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荒野の13人

前話を加筆し、教団のその後について言及しています。

穏健派が掌握した、という内容です。

 「はぁ?」


 千代が年頃の娘らしからぬ言葉を吐いた。

 言われた男達はしきりと恐縮している。


 「千代、歳三君達も反省しているんだから、そんなに責めては可哀想だよ……」

 「何を言ってるのですか! こんな事で私の怒りは治まりません!」

 「そ、そうですか……」


 助け船を出した松陰だったが、全く歯が立たなかった。


 「松兄様も松兄様です!」

 「え? 私?」


 突然に批判の矛先を向けられ、狼狽する。


 「もしもイネ姉様に何かあったらどうしたのですか!」

 「うっ!? そ、それは……」


 全くもっての正論に松陰は言葉を詰まらせた。

 千代にとってみれば、松陰から作戦の細かい所までは説明されなかったし、自分達は会場には入らず馬車で待っていたので、事の顛末をイネから聞かされ、思わず顔から血の気が引いた。

 昔から不思議な偶然を何度も起こしている兄ではあるが、流石に今回の事は看過出来そうにない。

 一言言わずにはいられなかった。


 正直に言えば、卑劣なあの男が爆死したと聞いて胸がスッとしたのは事実である。

 それに結婚の誓いの現場に乗り込み、花嫁を奪おうとするなど、日本ではおよそ考えられない出来事であろう。

 両家の面子を潰したと、命を以て責任を取らされる事になる筈だ。

 だからこそ女の身としては心躍る部分もある。

 その証明が目の前にいた。


 「うふふ」


 話題となっていたイネがその頬を赤らめ、松陰の後ろ姿を見つめて微笑んでいる。

 それは恋する乙女に見えた。

 千代は溜息をつく。

 兄の行いに、イネ自身への想いが無い事は分かっている。

 時間が無かったので、そうせざるを得なかったのであろう。

 インドという未知の国に、想い人がいるらしい事は千代も承知している。

 それこそ良く分からない兄の不思議な所であるが、口にしてきた事を数々と実現させてきた兄なので、そうなのだろうと思うしかない。

 しかし吉乃との事もあったので、イネの今後を考えると、このまま放置するのは宜しくない様に思えた。


 「松兄様?」

 「な、何でしょう?」

 「後ろを……」

 「後ろ?」


 千代に言われ、松陰は後ろを振り向いた。

 自分を見つめるイネと目が合い、イネは途端に顔を真っ赤にし、俯く。

 松陰は驚き、千代に向き直った。


 「こ、これは?!」

 「はぁ……」


 気づいていなかったのかと溜息が出る。

 ソルトレイクシティを脱出してからは、逃げる様に旅を続けていたので、碌に話し合う時間もなかったので仕方がないとは言えるが。

 忠告を込めて千代は言う。 


 「吉乃姉様の二の舞だけは見たくありませんよ?」

 「は、はい!」


 姿勢を正して松陰は答えた。

 



 一行は見渡す限りに広大な平野の中、ポツンと置かれた様な町に泊まっていた。

 替えの馬が足りず、仕方なく足止めを食っている。

 土埃のする通りを挟み、ホテルを兼ねた酒場と数十軒の建物があるだけの、小さな町であった。 

 体調が戻りきっていない者に部屋を使ってもらい、他は馬車の中で寝ている。

 食堂を兼ねた酒場で食事中、唐突に扉が開き、ヨロヨロとした足取りの男が入って来た。


 『た、助けてくれぇ!』

 

 言うなり床へと倒れ込む。

 

 『だ、大丈夫ですか?!』


 慌てて松陰は駆け寄る。

 息は荒いが意識はあり、疲労困憊しているだけの様だった。

 肩を貸して椅子へと座らせる。

 コップに入った水を差し出すと、男は奪う様にその水を飲んだ。

 松陰よりは少し年上くらいの男で、顔は日に焼け、痩せこけている。

 男が一息ついた所で質問した。


 『一体どうされたのですか?』

 『そ、それが!』 


 真剣な顔で口を開きかけた男は、そこでようやく目の前の一行が奇妙な集団だと気づいた。

 髪形は変だし、来ている服も見た事が無い。

 中には同じ様な服を着ている者もいるが、不思議な事に腰に棒きれを二本、差している。

 出しかかった声を飲み込み、言った。 

 

 『あ、アンタら何者だ!?』

 『そんな事はどうでも良いでしょう? それより何事ですか?』

 『あ、ああ……』


 流暢な英語に、それ以上の質問は抑えた。

 再び真剣な顔になり、言う。


 『村が盗賊に襲われたんだ! 人質を取られ、金を用意しなければ奴隷としてインディアンに売り飛ばすと言われた!』

 『え?』

 『俺達の村は貧乏だ! そんな金がある訳ねぇ! 保安官のいる町まで行けば間に合わねぇ!』

 『そ、それって……』


 松陰は嫌な予感がした。

 案の定、


 『どうか俺達の村を助けてくれ!』

 「まさかの荒野の七人とは!」


 英語にするのも忘れ、叫ぶ。




 『本当に寂れていますね……』

 『悪かったな!』

 

