金堀人(ゴールドディガー)の町 ★
差別表現があります。
「で? どうすんだ?」
歳三が尋ねた。
その見つめる先には勇と共に一行を先導する老婆の姿がある。
既にサンフランシスコを発ち、蒸気船で川を上って州都サクラメントに到着し、今度は馬車と馬を借り上げて街道を東に移動していた。
乗馬の経験の無い者が殆どであったが、乙女とマリアの指導の下、僅かな練習時間の末に馬上の人となっている。
習うより慣れろの精神で進んでいた。
老婆は勇と同じ馬の上にあり、進む道を示している。
どうしたいのか、何が目的なのか尋ねたが、老婆から返ってくる答えは要領を得なかった。
「村に行きたいのはわかりましたが、それから先はどうしましょうね……」
松陰も途方に暮れて、老婆を見つめる事しか出来なかった。
『何だかすみません……』
ヨセフが恐縮しつつ口にする。
『言葉が分からないインディアンの部族があるからといって、ヨセフ君の責任ではないでしょう?』
『はい、すみません……』
責めた訳ではないのに尚も謝るヨセフである。
自身も熱狂した“ニンジャ”を演じた者達との旅と聞き、喜んで同行を願った彼であったが、父ヤコブの言う通りに内気で弱気な青年だった。
親の贔屓目ではなく外国語には堪能で、アメリカ人以外も多いサクラメントでは大いに助かったのだが、インディアンの言葉は分からないモノが多いらしい。
どうやら老婆はミシシッピ川より東に住んでいた部族らしく、カリフォルニア近辺に住む部族の言葉とは全く違う様だ。
部族毎に言葉が違うインディアンであるので仕方ないのだが、力になれなかったと凹んでしまっている。
これ以上言葉を重ねても逆効果だろうと松陰は思い、ヤコブを放っておいた。
「まあ、行ったら分かるのでしょうか……」
勇に縋りついて泣きじゃくる老婆をそのままにも出来ず、求めるままに共に旅をしている。
英語がほとんど通じない事に苦労しつつも何とか聞き出した所によると、老婆が住む村に来て欲しいらしい。
幸いな事にその村は、サクラメントから東に続く街道から、そこまで離れてはいない。
村に行く事で老婆の願いが叶う事を祈りつつ、誰に言うでも無く口にした。
『この道を北に行くとコロマです。1848年にコロマで金が見つかり、ゴールドラッシュが始まりました。』
『そうなのですねぇ』
サクラメントから東へ50キロの位置にあるプラザビルに到着し、町を南北に貫く街道とぶつかった所でヨセフが説明した。
松陰は感慨深げに彼の差し示す方向を見る。
掴んだ者は少ないにせよ、一獲千金という夢はやはり魅力的に映る。
同じ思いの者も多いのか、継之助が言った。
「ゴールドラッシュと言うと、通詞の中浜万次郎も立ち寄っていた筈だな? 我らも砂金を探せば、一財産築けるのではないか?」
「違いない!」
ジョン万次郎こと中浜万次郎は、帰国の費用を捻出する為にゴールドラッシュに沸くこの地で、金鉱労働者として働いている。
継之助はそれを覚えていた。
「どうやらそれは甘いみたいですよ。」
「何?」
松陰が言い、ヨセフに目配せする。
ヨセフは緊張して説明した。
『え、えぇと、その、人が集まり過ぎているのです。出る金の量より掘る人の数が多いから、今から始めても多分赤字です。』
「だそうです。」
「むむぅ! そう上手くはいかぬか!」
「残念じゃ!」
当てが外れて天を仰いだ。
そして一行はコロマとは反対側、プラザビルから南に向かう。
馬車がやっと通れる程の道を進み続け、フランス人が作ったという村へと辿り着いた。
四頭立ての馬車は計4台である。
中に人は殆ど乗っておらず、荷物が多くを占めていた。
