ややこしい事態
『旦那!』
『君は御者のヘンリー君!? どうしてここに?』
検問で荷物などを調べられ、隠して正解だったと思いながらソルトレイクシティに入った。
町に入った途端、松陰は御者の一人であるヘンリーに呼び止められた。
『皆さんの所へ案内する為、旦那方を待ってたんです!』
『それはどうもありがとう。皆は元気にしていますか?』
『色々と大変な事になってます!』
挨拶もそこそこに、ヘンリーが慌てた様子で言う。
『大変と言えば、政府軍とモンモル教会が戦争になるかもしれないそうですね?』
『知ってるんですか?!』
『カリフォルニアに向かう人達に聞きました。』
松陰は聞いた話を伝えた。
『そうなんです! 合衆国陸軍がすぐそこまで来ています!』
『そんな近くに?!』
ヘンリーの言葉に驚いた。
まさかそこまでとは思っていなかった。
『もうすぐこの町で戦争が起きる?』
台湾で戦を経験している彼にしてみれば、二度とは御免蒙りたい所だ。
そしてそれに関連し、聞かねばならない事がある。
『武器を没収されそうになって抵抗し、何人か逮捕されたとか?』
『そうです!』
『一体誰が逮捕されたのですか?』
『えぇと、すみません。名前が難しくて……』
『そうでしたね。まずは皆の所に向かいましょう!』
日本人の名前は外国人には難しい。
ひとまずは合流する事を急いだ。
道すがら尋ねる。
『逮捕されたのは何人ですか?』
『四人です!』
『成る程。それでは他の人は?』
『病気で入院している人達がいまして、残りの人はその費用を稼いでいます!』
『え? 金があるでしょう?』
訳が分からず聞く。
その為に持たせた金の筈である。
ヘンリーは言いにくそうに口を開いた。
『実は旦那方が逮捕された時に馬車を改められ、金が見つかって没収されてしまったんです!』
『何ですって?! 盗んだ訳でも無いのに!』
『そうなんですが、こちらの言い分を聞いてくれなくて!』
『まさか戦争で?!』
思い浮かんだ理由にヘンリーは頷いた。
『それはヨセフさんも心配していました! 戦争が近いから戦費として奪われてしまうんじゃないかと!』
『あり得ますね……』
戦争となればありがちな話だろう。
そう言っている間に一行は、留置場の前に辿り着いた。
『ここが留置場ですが、どうされますか? 先に皆さんの所に行かれますか?』
『いえ、先に顔だけ見ておきましょう。我々が着いた事も知らせたいですし。』
『わかりました。』
しかしヘンリーの顔色は冴えない。
『どうしました?』
『実は逮捕より、もっと面倒な事になってるんです!』
『え?』
ヘンリーの台詞に面食らう。
『裁判の場で名誉と誇りについて言い争いになり、話の流れで陸軍との戦争に参加する事になってしまったんです!』
『どうして!?』
意味が分からない。
『ヨセフさんが言うには、仕組まれたんじゃないかと……』
『仕組まれた?』
『はい。モンモル教団は陸軍との戦争を前に、あの手この手で参加者を集めようとしています。その一環ではないかと言ってました!』
『成る程……。で、そのヨセフ君は今どこに?』
『ヨセフさんが金は私有財産だと訴え、返還を求めて弁護士の間を駆け回っています!』
『そこは流石と言うべきか!』
ユダヤ人金融家の息子の面目躍如であろう。
ジョニーとディケアミスとヘンリーには外で待ってもらい、受付で面会を申し込み、勇と共に順番を待った。
番となり、牢屋の前まで案内される。
西部劇で見る様な、鉄格子の牢であった。
中に入っていた歳三が松陰に気づき、声を出す。
「お? 着いたか!」
「歳三君に玄瑞君? 慎太郎君と鉄舟君もですか!」
「歳! お前という奴は!」
「近藤さんも元気そうだな!」
牢には土方歳三、久坂玄瑞、中岡慎太郎、山岡鉄舟の四人が入っていた。
どれも落ち込んでいる様子は無く、悠々自適に見える。
「刀の没収に抵抗したのは兎も角、どうして戦争に参加する事になっているのですか!」
