忠告
いつも以上に適当な事を書いております。
力が抜けて椅子に座ったライオネルに、松陰が説明する。
『豚骨ラーメンとは豚の骨で出汁を取ったスープに、小麦から作った麺が入っている、大抵は焼豚が乗った料理です。』
『豚の骨? 焼いた豚だと?』
『そうです。ユダヤ教では豚はタブーでしたよね?』
『良く知っているな。』
『鱗の無い魚も駄目でしたっけ?』
『その通りだ。』
ユダヤ教で食べて良いとされる物は、牛や山羊など偶蹄目の反芻をする動物、鰭と鱗のある魚など、細かな規定がある。
『豚骨ラーメンは元より、鰻がダメ、たこ焼きもダメ、スルメやサキイカもダメですか! 何よりトンカツ! 愛しのカツカレーを食べる事が出来ないなんて、本当に窮屈な教えですね! 息子のやる事に一々口を出す、過保護のお母さんのつもりですか!』
『な、何を言っているのだ?』
松陰の激白ではあったが、ライオネルは知らない単語に理解が追い付かない。
『ええ、分かっていますよ。インドの場合、牛が神聖な動物なので食べるなんてご法度ですし、菜食主義者も多いです。イスラムにもハラールがありますし、本来の仏教では殺生を嫌います。食べ物に寛容なキリスト教の方が珍しいのかもしれません。』
『何だ、良く分かっているではないか。』
打って変わって平静な声で述べた。
哲学として殺生を戒める仏教は別にして、宗教には信徒の行動を縛る側面がある。
様々な禁忌がある事は窮屈ではあるが、それを厳格に守る事で充実感や達成感を得る事が出来るし、同じ教義を守る信徒間の一体感を高める事が出来る。
何より、神への信仰とは神の言葉の実践に他ならず、神が定めた決まりの厳守こそが信徒のあるべき姿であろう。
キリスト教の場合、世界中に布教する過程において、特定の食べ物を禁止する事が困難だったのかもしれない。
何かを禁止した場合、それがある地域の伝統食であったりしたら、その地での布教の足枷になりかねない。
世界中に同じ教義を広める為には、地方色の大きい食べ物や飲み物、服装などの規定は緩やかな方が都合が良い。
『でもですね、遊びに行った友達の家で出された物は、黙って食えが我が国の礼儀なのですよ。』
『それは同じ宗教の者しかいない土地だからでは無いのか?』
『うっ! 鋭い指摘!』
ライオネルの冷静なツッコミに思わず怯む。
『それに、私がユダヤである事と、君が私の会社で働く事は関係がない筈だ。ユダヤの教えを強要するつもりは無いし、君自身の信仰に対しあれこれ言うつもりも無いぞ?』
『これまた反論出来ない事を!』
イギリス議会でユダヤ式の宣誓方法を認めてもらうべく奮闘していたライオネルであるので、信仰の自由への理解は高い。
しかしそれは、松陰にとっては誤算であった。
『ユダヤに対して抱いていたのは思い込みであった様です。ユダヤの方は戒律に厳格な先入観があり、付き合い辛いと思ってました。誠に申し訳ありません!』
立ち上がって頭を下げる。
ライオネルは謝罪を受け入れ、座らせた。
静かに語り掛ける。
『確かに我々は、他の宗教を信じる者から見れば頑なに思えるかもしれぬ。しかしそれは信仰あっての物だ。その事は理解して欲しい。』
『……分かりました。』
『ありがとう。』
真面目な表情で答える松陰にホッとした。
『しかし、君の言う事も一理あるのだ。』
『え?』
ライオネルの発言にギョッとする。
そんな松陰に語る。
『その前に、このロンドンのロスチャイルド家は私の父が興した家なのだが、父ネイサンは三男で、父の兄弟達4人がフランクフルト、ウィーン、ナポリ、パリにそれぞれ一家を構えている。』
『そうだったのですか。』
『そして、フランクフルトに一家を構えたロスチャイルド家は、ユダヤの教えを守るかどうかの難問を突き付けられた。』
『と言うと?』
不思議に思い、松陰は尋ねた。
『ローマにいるならローマのやり方に従えという事だな。』
『それは、フランクフルトにいるならフランクフルトのやり方に従えという事ですね。フランクフルトと言えば……そう! フランクフルト・ソーセージ!』
『そんな事まで知ってるのかね!?』
松陰の指摘にライオネルは驚いた。
『フランクフルトでフランクフルト・ソーセージを食べないのはあり得ない、ですか?』
『君の推察の通りだ。』
松陰の推理を肯定し、話を続ける。
『我がロスチャイルド家も、祖父の代まではフランクフルトのゲットーで貧しい暮らしをしていたそうだ。祖父が商売に成功し、ゲットーを出る事が出来たのだが、出たら出たでユダヤの教えを実践するのに困ったと聞く。ゲットーにいる間はユダヤの戒律を守るのに不都合はない。周りも皆ユダヤだからな。』
『成る程。』
『しかし一度ゲットーを出てしまえば、周りは豚肉で作ったソーセージを食べるのが当たり前の者ばかりだ。』
『そんな中で商売の付き合いを深めていけば……』
『ソーセージを食べざるを得ない機会に出会う。』
それが理由かは定かでないが、19世紀初めのドイツから、食物の清浄規定を廃止する改革派が、ユダヤ教徒の中から生まれている。
その当時はフランス革命に端を発したナポレオン戦争の真っ最中であり、自由主義を掲げたフランス軍が、ゲットーに押し込められていたユダヤ人を続々と解放していた時期でもある。