買い込んだ食料品、衣料品、食器や調理器具、ライフル銃や拳銃とその弾薬、毛布やシーツ、石鹸といった物で溢れ、一際多くの空間を占拠していたのが味噌と醤油の樽だ。
日本人には必需品のそれらは、勿論日本丸に積んで持って来た物である。
自ら申し出て居残ったとはいえ、醤油が無いのは辛かろうと、貴重なそれを分けてもらっていた。
馬では重い荷物を牽けないという事なので、必要最小限度に収めて醤油と味噌を優先している。
『フランス人は彼らだけで集まり、アメリカの文化や風習は採り入れない様です。言葉すら積極的には覚えようとしないみたいです。』
『成る程……』
アメリカ人を見下しているのか自分達を上に見ているのか、その集落は若干閉鎖的に見えた。
とはいえ珍しい訪問者の到着に彼らも喜び、そんな彼らの期待に応えて一行は興行をするのだった。
『ボンジュール、ムッシュー!』
スズがフランス語で愛嬌たっぷりに挨拶し、寸劇を始める。
翻訳はヨセフが担当してくれ、劇中の言葉をその場でフランス語に訳して観客に伝えた。
初めて見る殺陣はやはり興奮するらしく、劇が終わる頃には集めた砂金を舞台に投げて、その感動ぶりを表現するのだった。
次の日には彼らに教えられ、川で砂金を探す一行の姿が見えた。
根気強くやれば一日で数粒の砂金が見つかる。
興奮して喜んだのも束の間、それくらいなら普通に興行をした方が早いと分かり、ヨセフの言った意味を悟った。
冷たい川の中で一日中腰を屈めているよりも、演劇をした方が余程儲かるのだ。
落胆して砂金への夢は諦め、先を進む事にする。
また来てくれと多数の見送りが立つ中、馬車は次の村へと進んだ。
途中、金堀人が建てた粗末な掘立小屋をいくつも見た。
川に浸かり、泥を掬い、手に持った皿に移して水の中で揺すっている。
何度も何度も同じ作業を繰り返し、僅かに残った砂金を大事そうに集めていた。
その多くが疲労困憊といった風情であり、夢を追っている男の姿には見えそうもない。
中国人の多い村へと辿り着いた。
聞けば福州、泉州といった土地の者が多いとの事。
太平天国の独立騒動、アヘン戦争の惨禍から逃れる為にアメリカに来たらしい。
辮髪を揺らして砂金を探す彼らも、身なりは薄汚れていて貧しく見えた。
『彼らは冒険せず、あらかた採り終わって儲けの出にくい場所で細々と始める様です。言葉の分からない者が多いですし、習慣の違いからか酷い扱いを受ける事もしばしばあると聞きました。』
『幸せそうには見えませんね……』
東洋的な諦めの境地なのか、その顔からは疲労が漂うばかりであり、何の感情も読み取れなかった。
しかし、千代が歌った広東語の子守歌を耳にすると、彼らの表情は一変した。
大粒の涙を流し、肩を震わせて千代に合わせて歌うのだった。
故郷を遠く離れ、差別と貧困に苦しむ異国の地で偶然の様に再会した、懐かしい子守歌。
生まれ育った家を思い出すも、帰る当ても無いのだろう。
嗚咽を漏らし、むせび泣く者が続出した。
「その歌って、もしかしてファンリンに?」
「ええ、そうですわ、松兄様。ここの人達の言葉がファンリンと同じで助かりました!」
千代が誇らしげに答えた。
梅太郎の嫁であるファンリンは台湾の生まれだが、その一族は泉州から渡ってきている。
子供も生まれ、自分が聞いて育った歌を我が子に歌ってあげているのだろう。
千代にとっては、纏足であるファンリンを手伝うついでに覚えた歌であったが、身につけた芸は思わぬ所で役に立つ事があるらしい。
泣き崩れる彼らから、少なからぬ砂金のおひねりがあった。
