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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
彦根藩への旅路編
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勘違い

 「松陰さん、ちょっとええか?」


 反本丸に舌鼓を大いに打って、大満足で寛いでいた松陰に、一貫斎が声を掛けた。


 「はい。すぐに伺います。」


 皆は一貫斎に借り受けた一室に、寝る為の準備をしていた。

 亦介は晩酌も頂いて、ほろ酔い気分で後は寝るだけ、既に半分船を漕いでいた。

 三郎太と重之助は、携帯用の紙製の戦棋を広げ、一勝負をする様だ。

 めきめきとその腕を上げている重之助であるが、未だに三郎太には勝てていない。


 「では、ちょっと行ってきます。」


 三人に声を掛け、一貫斎の居室に赴く松陰。


 「松陰、参りました。」

 「構へんで。」


 部屋の前にて声を掛け、入室する。


 「本日は、突然のご訪問にもかかわ」「そないな堅苦しいのはええねん。ワイと松陰さんの仲やないの。構う事あらしまへん。」


 松陰の言葉を遮って一貫斎が言う。


 「わかりました。一貫斎殿がそう言われるのでしたら。」

 「それでええがな。」

 「それで、お話しとは一体何ですか?」

 「それやけど、アンタさん、一体何を考えておりますのや?」

 「何とは、どういう事でしょう?」


 一貫斎の言う事は漠然としすぎていた。

 そんな松陰の疑問に一貫斎は怒涛のごとく言葉を続ける。


 「ワイの所に来たのはええねん。顕微鏡を作って欲しい、それはわかるわ。それで微生物いうのを見たい言うのもええ。ぷれ何とか、いうんを作って欲しい言うのもええ。道具の他に、別に必要になるモンがある事は、ワイもようわかるさかい。そやけどな、その先がわからんねん。美味い物を作りたい言うのはええ。反本丸を泣きながら食っとったアンタさんを見とればようわかる。お百姓の暮らしを良くしたいいうんもええ。」


 先程の松陰を見れば、美味い物を食べたいというのが正真正銘、本気の本気であった事は一目瞭然であろう。

 しかし、とばかりに一貫斎は言った。


 「でもな、アンタさんが高尚な志を持っておっても、藩のお偉方はそうやないで? お偉方はな、百姓の生活が楽になった? それなら年貢をもっと上げてもええな、こうやで? アンタさんのやろうとしてはる事は素晴らし事やと思うんやけど、実際のところ、今のまつりごとのあり方を変えんと無理なんとちゃいますか? アンタさんも、それはわかっとるはずやろ?」


 百姓は、活かさず殺さずで統治するのが基本であった。

 百姓に金銭的な余裕が出来れば上に立つ武士に不満が生まれるし、逆に虐げすぎても一揆を起こされるだけである。

 松陰の計画している事が成功すれば、百姓の暮らしは楽になるだろうが、それを指を咥えて見ているだけのお上ではあるまい。

 生産力が上がる事で、逆に税の負担が増えるだけに終わるかもしれないのだ。  


 「やから余計わからんのや。長州藩の家老と知り合いみたいやから、その人を頼る言うんかも知れんけど、それだけじゃあ、足りまへんで? 面子とか家格とか伝統とかいうんを、後生大事にしとる連中の面倒臭さは、並みの事では乗り越えられまへんで? アンタさんがやろうとしてるのは、そないな連中を丸々相手にするのとちゃいますか? どないするつもりなんや?」


 一貫斎の最も心配する所はそこである。

 どれだけ素晴らしい業績を上げ、活躍を期待されて登用された人材でも、その人の進める改革によって今の職を失うかもしれない者にとっては、それは悪夢以外の何物でもあるまい。

 その様な者から、どんな反発があるかもしれないのだ。

 たとえその改革によって、今より良い生活が待っているとしても、である。

 家格とか伝統のみを心の拠り所とし、己を磨く事をしない者は、その者の実力によって抜擢された新参者を許す事などないだろう。

 事ある毎に反発するか、裏に隠れて足を引っ張るか、だ。

 たとえその結果が、己の拠って立つ権威その物の失墜を招く事に繋がろうともである。


 松陰は、一貫斎の危惧には答えない。

 その代わりに、聞いた。


 「一貫斎殿も、何かご経験がおありなのですか?」


 松陰の質問に、一貫斎は一度仏壇に目を向け、再び松陰に向き直り、少し考え込んで、ようやく話し始めた。


 「ワイの場合は、面子に拘った連中とのいざこざですわ。ワイは、自分で言うのも何やけど、小さい頃から手先が器用でな、16で親父の跡を継いだんや。そんで、33の時に藩からでかい仕事を頼まれましてな、結構ええ鉄砲が出来たんや。その時はまだ若様やったけど、今のお殿様にも褒められましたんや。」


 そこで一度言葉を切った。

 昔を思い出す様な遠い目をし、再び口を開いた。


 「でもな、端役でしかなかったワイが気に入らん、国友の年寄連中が幕府に訴え出てもうてな、それからは大変でしたわ。代々国友の鉄砲鍛冶を担ってきた面子、いうんやろうかねぇ。それをワイに潰された、と感じたんやろうかねぇ。嫌がらせやら、ありもせえへん噂とか流されましたわ。ワイのおっかあなんか、心無い噂に参りましてな、病気になったりもしたんですわ。まあ、ワイの場合はお殿様にも褒められとったし、鉄砲鍛冶がええ鉄砲を作って何が悪いんやと、幕府の方もワイを認めてくれましてな、結果は年寄連中の負けですわ。」


 自分の業績が正当に評価されたはずなのに、一貫斎の顔は暗かった。

 