 男に案内され、松陰らは村へと着いた。

 賛成多数で助ける事が可決されたので、早速の行動である。

 馬車は置いておき、馬に乗っての移動だった。

 荷物の監視に人を残し、体調の万全な者だけを選んで来ていた。 

 面々としては松陰、勇、歳三、玄瑞、半次郎、慎太郎、鉄舟、強硬に参加を主張した慶喜、市之進、乙女、乙女が行くならとジョニー、並びにスズとマリアである。


 案内された村は寒村であった。

 あばら家と言って差し支えないくらいの小屋が数軒、身を寄せ合う様に建っている。

 集落の周りには背丈の低い草が生える牧草地らしき場所があり、牛が数頭のんびりと草を食んでいた。

 畑らしき、柵で囲まれた区画も見えたが、作物の育ちは悪く見えた。


 『他の場所に畑などはあるのですか?』

 『こ、これだけだ!』 

 

 男が少し怒った様に答えた。

 生まれた村を馬鹿にされたと感じたのだろうか。

 松陰はそれに構う事なく馬を進める。


 『では、改めてお話を聞きましょうか。』

 『あ、ああ!』


 慌てた様に男が村へと急いだ。


 内容自体はよくある話であった。

 貧しいながらも慎ましく暮らしている農民達の元に、馬に乗った盗賊達が現れて金品を要求するというヤツだ。

 人質を取り、返して欲しければいついつまでに金を用意しておけ、である。

 とてもではないが用意出来ないので、どうにかならないかと他の村々を回っていたらしい。

 5家族合わせて28名の村で、人質となったのは子供5名であった。

 10歳を年長に、各家庭から一人ずつ幼い子供を選んで連れて行ったらしい。

 村人全員が頭を下げ、どうか助けて下さいと懇願した。

 報酬には彼らの貯えから、払える精一杯な額を提示された。


 『盗賊の数は10人程度と伺いましたが、確かですか?』

 『はい! でも、それ以上いたかもしれません……』


 見張りなど、村人の目に触れていない者もいよう。  


 『次に彼らがやって来るのはいつでしたか?』

 『3日後です!』

 『でしたね。』


 男が町で言っていた事の確認でしかないが、全てが嘘である可能性も考慮した。

 まんまと誘き出され、身ぐるみ剥がされるというヤツである。

 しかし話をする限り、どこにも違和感は無い。

 何より自分達を見つめる子供達の真剣な表情が、事態の切実さを物語っていた。

  

 『話を引き受ける条件ですが、全てこちらの言う通りにして貰いますよ?』

 

 松陰の言葉に、村人達の顔がパッと明るくなる。

 すかさず答えた。 


 『それは勿論です!』


 それに満足し、松陰はニンマリと笑い、従って貰う事の内容を言った。


 『では、盗賊のやって来る3日後、彼らの言う額のきんを払って貰います。』

 『え?』

 『心配せずとも、金はこちらで用意しています。』

 『は?』

 