是非とも泊まっていけと勧められ、貧しいながらも精一杯のもてなしを受けるのだった。
イネの開いた診療所も盛況で、夜遅くまで行列が絶える事は無かった。
白人の診療所に彼らが行ける筈も無い。
病気にでもなれば、同じ中国人が開いた雑貨店で、目が飛び出る程に高価な漢方薬を買うのが関の山であった。
薬が高価なのは百も承知していたので、イネに薬の処方を求めたりはしない。
それにも関わらずイネの下に患者が殺到したのは、医者が直接診てくれるという行為自体が嬉しかったのだ。
自由と正義の国と聞いてやって来たアメリカは、正義とは名ばかりの、酷い人種差別が蔓延する国であった。
人扱いされない自分達が病気になった所で、白人の医者が診てくれる事は無い。
病に倒れたらそれまでと、死の覚悟をしていた所に現れた、同じ東洋人の医者の出現である。
それもお座なりの診察ではなくて、一人の人間として向き合って貰えていると実感出来るモノだった。
彼らが驚き、喜ばない訳がない。
イネに診てもらおうと、大勢が診療所の前に列を作るのは当然であった。
兆番の軋む音と共に扉が開かれた。
テーブルに座る客らは、まるで条件反射の様に音がした方向に一斉に目を向け、何事も無かったかの様に手に持ったグラスに視線を戻す。
そして、ギョッとした様に再び視線を扉に向けた。
酒場に現れたその客らの恰好は一風変わっていた。
腰には大小二本の棒きれを差し、数人は普通のシャツとズボンであるが、数人は女のスカートの様な出で立ちをしている。
履物もバラバラで、普通の靴の者もいれば白い靴下の様なモノを履いた者もいた。
その顔は中国人とそっくりであるが、彼らと違って辮髪ではない。
普通に長く伸ばした者や、頭の天辺で結んでいる者もいる。
兎にも角にも奇妙な集団であった。
その集団はカウンターに向かい、マスターと何事か話している。
テーブルにいた客らは好奇心から聞き耳を立てた。
『マスター、バーボンを。』
「老婆の村の事を調べに来たのではないのか? ついでに酒も飲むのか?」
「あ、いえ、すみません。一度言ってみたかっただけですので、バーボンはどうぞ継之助さんが飲んで下さい。」
「何がしたいんだ……」
西部劇で見た例の扉そのままの酒場があったので、ついバーボンを頼んでみた松陰であった。
今度の町は大きく、通りに面して酒場やホテル、レストランや雑貨店がいくつも並んでいる。
今日は風呂に入り、柔らかいベッドで眠れるだろう。
まずはホテルの部屋を確保し、レストランで腹を満たしてから酒場に来ていた。
女性陣は水を浴びに一足早くホテルに戻っているし、勇らも老婆と共にホテルに行った。
その老婆の住む村もここから近いらしい。
その村の事が何か分かればと、情報を仕入れるならば酒場だろうと期待して来ていた。
酒場は映画で見たモノとよく似た作りで、一階にはカウンターとテーブルが並んでおり、昼過ぎにも関わらずに結構な数の客で埋まっている。
二階は女郎屋となっている様で、着飾った女達が酔客を誘おうと、踊り場から艶のある声を出していた。
金を持った男がやる事はどこでも変わらないらしい。
ハワイでもサンフランシスコでもよく見た光景であった。
砂金が出るとなれば尚の事かもしれない。
吉原と何一つ変わらない、男と女の関係であろうか。
店内を興味深げに見ていた松陰であったが、目の前にバーボンが来たのでカウンターに向き直り、注文を待つマスターに質問した。
『教えて欲しい事があるのです。』
『何かね?』
『この辺りにインディアンの住む村がありますか?』
『いくつかあるが、一番近い所ならベアバレーじゃないかね?』
