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待ち人達

前話を修正し、居残り組に高橋泥舟を加えています。

 『大人しくしやがれ!』

 『嫌!』


 柄の悪い男達が一人の女を囲んでいた。


 『いいからこっちに来い!』

 『痛い!』


 男の一人が女の手を掴むが、女は抵抗する。

 それを力づくで引き寄せた。 

 このまま連れ去られる、そう思われた時、


 『待て。』


 男達の前に謎の男が立ちはだかった。  


 『誰だお前は?!』

 『というか、何だその恰好は?!』


 男達はその男の登場に狼狽える。

 頭の天辺から足の先まで黒い服で覆われており、なおかつその顔は、口から目元まで同じ色の布で隠されてあってその表情が見えない。

 男達は怪しさ満点のその男にたじろいだ。


 『貴方はまさか、ニンジャ様?!』


 女が驚いた顔をする。

 

 『ニンジャ? お前、あいつを知っているのか?』

 『何だ、そのニンジャとは?』

 『それより、あの服は一体何だ?』

 

 男達は捕まえている女を問い詰めた。

 女は目を輝かせて説明する。


 『ニンジャ様は、世に蔓延る悪を成敗する正義の味方です! ニンジャは生まれた時から過酷な修行を積み、ニンジュツを身につけた超人の事です! あの恰好は、正体がばれない様にするニンジャ様の制服でしょう!』

 『何だと?!』

 『忍術とは何だ?』

 『どうして正体を隠す?』


 更に質問した。


 『ニンジュツとは、人体に隠された特殊なオーラを操作し、発動させる技です! その威力は強力で、危険です! 正体を隠すのは、日常生活に支障をきたさない様にする為でしょう。新聞に正体を書かれたら大変ですからね!』

 『成る程、それはそうだ。』

 『保安官がいるのに、その仕事を奪う事にもなるからな。』

 『いや、カリフォルニアは広い。保安官がいない地域もあるし、善良な市民にはありがたい存在ではないか?』

 『現に私はこうして捕まっていますし、ありがたいですよねぇ』

 『違いない!』


 女と男達は互いを見合い、笑った。

 ひとしきり笑い、キリリとして問う。


 『で、オーラとは何だ?』

 『オーラとは、人が元々持っている力の事です。オーラは体を巡っているのですが、その巡りが良いと力が充実し、悪いと病気になったりします。ニンジャはそのオーラを自在に操り、信じられない能力を発揮出来るのです。』

 『それは素晴らしい!』

 『凄いな!』


 男達が感心する。


 『そういう訳で女を放せば許してやろう。』


 ニンジャが言った。

 途端に激しく反応する。


 『ニンジャ様! 助けて下さい!』

 『お前は静かにしていろ!』

 『放せと言われて大人しく放す馬鹿がどこの世界にいるってんだ!』

 『やっちまおうぜ!』


 女を掴んでいる者が他の男に指示する。

 直ぐに二人が散開し、腰の刀を抜いてニンジャを囲んだ。 


 『へへっ! 二人同時に相手出来るのか?』

 『ほれほれ、そのニンジュツというモノを見せてみろ!』


 下卑た笑みを浮かべてニンジャを囃し立てた。


 『そうか、では期待に応えてやろう。』

 

 男達のからかいにニンジャは応え、両手を胸の前で組んで呪文を唱える。


 『臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前! 忍法、分身の術!』

 『何?!』

 『ニンジャが増えた?!』

 『す、凄いわ!』


 呪文と共にニンジャが二人となった。

 男達も女も、目を丸くして驚く。


 『『これぞ忍術の一つ、分身の術だ!』』

 『ぐはっ!』

 『やられたぁ!』


 分身した二人のニンジャが叫ぶと同時に刀を抜いて斬りかかり、あっという間に二人を倒した。


 『心配するな、峯打ちだ。』

 『何?!』

 『強い!』


 その強さに残った二人は息を呑んだ。

 ニンジャはまた元の一人に戻り、女を掴んだままの男に向き合う。

 残った男は狼狽し、抜いた小刀を女の首に突きつけた。


 『う、動くと女の命はないぞ!』


 ニンジャを脅す。

 

