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老婆の村へ

インディアンの会話は()にしております。

 『喉、乾いてねぇだか?』

 「……」

 『腹、減ってねぇだか?』

 「……」


 歩くジョニーは馬の手綱を引き、馬上の乙女にしきりと話かけていた。

 乙女は無言を貫いている。

 前方で繰り広げられているそんな光景を前に、継之助が松陰に尋ねた。


 「良いのか?」

 「良いも悪いも、どこまでも付いて来るのですから、これ以上はどうしようも無いでしょう?」

 「まあ、そうだが……」


 ジョニーはホテルの外で一行を待ち受け、それからピタリと離れない。

 一人だけ歩いているのにも関わらず、馬の進む速さと変わらなかった。

 途中、進行速度を上げてみたものの、息一つ乱す事無くついてくる。

 そんなジョニーに一行は諦め、以降彼の好きにさせていた。

 

 「というか、継之助さんの責任では無いのですか?」

 「何故?」

 「だってそうでしょう? あの時酒場に残っていたのですから! 継之助さんがジョニーさんをどうにかしていれば、こんな風にはならなかったのです!」

 「それは無茶と言うモノだ! 乙女殿に投げられたのが惚れた切っ掛けと言うのに! 俺のせいにしてもらっても困る!」


 継之助は松陰の発言に抗議した。

 尤もではあるので他を当たる。


 「龍馬君!」

 「何ぜよ?」

 「お姉さんは困っているのではないですか?」

 「問題ないち!」

 「え?」


 思ってもみなかった龍馬の答えに松陰は驚いた。

 龍馬は笑顔で言う。


 「これまで浮いた話一つなかった乙女姉ぜよ! いい機会ちや!」


 弟なりの姉への愛であろうか。 


 「それはそうかもしれませんが、相手は異国の人ですよ?」

 「構わんぜよ! ちうか、ジョニーくらい体がでっけぇくないと、乙女姉には釣り合わん!」

 「な、成る程……」

 

 これ以上は無駄そうだ。

 それに、気が強い乙女であるので、どうにも我慢出来ない時には実力行使に出るだろう。

 心配し過ぎる必要は無いのかもしれない。 

 そんなやり取りをしているうちに、老婆の村へと辿り着いた。




 老婆の住む村は、酒場のマスターの言った通りに辺鄙な集落だった。

 街道から外れ、奥にシエラネバダの山々を臨む川沿いの土地にその村はある。

 土地が肥えていないのだろう、畑に育つ作物は貧弱で、それに合わせた様に村人の体格も貧相に見えた。

 インディアンしか住んでいないらしく、彼らの部族の伝統なのだろう、同じ作りのテントがいくつもあった。

 4頭立ての馬車が4台、馬に乗った者多数の集団が突然村を訪れ、村人は慌てた様にテントから出てきて、恐る恐るその集団を迎えた。

 しかし、先頭の馬に見知った顔がある事に気づくと、彼らの顔には驚きと安堵が広がった。


 (婆様なのですか?)


 部族の男が松陰らには理解出来ない言葉で尋ねる。


 (今帰ったよ)

 (驚かせないで下さい!)

 (悪かったね。でも、居ても立っても居られなかったのさ!)

 (それはまさか?!)

 (そうだよ! 遂に予言の人が現れたんだよ!)

 (何ですって?!)


 老婆の答えに、部族中に驚愕が走る。

 お構いなしに老婆は続けた。


 (日の沈む地から、遥か昔に別れた我らの遠い家族がやって来る。安住の地を失った我らを、彼らが導いてくれるだろう)


 老婆の言葉はさざ波の様に部族の間に広がっていく。

 松陰は嫌な予感がして、堪らなく居心地が悪かった。 




 『客人!』


 ささやかな歓迎の宴の席で、松陰は男に声を掛けられた。

 村に物資が足りていない事は老婆より聞き及んでいたので、宴の大部分が松陰らが持って来た食料だったりする。 

 それは兎も角も部族の長をしているというその男は、顔に好奇の色を浮かべてウズウズしている様子であった。

 白人の集落へ物々交換に行くのも長の役目という事で、多少は英語が話せるらしい。

 嫌な予感がした松陰であったが、腰が引けながらも対応する。


 『何ですか?』

 『客人は、我らの遠い家族と、聞いた。本当、か?』


 ほら来たと松陰は思った。

 これも軽々しく前世の知識を披露した自分の責任であろうか。

 今更老婆に語った事を無かった扱いにも出来ず、仕方なく説明するのだった。


 「総司君!」

 「何ですか?」

 「お尻を見せて!」

 「え?」

 「いいから早く!」

 「ど、どうして?」

 「訳は後から話しますから、今はお尻を出すのです!」


 松陰にせっつかれ、総司は恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながらも、言われた通りにお尻をめくって見せた。

