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通信使の来日

連続して通信使ネタで申し訳ありません。


 後日、朝鮮からの通信使が対馬にやって来た。

 使節を迎える為に待機していた蒸気船に乗り換えてもらい、横浜を目指す。

 帆船では時間がかかってしまうので、旅程を短縮する為だ。

 煙を上げている船に驚く者、西洋の技術と聞いて抵抗を示す者もいたが、前もっての取り決めに従い、粛々と乗船してもらった。


 使節団は蒸気船で対馬を発つ。

 道中、一行は船足の速さに驚いた。

 好奇心の旺盛な者は乗組員に盛んに質問をし、知識の吸収に努めていたが、お偉方はそんな者を渋い顔で見つめた。

 

 宿泊の為に各地に泊まりながらも帆船とは比べ物にならない程に早く、諸外国に向けて開港した横浜港に着く。

 そこにも一行を驚かせる光景が広がっていた。

 まず西洋の国旗を掲げた蒸気船がいくつか見える。

 そしてその蒸気船が直接着岸出来る桟橋があり、小型の舟が忙しそうに水上を動き回り、船を曳いて接岸させていた。

 乗員に聞けばタグボートだと言う。

 大型船は小回りが利かない為、港付近ではタグボートに曳かせるのだそうだ。

 合理的な仕組みに感心する事しきりであった。

 

 歓迎の為に集まった民衆に出迎えられ、横浜の町に降り立つ。

 馬車と呼ばれる乗り物が待っており、恐る恐る乗り込み、振動に閉口しながらも宿泊施設へ向かった。

 途中、町の中に鎮座する蒸気機関車の前で止まり、説明を受ける。

 その大きさに驚愕しつつ、目的地であるコンクリート製の建物に目を見張った。

 コンクリートとは石灰岩を焼いて作る物らしく、数階建てでも問題無いと事。

 故郷では王宮よりも高い建物は不敬だとして許されない為、二階建ての建物は見受けられない。

 そんな故郷とは対照的に、横浜の町では背の高い建物が散見された。


 町の全てでは無かったが歩道には煉瓦が敷き詰められ、等間隔で街灯と呼ばれる柱が立っている。

 石炭から作ったガスを燃やすそうで、夜になると灯すそうだ。

 日が傾き、暗くなってくると係の者が火をつけに来た。 

 段々と青い炎が揺らめいていき、薄ぼんやりと辺りを照らす。

 それがいくつも並んでいる光景は非常に幻想的で、時間が経つのを忘れて窓から眺めるのだった。

 その窓には透明なガラスが嵌められており、中にいながら外を見る事が出来る。

 全て西洋の技術を取り入れた物との事であった。

 開明な者は彼我の違いを嘆き、頑迷な者は日本の姿勢を批判した。


 横浜で数日を過ごし、数年前に完成したという蒸気機関車で江戸へと向かう。

 乗る事を恐れる者もいたが、完成以降に事故は起きていないという言葉に安心し、やっとの事で全員が乗車する。

 発車を知らせる汽笛に数人が椅子から飛び上がり、振動と騒音に閉口した。

 けれどもその速度は唖然とする程で、アッという間に江戸へと着いた。


 待っていた豪華な馬車に乗り込み、海外の要人が来た時に使うという迎賓館へと向かう。

 その建物の威容は言葉にならない程で、一同は口をポカンと開けて眺める事しか出来ないのだった。

 

 そんな風にして通信使は江戸へとやって来て、慶喜の将軍職就任を祝って帰っていった。

 手には土産物が沢山であったが、顔には困惑が浮かんでいる。

 日本側から宣言されたのだが、朝鮮が西洋に向かって開国せねば、これ以上の外交関係の維持は出来ないと告げられたからだ。

 限定された港であれ、西洋にも開港して貿易を認めなければ、今の関係を続ける意味がないとの事である。

 使節団には答える権限が無いので、持ち帰り協議する事を伝えた。


 そして通信使の報告は本国で大論争を巻き起こし、声討の末に日本との関係を絶つ事が決定する。

 多くの者にとり、開国せねば国際社会に取り残されるとの忠告が上から目線に感じたらしい。

 それに西洋の知識や技術を躊躇う事なく取り入れ、悦に入っているとの報告が癇に障った様だ。

 蒸気機関車に驚く自分達を見つめる民衆の顔に、侮蔑の色を感じたと口にする者もいて、倭人風情がと反発を強めたらしい。

 関係が切れるのなら逆に清々すると、寧ろ喜んでその決定を支持した。

 一方、日本の発展ぶりに思う所あった者らは意気消沈し、自国の今後を憂うのだった。




 「先生!」

 「どうしました?!」


 息せき切って駆け付けてきた帯刀に松陰が尋ねた。


 「一体どうなっているのですか、あの者達は! 東方礼儀の国とは何だったのですか!」

 「何かありましたか?」


 帯刀は興奮気味に話す。

 何となく想像はついたが、何があったのか聞く。


 「迎賓館の備品を壊すかと思えばナイフやフォークなどを持ち去るし、トイレや風呂の使い方は教えたのにお構いなしに汚すし、夜中になってもロビーで騒いで他の国の要人達を不快にさせるし、町に出れば出たで娘達をからかうし、店の商品を勝手に手にするかと思えば無造作に放り投げて売り物として駄目にするし、彼らの行く所全て苦情の嵐です!」

