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でっかい塩の湖

 『後はこの道を真っすぐだ。』

 『とうとうここまで来ましたか!』


 一行はグレートソルトレイクに辿り着いた。

 後は街道を進めば目的地なので、若者は去っていった。

 平原での野営、水や食料の調達など、彼がいなければ飢え、道に迷って荒野を彷徨っていただろう。

 感謝の印として脇差を送り、後ろ姿を見送った。 

 

 「継之助様達は無事に着いてますかねぇ」

 「歳がいるのだ、問題はあるまい。」

 「ですねぇ」


 盗賊の襲撃を受け、返り討ちにしている事など知る由もない。


 『これが海?』


 ディケアミスが聞いてきた。

 老婆はサンフランシスコまで足を運んでいるので海を見ているが、彼女は村から出た事が無いらしい。

 琵琶湖の約7倍のグレートソルトレイクの湖畔に立てば、海と思っても不思議は無いだろう。

 それ程までに広く、どこまでも広がっている様に思えた。

 

 『舐めてみると分かりますよ。』

 『うん!』


 松陰の言葉にディケアミスが笑顔で応じる。

 海は塩辛いと聞いていたらしい。

 馬から降りて湖に近づき、手のひらに掬って一嘗めした。

 

 (しょ、しょっぱい!)


 チェキローの言葉で驚き、慌てて吐き出す。

 勇と松陰も彼女を真似、同じ様に顔を顰めた。


 「いやあ、話には聞いていましたが、本当に塩の湖ですねぇ」

 「何と言う塩辛さだ! 海以上ではないか! しかもここは山の上だぞ? 全くもって信じられん!」


 驚き、そして疑問が湧く。

 

 「湖がこんなに塩辛くては、周辺に住む者は飲み水をどうしているのだ?」

 「どうしているのでしょうね? というか、誰か住んでいるのでしょうか?」

 「いや、家は見えんな……」


 見渡す限りに人の気配は無い。


 『ジョニーさん? この辺りに人は住んでいるのですか?』

 『オデは知らねぇだなぁ』

 『そうですか。』


 水辺にしては何とも寂しい風景であった。 


 「仮に誰か住んでいたとしても、内陸部ですと地下水も硬水でしょうから、何かと大変だと思いますよ。」

 「水が違うのだったか……」

 「平原で飲んだ水は、口当たりがきつかったでしょう?」

 「こんな物かと思ったが、確かに違和感があったな。」


 勇は旅を思い出して言った。

 シエラネバダの山を越えてからは、水の味が変わっていた様に思う。

 大地に降った雨は、川を流れる間に、溶け込むミネラル分が多くなれば硬水となっていく。

 その量が過ぎれば、飲用どころか生活用水にも適さない物となってしまう。

 

 「硬水によっては、飲むとお腹を壊したりするみたいですよ。」

 「それは難儀だな!」


 水があるのに飲めない地域は大いに不便であろう。

 対策として、溶けているのが炭酸水素カルシウムならば沸騰させる、硫酸塩などであれば蒸留するしか方法は無い。 

 

 「世界は広いな……」


 勇がポツリと呟いた。

 

 暫く湖畔を進むと、牛の曳く馬車に乗った一団が現れた。

 馬に乗っているのは自分達なので道を譲り、挨拶を交わす。

 

 『君達はソルトレイクシティに向かうのかね?』

 『そうですが、何か?』


 牛を止め、御者の男が話しかけてきた。

 視線を動かし、インディアンの女がいるのを認めて少し驚いた様だったが、白人もいる事に気づき、それ以上は不躾な視線を寄越す事は無かった。


 『悪い事は言わんから、出来れば町を迂回して進んだ方がいいぞ!』

 『何かありましたか?』

 『戦争だよ、戦争!』

 『戦争?!』


 物騒な単語が飛び出した。

 男が続ける。


 『モンモル教の奴らが、カリフォルニアに向かう開拓民を惨殺したんだよ! それを聞きつけた合衆国政府が、ソルトレイクシティに軍隊を差し向けたそうなんだ!』

 『モンモル教?! 開拓民を惨殺?!』

 『政府としては何としても犯人を探し出し、絞首刑にしたいんだろうよ。何せモンモル教と言えば、揉め事ばかり起こす面倒な集団だからね! 奴らは犯人を匿うつもりらしいから、交渉次第では戦争になると思うよ!』

