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玉木邸その3

 「それでは説明いたします。戦棋とはこの六角形のマスを使った戦略遊戯です。このマス一つ一つに駒を配置し、お互いに駒を進めていって戦います。」


 松陰は清風に説明してゆく。


 「勝利には、相手の将のいる部隊を破壊するか、勝負毎の設定条件を満たす事によって達成となります。使える兵科は刀兵、騎兵、鉄砲兵、大筒兵、工兵です。将棋と異なるのはマスが六角形である事と、使える資金の中から自分の好きな様に兵科と部隊数を選べる点、撃破した相手の駒を使う事はできない等あります。ここまでは宜しいですか?」

 「うむ、問題無い。」

 「口で説明しても分かり辛いでしょうから、実際にやりながら説明していきましょう。駒を出してもらって宜しいですか?」


 言うなりは箱の中の駒をいくつか取り出し、盤上に並べ始めた。慌てて清風も駒を取り出す。


 「それぞれの駒には刀、騎、鉄、筒、工と黒字で書いてあります。裏は赤字です。赤字は部隊数が半減した事を表します。刀兵、騎兵、鉄砲兵、大筒兵は攻撃部隊で、工兵は防御部隊です。柵を作って部隊を守る事ができます。文字に○のついた駒は将のいる部隊です。どの部隊に将を配置しても構いません。それではそれぞれ一枚取り出してください。」

 「用意したぞ。」


 松陰に言われるがまま、駒を準備する。


 「はい。刀兵は一度に1マス移動できます。騎兵は2マスです。鉄砲兵、大筒兵、工兵は1マスです。進むのはどこでも構いませんが、騎兵2マスでも味方を越えていく事は出来ません。駒は私と清風殿で交互に一つ一つ動かしていきます。ただ、行動できる順番があって、騎兵、刀兵、鉄砲兵、大筒兵、工兵の順に行動して下さい。ではまず私から。騎兵を2マス進めます。」

 「儂も騎兵じゃな。ここに動かそう。」

 「次に刀兵。」

 「次は儂じゃな。ここじゃ。」

 「双方が一回り行動を終えると、それを1単と言います。」


 二人は駒を動かし続け、互いの攻撃が届く範囲に近づいてきた。


 「では、次に攻撃ですが、刀兵、騎兵は隣接しないと攻撃出来ません。鉄砲兵は2マス離れた敵を攻撃でき、大筒兵は3マス先の敵を攻撃出来ます。」

 「ふむ。」

 「刀兵、騎兵、鉄砲兵は移動後に攻撃できますが、大筒兵は移動しても攻撃は出来ません。次の単まで待機する必要があります。攻撃すると相手は半減します。私の騎兵が清風殿の刀兵を攻撃すると、清風殿の刀兵は半減し、駒を裏返します。そして、攻撃された方はサイコロを振り、偶数が出れば反撃が成功、相手を半減させます。清風殿、サイコロをどうぞ。」


 清風はサイコロを振った。


 「偶数が出たので反撃が成功。私の騎兵は半減します。もし奇数なら反撃は失敗。私の騎兵は減りません。ただ、大筒兵、鉄砲兵は反撃できませんのでご注意を。なお、鉄砲兵は隣接するマスを攻撃する場合、その後ろの2マス目も攻撃範囲となります。」


 説明は続く。


 「大筒は範囲攻撃となります。サイコロを振り、出た数分だけ攻撃目標に隣接するマスの駒にも攻撃を通します。例えば、私の大筒で騎兵を攻撃します。騎兵は半減です。そしてサイコロは3。騎兵に隣接する3マス分の部隊を半減させますが、この場合、騎兵に隣接する部隊は刀兵だけですので、刀兵を半減させます。宜しいですか?」

 「大丈夫じゃ。」

 

 清風は松陰の説明にじっと耳を傾ける。


 「というわけです。そして、戦棋では予算があって、その範囲内でならどの兵科を用意しようが自由です。大筒兵だけでも編成していいですし、刀兵だけでもいいのです。宜しいですか?」