 「な、成る程……」


 一息に喋る帯刀の様子に、その怒りの程が知れた。

 噂には聞いていたのである程度の対策はしてあったが、まさかそこまでとは思いもしない。

 後始末をした者の苦労を思った。 


 「全て私が処理しました!」

 「ご、ご苦労様です!」


 松陰の心を読んだのだろうか、そんな簡単に済ませないで下さいと言いたげな口調であった。


 「でも、これで私の言いたかった事が理解出来ましたか?」


 隣国であっても、出来るだけ関わらない様にするという考え方である。


 「不肖、この帯刀、深く理解致しました!」 


 その顔には深い納得が見えた。


 「小五郎君は多分、もっと大変な目に遭ったのだと思いますよ。」

 「そ、それは!」


 松陰の指摘にアッと息を呑む。

 国を代表して外国に派遣された者の振る舞いがあの程度であるならば、そうではない者の方が圧倒的な筈のあの国で、その様な者らが運営する社会は一体如何なるモノなのだろう?

 帯刀はそれを想像し、思わずブルっと震えた。

 小五郎の口にした最悪という言葉が脳裏に蘇り、彼らが記した報告書を思い出す。

 あの時は信じられなかったが、今となっては本当なのだと実感する。

 

 「帯刀君は世界を周り、今も昔ながらの生活を送る部族を見た筈です。」

 「はい。ヨーロッパは確かに進んでいましたが、そうでない地域も多かったです。」


 松陰の言葉に思い出す。

 ラクダと呼ばれる動物に乗り、集団で砂漠を旅する部族を見た。

 持っている道具はどれも年季が入っており、新しい物など見当たらなかった。

 聞けば先祖代々同じ暮らしをしていると言う。

 そこにはヨーロッパの進んだ文明とは隔絶した世界があった。 


 「そんな昔ながらの暮らしを送る人々が、何も知らずに我が国にやって来たらどうでしょう? 文化も風習も何もかもが違う日本で、我が国の仕来りに沿った行動を取れるでしょうか?」

 「いえ、それは難しいと思います。我々は予めアメリカのマナーを習って行きましたが、それでも戸惑う事が多かったからです。」 


 ホテルでの宿泊や晩餐会など、こまごまとした事で間違えた事は多数であった。

 今となっては良い笑い話であるが、その時は大いに焦ったモノだ。


 「知らない者を、知らないからという理由で嗤ったり怒ったりするのは、果たして褒められた行為でしょうか?」

 「彼らもそうだと言われるのですか?」


 松陰に問うた。

 言いたい事は理解出来るが、何となく受け入れ難い。


 「全く違いますよ。」 

 「え?」


 思っていたのとは逆の答えに呆気に取られる。


 「帯刀君は言っていたじゃないですか、東方礼儀の国と。」

 「あ、はい。」


 それは彼らがそう自負しているらしい、自分達の誇りを示す言葉であった。


 「どこに礼儀がありましたか?」

 「慶喜様の前での振る舞いは、確かに見事な礼儀だとは思いましたが……」 


 寧ろそれくらいしか思い浮かばない。


 「そもそも礼儀に適った行いの中に、自分の振る舞いを誇る事は含まれていますか?」

 「え? えぇと、礼儀とは他人への尊重と言えます。仮に作法がその場において正しかったとしても、それで他の者を不快にさせるならば、礼儀に適っているとは言えないと思います。」

 「流石は帯刀君です。」


 即答する帯刀を褒めた。


 「礼儀やマナーを説明する時、こういうエピソードがあります。ある国の外交官が、とある帝国の皇帝へ謁見に来たのですが、晩餐会で緊張の余りフィンガーボウルの水を飲んでしまいました。フィンガーボウルは見ましたよね?」

 「はい。手を洗うたらいですね。」

 「そうです。会場に居合わせた多くの者が、それを見てクスクスと忍び笑いをします。笑われている事に気づき、その外交官は自分の仕出かした間違いに気づきました。このままでは自分達が、テーブルマナーも碌に知らない野蛮人だと思われてしまうかもしれません。外交官の顔は青くなります。」