余裕すら感じられる四人に、松陰はついカッとなって問い質した。
問われた側は互いに目配せし、松陰と同じ長州藩の玄瑞が語る。
「刀は武士の魂という事を説明する中で、誇りについて異人共と言い争いになったのです。その際、臆病者でなければ戦争に参加して証明しろと言われ、望む所だとなりました。」
「陸軍との戦が間近なのは知っているでしょう? 人員を集めるのに体よく利用されただけではないのですか?」
「勿論それもあるでしょうが、武士が一旦口にした事から逃げ出す訳にはいきません!」
「そういう事だ!」
「当然ぜよ!」
「なーに、心配は要らん! 盗賊共と同じく、蹴散らしてやるさ!」
他が同調した。
しかし鉄舟の言葉が気になる。
「ちょっと待って! 盗賊って何ですか?」
「いや、旅の途中で盗賊に襲われたんだが、乙女殿らの放つ弓矢に恐れをなして一目散に逃げ出しやがったんで、追い詰めて皆殺しにしてやったのだ。」
「え?」
あっけらかんと言い放つ鉄舟に松陰は耳を疑った。
周りが盛り上がる。
「御者の奴らも喜んでおったな!」
「異人など恐るるに足らず!」
「大和魂ちや!」
「おぉ! それは大した物だ!」
勇ましさに勇も顔を綻ばせた。
「どうしてそんな無謀な事を……」
一人松陰の顔色だけが優れなかった。
とは言え、起きた事を今更悔やんでも仕方がない。
目下の懸念は身近に迫った戦争の危機である。
「それで、この後はどうなるのです?」
対策を練る為に尋ねる。
「知らん!」
歳三の答えに腰が砕けた。
留置場を後にした。
「元気そうで何よりと言えば良いのか……」
「戦に参加とは胸が躍る!」
心配げな松陰を他所に、勇の鼻息は荒い。
そんな勇を諫める様に言った。
「ここはアメリカなのですよ? 主力武器であろうスプリングフィールド1842は先込めなので、戦の陣形は戦列歩兵だと思いますが、撃ち切った後は銃剣で突撃だと思いますよ? そんな戦い方で良いのですか? 命がいくつあっても足りませんよ!」
「せんれつほへいとは何だ?」
「銃を持った歩兵が横一列に並び、上官の号令で一斉に撃ち、相手が崩れたら銃剣で突撃する戦法ですよ。」
「抜刀しての突撃など望む所ではないか!」
全く逆効果であった。
「私としては、宗教の側に立って政府軍と戦う事があり得ないのですが……」
「今更そんな事を言っても仕方ないだろう?」
「日本国を代表してここに来ているのですよ? こんな事がワシントンに知れたらどうなるのか! 堀田様が卒倒しますよ!」
「なぁに、その時はその時だ!」
勇が気楽に笑う。
松陰は溜息をついた。
「こんな所で命を落として良い人は、誰一人としていないのに……」
勇には聞こえない声で呟いた。
『どうでしたか?』
留置場を出た松陰らにヘンリーが問う。
『いえ、まあ、元気そうでした……』
曖昧に笑い、先を急いだ。
別の建物の前に着き、ヘンリーの足が止まる。
『ここが病院ですが、どうされますか?』
『勿論お見舞いに行きますよ。』
ここでも受付を済ませ、病室に入る。
余り大きくない部屋に、いくつかのベッドが置かれていた。
窓はあったが病室は薄暗く、そこまで清潔そうには見えない。
「松兄様?!」
「千代!」
松陰に気づいた千代が椅子から立ち上がり、嬉しそうに声を上げた。
看病をしていたのだろう。
その声に寝ていた者が次々に体を起こす。
「やっと着いたか!」
「お待たせいたしました。御加減は如何ですか?」
「いや、面目ない! この町に着いて暫くして体調を崩してな。何をしても下痢が止まらずに困っておる所だ。」
「皆さんもそうですか?」
「不思議な程に同じ症状であるな。」
継之助が説明した。
松陰は患者それぞれに励ましの声を掛け、千代と共に病室を後にする。
「病に罹っているのは継之助殿、円四郎殿、龍馬君と晋作君と総司君ですか……」
「総司までも同じとはな……」
「皆様食欲も十分あるのですが、何故か下痢が止まらないのです!」