 「理解した。」

 「そして、特別効果を持った札を購入も出来ます。2単分、味方の移動が倍になる疾風怒濤。

 攻撃が倍になる獅子奮迅。防御が倍になる堅牢強固です。」


 そう言って松陰は袋の中から札を取り出した。

 それぞれの絵柄に文字が書かれている。


 「そして、3単毎にサイコロを振って、その数に百をかけたお金が入ります。その次の単で兵と札を購入できます。」


 これ以上の戦棋の設定はボロが出るので御勘弁願いたい。

 とにかく、その様な遊びを考えた松陰である。


 「では、実際に予算内で兵科と札を用意しましょうか。」

 「うむ。相分かった。しかし、予算があって自分の考えで兵科と数を選ぶとは、今までなかった考えじゃな。」

 「そうでございますね。その点は新しいと思います。戦術は勿論ですが、戦略に近いものが必要になるかと思います。」

 「戦略であるか……」

 

 清風は驚く。

 それは兵法家を越えた考えであるからだ。

 兵法家は戦の戦い方を考えるが、戦略となるとそうはいかない。

 どの様な兵を育て、作り上げるのかは藩主の判断する事であるからだ。


 そして、清風が用意したのは清風自身が考案し、長州藩でも採用されている『神器陣』という兵科の編成であった。

 大筒を中心とし、その左右に鉄砲を置き、後方に刀、槍兵を配置するのである。

 まず大筒と鉄砲で敵を蹴散らし、抜刀隊が突撃するのだ。

 それを再現した兵科の選択である。

 札は、よく効果がわからないので用意はしていない。


 対して松陰は、騎兵のみの速度重視の用兵策であった。


 互いに陣取り、戦棋を始める。

 そして、そろそろ戦闘が始まるかと清風が思った矢先、松陰の用意した札『疾風怒濤』が発動し、松陰の全部隊が清風の『神器陣』に襲いかかったのだ。

 なすすべも無く自陣を蹴散らされてゆく清風。

 なんせ騎兵の行動が一番早いのだ。

 それに、大筒の後ろに刀兵を配していたので、大筒兵を守る事も出来ずにみすみす大筒を失ってしまった。


 その後、鉄砲、刀兵で騎兵に対抗するも、あっけなく陣を破壊され、将を失った清風であった。


 「儂の『神器陣』がぁぁぁ!」

 「大筒兵は、移動してもすぐには攻撃出来ないし、反撃できませんので、陣の前線には出さない方が宜しいかと思います。」


 がっくりとしている清風である。


 「もう一度宜しいか?」

 「勿論でございますよ、清風殿。」


 その後、兵科の選択も変え挑戦したが、結局一度として勝てなかった清風である。

 札も用意したが、それを見越されたかの様に対応された。

 工兵も巧みに用いられ、もう少しで、という所で柵に阻まれ、破壊しているうちに攻撃部隊を全滅させられた。

 

 とはいえ、50代を半ばも過ぎたのに、今日初めて知った遊びにここまで対応した清風は流石であろう。

 松陰も内心は舌を巻いていたのだ。

 伊達に生涯に渡り、兵法を学んできた男ではない。


 「なぜじゃ! なぜ勝てんのじゃあ! 儂はこれでも兵法には通じてきたと自負しておる! それが何故なのじゃあ!!」

 「現実と遊戯の違いでしょうね。遊戯には遊戯の法則なる物が存在しますから、現実ではこうだから、と考えていては勝てません。後は札をどう活用するのかと、3単毎の臨時収入で、その盤における最適解は何か、を考える事でございましょうか。」


 松陰は悔しがる清風にアドバイスする。

 その言葉にはっとする清風。

 そもそも清風の用兵は、現実世界での用兵策『神器陣』を元に考えたものであった。

 現実を遊戯の世界で再現しようとした方が間違いであったのだ。


 「もう一勝負お頼み申す!」

 「喜んで。」


 何かを思いついたのか、清風の顔色も晴れていた。

 しかし、それはすぐに消え去った。

 松陰の兵科構成を見た清風の顔は驚愕で満ちていた。


 「それは儂の『神器陣』ではないか!」


 そうであった。

 松陰は清風の『神器陣』とそっくりの兵科構成であったのだ。しかし、そこには工兵、騎兵もいる。

 そっくりそのまま、ではない。

 対する清風は大筒兵と鉄砲兵のみという、当時のヨーロッパで行われていた近代戦そのままの陣形であった。


 「圧倒的火力でなぎ払ってくれようぞ!」


 自分の考えだした『神器陣』に対してそれでいいのか清風?!


