静かに聞いた。


 普通なら、これこれが来年起こる!

 と言われた所で何を言っている?と鼻で笑うのであろうが、その相手は松陰である。

 初対面のはずの弥九郎、儀右衛門でさえ、疑問を差し挟む事なく聞き入るのだった。


 弥九郎にとっては、イギリスと清国の関係は把握していた。

 イギリスがインドをその影響下に収め、貿易の手を清国にまで伸ばしていた事はオランダからもたらされる情報で知っていたのだ。

 しかし、アヘンを密売し、それを咎められたといって武力に訴えるなど想像も出来ない事であった。

 

 一貫斎らにとっては、西洋の技術がはるかに進んでいる事は知っていたが、相手はあの巨大帝国清である。

 まさか、という思いで聞いていた。


 「本来なら、何を世迷い事をと一笑に付すべきなのだろうが、何故かはわからぬが、それが出来ぬ……。有り得ぬと否定したいのだが、それが叶わぬ……」


 弥九郎の呟きに、一貫斎らも頷いた。


 「ねえ、松陰君? 松陰君を見てると、でまかせを言ってる風には見えへんのやけど、何でやの? 何で松陰君はそないな事を知ってるの?」


 お菊が青ざめた顔で松陰に聞いた。


 「私には、小さな頃から何度も夢に見る光景があります。いえ、お告げとして見せられていると言うのでしょうか。消そうにも消えない、私が私であるという記憶、景色でございます。あの味も、香りも、確かにあったと覚えているはずなのに、今は遠くおぼろげになってしまいました。」


 無論、カレーの事である。

 真面目ぶった、深刻そうな顔で喋る松陰に、何でそこで味やの、と突っ込みたくなったお菊であったが、そこはグッと声を押し込んだ。

 松陰は続ける。


 「消そうにも消せない記憶は、今回お話ししたイギリスと清国との戦争もそうですし、我が国に訪れる運命もまたそうです。刑場の露へと消えてゆく、儚い命が見えるのです。そして、そんな光景を消し去るかの様な声もまた聞こえるのでございます。」

 「声?」

 「そうです。こんな運命など変えてしまえ、という声です。受け入れられぬなら変えてしまえという声でございます。」

 「松陰君は何を変えたい言うの?」

 「この国の未来を、でございましょうか。このままでは辿り着けない、私が渇望する物を手にする為に、この国を変えたいのでございます。」

 「それをこの私に言うのか? 私は幕府側の人間だぞ?」


 弥九郎が顔を顰めて松陰に言った。


 「何もしなくても、いずれは西洋の圧力でそうなるのでございます。世界の潮流の中では、我が国は鎖国を維持出来ません。清国を屈服させたイギリスは元より、清国との交易を進めるアメリカなどは捕鯨との絡みもあって強硬に我が国に迫るのです。我が国は変わらざるを得ないのです。しかし、外圧でそうなるのは面白くない。自分の手で為さねばならないのでございます。相手に求められての変革は常に後手に回ります。西洋の思惑はわかっておりますから、先手を打って攻めていくべきなのです。我が国のあり方を、外国の思惑に左右されるわけにはいかぬのです!」


 松陰の怒涛の力説に弥九郎も口をつぐんだ。

 そんな松陰に儀右衛門も質問する。

 

 「で? 何をするったいね?」

 「まず、アヘン戦争をこの目で見に行きたい。私には知識しかありません。まずはこの目で、西洋の力をしかと計りたいのです。」

 「待て! それは国禁であるぞ!」


 たまらず弥九郎が叫ぶ。


 「禁止されているのは外国に行く事でございましょう? 私は船に乗るだけにございます。乗った船が偶々遭難し、偶々清国まで流されるだけにございます。偶々アヘン戦争の戦場に到着し、戦争を目にするだけにございます。偶々清国の商人にでも出くわし、西洋の船でも手に入れば望ましいですね。そして、遭難から無事生還するだけにございます。国禁は何も犯しませぬ!」

