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虐殺へ至る道

大雑把な説明ですので、粗が多いと思いますが・・・

 『ユダヤが虐殺されると言うのかね?』

 『そうです。』


 ライオネルは一笑に付したい所であったが、真剣な顔の松陰にそれも出来ない。

 冗談でもその様な事を言う人物ではないと思った。


 『一体何の根拠があってだね?』

 『技術の進歩と社会の発展、群衆の心理と人類が積み重ねてきた歴史を振り返れば、自ずと見えてくる事です。』


 松陰は未来を知っているとも言えず、いつもの様に誤魔化す。

 その答えにライオネルは、少なくとも話を聞いてから事の是非を判断する事を選択した。


 『詳しく聞かせてくれるのだろうね?』

 『それは勿論。』


 松陰はカップのコーヒーを一気に飲み干し、説明を始める。


 『人力と比べて圧倒的な生産効率を誇る産業機械と、その動力である蒸気機関が登場し、イギリスは世界の工場と呼ばれるまでになりました。技術はこれからも進歩していき、生産量は益々増えていくでしょう。』

 『それはそうだろうな。』

 『しかし、生産量がどれだけ増えても売れなければ意味がありません。繊維製品の世界の工場は、世界中で製品が売れなければその座を維持出来ないのです。』

 『それも確かだ。』


 疑問は浮かばない。


 『販売先を確保する為に、イギリスはインドの伝統的な繊維産業を意図的に潰しましたよね?』

 『それは……』


 インドは世界有数の紡績業の盛んな地域であった。

 品質の高いキャラコはイギリスの貴婦人にも大好評で、綿製品をインドに輸出したいイギリス産業界にとっては、現地の繊維業は目の上のたん瘤であった。

 軍事力を背景にして得た徴税権などを大いに活用し、あの手この手でインドの伝統的な手工業を壊滅させ、イギリス製品を買うだけの市場とする事に成功した。


 『そのやり方の是非については話が違うので、ここでは述べません。資本家にとっては利潤の追求こそが正義なので、避けられない事態ではあったでしょう。問題は、世界が一国では完結しない時代になった事です。原料を安く輸入し、加工し、完成品として高く輸出する。その結果、原料を供給する国、加工する国、市場となる国に別れ、それが固定しつつあります。原料を輸出しても、完成品を買うだけの地域は、いつまで経っても資本を蓄積するする事が出来ません。』

 『確かにな……』


 インドの事情はライオネルも聞き及んでいる。


 『そして技術の進歩は、生産に関する専門技能を余り必要としなくなりました。機械を操作出来れば誰でも働けます。しかも、技術は比較的容易に伝播出来る。』

 『機械を買えば良いからな。』

 『そうです。その機械も動力機関も丸ごと購入すれば、大して苦労する事なく自国で生産を始める事が出来ます。それはつまり、イギリスでなくても世界の工場は務まるという事です。』

 『その傾向は既にあるよ。今や蒸気機関はどこの国でも欠かせない存在となり、産業機械の開発は盛んだ。』


 今や海を隔てたアメリカも、工業製品の生産量は年々拡大していると聞いた。


 『それも当然ですね。蒸気機関と機械は非常に便利ですからね。しかし、ヨーロッパという狭い地域に、多数の生産国が出現したらどうなるでしょう?』

 『生産国は市場が無くては始まらない。その確保に走るだろうな。』

 『その通りです。現にイギリスとフランスは、売り先を求めて清国へと進出しておりますね。しかしヨーロッパには、その二か国に勝るとも劣らない強国がひしめいております。』

 『我が一族も、フランクフルトとウィーン、ナポリにいる訳だしな。』


 どの国も実力は侮れない。 


 『しかし、やがて市場は飽和する。そうなれば、後から産業が興った国はどうするか?』

 『武力で奪い取るのが歴史の常だな。』

 『そうですね。そして、その場合にも技術の進歩が関わってきます。』

 『と言うと?』


 先を求めた。


 『蒸気機関は海上輸送力を飛躍的に増大させました。陸上では鉄道網が発達し、膨大な人員を遠隔地に速やかに送る事が可能となりつつあります。』

 『うむ。』


 鉄道事業にも投資しているライオネルであるので、それは良く理解出来た。


 『一昔には、前線が崩れれば戦意が喪失して撤退となる事も多かったです。しかし、崩れた前線へ、次の兵士を直ぐに送り込む事が容易になると、少しくらいの負けは問題がなくなります。次々と新しい兵士と武器を送り、戦闘の継続を図る様になるでしょう。それは国家の総力を挙げた戦争です。』

 『成る程……』

 『工業力を用いて兵器を大量に製造し、農産物供給力と輸送力を高めて前線へと送ります。国家の管理の下に兵士を調達育成し、敵国との戦争に備える様になるでしょう。来たる戦争で必ず勝つ為に!』


 ヨーロッパは戦の絶えない地域である。

 その説明に反対する理由は無い。

 