 『分かったからそう興奮するな。』

 『その刀を置け!』

 『こうか?』


 男に言われ、ニンジャは手に持った刀を地面に刺した。


 『よ、良し! そのまま下がれ!』

 『それはいいが、そうしたらお前はどうするつもりなのだ?』

 『知れた事! 女を連れて行く!』

 『ふむ。ではやってみろ。』

 『に、ニンジャ様?!』


 狼狽する女を無視してニンジャは下がり、男の為に道を空けた。

 それを見届け、『歩け!』と男は女を連れて歩き出そうとする。

 けれども、


 『何だ?! う、動けんぞ?!』


 足を出そうとした男であったが、どういう訳か一歩も動けない。

 ニンジャはツカツカと男に歩み寄り、堂々と女を助け出した。

 男はオロオロとしてそれを見つめるばかり。

 そしてニンジャは差した刀を抜く。

 すると、先程まで手も足も動かせなかった男の体が、突然思った様に動くのだった。


 『ど、どうして?!』

 『これぞ忍法、影縛り!』

 『影縛りだと!?』


 相手の陰に刀を刺す事によって、相手の動きを封じてしまう影縛りの術。

 こうして見事にニンジャは女を救い出した。

 そのまま抜いた刀を男に突き付ける。

 すると、倒れていた二人がノロノロを起き上がってきた。


 『お前達、無事なのか?!』

 『あぁ……』

 『き、今日の所は勘弁してやらぁ! 覚えていやがれ!』


 男は捨て台詞を吐き、仲間を連れてその場を去った。


 『お怪我は無いかな、お嬢さん?』

 『私は無事です! ありがとうございました!』


 助かった女はニンジャに向かって頭を下げた。


 『では、拙者はこれで失礼する。』

 『待って下さい!』

 『何かな?』

 『ニンジャ様のお名前だけでも……』


 縋りつく様な目線でニンジャに訴える。

 

 『闇に生きるのが忍者の掟。名のる名前など持ち合わせてはおらぬ。』

 『そんな……』


 名前も名乗らず、ニンジャは去っていった。


 『ニンジャ様……』


 去り行く背中に、女が一言だけ呟いた。




 『ブラボー!!』


 観衆の拍手が響く。


 『ニンジャ、スゲェ!!』

 『ブンシンノジュツ!』

 『ニンポウカゲシバリ!』


 大の大人がニンジャの真似をして、その感動を体で表した。

 サンフランシスコの港にほど近い、とある広場での事である。

 侍達による演劇を楽しんだ住民たちは、置かれた入れ物に次々とお金を投じた。

 満足した顔でその場を後にするのだった。




 「武士が芸者の真似事など……」


 後片付けをしている原市之進がブツブツと呟く。


 「路銀の為だ、文句を言うな!」


 それを聞き咎め、平岡円四郎が注意した。

 居残り組にも路銀は支給されたのだが、手違いで船に積み込んでしまい、気づいた時には後の祭りとなってしまったのだ。

 サンフランシスコ市長はその窮状に同情し、支援を申し出てくれたのだが、我儘から居残ったのに他人の情けに縋る事など出来はしない。

 インターナショナル・ホテルも引き払い、新たな宿を探したのだが、無一文で泊まらせてくれる宿など流石に見つかる筈もない。

 途方に暮れていた所、それを聞きつけた市長が自宅に招待してくれ、事無きを得た。

 その申し出まで断る事は出来ず、人の情けはどこでも同じだと深く感謝したのだった。 


 しかし、タダで厄介になる訳にはいかないと、スズの発案で演劇を披露する事となり、観覧料を取って滞在費を稼ぐ事にした。

 娯楽に飢えがちな市民らは、遠い異国の者が演ずる異国情緒溢れる演目に夢中となり、少なくないお金を払ってくれている。

 市長は中々受け取ろうとしなかったが、それならばホテルに行くと訴え、どうにか受領させる事に成功した。

 

 ゴールドラッシュで金持ちとなった者も多数居住しているのがサンフランシスコである。

 噂を聞きつけて一獲千金の夢を求め、カリフォルニアに流れてきた者は圧倒的に男が多い。

 娯楽にも女にも飢えている彼らにとっては、異国の者とはいえ、スズの存在は眩しく映った様だ。

 瞬く間に人気となり、演劇が終われば熱烈なファンが握手を求めて列を作る程であった。

 また、ニンジャの正体にも関心が集まり、日本人の誰なのだと推測して中身を知ろうと嗅ぎまわる始末。

 市長もその人気ぶりに驚き、益々親切になっていくのだった。


 演劇のシナリオと演出は、劇作家でもある千代が担当している。

 高良塚も手掛ける彼女であるが、アメリカで公演するに当たり、その内容には気を付けた事がある。

 松陰が以前何気なく口にした事なのだが、異国の人には誰でも分かりやすい勧善懲悪モノを、という言葉だ。

 日本の文化、伝統に何の知識も無い異国の人であるので、一目見て理解出来る内容にしないと、彼らからの共感は得られないとの内容である。

 それを思い出した千代は、日本でやればコテコテ過ぎる演出を敢えて採用したのだった。


 千代の読みは当たった。

 同時に行ったニンジャグッズの販売もあってか、子供達は木で安く作られた模造忍者刀を持って町中を元気に走り回り、黒い布を顔に巻き、目だけだして忍術の真似をする光景が見られる様になっていた。

