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使節団の帰路

 「マレーシアはイギリス、バタビア(インドネシア)はオランダの支配地です。マラッカ海峡という海路の要衝を両国が抑えている訳です。」


 帰路の途上、松陰は船が行き交う同海峡を見て言った。

 左側のマレー半島と右のスマトラ島の間は狭く、進む船達は僅かな隙間に向けて一斉に殺到している風に見えた。

 風を頼りに進む帆船の操舵は難しく、狭いうえに岩礁なども多い海峡は航海における難所である。

 風を必要としない蒸気船は、航海を安全にする上でも重要であった。


 「両国と友好関係を維持していれば問題は無いでしょうが、もしも関係が悪化すればどうなるでしょうか? マラッカ海峡を通る事が難しくなるでしょう。」


 今現在日本がインドと積極的に交易をする予定は無い。

 香辛料は喉から手が出る程に欲しい所だが、東インド会社が取引を押さえている現状、イギリスを儲けさせる事には手を出したくないのだ。

 この世界に生れ落ちて早25年、募りに募っていたカレーへの思いは叶った。

 心には深い満足があるので、あともう少しくらいの我慢は出来ると思う。

 インドへ再び向かえば全てが解決するので、無理をしてまでインドとの交易には手を出さないと決めた。 

 とはいえ、


 「この海峡を通らずにインドへ行く事は可能です。スマトラ島とジャワ島の間のスンダ海峡を通る航路です。多少の回り道になってしまいますが……」


 とは説明しておく。

 スマトラ島のインド洋側には小島が点在し、大洋からうち寄せる荒波を防ぐ天然の防波堤の役目を果たしていた。

 島のほぼ真ん中に位置する都市パダンは、古くから香辛料貿易の中心地として賑わっている。

 船は海上を滑る様に進む。




 「我が国よりも大きいボルネオ島です。」


 巨大な島を遠くに眺め、北上を続けた。


 「ボルネオ島は様々な資源に恵まれております。また、近いうちにゴムの木が栽培され、天然ゴムの生産が始まるでしょう。天然ゴムの利用範囲は広く、重要な産品となりましょう。」

 

 イギリスのやってきた事には賛否が分かれるが、ゴムの木といった有用な作物を世界中に広めた事は評価されよう。

 ゴムの木はアマゾン原産であるが、その有用性に目を付けたイギリスが種を密かに持ち出し、気候の似た支配地域で栽培を試みるのが約20年後の事となる。


 「ルソン(フィリピン)はスペインの支配地です。ココヤシから油が採れますので、石鹸やグリセリンの原料として重要です。また、砂糖を作れば酢や蒸留酒も作れますし、マニラ麻からは麻袋や水に強い縄が作れます。」


 大小様々な島からなる群島が出現した。

 ココヤシは島の海岸線に自然と繁殖しているし、砂糖の大産地に成長出来る平坦な土地がある。

 マニラ麻の原料である植物は見た目がバナナそっくりで、原産地でもある事から栽培は容易だ。

 西洋諸国に支配されてはいるが、碌に開発も進んでいない地域を眺め、一向は日本への帰路を急いだ。


 


 「松陰先生!」

 「帯刀君?」


 瞬く星々が浮かぶ夜空の下、一際輝く北極星を頼りに進む船上で、甲板を吹き抜ける夜風に当たっていた松陰に帯刀が声を掛けた。


 「本当にインドへ行かれるのですか?」

 「ええ、まあ、ケジメですし、恩に報いないといけませんし……」


 インドを発ち、今後の方針などについて正睦らと話し合いを重ねている。

 帯刀と二人、こうして話すのは久しぶりであった。


 「先生の決められた事なので反対は致しませんが、5年後というのは早すぎませんか?」

 「いえ、それくらいには戻っていないと、民衆の蜂起を抑えられないのです……」

 「あの状況を見るとそれは理解出来ますが……」


 シパーヒーの乱を思い、言った。

 あの時宮殿で、反乱を起こすなという願いも出来たのかもしれないが、西洋人に対する怒りを無かった事には出来ないだろう。

 だからせめて2年だけ先延ばしにし、その間に出来るだけの準備を整えておいてもらう事とした。


 「私をここまで導いてくれた偉大なカレーに対する恩に報いる為にも、インドに向かわなければならないのです! それに私がここでインドに向かい、イギリス相手に戦うのは日本の為でもあるのですよ?」