 『そしてそれには、民族主義という思想が必要になってきます。総力戦を勝つ為には国力を軍事力に注ぎ込む必要がありますが、その為には国民の間に国家へ奉仕する意識が不可欠となります。イギリス人ならばイギリスの為に戦うべし。フランス人ならばフランスの為にという風に。』

 『む?』


 些か気になる言葉であった。

 しかし松陰は構わずに説明を続けていく。


 『では、その戦争に負けたらどうなるでしょう? 互いの総力を傾けた戦争ですから戦死者は膨大な数ですし、かかった戦費も莫大です。』

 『負ければ賠償金の支払いとなるが、その額が桁違いになるな……』


 費やした戦費を回収する為にも、勝った国は負けた国に賠償金を課すのが常である。

 国家の総力を挙げた戦争となれば、その額もまた巨大なモノとなるだろう。


 『戦争に負けた国家は悲惨な事になるのでは?』

 『それは、当然そうなるだろうな……』


 容易に想像がつく。


 『戦後、負けた国の国民は何を思うでしょう? 働けど働けど、納めた税金は賠償金の支払いにのみ費やされる。』

 『負けた祖国の指導部を恨むであろうし、賠償金を課した国の事も恨むであろうか……』

 『当然そうなるでしょうね。』


 それも予想出来る。 


 『人心が荒廃し、治安が乱れてくると流行るのは流言飛語の類です。誰かの発した根も葉もない噂が独り歩きし、瞬く間に広まってしまう。』

 『それも歴史の常だな……』


 ライオネルは悲しそうに呟いた。


 『そんな、国民の間に絶望と諦めの心が蔓延している時に、弁舌の鮮やかな扇動家が現れたらどうなるでしょう?』

 『扇動家、かね?』

 『そうです。民族の誇りを取り戻す事を訴え、約束された将来を提示する。下を向いた民衆を叱咤激励し、明るい未来を掴もうと訴えるのです。』

 『根拠の無い楽観論は危険だが……そうか! 民衆は扇動されやすくなっているから、その扇動家の言葉に縋ってしまうのだな!』

 『そうなるでしょうね。根拠の無い楽観論であろうが、希望が無ければ人は前を向く事が難しいでしょうから。』


 演説の上手なちょび髭の男を脳裏に思い浮かべ、松陰は言った。

 そして本題に入る。


 『悲惨な現状から速やかに抜け出すのは、どうするのが一番手っ取り早いでしょうか?』

 『勤労しかないと言いたい所だが、話の流れから察するに、持っている者から奪う事だと言いたいのだろう?』


 ライオネルの言葉に頷く。


 『しかし戦争に負けた国ですから、軍事力を再び整えるまでは他国から奪う事は出来ません。ならばどうするか?』

 『国内から搔き集めるしかないだろうな。』

 『そうですね。しかし、これ以上の重税を課すのも難しい。いくら明るい将来像に酔っていたとしても、民衆には今日のパンこそ大事ですからね。』

 『それはそうだ。』

 『そこで生贄いけにえの羊の登場です。』

 『生贄?! まさかそれがユダヤだと?!』


 ギョッとし、ライオネルは松陰を見つめた。

 その質問には直接答えない。 


 『手っ取り早く貧しさから抜け出すには他人から奪えば良い。この他人は、共同体から白眼視されている存在ならば尚宜しい。皆から煙たがられている者から奪うのは、良心の呵責が少ないですからね。寧ろ、他から喝采を浴びる行為になるかもしれません。』

 『馬鹿な!』

 

 信じられないといった顔をする。


 『普段であれば良識が働くでしょう。しかし、困窮のどん底にある者は行き場の無い憎悪に駆られやすく、お前の悲惨な状況は何々が原因だと断言されれば、疑う事なく信じ込んでしまいます。それを口にする者が、日頃から民族の誇りを謳い上げ、自尊心を満たす事を喧伝していたら尚更です。』

 『奪う事が民族の誇りなどあり得んぞ?』


 受け入れ難く、反論した。

 松陰は言う。 


 『優秀な民族は劣った民族を支配して当然なのだ。そんな劣った者から奪う行為は強奪ではなく、正当な所有者への返還である。神を信じていない者など、人間と呼ぶ事さえ憚られる存在に過ぎないのだから、彼らを支配し、文明国の文化を教え啓蒙する事こそ、神より与えられた崇高な責務である!』

 『何?』

 『アフリカ、アジアの各地を植民地にするのに、ヨーロッパの人々が免罪符にした考えなのではないですか?』

 『それは……』


 思わず口ごもる。

 そんなライオネルに尋ねる。


 『奪う行為なんて幾らでも正当化出来るという事です。そして、本来は優秀な民族なのに、戦争に負けただけで悲惨な貧困に陥ったのは何故なのでしょう?』

 『賠償金が莫大なだけでは無いのか?』

 『そんな大きな金額を民は理解出来ますか?』

 『……想像もつかないだろうな……』


 余りに桁が違う金額は、感覚としてピンとこない。


 『だから分かりやすくその原因を提示してあげるのですよ。優秀な我々がこの様な屈辱的な状況に遭っているのは、あの民族の陰謀だと。証拠に見てみろ。我々がこんな貧しい暮らしをしている中、アイツらは豊かな暮らしをしているじゃないか!』