 そのお尻を指さし、松陰は説明を始める。


 『皆さん、蒙古斑を御存知でしょうか? 赤ん坊から幼児の間に、お尻のこの辺りに青い痣の様な模様が出る現象の事です。今の総司君のお尻にはうっすらとしか残っていませんが、子供の頃はもっとはっきりとあったのではありませんか?』


 仙骨の辺りをペチペチと叩きながら総司に尋ねた。

 総司のお尻に蒙古斑の名残が残っていたのは、風呂でしっかりと確認している。

 この場合、総司の肌の白さが幸いしていたと言えるだろう。

 本人は尻が青いとからかわれて気にしてたが、今回は尊い犠牲である。


 『僕は覚えていませんけど……』

 『俺はあったぞ?』

 『近所のガキ共にもあったなぁ』


 日本側は心当たりがあった様だ。

 それを聞き、チェキローの者らは自分達の子供のお尻を見た。


 (おぉ! うちの子供にもあるぞ!)

 (本当だ!) 


 そう言って総司のお尻と見比べるのだった。


 『この痣こそ、我らが遠い家族である証です! この蒙古斑はモンゴロイドに高い確率で出現する現象です。モンゴロイドとは我々日本人、漢族、朝鮮族、モンゴル人、インドネシアやフィリピン、あなた方インディアン、エスキモーといった人々の事です。』

 (おぉ!)

 

 松陰の言葉にチェキローの者は頷いた。

 相変わらず総司はお尻を出している。


 「皆して酷いよ……」


 膝をついたまま、誰にも聞こえない程の小声で言うのだった。

 モンゴロイドに出現するのは良いとして、ではコーカソイドではどうなのか確かめるべく、松陰は問うた。


 『マリアさん!』

 『はい?』

 『貴女のお尻を見せてくだ……じょ、冗談だよスズ……』


 スズに睨まれ、松陰は慌てて言うのを止めた。

 心なしか歳三の視線も厳しい気がする。

 気を取り直して質問した。


 『マリアさん、白人の赤ん坊にこの痣はありますか? というか、見た事や聞いた事がありますか?』

 『……いいえ、私の経験では見た事はありませんし、聞いた事もありません。』

 『オデの尻にはねぇだな?』


 ジョニーがズボンを下げ、乙女に確認して貰おうとする。


 「汚い物を見せんなや!」


 強烈な張り手をジョニーのお尻にみまう。

 白人には痣が無い事を聞き、チェキローは喜んだ。

 

 (日の沈む国からやって来た、我らの遠い家族!)

 (安住の地を失った我らを、約束の地へと導いてくれるだろう!)


 仲間内で口々に言い合う。

 それは喜び、期待、恐れがないまぜになった表情である。

 松陰はそんな彼らの反応に、一層の不安を感じるのだった。

 老婆が叫ぶ。


 (予言の人! 我らチェキローを救っておくれ!)

 『予言の人! 我らチェキローを、救って、くれ!』


 長が訳し、部族の皆が唱和し始めた。

 松陰の不安は的中した様で、困惑して口にする。


 『救ってくれと言われましても……』


 しかしチェキローは、救ってくれと同じ言葉を繰り返すばかり。

 埒が明かないので、詳しい事情を長に尋ねた。




 それは涙無しには聞けない、チェキロー族の悲しい歴史であった。

 元はミシシッピ川よりずっと東の、実り豊かな地で幸せに暮らしていたチェキロー族は、やって来た白人の入植者に住む土地を奪われ、抵抗の戦に敗れてその地を去った。

 白人と交わした約束に従い移り住んだ新たな土地であったが、そこから金が出た事によって再びその地を奪われ、長い流浪の果てにようやくこの地へと辿り着いたのである。

 貧しい土地であったが、周囲のめぼしい場所には既に他の部族が集落を作っていたので、彼らに選択の余地はなかった。

 以降、畑から採れる僅かな収穫物を皆で分かち、どうにかこうにか生きているという話である。


 そんな彼らの辿った歴史に涙を流す者、同情する者、白人に怒りを示す者、恥ずかしそうに縮こまる者等、様々な反応があった。

 そして老婆の兄が伝えたという、部族の偉大な呪術師メディスンマンの予言の言葉。

 松陰は彼らの喜びを理解したのだった。


 『ヨセフ君!』

 『な、何でしょう?』

 『アメリカの西部は開発が始まっていますか?』

 『いえ、まだ全然手付かずです。』

 『ありがとう!』


 居心地が悪そうにしていたヨセフが答えた。

 大陸横断鉄道が出来ていない現在、西部開拓はまだ先の話である。

 更に尋ねた。


 『今なら西部のどこかに、ある程度纏まった面積の土地を、格安な値で購入出来るのではありませんか?』

 『そう、ですね。州になっていない地域は、未だ荒野同然の地域が多いと聞きます。そういう所であれば、安く購入出来るでしょう。』

 

