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餓鬼の群れ

 「正睦様……只今……到着致し……ました……」


 息も絶え絶えという風に松陰が言った。

 頬はやつれて眼窩は窪み、一見してただ事では無い事が分かる。

 後ろに控える者らも、一様に同じに見えた。


 「待っておったぞ。しかし、一体何があった、のだ?」


 皆、只者では無い者達ばかりの筈である。

 それなのに、こうまで衰弱しているのを見れば、どれだけ困難な旅路であったと言うのだろう?

 背中に流れる冷や汗を感じ、正睦は尋ねた。


 「そ、その前に、白い米の飯を……頂けませんか?」


 松陰は絞り出す様に答える。


 「その様子では粥が良かろう! おい!」

 「ははっ!」


 正睦は松陰らの体調を慮り、消化の良い粥を作る様に命じた。

 余ったご飯くらいはあるだろうから、直ぐに用意出来るだろう。

 

 「して、何があった?」


 再び問うた。

 松陰は茶で喉を潤し、口を開く。


 「遡れば、キラウエア山の噴火に間に合わせる為、船に無理をさせたのがいけなかったのでしょう。ハワイを発って直ぐ、蒸気機関が壊れてしまったのです。」

 「それでサンフランシスコに現れなかったのか……」


 そして、あり合わせの布で作った帆で進んでいる所を、偶然通りかかった捕鯨船に救助されてハワイに戻り、別の便でアメリカに渡った事を述べていく。

 舞台公演で路銀を稼ぎ、陸路でアメリカ大陸を横断する事を決定、その過程でインディアンのチェキロー族と出会い、ソルトレイクシティで戦に遭遇し、請われて盗賊を討伐した事などを次々と説明していった。

 正睦は驚きに目を大きく見開き、けれども掛ける声が見つからず、口をパクパクと動かすだけである。

 尤も、チェキロー族に金を託され、山に隠して宝の地図を作った事は言っていない。

 正睦を信頼していない訳では無いし、寧ろ一緒に楽しんでくれるだろうが、どこから情報が洩れるか分からないので、大事をとっての事である。

 続けて説明をしようとした所、脇より声が掛かった。


 「正睦様、粥の用意が出来ました。」

 「左様か。早速持って参れ。」

 「ははっ!」


 すぐさま粥の入った鍋と椀などが用意される。 


 「お、お粥だ……」


 正睦は、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 音のした方を見れば、ギョロリとした目を爛々と輝かせた松陰がいる。

 嫌な予感がした。 


 「皆さん! お粥ですよ!」

 「おおぉ!」

 「米の飯じゃ!」


 松陰の言葉に合わせ、死んだ様にうすくまっていた者達が一斉に跳ね起きた。

 粥が注がれたお椀を奪い取る様に受け取り、瞬く間に口へとかき込む。


 「う、うめぇぇぇぇ!!」


 そして腹から絶叫した。


 


 「いやぁ、大変でしたよ! 早々に米が底を尽き、醤油も味噌も無くなってしまいましたから!」


 用意された粥を綺麗さっぱり片づけ、満足げに見える松陰が言った。

 正睦はガクッと脱力している。

 そんな正睦の様子に気づかないのか、尚も続けた。


 「途中から暫くは、パンと干し肉だけの生活でしたからね! ほとほとウンザリでしたよ! これでもパン食は大丈夫だと思っていたのですが、思っているのとやってみるのは大違いですね!」


 のほほんと言い放つ。

 そして急に真剣な顔になり、言った。 


 「しかしですね、ウンザリも過ぎると、遂にはパンそのものを体が受け付けなくなってしまうのです! 恐ろしいですよね!」


 松陰らは思い出したのか、体をブルっと震わせた。


 「しかしまあ、我々は骨の髄から日本人であったという事ですね!」

 

 その言葉に、後ろに控えていた者らはウンウンと頷くのだった。

 

 「ま、まさか、そんな事が真相か?」

 「は? そんな事、ですと?」


 正睦の呟きを聞き咎める。


 「普段食べている食べ物の有難みを知らずに、何を仰いますか!」

 「す、すまん!」


 松陰の怒気に思わず謝った。


 「毎日の食事こそ健康を保つ秘訣です! 特に米の飯は必須ですし、美味しい物を食べると心が健やかになるのですよ!」


 別に控えていた慶喜もそれには同意せざるを得なかった。

 無くなって初めて気づくという事があるが、今回の経験はまさにそれである。

 米の有難さは、食べられなくなって初めて分かるモノであった。 

 補給、兵站の重要性を、身をもって学んだ慶喜だった。

 この経験を教訓として、後に作られる皇軍の糧食事情は充実が図られる事になるのだが、それはもう少し後の話である。




 そんな松陰らとは別に、港では、南アメリカを越えて到着した瑞穂丸から、大量の荷が降ろされていた。

 この時の為に用意された品々が丈夫そうな木箱に入れられ、陸地に荷揚げされていく。

 その任に当たっていた新平が内容物の書かれた札を確認し、種類毎に次々と分けていった。

 後日、満を持してアメリカ市民に披露された。


 『パラパラ漫画です。』

 『何だと?! 絵が動いているぞ!』


 梅太郎によって北斎直筆のパラパラ漫画が紹介され、集まった市民から驚きの声が上がった。

 それは厚めに作られた和紙を用い、今で言う単語帳と同じ作りとなっており、パラパラ漫画の為だけに作られた製本仕様である。

 晩年の北斎が精力を傾け、工夫と遊び心を凝らして描き上げた作品達であった。

 一枚一枚は静止画でありながら、パラパラとめくれば、まるで生きている様に絵が動き出す。

 市民はその不思議に唸った。


 『竹トンボです。』

 『おおぉ! 空に飛んでいったぞ!』


 帯刀が実演し、天高く消えていった日本のおもちゃに歓声を上げる。

 数だけはあるので土産として手渡した。

 あちらこちらで竹トンボが空に舞い、落ちてくるのを小走りで拾いに行く市民の姿があった。

 