『近いのですか?』
『馬なら数日の距離だよ。』
『成る程、ありがとうございます。』
どうやら老婆の言う通りらしい。
納得する松陰に今度はマスターが問いかけた。
『金を掘りに行くのかい? あそこで金が出たとは聞かないが……』
『いえ、旅の途中で知り合ったインディアンのお婆さんに、是非村に来て欲しいと頼まれたので止む無く、です。私としては旅を急ぎたい所なのですが……』
『そうかい、そりゃあ難儀な事だ。私も一度だけ行った事があるが、何にも無い、そりゃあ寂しい村だよ。尤も、インディアンには丁度良いのかもしれんがね。』
気の毒そうな顔で言った。
『金が目的では無いのでそれは良いのですが、それに比べてこの辺りは賑わっていますね。』
『昔と比べると大違いだけどね。昔はそりゃあ、凄かったもんさ!』
往時を偲ぶといった風情である。
と、
『臭ぇチンクがどうしていやがる?』
『全くだ! チンクの汚ぇ面なんざ見ると、折角の酒が不味くなるぜ!』
侮蔑の言葉を発しながら赤ら顔の男達が入ってきた。
チンクとは中国人の蔑称であり、同じ顔の松陰らを見て言ったのだろう。
前世のインド滞在中ではチナと言われて面白くなかった松陰であるが、この町に来る前に、彼らの侮辱する当の中国人の村を訪れて歓迎されているのだ。
故郷の子守歌に涙を流して喜んだ彼らを、今更馬鹿にする気にはなれない。
同じ東洋人意識も手伝ってむかっ腹が立った。
それはツレの面々も同じ様で、彼らの口にしたチンクの意味は分からなかったものの、その雰囲気から馬鹿にされていると感じて癇に障った様だ。
『我らは日本人であって中国人ではありませんが、あなた方に彼らを馬鹿にされるのも許しがたいですね。訂正して頂けませんか?』
『何だとぉ?!』
反論に面食らったらしい。
中国人は英語も碌に喋れないと馬鹿にしていたのだが、今回は様子が違った。
『チンクという言葉を使った事を謝罪し、二度と使わないと誓えば許してあげましょう。』
『何?!』
『それとも、英語は理解出来ませんか?』
『あ?!』
途端、両者の間の緊張が高まる。
片方は腰から下げた銃に手を伸ばし、もう片方は腰にぶら下げた棒きれの先に手を掛けた。
『おいおい、店の中でイザコザは勘弁してくれよ!』
マスターが慌てて間に入る。
『我らを侮辱したのは彼らです。非が彼らにあるのは明白なので、謝るべきは彼らです。』
松陰が意見を述べた。
『けっ! 叩き殺してもどこからともなく湧いて出てくる、ゴキブリみてぇなチンクに謝る理由はねぇな!』
負けじと罵倒を重ねる。
一触即発、その言葉が相応しい。
そんな両者をギャラリーは固唾を呑んで見守った。
とばっちりの可能性があるとはいえ、またと無い見世物の予感である。
盛んに囃し立てる者や、先走ってどちらが勝つか賭けをする者までいる始末。
砂金掘り生活の退屈さと明日への不安、成功者への妬みと我が身への恨みが重なり、自暴自棄的な熱狂に染まっていた。
重苦しい空気が漂う中、再び扉が勢いよく開けられ、一人の大男が転がり込んでくる。
その表情はひどく真剣で、一心不乱に二階だけを見つめていた。
探す娘がいたのか、途端にその顔を笑顔に変え、喜び勇んで叫ぶ。
『約束の金を持って来ただ! だからメアリー、オデと結婚してくんろ!』
場の緊張感を一瞬で瓦解させる、とてつもない破壊力を秘めた叫び声だった。
ツイッターに地図情報を載せてみました。
宜しければご確認下さい。
ユーザーネームは「ロロサエ」です。
投稿内容と連動させるのか、過去のお話の地図も載せるべきか考え中ですが・・・