 『どうしてそんな事になったのですか?』


 気になった事を尋ねた。


 『何でも、教祖を殺した男がその開拓民の中に居たと聞いたが……』

 『モンモル教の教祖って殺されたのですか?!』


 モンモル教の名は知っていたが、教祖が殺された事までは知らない。


 『詳しくは知らないが、どうやらそうらしいよ。でもねぇ、仮にそんな男が居たとして、モンモル教徒が大勢いる町に来る筈が無いと思わないかね?』

 『まあ、普通に考えるとそうですよね……』

 『カリフォルニアに行くには海路もあるんだからさ。見つかったら復讐されそうなソルトレイクシティを、わざわざ道に選ぶかね?』

 『つまり、勘違いだったと?』

 『他人の空似とかじゃないのかなぁ……。それに巻き込まれたのは百人以上だから、勘違いにしろ許される事では無いが……』

 『百人以上?!』


 その数にギョッとした。

 そんな松陰に男が更に恐ろしい事を言う。


 『集団で襲ったらしいよ。つまり、そんな狂信者が大勢いるのが、君達が今向かっている町なのさ!』

 『だから迂回しろと言う事ですか……』

 『出来れば、だよ。見た所荷物が少ないから、物資の補給が必要なのだろう?』

 『ええ、まあ。それに仲間とそこで落ち合う手筈となっていますので……』


 そんな所に仲間がいるのかと思うと気が急いた。


 『仲間って言うと、君って東洋人だよね?』

 『そうです。』

 『やっぱりか! 同じ様な恰好をした旅芸人と町で出会ったから、そうじゃないかと思ったんだよ! 確か、日本から来たんだよね?』

 『良くご存知ですね!』

 『ニンジャだろ?』


 男はニヤリとして印を切る仕草をした。

 ここでも演劇をしているらしい。


 『別行動を取っていたのです。』

 『成る程! しかし彼らも気の毒になぁ』

 『どういう事ですか?!』


 顔を曇らせる男に思わず問い質す。


 『その腰に差しているのは武器なのだろう?』

 『そうです!』

 『戦争に備える為と言って、モンモル教の奴らが武器の類を没収しやがったんだよ! 身を護る最低限の物は辛うじて残してくれたが、まだまだ盗賊やインディアンに備えないといけないのに、心細い事この上もない!』 

 『もしかして私の仲間もですか?!』

 『そう言う事さ。えらく切れるみたいじゃないか、その刃物は!』


 男が松陰の刀を指さして言った。


 『で、渡せないと激しく抵抗したものだから、何人か留置所に入れられたみたいだよ。この町にも州政府が出来たが、町を牛耳っているのはモンモル教の奴らだから、好き勝手にやってやがるのさ!』

 『何と?! それで、私の仲間は誰か傷つけたりしたのですか?』

 『いや、それは無かったよ。でも、頑として従わなかったから、保安官が出動する騒ぎになってね! この町の陪審員は殆どがモンモル教徒だから、裁判になったら圧倒的に不利なんだよ。』

 『そ、そうですか……』


 大変な事態になっている事は理解したが、誰も傷つけていないと聞いてホッとした。

 そろそろ潮時だろうと男が話を切り上げる。


 『仲間がいるのなら迂回は出来ないだろうが、町に入るなら君達も気を付け給え!』

 『色々ありがとうございます!』


 男に感謝して見送った。

 勇が早速尋ねる。


 「一体何だって?」

 「何だか大変そうですよ。」


 そう前置きし、松陰は聞いた話を説明した。


 「従わなかったうちの一人は絶対に歳だな!」


 勇は開口一番に叫んだ。


 「兼定ですもんね……」


 松陰も同意する。

 男の話を聞いた瞬間に、真っ先に歳三の顔が思い浮かんでいた。


 「しかしどうする?」

 「このまま無闇に町に入ると我々の刀も没収されかねませんが、早く彼らに会ってどうなっているのか確認しないと!」

 「しかし俺の虎徹は絶対に渡さんぞ!」

 「拳銃も新型ですから、渡せません!」


 二人して断固たる決意を固める。


 「となると、この辺りに隠して町に行くしか無いですね……」

 「チェキローの金と同じとはな……」


 二人はそれぞれの刀と拳銃を皮の袋で包み、用心として5個の金の珠を埋め、再び地図を作った。


 「では、早速町に向かいましょう!」

 「承知!」


 ソルトレイクシティに急ぐ為、馬を走らせた。

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