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ロスチャイルド

 『よく来てくれた。私がロスチャイルド家当主ライオネル・ド・ロスチャイルドだ。これは息子のナサニエル。邪魔をしないという約束の下、この場に同席させている。』

 『ナサニエル・ロスチャイルドです! 宜しくお願いします!』

 『お会い出来て光栄です。吉田松陰と申します。』


 松陰はロスチャイルド家の屋敷に着いていた。

 屋敷の主より歓迎を受ける。

 ライオネルの年齢は、エドワードによると46歳だそうだが、年齢を感じさせない活力に満ち、溢れんばかりの自信が見て取れた。

 その息子ナサニエルは14歳だそうで、年齢相応に見えた。

 ロスチャイルドという、前世では何度か耳にした、世界を裏から支配するとも噂される存在が目の前にいる光景に、信じられぬ様な不思議さを感じていた。

 

 夢中になって読んでいたオカルト雑誌での、ロスチャイルドの扱いと言えば、フリーメイソンと並ぶ陰謀組織であろう。

 ネス湖のネッシー並みに怪しげな噂であるが、まさにその一員が生きて目の前で喋っている。

 伝説のビッグフットを遂に発見したと興奮して話す人の様に、得も言われぬ満足感の一方で、その正体を知ってしまった悲しみにも包まれていた。

 あれ程ワクワクして想像した陰謀組織の当主が、切れ者そうだとはいえ、見かけはどこにでもいそうな普通のおっさんであったからだ。

 ツチノコを見つけたと思ったら、卵を飲み込んだだけの普通の蛇だったとでもいう様な、期待外れを感じる。

 これが世界を裏から支配する陰謀組織の正体かと、いささか拍子抜けだと、本人が聞けば怒り出すに違いないであろう失礼な事を考えていた。

 自分の事をその様に考えているとは思いもしないライオネルは、呆けた様に突っ立っている外国人を怪訝そうな顔で眺める。


 『どうしたのだね?』

 『ああ、いえいえ、素晴らしいお屋敷だなと驚いておりました!』


 慌てて誤魔化す。

 ライオネルはそう言われる事に慣れているのか、ぶっきらぼうに大した物じゃないとだけ応え、先を続けた。

 

 『今日は貴殿と内密な話をしたく、エドワード君に頼んだ次第だ。家族はナサニエルしかいないが、貴殿を軽視している訳では無いので、そこの所は誤解しないで貰いたい。』

 

 広い屋敷にロスチャイルド家の者はこの二人だけらしい。

 世界の黒幕っぽいのが家族にはいるかもと思った松陰は、少しだけ残念に思った。


 『私は構いませんので、お気遣い無く。』

 『すまない。』


 執事が開けた扉を抜け、奥へと進む。

 そこには贅を尽くした世界が広がっていた。

 エドワードの屋敷も十分に贅沢なモノであったが、流石に比べられそうも無い。

 とは言え、余り大袈裟に驚くのも癪なので、興味なさげにチラチラと見るだけに留めた。

 全体的に金ぴかな印象を受ける応接室に通され、フカフカな座り心地のソファーに座り、ライオネルと相対する。

 エドワードは松陰の隣に、ナサニエルはライオネルから離れて座った。

 屋敷の主が口を開く。


 『英国流のもてなしは窮屈だろうから簡略にしたいが、どうだろうか?』


 日本の客人は質素を好むとエドワードに聞いていた。

 その申し出は松陰にとっても願ったりである。

 ロスチャイルド家のもてなしを体験したくない訳では無かったが、正直おっかないとも思う。


 『私的な用事で参っておりますので、それで構いません。』

 『配慮に感謝したい。』


 執事が紅茶を用意する。

 お湯を注ぐと芳しい香りが部屋に広まった。

 作法は要らぬと言うので、早速本題に入ろうと松陰が尋ねる。


 『内密な話と伺いましたが、どの様な事でしょう?』


 と、ライオネルが答えるよりも先に、エドワードが慌てた様に喋った。


 『待って下さい! 内密な話ですと、私は席を外した方が宜しいのでは?』

 『いや、エドワード君もいてくれ給え。』

 『え? いや、そ、そうですか……』


 気を利かせてというよりも、余計な厄介事に巻き込まれるのを恐れ、それを未然に防ぎたかったエドワードであったが、その企みは脆くも潰えた。

 がっくりとした彼の顔が可笑しかったのか、ライオネルの目に喜悦が浮かぶ。

 しかしそれも一瞬のうちで、すぐに松陰に視線を戻し、要件を切り出した。

 前置き通り、時候の挨拶などといった寄り道はしない方針らしい。


 『君の国には銀行が無いそうだが、本当なのかね?』


 その目線が鋭く、内心まで見透かされそうであった。

 どこにでもいそうなおっさんというのは勘違いだった様で、世界を支配する存在と噂されるに足る顔つきに思える。

 松陰はやれやれそういう話かと思いながらも、隠しても仕方が無いので正直に話した。

 