 「何という屁理屈であるか!」


 弥九郎は、すまし顔で述べる松陰の言葉に唖然とした。

 それに比べて技術陣は盛り上がる。


 「偶々か! 偶々なら仕方なかたいね!」

 「せやね。偶々やったら、西洋の最新の鉄砲も欲しいわぁ!」

 「ワイは大砲がええなぁ。」

 「我輩、西洋の時計が欲しいったい!」

 「いいですね! 偶々ですからね!」

 「くっ! 偶々ならば、西洋の最新技術の本が良いぞ。」

 「「それもええなぁ。」」「よか!」「いいですね!」


 遂に弥九郎も一緒になって欲しい物を言い合った。




 「儀右衛門さんも一緒にどうや?」


 盛り上がりが一段落し、一貫斎が儀右衛門に長州行きを誘う。

 儀右衛門は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐにそれを引っ込め、残念そうに呟いた。


 「それはできん……。今は京に移ってすぐやけん、それはようしきらん……」


 大塩平八郎の乱を避け、京へと移ってきた儀右衛門である。

 世話になっている人も多いのだ。

 

 「まあ、計画は2年後でございますけどね。」

 

 松陰の言葉を聞き、儀右衛門は顔をぱっと綻ばせた。


 「それやったらいけるったい!」

 「2年後か……。儂も参加したいくらいだ。それに、西洋の力を見物に行くなどと、あやつが聞けば必ず同行を願うだろうな……」

 「こうなれば乗りかかった船と言う事で、一人二人増えた所で問題はありませんよ。」


 松陰の言葉に満面の笑みを浮かべる弥九郎。


 「くっくっく。初めは何者かと思っていたが、随分と面白い奴に出会えたものだ。それもこれも山田のお陰であるな。江戸へと戻れば、すぐに藤田にも伝えねばならぬな。あやつも喜ぶであろう。」


 弥九郎は、自身が通った神道無念流岡田道場撃剣館の同門で、共に剣の腕を競った盟友藤田東湖を誘うつもりであった。

 史実では、東湖は水戸学藤田派の学者として尊王攘夷の志士達に大きな影響を与え、徳川斉昭の腹心としてその腕を振るっている。

 安政2年(1855年)に起こった安政の大地震で水戸藩江戸藩邸が倒壊し、その下敷きとなって命を落とす。

 その最期が壮絶である。

 地震発生時には屋敷から脱出するものの、火鉢の火が屋敷に燃え移る事を心配し、倒れた建物の中に入った母親の後を追う。

 落ちてきた梁から母親を守る為に梁を肩で支え、母親を無事に逃がしたが、遂に力尽き圧死してしまったらしい。 


 


 弥九郎も東湖も幕府方の人間である。

 そんな彼らが外国へ行った事がばれでもしたら切腹は確実である。

 しかし、たとえ国禁に関わる事であったとしても、偶々の遭難なら仕方無いのではなかろうか?

 それに、外国人に助けてもらい、彼らに連れられて帰国する場合では問題に発展しそうだが、自力でひっそりと帰ってくればどことなく誤魔化せそうな気がしないでもない。

 というよりも、黙っていればそもそもわからないのではなかろうか?

 弥九郎以下そう感じていた。

 勿論、松陰はこの計画は内密に、とは念を押した。

 こうして、弥九郎、儀右衛門を交え、京の夜は更けていく。

藤田東湖のエピソードを挟むべきか悩みました。

火災が起こる事を心配し、倒壊した家屋に入った東湖の母親の行為は無謀だったのかもしれません。

それを追った東湖も無謀だったのかもしれません。

それでも、東湖の行いを責める事も出来ません。


それに、水戸藩の江戸藩邸は地盤の緩い土地に建てられていたそうです。

他の御三家である尾張、紀州両藩の江戸藩邸は被害を受けなかったとか。

貧乏な藩である水戸藩は、そういう土地しか買えなかったそうです。

当時からそういう問題があった事を考えると悲しいです。


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