 『わ、私?!』


 松陰に指さされ、ライオネルは狼狽した。


 『貴方の家は大変に栄えております。アメリカで出会ったユダヤの方も成功者でした。イギリス以外に住むユダヤの方にも、裕福な人は多いのではありませんか?』

 『それは皆商売に成功したからだ! ユダヤとて貧しい者は多いぞ!』


 ライオネルは反論する。


 『貧困に喘ぎ、憎しみを募らせた者にそんな言葉は届きませんよ。昔から成功者への嫉妬は絶えた事がありませんし、ユダヤの方は信仰も違います。昔から偏見と迫害の中にありましたし、陰謀論の対象には最適でありませんか?』

 『それは確かに認める! しかし、だからと言ってどうして虐殺に繋がるのだね?』


 今もユダヤ人に偏見がある事は理解している。

 成功者を妬むのもある意味当然だ。

 しかし、虐殺の対象とは余りに飛躍し過ぎていると感じる。


 『パンを与えるのも無駄ではありませんか?』

 『何?』

 『各自の家に住まわせるのも資源の無駄だし、一か所に集めた方が管理も楽だし、経費の節約になりますよね?』

 『何を言っているのだ?』


 松陰はライオネルの言葉を無視して話を続ける。 


 『いっそ殺せば民衆の恨みも晴らせるし、それ以上の食費をかけなくて済むし、財産を丸ごと頂けるのでお得ですよね?』

 『だから何を言っているのだ!』


 遂には声を荒げた。


 『いえ、合理的に考えたまでですよ。』

 『何が合理的なのだ!』

 『ですから、食料などが限られた中では、劣った民族は殺した方が合理的ではありませんか?』

 『殺すのが合理的だと?』

 『優秀な民族が劣った民族を支配するのが、創造主である神の定めた摂理らしいですね。その前提に立てば、優秀な民族の生存が危うくなる状況であれば、自ずとそうなるのではありませんか?』

 『何だって?!』


 その論理に絶句する。  

 しかし、先程の松陰の言葉があるので否定出来ない。

 尤も、心情としては断固として受け入れられないが。 

 精一杯の抵抗を示す為、声を絞り出す。


 『我々が劣っているとでも言いたいのかね?』

 『アフリカやアジアの人々は劣っているのでしょう? その対象が移っただけではありませんか? ユダヤ人の元々の居住地はエルサレムですよね? あそこってアフリカと言った方が早いですよね? それってヨーロッパ人から見れば劣った民族ではありませんか?』

 『うっ!』


 図星であった。

 それ以上は異議を唱える事が出来ない。


 『そんな事でユダヤが虐殺されると言うのか……』


 馬鹿げた空想だと一蹴する事も出来よう。

 あり得ないと笑い飛ばす事も出来よう。

 けれどもそれは、不思議な説得力を持っていた。

 もしかしたらそうなるかもしれないと、心のどこかで頷く自分がいる。

 それは祖先達が経験した、迫害の歴史からくる既視感かもしれない。

 

 ふと思いつき、松陰に尋ねた。


 『君はこの話を私にして、一体どうしたいのかね? 何が目的なのかね?』


 それは素朴な疑問であった。

 普通であれば狂人扱いされかねない告白である。

 会話を重ねて理解したが、目の前の人物は至って理知的な、論理的な思考をする人物だ。

 そんな人物が何の思惑もなく、この様な話をするとは思えない。

 

 対する松陰はどう答えようか考えていた。

 人道的にも、ホロコーストという悲劇を未然に食い止められればと思う。 

 しかし、自分は関知し得ない遠い先の話だ。

 それに加え、国へ帰る自分に、彼らの将来に対して責任など持てる筈も無い。

 そこまで考え、安易な思いつきで口にした事を後悔した。 

 けれども、今更冗談でしたとは言えない。

 

 今はそれほど大きな力は持っていないらしいが、世界を裏から支配するとまで噂されていたロスチャイルドであるので、これからその力を蓄えていくのだろう。

 史実では、日露戦争の戦費調達に大いに協力してくれた存在でもある。

 ここで出来たロスチャイルドとの縁は、こちらからは切る事なく、保ったままでいる方が賢明だ。

 とは言えユダヤ資本には、出来れば日本には関わらないで貰いたい所だ。 

 縁はあった方が良いが、日本にだけは来ないで欲しいという、難しい要求。

 と、日露戦争で思いつく。

  

 『シベリア鉄道って作れますか?』

 『それは何だね?』

 『ロシアの首都サンクトペテルブルクからユーラシア大陸を横断し、極東のウラジオストックに至る大鉄道ですよ。』

 『何だと?!』


 地図を指して説明する松陰に、ライオネルは驚きの声を上げた。

また終われませんでした。

次でケリをつけたいと思います。

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