 その答えに頷くが、懸念はある。


 『でも、ただ買うだけだと駄目かもしれない……』

 『どうしてですか?』

 『インディアンが買った広大な土地は、政府に難癖を付けられて取り上げられる可能性がある様な気がします。』

 『そ、それは……そうかもしれないです……』


 白人だけでなく、約束を反故にするのは権力者の常である。


 『それを防ぐには会社を設立して会社名義にするか、宗教組織にするか、でしょうか。アーミッシュの形が最も適しているのかもしれないですね。』

 『アーミッシュを御存知なんですか?!』

 『ええ、まあ……』


 前世、何かのドキュメントで見たアーミッシュ。

 それはアメリカ入植時の生活様式を、現代でも頑なに守り通している宗教団体である。

 農耕と牧畜による自給自足を基本とし、聖書に沿った篤い信仰生活を送っているのだ。


 松陰が思ったのは、インディアン版アーミッシュとでも呼ぶべきモノであった。

 キリスト教会の影響力が強いアメリカでは、信仰の自由は最大限に尊重すべき徳目である。

 従って、宗教組織の形を取っていれば、個人では通らない事例も政府に通しやすい。

 

 インディアンは、彼ら自身の素晴らしい宗教観を持っている。

 それらを体系化し、教義として纏められれば、政府としても無碍には扱えない存在となる筈だ。

 その教義がアメリカ建国の理念、キリスト教の教えと合致するなら尚更である。 

 しかし、 


 『何はともあれ、先立つ物が必要な事に変わりはありませんね……』

 『どこに買うかは兎も角、土地を買う資金が無い事には始まりませんよね。』


 それが問題だった。


 『その為には砂金でも掘るしかない、か……』

 『非常に厳しいとは思いますが、他の方法が思い浮かびません……』


 そんな事をヨセフと話している時だった。


 『砂金なら、ある、よ。』

 

 老婆であった。

 一連を村長に訳してもらったのか、話の流れを理解しての発言らしい。


 『まあ、この辺り一帯はゴールドラッシュの土地ですから、そこかしこに砂金はあるのでしょうね。』


 松陰が素っ気なく言う。

 村を流れる川の泥を一日浚えば、砂金の粒がいくらか集まりそうだ。

 問題は、そんな事では何年かかるか分からないという事である。

 しかし老婆は、そんな松陰の考えを否定するかの様に重ねて言った。


 『違うよ。今、ここに、あるんだ、よ。』

 『え?』

 

 思ってもみなかった老婆の言葉である。

 それは長も同じだったらしく、慌てた様に老婆に尋ねた。


 (婆様! 良いのですか?)

 (予言の人にお願いしているのは我らチェキローだよ。そして予言の人は我らを助ける方法を懸命に考えて下さっている。それなのに、我らが隠し立てしては申し訳ないよ。)


 何を言っているのかは理解出来ないが、老婆の言葉に長は納得した様だ。

 すると老婆は松陰らに付いて来いと言い残し、スタスタと歩き出す。

 一同、怪訝な顔をしてその後を追った。

 彼女は村の外れの池の前で立ち止まり、長と共に池の中へと足を踏み入れた。

 池は思ったよりも浅いらしい。

 膝まで水に浸かり、長に指示して底を探らせた。

 長は何かを見つけたらしく、それを手にして池から上がる。


 『これだ。』


 一行に見せてくれたのは、砂金を押し固めたボールであった。

 それ一つで相当な重さである。

 

 『へぇ。大事に隠していたという訳ですね。』


 松陰は感心した。


 『まだある、よ?』

 『流石ゴールドラッシュ! 結構あるものなんですねぇ!』


 以前に経験した砂金探しは労多い割りには全く見つからなかったので、ここまで集めるのにどれだけ頑張ったのかその苦労を想像した。

 長はまた金のたまを引き上げていく。


 『ちょ、ちょっと、まだあるんですか?』


 一行の目の前に、次々に金が積み上がっていった。


 『まだまだあるよ!』


 遂には村人総出で作業を始めるのだった。




 「こ、これは?!」

 「嘘だろ?!」

 「凄い!」


 まばゆいばかりの金の珠があった。


 『ヨセフ君! 全部でいくらくらいになりそうですか?』

 『え? た、多分ですが、60万ドルくらいだと思います!』


 当時の金の価格は1.6グラムで1ドルである。

 約1トンの金塊であった。


 「幾らだ?」

 「ええと、ちょっと待って下さいね……」


 日本では地金での取引は行われていないので、金価格の換算は楽ではない。


 「小判一枚に含まれる金は、確か6グラムくらいだった筈だから……」


 計算をしていく。


 「ざっとですが、約16万両です!」

 「16万両?!」


 現在の価値に換算すると、金は1グラムが5千円であるので、1トンあれば約50億円となる。

夢はでっかく1トンとしました。

多すぎると感じられるかもしれませんが、カリフォルニアのゴールドラッシュでは、総計で約1300トンの金が採掘されたみたいです。


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