 「イギリス本国とアジアに持つ植民地の間にくさびを打つ、という事ですね。」

 「その心は?」


 帯刀に問うた。

 淀みなく答える。 


 「インドはイギリスの紡績業にとり、原料である綿花の供給地であると共に製品の販売先です。この地を失う事はイギリスの工場労働者の職が失われる事に繋がり、政権への批判は避けられません。ですからインドで大規模な反乱が起きれば、本腰を入れて対応せざるを得ない。そうなればインドから先のアジアへは、関心の目が薄くなるのは道理です。」

 「流石帯刀君!」

 「先生の薫陶のお陰ですよ。」


 松陰に褒められ帯刀が微笑んだ。


 「帯刀君の読み通り、大規模な反乱を起こしてイギリスの目をインドに惹きつけておけば、当分の間は日本にはそこまでの関心を寄せないでしょう。その間に日本を強くして貰いたいのです。」

 「富国強兵ですね。」

 「そう言う事です。」


 打てば響く帯刀の反応に、自分がいなくなっても大丈夫だと思った。

 

 「さて、夜風に当たり過ぎると健康を害します。そろそろ船室に戻りましょう。」

 「明日も天気は良さそうですね。」


 船は海上を進み続ける。




 台湾へと立ち寄った。


 「元気そうね、松陰!」

 「ビーリンさんもお元気そうで何よりです!」


 ファンリンの姉ビーリンが一向を出迎えてくれた。 

 既に日本語を習得している。 


 「とうとう開国したのね!」

 「お待たせ致しました。」

 「これでファンリンに会いに行けるのね!」


 喜びに溢れた表情で言った。

 単身で異国へと嫁いでいった妹の事は、いつも気にかけてその身を案じていた。

 日本は鎖国していたので訪ねていく事は出来ず、気を揉んでいたのだ。

 開国するという松陰の計画が成るのを心待ちにし、それが叶った今、後はいつ日本へ行けるかという事だけが関心事である。


 「国交の樹立は、アメリカを初めの国にしたいので台湾とは暫く結ぶ事が出来ませんが、訪れるだけなら大丈夫です。と言うか、この便で一緒に日本に向かいますか?」

 「いいの?」

 「勿論!」

 「嬉しい! 早速準備しないと!」


 清国より独立を宣言した台湾。

 台湾を国家として認め、国交を持つ事に清国は同意しないであろうが気にしない。

 アメリカとの和親条約が締結されれば、直ぐにでも台湾と結ぶ計画である。

 その事前準備の為、使節団は台湾の政庁舎を訪れた。 




 そして船は広東の太平天国へと到着した。

 洪秀全の居城を尋ねる。


 「しばらくアルね!」

 「洪さんもお元気そうで何よりです!」


 太平天国を率いる洪は、相変わらずの口調であった。

 そんな洪をカオルコが不思議がる。


 「アルだって! 本当に使っている人アニメ以外で初めて見たわ!」

 「アイヤー! これは参ったアルな!」

 「あいやーだって!」


 洪のアイヤーにカオルコは興奮した。

 アニメでは中国人の鉄板表現だが、実際に聞いたのは初めてだった。

 

 「アルなんて使う人間が本当に有るアルか? 無いアルか?」

 「あるアル? 無いアル? どっちなの……」

 「ちょっと洪さん、カオルコさんをからかうのは止めて下さい!」


 カオルコの素直な反応に洪は悪ノリした。

 エンターテイナーの彼に悪気は無いのだろうが話がまるで進まない。

 松陰に止められ、洪は真面目な顔つきに戻る。


 「この子が例の子アルな。だったらカレーもあるアルか?」


 真面目なのは顔だけだった様だ。

 

