アラスカへ ★
「戻って参りました!」
「世界の一周ご苦労さんだねぇ!」
松陰らとプチャーチンの艦隊はハワイを訪れていた。
日本側の2隻とロシア側の1隻、合計3隻での航海となっている。
松陰は早速海舟の下を訪れた。
「ハワイの内情はどういった感じですか?」
「不味いねぇ。アメリカさんが随分と幅を利かせてるもんだから、ハワイの者が縮こまっちゃってるよ。」
「前の時にもそういう風には感じていましたが、そうですか……」
海舟らはハワイの政界から白人勢力の一掃を目指し、密かに活動を続けている。
目下情報の収集と分析に努めていた。
「それはそうと天然痘のワクチンはどうですか?」
「お陰さんで新しい患者は出ていないねぇ」
「それは良かった!」
「初めは皆怖がっちゃってねぇ……。そんな時さ、ロトさんが手をあげてくれたのは。国王の兄がワクチン接種の第一号になってくれたお陰で、皆が注射を受けてくれる様になったって寸法さ。」
「流石は人々の模範となるべき支部長です!」
国王の兄兼香霊教のハワイ支部長、ロト。
その職責に見合った献身ぶりを讃えた。
「ペニシリンは何に使っているのですか?」
「こっちでも梅毒があって、西洋人も含めて結構な数が死んでるよ。」
「それは気づきませんでした……」
白人の船員が持ち込んだと言われている。
「ペニシリンは量が少ないもんだから全然足りないんだが、今じゃ西洋の人にまで感謝されてるよ?」
「まあ、病の苦しみに国境も人種もありませんからね……」
長英らがヨーロッパでペニシリンの生産計画を進めているが、軌道に乗るまでは量が足りる事は無いだろう。
ハワイでも生産施設を建設するべきなのかもしれない。
「それもあって直弼様から言われて追加の品を運んできました。」
「そりゃ、ありがたいねぇ」
その中にはペニシリンも含まれている。
「馨君と宗光君の方はどうですか?」
海舟に見込まれハワイに残った井上馨と陸奥宗光。
彼らにはハワイのこれからの為に色々と調べて貰っていた。
「今我々がいるオアフ島はある程度開発が進んでいますが、他の島は全くと言っていい程開発されていません。」
馨が述べた。
「一番大きなハワイ島も長閑な島でした!」
宗光も元気に答える。
「遠目からしか見ていませんが、やはりそうですか。そんなハワイの主要な産業は農産物となります。有力な品目はサトウキビ、コーヒー、パイナップル、カカオ、将来的にはマカダミアナッツとなります。」
松陰が説明していく。
「サトウキビからは砂糖、コーヒーの木からはコーヒー豆、パイナップルは缶詰に、カカオからチョコレートが作れ、マカダミアナッツと合わせてハワイのお土産にします。とはいえマカダミアアッツはオーストラリアなので今は置いておいて、パイナップルの苗等をアメリカから持ち込む事を考えて下さい。コーヒーとカカオの種は持って来ましたが、それぞれの島の気候にあった品を選定して下さい。明倫館から専門家を連れてきていますので、その方と共に研究をお願いします。」
「分かりました。」
「馨君は分かっていると思いますが、その方は士分ではありません。明倫館と同じ様に、礼を失する事が無い様にお願いしますよ?」
「心得ております。」
萩の明倫館では、松陰の父が農業試験場長となって積極的に新品種の開発、栽培方法の確立を推進している。
実践に長けているのは農民なので、試験場の管理員の多くは農民の中から選んでいた。
今回はその中の一人に来て貰っている。
「宗光君はアメリカには行きましたか?」
「はい!」
「サンフランシスコには中岡慎太郎君がいる筈ですので、彼に協力を仰ぎ、必要な物を集めて下さい。」
「分かりました!」
「オレゴン州には坂本龍馬君がいます。彼には日本とハワイ、アメリカを結ぶ海運会社を作って貰うつもりです。そのうちハワイにやって来ると思いますので、色々と宜しく。」
「は、はぁ……」
前世とは違う展開だが、宗光と龍馬ならば上手い事やっていくだろう。
『これがカレーです!』
『おぉ! これがカレーか!』
神聖香霊教の御神体とも言えるカレーを、支部長であるロトに振舞う。
『辛いが美味いな!』
爽やかな大人の辛さ、ホノルルカレーの誕生であった。
船はサンフランシスコに到着し、松陰はヤコブの屋敷を訪れた。
「元気にやってますか?」
「おぉ! よぉ戻られた!」
中岡慎太郎が朗らかな顔で出迎える。
「サンフランシスコの暮らしはどうですか?」
「寒すぎもせんし暑すぎもせん。暮らしやすい町じゃ」
「人が集まるには理由がありますね。」
続々と人が増えているカリフォルニアであった。
「ニンジャの方はどうなっていますか?」
「演者の剣術も板についちゅうが、如何せん次の話がのぅて……」
「そうだと思って次のお話を持って来ました。」
「おぉ! 助かる!」
千代の書いた台本を訳した物を渡した。
これもヤコブと交わした契約の一つである。
「それはそうと、オレゴンの方はどうなっていますか?」
それを一番心配していた。
「無い無い尽くしで大変みたいじゃが、皆元気にやっちゅうぜよ!」
「それを聞いて安心しました……」