 『からくり人形です。』

 『人形が弓を?!』


 使節団に同行している、田中久重の作った弓曳童子が見事な弓捌きを披露する。


 『こちらは文字を書きます。』

 『ハローだと?! 日本の人形は英語が出来るのか?!』

 

 もう一つの傑作がHELLOと文字を書いた。

 英語を書く特別仕様だ。


 『この人が製作者です。』

 『おぉ! マスターと言わせて下さい!』


 壇上の田中久重が喝采を浴びる。

 弟子入りを望む者が続出したが、今後の予定もあり、教本である「カラクリ入門」を授けるに留まった。




 ワシントン市の興奮の影で、松陰はチェキロー族と交わした約束を果たす為、とある上院議員の下を訪れていた。

 それは近い将来、南北戦争を終結に導く大統領となる男。

 祖父をインディアンに殺され、その一部始終を目撃していた父親に、祖父と同じ名前を付けられたエイブラハム・リンカーンその人である。

 

 当時既に大陸中西部の居住地に追いやられていたインディアンであるが、中西部に向かって鉄道敷設を進めたい鉄道会社は、彼らの居住地を手に入れる為、積極的に政治家に働きかけていた。

 リンカーンはそんな鉄道会社の期待に応え、彼らの土地を取り上げたのである。

 過去、アメリカ政府がインディアンを東部から追い出し、勝手に定めて押し込めた居住地である筈なのに、鉄道を敷くとなればそこに住む権利を一方的に奪い、更に僻地へと追い払ったのだ。


 そんなリンカーンの下に、チェキロー族の未来を託す為、松陰は向かった。

 初めは外国の使節の一員として丁重にもてなされた松陰であったが、話がインディアンに及ぶと場の雰囲気は一変した。

 オネストエイブ(正直者のエイブ)として人々の信頼を得ていたリンカーンであったが、正直故に感情を隠す事は出来なかったらしい。

 途端に不機嫌になり、インディアンへの嫌悪感を露わにした。


 初めから別の議員に頼むか、リンカーンに頼むにしても、インディアンを隠して話を進めれば良かったのかもしれない。

 しかし、後の彼のインディアン政策を知っていた松陰は、ここで少しでも彼の感情を癒す方向に持っていきたかったのだ。

 奴隷制度を廃止し、アメリカの分裂を防いだ英雄として有名なリンカーン。

 けれども、彼のインディアンへの容赦の無さは、その偉大な功績を減ずるモノと思われた。

 余計なお節介ではあるが、壁をまっとうする英雄であって欲しいとの、松陰の勝手な思いである。


 怒気を込めて追い払おうとするリンカーンであったが、松陰は怯まない。

 弁護士でもある彼に、インディアンには法の正義が及ばないのかと訴える。

 奴隷制度を認めない理由は何かと問い質す。

 もしもアフリカから連れて来られた黒人奴隷に、合衆国憲法の理念である自由や平等の精神が及ぶと見做すならば、アメリカ大陸に元々住んでいたインディアンにも、その精神は当然の如く及ぶ筈だと説いた。

 家族を殺された恨みは消えないだろうが、その報復として殺されたインディアンの数は何人なのだと尋ねる。

 圧倒的にインディアンが殺されているだろうと追及した。

 一人の白人の命には、百人のインディアンの血を流さねば気が済まないのかと責めた。


 リンカーンも黙ってはいない。

 その弁舌で生計を立てていた彼である。 

 松陰の主張に悉く反論し、議論は簡単には決しなかった。 


 3日間の白熱した討論の末、遂に松陰は、オレゴンの地に大規模な土地の所有を認めさせる事に成功する。 

 カリフォルニア州の北に位置するオレゴンは、この時は未だ州にはなっていない、少数部族のインディアンが疎らに住むくらいの未開の地である。

 宗教組織「神聖香霊ホーリーカレー」のアメリカ支部をオレゴンに建設する名目で、チェキロー族を収容する事にリンカーンは同意した。


 広大な土地を購入する資金は、勿論チェキロー族のきんである。 

 土地購入の謝礼の一部として、持ち運んだ金の珠の残った全てを彼に渡した。

 約束した代金を御者へ払い、残ったのは3個だけであったが、賄賂兼謝礼としては十分過ぎるだろう。

 土地の代金は隠している金を回収して払う事を告げる。

 その存在を疑う彼に、作った宝の地図を見せて安心させた。

 弁護士であるので、顧客の秘密は守るだろう。

 嘘なら後で土地を取り上げれば良いだけなので、合衆国の議員としても問題は少ない。

 その方向で取引は纏まった。


 折角ワシントンに辿り着いた松陰であったが、金の回収に再びカリフォルニアに戻る事を決意する。

 使節団もアメリカを発ってヨーロッパに行く為、船が出るニューヨークに向かう事が決まった。

 最後に、舞台「ニンジャ」を大々的に催し、アメリカ訪問を締めくくるべく計画が練られる。

 そして、カレー欠乏症の発作が起き、松陰は倒れた。

リンカーンが上院議員になるのはこの年の暮れみたいですので、ちょっと早めています。

色々と強引な展開ですが、ネタが尽きてます・・・

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