 「それからは、まあ、自業自得なんやろうけども、ワイを訴えた国友村の年寄4家は没落してもうたんです。代々国友村の総代を担ってきた面子を守る為やったんかもしれんけど、結果はその誇りある家そのもんがのうなってしもうたんや。何がしたかったんやろうかねぇ。鉄砲鍛冶やったら、屁理屈言わんと、ええ鉄砲を作ればええだけやのにねぇ。それが通じんのやから、どうしようもあらしまへんわ。ワイの場合は、国友なんて言うこんまい面子を守る為のいざこざですけども、えらい苦労はしたんやで? アンタさんの場合は、そんなモンと違うやろ?」


 そんな一貫斎の昔話であった。

 それに対して、松陰も自分の計画を話す。


 「まず、藩校である明倫館で影響力を持ちます。次に、藩主敬親様は明倫館の師範を呼んでその腕を拝見なさいますから、そこで敬親様の度肝を抜き、とても成功するとは思えない事をぶちあげ、周りの家臣が反対出来ないまま、実行する機会だけをもぎ取ります。長州藩は馬関の要衝を手にしていますから、そこで事業を展開し、誰も文句を言えない成功を見せ付けます。そこまですると幕府がケチをつけるのは確実なので、幕府が納得する位の餌を与えて幕府に貸しを付けときます。その間に貯めた資金で各種研究を行い、蒸気船を建造して、遠洋に行く事が出来る技量を知り合いには身に付けてもらいます。10数年後に来るアメリカ使節に合わせ、幕府に開国してもらい、我が国の自前の船でアメリカに行き、通商条約を結びます。そのままヨーロッパまで遠征し、各国と条約を結びます。そして帰国。幕府主導の維新を実行、日本の政を変えてしまいます。」


 松陰の説明に、聞くんじゃなかったと後悔する一貫斎であった。


 「わかったわ……。ワイが悪かったのやな……。ちゃんと考えとる言うんはようわかったわ……。要らん事を聞くモンやないな……」


 そんな一貫斎をニコニコと眺める松陰であった。

 そして、一貫斎は、仏壇に向き直り、話し始めた。


 「こないな具合や。ワイはこの人の依頼に応える事に決めたで。こないな爺を頼ってくれたんや、それに応えな一貫斎の名折れやしな。そうなるとや、ワイもこないな年やし、二度とここには帰ってこれんやろうと思うわ。寂しい思いをさせるかもしれんけど、子供達は近くにおるさかい、ええやろ? こないな爺に何が出来たか、あの世で報告するさかい、それまで辛抱しとってなぁ。」


 先に旅立った妻への報告であろう。

 そんな神妙な顔をした一貫斎に、


 「一貫斎殿はどこかに旅に行かれるのですか?」


 無邪気な顔で質問する松陰がいた。


 「何やて?」


 松陰の言っている事が理解出来ない一貫斎は、そう呟くのが精一杯であった。


 「え?」


 続けて松陰も、意味がわからずそう呟く。


 「……そう言えば、アンタさん、ワイに一言も長州藩に来てくれ、何て言わへんかったな……。依頼って、まさかそのままの意味やったとはな……。ワイはてっきり、ワイに長州藩まで来て欲しいもんやとばっかり……。ワイの一人相撲やったなんてな……」


 状況が理解できた一貫斎は、呆然とした様に呟いた。

 松陰もやっと理解し、慌てて取り繕う。


 「あははは、やだなあ、一貫斎殿。勘違いですよ。か・ん・ち・が・い! 一貫斎殿が帰って来れないとか言うもんだから、どこか遠くに行かれるのかと私が勘違いしただけですよ。来て欲しいに決まっているではないですか! そんな簡単な依頼ではないですよ! すみません、奥方様、一貫斎殿のお力がどうしても必要なのです! 恨むなら、力がないばかりに一貫斎殿を、我が長州藩へと来て欲しいと頼んだ私めをお恨み下され!」


 そんな松陰に一貫斎は肩を落とし、


 「意気込んで損したなぁ……。生きて故郷に帰るまじ、とか思っとった自分が恥ずかしいわ……。この依頼、止めてもええ?」

 「誠にすみません、奥方様! 3日後には一貫斎殿を連れて長州藩に帰りたいと思います。一貫斎殿に作って欲しい物はたくさんありますので、一貫斎殿のご報告を楽しみにしておいて下され!」

 「子供達も呼んで別れの挨拶とかも考えとったのに、何や、えらい恥ずかしいわ……」

 「成程! お子様方にも挨拶が必要ですね! それだけでいいのですか? 他にも後挨拶が必要なのではないですか?」

 「……お殿様にもお暇を頂かんといかんやろなぁ……」

 「では彦根城にも行かないといけませんね! それは明日ですか? そんな急に行っても大丈夫なんですか?」

 「……大丈夫やねん。お殿様は今彦根やし、ワイ、これでもえらい期待されとったし。」

 「では、明日彦根に向かいましょう! 宜しいですね? お子様方は大丈夫なんですか?」

 「皆この村の近くやし、大丈夫や。」

 「では明日彦根城へ行く。お子様方へのご挨拶は明後日でいいですね? そう言う事でいいですね? 出発は3日後ですよ? 一貫斎殿も長州へ行くのですよ? 異存はありませんね?」

 「……ありまへん……」

 「あなたが長州藩を、ひいてはこの国を変える発明を成し遂げるのですよ? そんなしょぼくれた顔をしない! 夢に向かって元気よく行こうではありませんか!」

 「……はい」

 「よろしい! では、今日はゆっくり休んで下さいね! 明日、彦根城に向かいますよ!」

 「はい」

 「では、お休みなさい!」

 「おやすみなさい」


 こうして、彦根城へ行く事が決まった。

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