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馬車隊の道中その二

 それからは何事も無く、馬車隊はプラザビルから街道を東にそれた。

 向かう先にはシエラネバダの山々が見える。

 遠目に見える山脈は雄大で、所々に突き出た峰は険しく、かつ美しかった。

 山道へと馬を進める。

 大地に屹立し、豊かな緑を貯えた巨木の傍を駆け抜け、静かな水面みなもを湛えた湖畔で休息を取り、陰影ある森の中を進んだ。

 峠を越え、山を抜けたと思えば一転、緑の少ない道が続いている。

 一行は不思議な思いを抱きながら、川沿いを黙々と行く。


 「何だこの違いは?」

 「凄いな……」


 継之助が誰に言うでもなく呟き、歳三が応えるでもなく答えた。

 日本ではおよそ目にする事の無さそうな、奇妙な光景に見える。

 山肌に生える草は少なく、岩石がむき出しとなった荒れた大地の中、川だけがどこまでもどこまでも延びていたからだ。

 馬の吐く息以外に生き物の気配を感じない、寂しい景色の中を急ぐ。


 「何と言う広さなのだ!」

 「これがアメリカか!」


 先程から同じ様な自然がずっと続いている。

 故郷の山々を考えれば、信じられない程の規模だ。

 アメリカの大きさを朧気ながらも実感した一行だった。


 「こんな所で盗賊が出るというのか?」

 「インディアンが襲撃に来る事もあるらしいぞ!」


 御者の話によれば金目の物を狙って盗賊が出没し、平原では住処を奪われたインディアンの部族が復讐の為に襲いかかる事もあるそうだ。

 普通の客ならその説明に怯える事だろう。

 しかし今回はどうにも具合が違った。  


 「くくく、盗賊とは心躍る!」

 「インディアンとは戦いたくないが……」

 「どちらにしても、この退屈を紛らわせてくれ!」

 「盗賊ならば返り討ちにしてやるぜ!」


 何とも豪気な客達であった。




 「来ないな……」

 「全く静かだ……」

 「つまらん!」


 馬上の侍達が不満そうに呟く。

 襲撃を願う一行にも拘らず、何日も平和で退屈な旅路が続いていた。

 既にいくつかの駅を通り過ぎており、目的地のソルトレイクシティーは近い。

 その間、すれ違うのはカリフォルニアに行く者ばかりで、同じ方向に向かう者に出会う事は無かった。

 街道を一気に駆け抜ける駅馬車は、街道上におかれた駅で馬を交換し、人は泊まって休みを取り、また走り続ける。

 アメリカ大陸を最速で横断する、特急の旅だった。

 

そんな中、急に馬車隊の進行速度が落ちた。

 