 「国を代表しているのですから、我が国では切腹モノですね……」


 さらっと恐ろしい事を言う。

 松陰にとっては今でも慣れない当時の常識であった。 


 「そんな時でした。皇帝は何も言わず、静かにフィンガーボウルの水を飲み干したのです。」

 「何ですと?!」


 驚きに声を上げた。


 「周りの者達は言葉を失います。皇帝の取った行動は、明らかに作法から逸脱していたのですから。」

 「それはそうです!」

 「ですが、そのお陰で外交官は恥をかかずに済みました。作法からは外れていても、相手を思いやる気持ちこそが基本なのではありませんか? そして、それこそが礼儀に適った行いなのでは?」

 「私もそう思います!」


 大きく頷いた。


 「翻って、あの国です。」

 「礼儀の国だと自称するのは、その時点で礼儀に反するという事ですね。周りが礼儀の国だと褒めるのはあり得ますが、自称するのはあり得ない。」

 「自分を出来るだけ冷静に見つめ、礼儀に適っているのか自問しても、それは結局の所自己判断にしか過ぎません。自分で自分を礼儀正しいと思っていても、周りが傲慢だと感じれば、それは慇懃無礼になり得ます。」

 「そういえば彼らは、外からどう見られているのか考えていない節がありました。」


 それは彼らと接していて気付いた事だった。


 「彼らには、他人から見た自分達の姿という観点が抜けているのかもしれませんね。自分を評価するのは常に他人なのに、世界には自分達しかいないとでも思ってるのかもしれない。自己評価がいくら高くても、周りがそう思わなければ意味がないのですけどね。」

 「自信に溢れているのでしょうか?」

 「自信なのでしょうかね……。少なくとも、自分達が正しいと思い込んでいる様ですね。人には人の事情や都合があり、彼らには正しくとも、我々には違う場合があるとは思ってはくれないみたいですね。」

 「正直度し難いと思ってしまいます。」 

 「何も知らない人ならば分かる様に説明し、次から気を付けて貰えば済む事ですが、彼らは礼儀を弁えていると思い込んでいますからね。自分を正しいと思い込んでいる人間には何を言っても無駄ですよね。寧ろ、意地悪されたと勘違いして逆恨みされるか、恥をかかされたとしてこれまた恨まれるかでしょう。」

 「どうにもなりませんね……」

 「全く……」


 二人で溜息をついた。


 「それで思い出しましたが、彼らには約束という概念が通じないみたいですよ?」

 「え?」 

 

 訳が分からず帯刀はポカンとする。


 「例えばの話ですが、3日後までに急遽お金が必要となった私が、家宝を売ろうと彼らの下を訪ねたとします。交渉の末売買が成立し、2日後に物と金の交換を行う事になったとします。」

 「約束を交わした訳ですね。」

 「そうです。これも立派な約束ですよね。ですが交換の当日、いざ取引しようとする段になって彼らは値下げを要求するのです。」

 「何ですって?! 約束をたがえる理由は何ですか?」

 「お金が用意出来なかったとか、尤もらしい言い訳をしますよ。でも、それならそれで前もって伝えるべきだと思いませんか? 約束を果たせそうもないと分かった時点で報せてくれれば、こちらも何らかの対処を考えられるでしょう?」

 「それはその通りです。別の取引相手を探す事も考えられますから!」


 帯刀は断言した。


 「困っているこちらの足元を見ているのか知りませんが、彼らは平気で約束を破ってきますからね。まあ、彼らだけではなく支那の商人もそうですが。」

 「そういえば、エドワードさんもそんな事を愚痴っていた気がします。」

 「似た者同士ですよ、彼らは。」


 前世での会社員時代を思い出していた。


 「それに彼らは、約束を破る事で自分の方が立場が上だという、理解出来ない優越感を持っている気がします。」

 「私も理解出来ません……」

 「因みに言うと、彼らには対等な人付き合いという考えが希薄みたいですよ?」

 「どういう事ですか?」


 帯刀の顔には疑問符だらけである。


 「子は親に逆らえず、妻は夫に逆らえず、民は役人に逆らえず、部下は上司に逆らえず、国は清国に逆らえない。子らは親の身分や学力で上下が決まり、役人は役職で上下が決まります。我が国もその様な気配があるとはいえ、流石にそこまでの事はありませんよね。ですが彼らは、上か下かの上下関係というモノを、必要以上に重く見る様です。」

 「理解出来ません……」


 お手上げという風に天を仰いだ。


 「面倒な人達ですよね。出来るだけ関わらないで、放っておくのが一番ではないですか?」

 「正しくそう思います!」


 帯刀は激しく同意した。

 後日、宗氏を通じ伝えられた、関係を断絶するという李氏朝鮮の意向を受け、手を取り合って喜ぶ二人の姿があった。

朝鮮半島に関しましては、ひとまずこれで描写を終わります。

ロシア関係でもう一度触れるかもしれませんが、その際はご容赦下さいませ。

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