疲れた顔の千代が言った。
「下痢が続くということはコレラや赤痢が考えられますが、千代はどちらも知っている筈だから、違う理由という事ですか……」
「はい。便にその様な特徴はありませんわ!」
「イネさんは何と?」
医者でも無い松陰には詳しい事は分からない。
イネが診ている筈なので、その見立てを尋ねる。
「イネ先生も分からないと仰ってました……」
「成る程……」
イネにも分からないとなると、自分には手に負えそうも無い。
「イネさんは皆の所かい?」
詳しい話を聞こうと彼女の居所を千代に尋ねた。
途端、千代の顔色がみるみる赤くなる。
体がプルプルと震えている所を見ると、相当な怒りを抑えているらしい。
これは大変な事になっていると気づく。
「千代、外に行こう!」
松陰は千代の手を取り、病院から外に出た。
病院内で怒りを爆発されては寝ている患者に迷惑だろう。
適当な所はないかと周囲を探すと、通りを挟んだ向かいに公園らしき広場が見える。
びっくり顔で迎えるヘンリーらをそのままに、千代の手を引いたまま移動した。
「千代、何があったんだい?」
ここなら大丈夫だろうと彼女に向き合う。
途端、
「あの腐れ外道ぉぉぉぉぉ!」
短くも強烈な罵倒が千代の口から発せられた。
言い終わり、肩で息をしている。
それ程までに怒り心頭であった様だ。
勇やジョニーも驚いた顔をしている。
妙齢の妹から放たれた言葉に若干引きつつも、どういう事かと問うた。
「千代、一体どうしたんだい?」
兄の質問に、ハアハアとしていた呼吸をどうにか整え、千代は吐き捨てる様に言った。
「どうしたもこうしたもありませんわ! あの強欲で薄汚いド畜生に、大事なイネ先生が奪われてしまったのです!」
「ド畜生って誰だい? 奪われた?」
訳が分からず尋ねる。
千代は怒りからか唇をワナワナとさせて答えた。
「この町を牛耳っているモンモル教団を率いる、マイケル・ダンとかいう獣の如き男の事です!」
「奪われたとはどういう意味だい?」
「あの卑怯者は、病人の入院と興行を行う許可の見返りに、あろう事かイネ先生の身を要求したのですわ!」
「イネさんの身?!」
松陰は絶句した。
あらんかぎりの憎悪を込め、千代が叫ぶ。
「病人の治療を続けたければ、興行をしたければ、自分の妻になれとあの男はイネ先生に言いました!」
「何だって?!」
「継之助様達が病に倒れ、刀を没収されて玄瑞様らが投獄され、金まで奪われ、重病人以外は退院する様に求められ、しかも興行を行う事を禁止されたのです! 全てあの男の差し金ですわ!」
「そんな事が?!」
信じられない言葉に愕然とする。
千代は続けた。
「金を没収され、興行を禁止されてからは、宿代を払うのも一苦労でした! 事情を聞きつけ、屋敷に泊まれば良いと仰られる親切な方もいらっしゃいましたが、モンモル教徒の露骨な嫌がらせが始まったのです! ご迷惑を掛ける訳にもいかず、宿に留まざるを得ません!」
「病院の費用は尚更、か……」
「そうなのです! そして、何時まで経っても病が治らない事に悩まれていたイネ先生は、自分があの男の申し出を受け入れさえすれば片が付くと、泣く泣く了承されたのです!」
「そんな馬鹿な!」
松陰が吐き捨てた。
当時であれば決して珍しくない話なのだが、親しくする者にその様な事態が降りかかるのは到底許せない。
そんな松陰に千代は言う。
「許せないのはそれだけではありませんわ!」
「まだあるって言うのかい!?」
「あの男には他にも妻がいるのです!」
「え!?」
「イネ先生はあの男の5番目の妻なのですわ!」
「何!?」
一夫多妻のモンモル教である。
教団を率いる者ともなれば、それも当然の話であった
ここでお報せです。
早目にインドまで到達したいので、次話から物語の展開を早めようと思っています。
ダイジェストとまではいきませんが、かなり端折ってしまうかもしれません。
申し訳ありません。