 『何があった!』


 馬車を守る様に伴走していた侍達は停止していた先頭の馬車に追いつき、御者に尋ねる。


 『ここからが盗賊の良く出没する場所です! 速度を一定に保ち、一気に駆け抜けますのでそのつもりで!』

 『分かった!』


 継之助が応えた。

 先を見れば地平線まで見渡せる、長く平らな道が続いている。

 所々に小山が迫り、盗賊が身を隠すには最適に思えた。

 継之助は途端に張り切って仲間に伝える。 


 「ここから盗賊の出る地域に入るぞ! 馬車は駆け抜けるから、盗賊が出ても近寄らせるな!」

 「おぉ!」

 「手に入れたスプリングフィールドが遂に火を噴くぜぇ!」


 血気盛んな仲間達が叫んだ。


 「女性陣は予定通り馬車に分乗し、銃の弾込め役を頼む!」

 「受け賜りましたわ!」

 「お任せ下さい!」


 龍馬らがサンフランシスコで購入した銃は、ライフルとしてスプリングフィールドM1842、拳銃はコルトM1851ネイビーである。

 コルトM1851は球形の弾丸を使用する。

 前もって予備のシリンダーに火薬と弾と雷管を装填しておけば、シリンダーを交換するだけで射撃動作に移れるのが特徴である。

 また、スプリングフィールドM1842はライフリングを施されてはいたが、先込め式であった。

 どちらにしても、馬上での弾の充填は厄介である。

 女性陣とヤコブには馬車に乗ってもらい、弾の充填を頼んだ。


 そしてもう一人、馬車に乗ってもらわねばならない人物がいる。


 「用心の為、慶喜様は馬車にお移り下さいます様、お願い致します。」


 懸念は一橋家の慶喜であった。

 徳川御三卿の当主に何かあれば、切腹だけでは済まないだろう。

 そんな継之助の心配を慶喜は笑って受け流す。


 「心配いたすな。心得ておる。」

 「かたじけのうございます!」

 「円四郎、市之進、頼んだぞ?」

 「ははっ! この命に換えましても、慶喜様には指一本触れさせはしませぬ!」


 慶喜の家臣達が強く言い切った。


 『では、進みたいと思います!』

 「よし、行くぞ!」

 「おぉ!」


 御者の声に継之助が号令を発し、馬車は進み始めた。




 順調に走行していた時である。

 

 『あれは!?』

 「ん?」


 先頭を走る御者と、その周りを走る歳三が声を上げたのは同時であった。

 道の先に、行く手を遮る形で倒木らしき物が見える。


 『どうしてここまで気づかなかったんだ?!』

 「偽装しているのだ!」


 目を誤魔化す為か木には土が掛けられており、遠目には分からなかったらしい。

 ここまで近づいて初めて判別出来た。


 『という事は、近くにいる?』

 「いや、来る!」


 歳三が叫んだ。

 右手の山影から土埃が立つのが見えた。

 目を凝らせば、馬に乗った集団が近付いて来ている。

 気勢を上げる為か、盛んに拳銃を空へと撃っていた。

 御者は歳三に声を張り上げた。


 『盗賊です! 速度を落とし、道を反れて進みます! ご注意下さい!』

 『了解だ!』


 御者は馬車の進みを遅くし、道を反れた。

 途端に揺れが激しくなる。 

 その揺れは兎も角、速度低下は明白であった。

 歳三も馬車に付き従う様に道を反れる。

 道は盛り上がっており、すぐには復帰出来そうにない。


 『このまま暫く駆け抜けます! 銃を撃ち、近寄らせないで下さい!』

 「お前ら! 来たぞ!!」

 「いよいよか!」

 「任せろ!」


 歳三の大声に仲間が頼もし気に叫んだ。

 足元のホルスターに収めてあったライフルを抜く。

 しかしそこで、重大な問題に気づいた。


 「揺れが大きすぎる!」

 「まともに構えられんぞ!」


 そう、ライフルを構えるには馬の揺れは大き過ぎた。

未舗装路とはいえ速度を落としている今、手綱を離して銃を構える事は出来ても、敵を狙うなど覚束ない。

 その為の訓練を十分には積んでいない侍達が、まともに銃を扱える筈も無かった。

 撃つ動きの練習はしてあっても、本番ともなれば勝手が違い過ぎる。

 

 「仕方ねぇ! 見当をつけて撃つしかねぇ!」

 