宗教的な禁忌を抑圧と見た者が、自由を求めて立ち上がった形であろうか。
『フランクフルトの家では大いに揉めたそうだ。』
『商売を考えれば食べた方が良いけれども、神への信仰も守らねばならない。』
『そう言う事だ。』
踏み絵を連想させる話ではあろう。
『それで、フランクフルト家の下した結論は何だったのですか?』
『それは私の口から言うのは止めておこう。君がフランクフルトを訪れた時にでも確かめれば良いさ。』
『そうですね。』
松陰は納得した。
『とまあそんな風に、ユダヤの教えが要らぬ葛藤や軋轢を生んでいる事も理解しているのだ。』
『信仰上の問題ですから、難しいですね。』
前世のインドでもそれは感じた。
牛を神聖視するのは良いが、渋滞の先に、道路の真ん中をのんびりと歩く牛がいるのを見れば、神聖視しない者には殺意を覚える瞬間である。
それが急ぐ時であったりしたら尚の事だろう。
『理解してくれて嬉しいよ。』
『いえ、とんでもありません。』
『謙遜は要らんよ。まさか今日会った相手と、こんな事を話せるとは思わなかったからな。君の心の中に確かなモノがある証拠だろう。向けられる対象は違うにしても、偉大な者への信仰はあるのだろう?』
『ええ。それは勿論ありますよ。』
ライオネルは松陰の答えに満足する。
『大切なのは相手の信仰も尊重し、その在り方を受け入れる事であろうのになぁ……』
『確かに仰る通りです。信仰の違いは時に暴力へと繋がり、少数派を弾圧する事態へと発展します。長い迫害の歴史にあったユダヤの方に言う事では無いかもしれませんが……』
『それは事実だから構わない。しかし、自分と異なる者への偏見の強さは、人類の抱えた大いなる不幸だな。』
『自分や仲間と違う者には警戒心を抱くのが自然ですからね。』
『確かにな。』
二人は嘆息した。
松陰が続ける。
『それに経済状況も重要ですね。災害や不況で精神的に不安定な生活が長引けば、民衆に不満が蓄積して流言や扇動に乗りやすくなってしまいます。陰謀論が蔓延し、その対象にされた存在が迫害されます。』
松陰が念頭に置いていたのは、前世の日本で起きたアレやコレであったが、ライオネルには違って聞こえた。
『どうして君はそんな事まで知っているのだね? 君の国は長らく鎖国していたのではなかったのかね?』
ビックリした顔で問うた。
ユダヤの辿って来た歴史そのものであるからだ。
『いつの時代でも、どこの世界でも同じという訳ですよ。』
『そ、そうか……』
世界中で繰り返し行われてきた不幸であろうか。
『財布の中身に余裕があり、美味しい物でお腹が膨れていたら、人は滅多な事では喧嘩をしません。その為には仕事があって、安定した社会である必要があります。少数派が迫害されない平和な社会を作る為にも、経済政策は重要であるという事ですね。』
『君の言う通りだ! 我々の格言にこうある。人を傷つける物が3つある。悩みといさかいと空の財布だ。このうち、空の財布が最も傷つけると。』
『成る程。それは確かに言えていますね。』
二人は意気投合した。
そのまま、互いの思う経済政策の肝について意見を交換する。
アフタヌーンティーを挟み、夕食の時間になっても話し続けた。
気に入られたのか放してもらえず、ユダヤの戒律に則ったイギリス風の晩餐にも預かり、その日は彼の屋敷に泊まる事となった。
食後のコーヒータイムとなり、ライオネル自らが淹れる挽き立ての香りを楽しむ。
ナサニエルらはおらず、彼の書斎に二人きりだ。
『今日は本当に有意義な一日であった! 日本の友人に深く感謝する!』
遂には友人となった二人であった。
ライオネルは残念そうに言う。
『今でも正直、我が社に来て欲しいと思うが、一刻も早く開国後の国作りをせねばならない事情も分かる。仕方ないが諦めるよ。』
『ご理解頂きありがとうございます。』
イギリスの将来、日本の未来までも語り合った。
取り組まねばならない様々な問題についても意見を交換し、イギリスに留まる事は出来ないと納得する。
『しかし地図を眺めれば、日本は本当に遠く離れた場所だな。そんな中、こうして思いを同じくする友人と知り合えた。これこそ神の思し召しと言えるだろう!』
日本の載った世界地図を見て、ライオネルは快活に笑う。
松陰はそんな彼の様子に、訪問時に抱いた思いを恥じた。
しかし、まさかロスチャイルドが、世界を裏から支配しようとしていると思っていたとも打ち明けられない。
祖父の代で初めて商売に成功したのに、世界の支配もないだろう。
後の代になってそうなるのかもしれないが、それを確かめる術は無い。
ユダヤの地位向上に取り組んでいるというライオネルに対し、松陰はある事を伝える事を決めた。
それは遠くない将来ヨーロッパのユダヤ人に訪れる、ホロコーストという名の悲劇だ。
『友人として、ユダヤの貴方にお伝えしておきたい事があります。』
『む? 何かね?』
真剣な表情の友の様子に、ライオネルは何事かと訝しむ。
『世界がこのまま進めば百年もしないうちに、ユダヤ人は大量虐殺の目に遭うでしょう。』
『大量虐殺だと?!』
その言葉は寛ぎの時間に似つかわしくない、どこまでも不穏な空気を漂わせていた。