 「……カオルコさん。洪さんの為に、日本のカレーを作ってあげて下さいませんか?」

 「分かったわ!」


 日本のカレーを知る者同士、前世の味を楽しんで貰いたい。


 「アイヤー! 日本のカレーの味アルな!」


 カレーを一口頬張り、洪は驚いて叫んだ。

 記憶にある日本のカレーである。

 となれば知りたい事があった。


 「ルーはあるアルか?」


 いつでも手軽にカレーを作る事が出来るルーは画期的な発明だ。

 あるのなら輸入したい。

 そんな洪の思いが分かる松陰は、言いにくそうに答えた。


 「それは残念ながらまだです。でも、いずれは開発したいと思っております。」

 「出来たら真っ先に売って欲しいアル!」


 今はカレーの粉で我慢してもらう。


 松陰は兵を訓練中の忠蔵を訪ねた。

 薩摩藩士である忠蔵が指揮する部隊は勇猛果敢さで知られ、清国軍にとっては恐怖の対象になっている。

 パイワン族のバツもパイワン族で構成された砲兵部隊を率い、山間部を走り回って鍛えた足を大いに活用して戦果をあげていた。


 「本当に開国まで漕ぎつけるとはな……」

 「当たり前ですよ!」


 感慨深げな忠蔵に胸を反らす。 

 思い出話もそこそこに本題に入る。

 

 「早速ですが、私は5年後にインドに渡る事にしました。」

 「インドだと?!」


 開国早々何を言い出すのだと忠蔵は思った。


 「インドの民と共に、イギリスと戦う事になったのです!」

 「一体どうやったらそうなるのだ……」


 まるで想像がつかず、呆れて天を仰ぐ。

 松陰は説明を続けた。


 「インドで大暴れすればする程、イギリスの目は日本から遠ざかります。我が国が力を付ける時間を稼ぐ為にも、インド国内からイギリスの勢力を一掃するつもりです!」

 「そうなれば清国に入ってくるアヘンを減らす事にもなろうが、奴らは手強いぞ? まあ、その目で西洋を見てきたばかりだろうし、十分に理解してはおろうがな……」

 「その通りです!」


 直接武力を交えていないとはいえ、その力を実感していた忠蔵である。

 そんな西洋に対抗する為、必要な事があった。


 「来たるべき日本軍の創設に際し、軍の中枢を担う人材候補を忠蔵さんに預けますので、戦に関して鍛えてやって下さい!」

 「ふむ、そういう事か。実戦を経験せねば使える人材か分からんからな。」

 「そういう事です!」


 高杉晋作や山県有朋、大山巌などを託す。


 「フランスの息のかかった奴らが南からちょっかいを掛けてきているし、チベットやウイグルも独立に前向きな反応だ。軍事だけでは目的を達せない現実など、ぬるま湯に浸かっていたら研ぎ澄ませない感覚を鍛えるのには、今は恰好の時期であろうな。」

 「そこまで事態は進んでいましたか!」

 「それは語弊があるな。我々が進めていたのだ。」

 「流石です!」


 チベットとウイグル、モンゴルとの連携は、松陰が台湾に渡った時から計画されていた。

 着々とそれらが進んでいた事を知る。

 アジアの秩序が劇的に変わりつつある空気を肌で感じた。


 「それより、新型の大砲と銃の開発はどうなっているのだ?」

 「工作機械を西洋より買い付けてきました。帰国次第、量産化に向けて動き出します!」

 「武器も実戦で試さねば本当の性能は分からんぞ?」

 「忠蔵さんに評価して頂ける様に、一刻も早い開発を目指します!」

 「使える物を頼む。」

 「拳銃と歩兵銃の見本はお菊さんが既に開発済みですから、見本だけでもお送りします!」


 準備は着々と進んでいく。

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