 歳三は勘を頼りに引き金を引いた。

 けれども当たった感触は無い。 

 その証拠に、迫る盗賊達から落馬した者はいない様子だ。


 「くそっ! 当たる気がしねぇ!」


 歳三は悔しそうに唇を噛んだ。  

 このままではみすみす盗賊の接近を許してしまうだろう。


 「装填を頼む!」


 荷台に待機している女達に言った。

 先頭の馬車に詰めていたスズと千代が、揺れる馬車の中で大急ぎで弾を装填する。

 終われば銃を手渡し、次を受け取り、代わる代わる行っていった。

 しかし、当たりそうにない。


 「あての出番ぜよ!」


 そんな様子を後ろの馬車から見ていた乙女が吼えた。

 驚くイネに構わず、弓の入った袋と矢筒を手に荷台の屋根に素早くよじ登る。

 揺れる屋根の上で足を踏ん張り、袋から弓を取り出して手早く弦を張った。

 必要な防具を身に纏い、屋根の上に仁王立つ。


 「乙女さん?! 危ないですよ!」


 下から声を掛けるイネには取り合わない。


 「ちくと揺れちうのう。」


 底から突き上げる様な衝撃を膝で吸収しつつ、背筋を伸ばして弓を構え、一の矢を放った。

 矢は風を切り裂き、猛烈な速度で飛んでいったが、盗賊達とは見当違いの所に落ちる。


 「あぁ、駄目だわ……」


 イネが悲し気に言うが、乙女は少しも気にしていなかった。

 一の矢は観測の為だったからだ。

 距離感、風の具合など、見当をつける為に放った。


 感覚が残っている内に次の矢をつがえる。

 この辺りと当たりを付け、放とうとして気づく。

 これを放てば人を殺めるだろうという事に。

 乙女は勿論、これまでに人を殺めた事は無い。

 土佐の家族の顔が浮かび、一瞬躊躇した。

 しかしすぐに松陰の言葉を思い出す。

 襲ってくる相手に容赦は要らないし、情けは無用だと。

 ここで討たねば仲間が危機に晒されると思い直し、覚悟して矢を放った。


 矢は弧を描きながら勢いよく飛んでいき、盗賊の一人に吸い込まれていった。

 途端に男の体は崩れ、どっと馬から転げ落ちた。


 「やったわ!」


 イネが叫んだ。

 乙女はその声に現実に引き戻される。

 知らずに止めていた息をフッと吐き、次をつがえて放つ。

 また一人、盗賊が馬より転げ落ちた。


 そして周りもそれに気づく。

 矢が飛んでいったのは見えている。

 驚きに目を丸くし、荷台の屋根に立つ乙女を見上げた。


 「さすが乙女姉じゃ!」


 龍馬が誇らしげに叫んだ。


 「だったら私だって!」


 スズが乙女を真似、屋根に上がろうとする。


 「え? 弓矢があるの?」


 千代が慌てて尋ねた。


 「こんな事もあるかと思って!」


 その手にはしっかりと弓と矢筒が握られていた。


 『ならば、私も参加して宜しいですわよね?』


 ヨセフと共に控えていたマリアが、ライフルを手に屋根へと上がる。


 『ちょ、ちょっとマリアさん?!』


 思ってもみなかったマリアの行動に、ヨセフは止める事も出来ずにいた。


 「余の鍛えてきた武も披露しよう。」

 「慶喜様もですか?!」


 慶喜と乗車していたのは総司である。

 体重が軽い総司が、馬車の重量増加を防ぐ為に選ばれていた。


 「弓は無いので、余はライフルだな。」 


 振動を防ぐ為、屋根の上に寝転がって撃つ。




 「退却していくぞ!」


 歳三が叫んだ。

 狙いすました様な馬車からの攻撃に盗賊側は根を上げ、すごすごと退却していった。

 

 「討って出ようぜ!」

 「盗賊など放ってはおけません! ここで殲滅すべきです!」


 晋作と玄瑞が訴える。


 「どうすんだ大将?」


 歳三が継之助に尋ねた。

 継之助は迷ったが、御者の言葉に決意を固めて指示を出す。


 「よし、追撃する!」

 「おぉ!」


 盗賊は捕まれば縛り首だし、その存在は百害あって一利なしである。

 出来れば壊滅させて欲しいと御者は言った。


 こうしてこの日、一つの盗賊団が姿を消した。

 そしてそれから数日後、一行は無事にソルトレイクシティに到着した。

コルトM1851ネイビーを装填している動画は、

https://www.youtube.com/watch?v=Cdya8qK7vtM&feature=related

です。


展開には不自然な点が多いですが、何卒ご容赦下さいますよう・・・

次話から松陰サイドです。


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