 『それは本当ですよ。』


 日本の使節団はイングランド銀行も見学している。

 その際、その様な話が出たのだろう。

 銀行業で富を成すロスチャイルドにとってみれば、自前の船で世界を回って来る技術があるにも拘らず、銀行の一つも無いとは信じられなかったのかもしれない。

 

 『それでどうやって経済活動を行っているのかね?』


 銀行が当たり前のヨーロッパの人間にとっては、極東の島国の様子は大層不思議に思えた。

 

 『我が国の農民は米で税を払っておりますし、商人は資金の貸し付けなどを行っておりますが、銀行という存在までは社会に必要無い段階なのだと思われます。しかし、開国したからには諸外国の商人が来日し、取引の際には預金や決裁の機会もあるでしょうから、その開設が必要となるでしょう。その為、イングランド銀行を視察した訳です。』

 『成る程。』


 アメリカでも銀行は見学している。

 国による制度の違いなどを調べる為、他の国の銀行も回る予定だ。

 松陰の答えを聞き、ライオネルは満足したのか頷いた。

 けれども、彼がその質問をした思惑には、警戒心を以て臨まねばならないだろう。


 『もしや、ロスチャイルド家が手伝ってくれると言うのですか?』

 

 鎌をかける意図で問う。


 『力を貸すのにやぶさかではないが……』


 そら見た事かと思う。


 『それはどうもありがとうございます。しかし生憎、外国の方に銀行の立ち上げを任せようとは思いませんけどね。』

 『と言うと?』


 ギロリと睨まれた気がした。

 誰が業突く張りのユダヤ資本を日本に入れようと思うだろう。

 確かにユダヤ人は優秀なのかもしれないが、今はメリット以上にデメリットがある様に感じる。


 『我が国の民は外国の方に慣れておりませんから、要らぬ誤解から下手な軋轢を生まない為ですよ。お金を扱う商売に外国人が入れば、我が国の富を外国に流していると民に疑われてしまいますからね。』

 『ふむ。』


 松陰の説明に顎髭を触りながら応えた。

 

 『お心遣いはありがたいですし、ロスチャイルド家のご支援を受けるなど光栄ですが、ここは自分達だけでやるべきだろうと考えております。』

 『しかし君達は、銀行とは何か分かっているのかね?』


 馬鹿にするというよりは、知識の確認であろうか。

 何も知らない事を痛感させたら、助けを求めるだろうとの算段かもしれない。

 問われた松陰は考え込む。


 『銀行とは何か、ですか? ううむ、分かっている様で分かっていないかもしれませんね……』


 アメリカの銀行を見学した帯刀らが、詳細な報告書を書いていた。

 前世の知識も併せ、語る。


 『銀行とは何かの前に、お金とは何でしょうか?』

 『そこからなのかね?』


 銀行が扱うモノはお金であるが、それが何なのかが分かっていないと始まらないだろう。


 『大昔だけでなく、今も一部の地域では物々交換が行われています。』

 『確かにそう聞くな。』

 『魚と野菜、肉と小麦などを、それぞれの所有者がその時々の交換比率で取引していたのでしょう。』

 『だろうな。』


 品薄時には高騰し、旬には下がるのが普通だろう。


 『時代は進み、魚をより多く捕れる様になりました。漁師は喜んで市場に持っていきますが、農家の必要量以上の魚は野菜や小麦と交換してもらえません。』

 『需要と供給という訳だ。』


 農産物は保存が効かず、余らせれば腐ってしまう。


 『困った漁師は綺麗な石の首飾りと魚を交換しました。家で待つ妻にプレゼントしようと思ったのです。』

 『胡麻をする必要があるからな。』

 

 その辺りは万国で共通しているかもしれない。

 