それを聞いてひとまずはホッとした。
「今日はハワイの井上馨君と陸奥宗光君を連れてきました。彼らに協力し、ハワイの開発の手助けもお願い致します。慎太郎君にお願いしたいのは主に物資の調達です。熱帯の植物の苗もありますので、ヤコブさんに頼んで下さい。」
「承ったぜよ!」
慎太郎は胸をドンと叩いた。
「龍馬君達の支援の方が優先ですので、そこは間違いの無い様に願います。」
「任せぇ!」
「それと、カリフォルニアで農耕に適した土地の目星もつけておいて下さい。」
「龍馬達も開発をしておるが、ここでもやるんか?」
「予定では、ですが……」
「で、誰が来るんね?」
「それはまだです。日本で移住の希望者を募りたいと思います。」
「分かったぜよ。」
前世では戦前に渡った移民が働き過ぎ、お金を使わな過ぎ、現地の反感を招いた。
今度はその失敗を繰り返す事無くやっていきたい。
そしてオレゴン州に着いた。
港は貧弱で接岸に苦労したが、経験豊富なプチャーチンらの助けを借りてどうにか乗り越えた。
龍馬らのいる場所は海岸沿いから余り離れていない。
訪れた事のある慎太郎が案内した。
「龍馬君! 乙女さん!」
「なんと!」
思ってもいなかった訪問団の到着に開拓民の面々が沸く。
「近藤さん!」
「歳達も来たのか!」
久方ぶりの仲間との再会に勇も喜ぶ。
「どうせならと土佐の醤油や味噌、お米を持って参りましたよ!」
「やったぜよ!」
「ご家族からの手紙もあります!」
「ありがてぇ!」
故郷からの便りに涙を流す者もいた。
『ジョニーさんもお元気そうですね!』
『オラ、幸せだぁ!』
乙女の横でジョニーがニコニコと笑う。
その表情は言葉通りに幸せそうであった。
「それより先生! 土地が広すぎじゃ!」
「そうじゃ! 境を見て回るだけで何日かかると思うちょる!」
一転し、龍馬らが抗議した。
広いアメリカなので開拓する土地も広いだろうとは思っていたが、現地に赴いてみた所、当初の予想を遥かに超えていた。
現地の責任者に、あの山の山頂から向こうの大きな川までと言われたのだが、山は見えても川は全く見えない。
馬で数日進んでやっとその川に到達する、そんな広さであった。
「まあ、リンカーン議員が奮発してくれたのでしょう。地図も曖昧だし広さがいまいち良く分からないのですが、多分土佐よりは広く、四国よりは狭い位の筈ですよ。」
「土佐より広く、四国よりは狭い?! 何を言うちょるがや……」
「乙女さんは、土佐藩主の山内様より広い土地を持った者の嫁ですね!」
「笑えん冗談じゃ……」
松陰の言葉に肩を落とした。
「じゃが、どうしてここに?」
気を取り直した龍馬が尋ねた。
「実はお婆さんにお願いがあって参りました。」
「お婆に?」
勇が問い返す。
「アラスカに用事があるのですが、正確な場所が分からなくて……」
「あらすか? 確か、ここから更に北に行った所にある、ロシアの土地だったか?」
「まさしく。」
勇の指摘に頷く。
「で? そこに何の用があるんだ?」
「それは今は言えません。」
「何?」
「行けば分かります。」
それ以上は口を濁した。
仕方が無いと、大人しく勇はチェキローの老婆を連れてくる。
いつの間にやらある程度の会話が出来る様になっていた。
『おぉ! 我らを導いてくれた人!」
チェキロー族に盛大に出迎えられた。
ひとしきり盛り上がり、頃合いを見て話を切り出す。
「お婆さんはこの辺りのどこに行きたいですか? 指をさして下されば十分ですので。」
松陰は地図でアラスカを示した。
地図を理解出来ない老婆は訳も分からず、勇に言われるがままに地図の一点を指さす。
「成る程、そこですね。ありがとうございます。」
「これで良いのか?」
わざわざやって来た割りにはあっさりと終わったので、少々拍子抜けした勇であった。
「二度ある事は三度あると言いますので、あのお婆さんならば大丈夫だと思います。」
「二度ある事は三度ある?」
『何を言っているんだい?』
勇は訳が分からず老婆と顔を見合わせる。
そんな二人には構わず、松陰は居心地が悪そうにしているプチャーチンに話し掛けた。
『お待たせしました、これでようやく向かえますよ!』
『各地に仲間がいるのだな……』
開国して直ぐの筈なのに、随分と展開が早いのだなと思った。
アラスカ、ノーム。
「やはり二度あることは三度あった!」
「こ、これは?!」
一行は目の前の光景に言葉を失った。
「砂金ゲットです!」
『な、なんだと?!』
彼らの前には積もり積もって輝く砂金の海があった。
その総量はおよそ102トン。
現在の価値に換算すると約4千8百億円、そのうちロシアへ渡す分は約1千4百億円、松陰の取り分は約1千億円である。
人数が限られた中、莫大な量を手作業で採取するので時間が掛かるし、厳冬になるこの地での作業が安全に行われる保障も無い。
最も恐ろしいのが人の欲望で、独占欲から反乱が起きる可能性がある。
また、外に情報が漏れて人が殺到するかもしれない。
プチャーチンと協調し、難しい舵取りが要求される。
今更ですが、色々と無茶ですね。