 訳が分からないといった顔だ。

 説明を続ける。


 『彼らがそれで満足し、大人しく人質を返して帰るなら良し、欲が出て更に要求する様なら、時間が必要だと言って下さい。』

 『そ、それって?』

 『正直、皆さんに何かして貰う事はありません。全てこちらで対処します。ここで大人しく、子供達が無事に帰ってくる事を祈っていて下さい。』

 『は、はあ……』

 『あ! 確認の為に一人だけ私達に付いてきて下さいね!』

 『分かりました。』


 村の男達は気の抜けた顔をした。

 てっきり、銃を手にして立ち向かうモノと思い込んでいたからだ。

 しかし、慣れない彼らが間に入ると、えてして逆効果となってしまう。

 訓練の時間が無いので、足を引っ張る結果となるのがオチであろう。

 それを心配し、手出し無用を求めた。




 「どうするんだ?」


 村の者との段取りが終わり、歳三はこれまで聞いてこなかった計画を尋ねた。


 「なーに、金を得て満足して帰るであろう彼らの後を付けていき、本拠地を探し出して直接叩きますよ。」


 松陰はニコリともせずに答えた。

 歳三が更に聞く。


 「夜襲か?」

 「相手の数にもよりますが、それが安全確実ですよね。」

 「それはそうだな。」


 正義の旗を振りかざし、断罪する意味はない。

 安全かつ速やかに、敵勢力の無力化を図る事を優先する。


 「どうやって後を付ける?」

 「知ってますか? 長距離ですと、馬よりも人の方が早く走れるのですよ?」

 「そうなのか?」


 汗腺が無い馬は、体の熱を発散出来ずに長距離走を苦手とする。

 何を思ったか、歳三や鉄舟らが若干顔を赤らめ申し出た。 


 「出来れば、汚名をそそぐ機会が欲しいんだが……」


 それは事情も知らずにモンモル教団の手先となり、嬉々として戦に参加しようとしていた自分達を恥ずかしがっての事であった。

 そんな彼らの気持ちを考慮する。


 「では、盗賊の追跡者は歳三君と鉄舟君でお願いします。休む時には交互に休み、片時も見失う事が無きように願います。水は必須ですので十分に。食料は重くなるので最小限度に。それと、彼らが通った道を我々に知らせる為に、定期的に目印を地面に置いて下さい。言うまでもありませんが、追跡者の役目は彼らの本拠地を特定する事です。功を焦らず、絶対に見つからない様にして下さいね?」

 「分かったぜ!」

 「任せておけ!」


 二人がその胸をドンと叩いた。

 この二人ならば心配はいるまい。


 「では残りの我々は、馬で武器弾薬などを運びますので準備しておきましょう。」

 「おおぉ!」


 こうして松陰らは万全の準備を整え、盗賊の到着を待った。

 村人の言葉通りに3日後に現れ、金を受け取った時には大層驚いた顔をし、ニヤケ面で子供達を解放し、大人しく帰っていった。


 歳三と鉄舟がその後を付けて走る。

 目立たない様、服を換えさせて風景に同化する事を意識させた。

 二人が地平線に消える前に、馬を走らせて二人を追う。


 数日後、二人は無事に盗賊のアジトを発見した。

 一人はそのまま見張りを続け、片方は見つからぬ位置まで下がって皆の合流を待つ。

 望遠鏡で盗賊の人数、装備、アジトの様子を観察し、隙を伺った。


 そして遂に決行の夜となった。

 月の陰った暗闇に紛れ、黒装束の一行は音も立てずに静かに走る。

 まず見張りを倒したのは歳三であった。

 それを合図にアジトへと侵入し、歳三らは一人、二人と競う様に斬り倒していく。

 盗賊にとっては、捕まった先に待つのは縛り首だけである。

 ここで殺すのがせめてもの情けとばかり、容赦の無い斬撃を加えていった。


 そしてその夜襲も、遂に盗賊らの知る所となった。

 盗賊の一人が視界を確保しようと、手に持ったランプに火を灯そうとする。

 すかさず乙女が弓を放ち、それを防いだ。

 至近距離で銃を取り出した相手には、慶喜の手裏剣が炸裂した。

 半次郎の猿叫が敵のアジトに不気味に響き、盗賊の恐怖心を煽る。

 狼狽えた彼らは碌な反撃も出来なかった。

 こうして盗賊達は壊滅した。

 



 『ありがとうございました! これは約束のお金です!』


 村人達が頭を下げた。

 子供達は皆キラキラした顔を向けている。

 事の詳細を同行した大人から聞き、ヒーローに憧れる気持ちであろうか。

 実際は闇討ちなのだが。

 松陰がお金を受け取り、言う。 


 『確かに。ではこれで、武器を揃えて下さい。』

 『え?』

 

 キョトンとした顔をする。


 『今後は近隣の村々と協力し、自警団を作って下さい。自分達の村だけでなく、仲間同士で助け合って身を護る様にして下さいね。』

 『わ、分かりました!』


 元々独立心の旺盛な開拓民である。

 そうでなければ、この様な荒野を一から開拓しようなど思いもしない。

 また、不屈の闘志も必要であろう。

 それがなくては、大自然の脅威にへこたれてしまうだけだ。

 そして、困難には協力する心があるからこそ、今回の事にもつながっている。

 であれば、それを広げるだけの事だ。


 『個々の村々の持つ力は小さいでしょう。しかし、纏まれば盗賊にも対抗出来る筈です!』

 『た、確かに!』


 松陰の言葉に力強く頷いた。


 『せめて名前だけでも……』


 別れの際に問われた。

 名乗る程では無いと、名前は伝えていない。

 流石にそれはどうかと思い直し、キリリとした顔で口にする。 


 『では、ニンジャと呼んで下さい。』

 『ニンジャ?』

 『ではこれで。』


 松陰らは立ち去った。

 

 『ニンジャ!』


 子供達が口々に叫び、見送ってくれる。

 後日、その話は地域に広がっていき、自警団「ニンジャ」が結成された。



 

 「これで俺達の汚名は雪げただろう?」

 「ふん! 助けを求めてきた人を助けて、何が汚名の返上ですか? 当たり前の事をしたまででしょう?」

 「き、厳し過ぎだろ……」


 千代の言葉に肩を落とすニンジャの姿があった。

盗賊を二度出すのもどうかと思いましたが・・・


次話は帯刀らのパートです。

日記形式でちゃちゃっと進めたいと思います。

どうにか100万文字に到達しました。

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