 劇中には殺陣たてもある。

 アメリカ人にはあずかり知らぬ事であるが、免許皆伝を得た剣の達人である武士達が演じる殺陣など、彼らの故郷である日本でもあり得ない話なのだが、そうとは知らないサンフランシスコ市民は、迫力のある殺陣に手に汗握って魅入るのだった。

 そして行われる剣術教室である。

 人が集まらない筈が無い。

 そこで披露される、本物の刀による演武。

 極限まで鍛えられ、磨き上げられたその美しさに、集まった市民は見惚れた。

 因みに、演劇用の刀に刃は付いていない。

 ワシントンでは演劇を披露する計画だったので用意していたのだが、思わぬ所で役に立ったのだ。

 

 演劇をして滞在費を稼ぎつつ威臨丸を待つ。

 そうこうしているうちに演劇の方もシリーズを重ね、ニンジャは身代わりの術や隠れみの術、手裏剣術などまで披露する所となっていた。

 



 「松先生はまだかなぁ……」


 金門海峡が見渡せる丘の上でスズが小さく口にした。 

 一日一回はここに来て、松陰の乗った咸臨丸が見えないか海を眺めるのが日課となっている。

 日は西に傾き、市長の家に帰り着く頃には日没となるだろう。


 『今日も、来ないの、かい?』 

 『残念ながらねぇ……』


 スズはインディアンの老婆の質問に答えた。

 

 『おばあちゃんも、相変わらず待つ人は来ないの?』

 『来ない、ね。』


 座ったままの老婆は、にべも無く答えた。

 その顔には深い皺がいくつも刻まれ、表情は杳として知れない。

 身じろぎ一つする事なく座るその姿は、まるで良く出来た置物を思わせた。

 それも、そこに置いて何十年も経つ、そんな置物である。 


 老婆とは、スズが初めてこの丘に来た時に、どこから来たのか尋ねられた事を切っ掛けにして知り合った。

 毎日その丘に来るスズを、老婆も毎日、同じ場所に座って迎えてくれた。

 気になってこの辺りに住む者に聞いてみた所、自分達がここに越してきた時には既に同じ場所に座って日がな海を眺めていたらしい。

 以来、定期的に姿を見る様になったそうだ。

 いる時期といない時期を繰り返し、いる時には昼間は町中を歩いて船でやって来た客にどこから来たのか聞き、夕方になるとこの丘に登って夕日を眺める。

 そんな生活を繰り返しているらしい。

 事情を聞こうにも英語はそこまで得意ではないらしく、詳しい事は分からないままだ。

 けれども、何か事情があるのだろうという事は容易に想像出来た。

 スズは老婆の隣に座り、同じ方向を眺めるのだった。

 既に何日も待ち惚けが続いている。


 しかし今日は違った。


 「あれは!」


 傾きつつある太陽の下、一隻の船が煙を上げ、近づいて来るのが見えた。

 いつもの様に望遠鏡を覗いた所、そこに待ち続けた旗があったのだ。 

 白地に赤い丸が一つ、日の丸である。

 船はアメリカの商船なのだが、その旗を掲げる意味は一つしかないだろう。

 スズは勢いよく立ち上がり、老婆に言った。

 

 『私の待つ人が来たみたい! 港に行くね!』

 『そうかい。それは、良かった、ね。』

 『ありがとう!』


 そう言い残し、港へと続く道を颯爽と駆けていく。

 一人取り残された老婆は、スズの後ろ姿を見る事も無く、黙って海を見続けた。

山岡鉄舟、中村半次郎らによる演劇です。

松陰らが到着したので、近藤勇や土方歳三、坂本龍馬や高杉晋作も加えた、豪華俳優陣による殺陣をしたいと思っています。

前々からそのシーンを想像していましたが、それを見れるサンフランシスコ市民が羨ましい・・・

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