 『ある時海が荒れ、漁に出られない日が続きました。漁師は魚が獲れず、小麦や野菜が手に入りません。』

 『よくある事だな。』

 『困った漁師は妻の首飾りを市場に持っていきました。それを食べ物と交換しようと思ったのです。』

 『今なら質屋に行く所だろうが、正しい選択だ。』


 ライオネルはウンウンと頷く。


 『どうにかこうにか首飾りを食べ物と交換する事が出来、漁師の家族は飢えずに済みました。』

 『妻の愚痴を聞かずに済む訳だな。』

 『そして漁に出られる様になり、また大漁となると、今度は余った魚を積極的に綺麗な石と交換する様になりました。』

 『賢い男だな。』

 『これで魚を腐らせる事無く、魚が持っていた価値を保存出来る様になったのです。これが大まかなお金の始まりです。』

 『成る程、分かりやすい。どうだ、ナサニエル?』

 『はい!』


 父に問われ、息子は元気に答えた。


 物々交換は手間がかかる。

 自分の売りたい物と相手の欲する物がマッチングせねば、取引は成り立たないからだ。

 そこに商人の存在があり、貨幣を介在させ、品物の価格が定まってあれば、売りたい者は商人に物を売って貨幣を受け取り、物を買いたい者は商人から買って貨幣を払えば良い。


 『綺麗な石はやがて砂金に変わり、砂金から金を作る技術が見つかると金貨を作る様になりました。』

 『時代が飛躍している様に感じるが、まあ、その通りだな。』


 反論は無いらしい。


 『やがてその地域を武力で治める者が出てきます。金を独り占めにし、価値が下がるのを防ぐ様になりました。採れただけの金が市場に出回れば、その価値が下がるからです。』

 『希少だからこそ、価値がある訳だからな。』


 それが国家の成立にも繋がるのだろう。 

 

 『悪知恵の回る者が混ぜ物を使った金貨を作る様になります。贋金です。贋金が市場に出回り、皆が金貨の価値を疑う様になりました。』

 『悪貨は良貨を駆逐する、だな。』

 『国家の仕事に、貨幣の価値を守る事が加わります。』

 『それは重要な事だぞ!』


 ライオネルは思わず叫ぶ。


 『しかし人口が増え、経済活動が大きくなってくると、次第に金が足りなくなってきます。』

 『むむ?』

 『銀貨、銅貨を作りましたが、それでも足りません。』

 『それで?』


 続きが気になり、先を急かす。


 『やがて賢明な者が気づきます。たとえ紙に書かれた金貨であっても、民がその価値を信頼していたら、それは金貨と同じなのではないかと。』

 『紙幣の登場だな。』

 『兌換紙幣ですね。』


 当時の紙幣は、銀行が保有する金貨と即座に交換出来るという名目で発行されていた。

 

 『以上が大まかなお金の歴史です。』

 『成る程、良く理解している様だ。』


 兌換紙幣の次の話は止めておいた。


 『では、本題の銀行です。』

 『うむ。』


 今までの話から考えるに、銀行への理解も正しいだろうとライオネルは思ったが、息子に聞かせる為もあって先を求めた。

 

 『先程の説明に出てきた漁師は事業に成功し、外国にも船で行く商人になりました。』

 『エドワード君の若い頃だな。』


 突然名を呼ばれたエドワードは驚き、ビクッと体を縮こまらせた。

 退屈な話が続き、半分眠っていたのだ。


 『長い航海の前に漁師は心配になりました。家にある大金の事です。』

 『それは心配だ。』

 『ええ。奥さんに無駄遣いされないか、強盗が襲ってこないか、徴税官が勝手に徴収していかないか、それが心配です。』

 『まさに!』


 ライオネルはどれか心当たりがあるのか、膝を打って同意する。


 『漁師は思います。当座に必要ではないお金を、帰って来るまで預かってくれる人がいないかと。』

 『成る程。』

 『そしてこうも思います。新たな船を作る時には、足りない資金を貸してくれないかと。』

 『銀行の業務の一つだな。』

 『預金と融資ですね。』

 

 話が進む。


 『そして外国に行った漁師は困りました。持って行った自国の金貨が、その国の市場では使えないと言うのです。漁師は金貨を交換してくれる人を探しました。』

 『為替だな。』

 『これも銀行の業務ですね。』


 先を促す。


 『商売が成功し、大金を持ち帰った漁師はそれを銀行に預けます。しかし奥さんが別荘の購入を迫りました。』

 『その光景が目に浮かぶ様だ……』


 視線が宙を彷徨う。


 『漁師は思います。別荘の代金を銀行から引き出して、売り主の家まで持っていくなんて怖くて出来ないと。』

 『襲撃に遭うのがオチだな。』

 『ですから、売り主の持っている銀行の口座に振り込む事を頼みます。』

 『決済だな。』

 『これも銀行の業務ですね。』

 『やはり良く分かっているのだな。』


 自分の見立て通り、松陰が銀行という物を理解している事に満足した。

 そんなライオネルに更に続ける。


 『残された銀行の大事な機能として、信用の創造があります。』

 『何?!』


 その言葉に耳を疑った。

大雑把な説明としてご了承下さい。

次話も銀行の話が続きますが、併せてイギリスを出発したいと思っております。

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