 「なぜじゃ……」


 結局負けてしまった清風は、声をかける事すら躊躇う程に落ち込んでしまっていた。


 「まあ、鉄砲兵も大筒兵も価格が高いですからね。バランスが大切でしょうね。」

 「バランス? オランダ語じゃな。松陰殿はオランダ語までご存知とは博識じゃのう。成程、奥が深いのう……」


 つい英語を口にしてしまったと後悔したが、オランダ語でもバランスはバランスだとは知らなかった松陰。

 これまでは常に日本語でと注意していたのだが、ついぽろっと洩らしてしまったのだ。 

 当時の鎖国政策でもオランダとは交易を続けており、オランダつまり蘭国の書籍等は入国していた。

 『ターヘルアナトミア』邦訳『解体新書』は名高いだろう。

 その翻訳に際し、日蘭語辞書なども製作され、日本中に流通していたのだ。

 幕末だけではなく江戸時代全体を通じ、日本各地で蘭学が盛んに勉強されていたのだ。


 バランスというオランダ語を何気なく使った松陰に、清風は戦棋の途中から確信に変わりつつあった、ある考えを口にした。 


 「この戦棋なる遊戯を考え出したのは松陰殿なのじゃろ? そして、ポテチなる物、柿の種を考え出したのもそうなのじゃろ? 子供達への紙芝居なる物もそうなのじゃろ? それに水飴も、どうしてお金を取らないのじゃ? 様々な事を考え付く松陰殿には容易い事じゃろ?」


 心なしか悲しげに微笑む松陰は、清風の質問には答えない。

 なぜなら、全て自分が考えた訳ではないからだ。

 前世の知識を披露しただけで、それは自分が考え出した物ではないのだ。

 前世の知識を独占し、商売につなげれば、お金を得る事も容易いかもしれない。

 カレーを味わう為にはそれが一番早道なのだろう。


 大金があれば、鎖国下の日本であれ、オランダを通じて入って来ていた香辛料を購入できるのだから。

 カレーを構成するいくつかのスパイスは、当時は漢方薬の原料などとして輸入されていたのである。

 ウコンやカルダモン、コリアンダーやクミンといったスパイスも、金額を別とすれば手に入るのだ。

 お金さえあれば、今すぐにでもカレーを食べられるのである。


 しかし、それでは駄目だと心が叫んでいた。

 オランダが日本に持ってくる、法外な値段のそれら。

 それらは、当時オランダが植民地として支配していた、現インドネシアからの収奪物であった。

 力で国を奪い、農民に無理やり栽培させ、それを不当な価格で買い叩き、文句があれば鎮圧し、本国や外国に持ち込み、目を剥く価格で売却し、不当な利益を上げていたのである。


 現在でも農産物を不当に安い価格で買い叩く、弱い農民をいじめる様な商売をする企業もあるかもしれない。

 当時は海を渡るのは命がけで、それに見合った報酬がなければそんな事をする人間などいなかったのかもしれない。

 力の無い国は力を持った国に支配され、富を収奪されるのが当たり前だった時代であると言われればそれまでかもしれない。

 植民地にされた国も地域も、過去には他の国を侵略し、支配し、支配された歴史を持っているかもしれない。

 ヨーロッパの列強が進出し、支配しなくても、アジアの国同士でやりあっていただけなのかもしれない。

 大日本帝国も、八紘一宇、大東亜共栄圏という建前は兎も角も、実際は資源の収奪をしたのだから。


 しかし、それでも尚、植民地にされた民の血と汗と涙の結晶であるスパイスを、自分が考え出した訳でも何でもない、他の人が苦労して考え出したモノの知識をただ披露して、それによって得たお金でそれらを買い、カレーを作った所で、心の底からその香りを、味を楽しめるだろうか?

 松陰は自問する。

 しかしそれには即座に答えが出る。

 断じて否である! 少なくとも自分には出来ない!

 そう松陰は思った。


 一時の欲望に身を委ね、己の矜持を否定する様な行為をして、本懐を遂げられるだろうか?

 そんな訳はない。


 知識労働にしろ肉体労働にしろ、己の器量で得た正当な報酬で、正当な国家と正当な外交関係下での、正当な取引で得たスパイスを使わざるして、心からの至福が得られるはずがないのだ。

 後ろ暗い事など何一つない、曇り無き無心の境地でカレーに臨まねば、その香りも味も、満足に味わう事は出来はしないだろう。


 それに、夢に出てきたカレーの天使の事もある。

 己の心に何一つ恥じる事なくあらねば、彼女と出会う事は一生叶わない予感がしたのだ。

 不純な動機と手段でカレーを味わってしまったら、まだ見ぬ、名前さえも知らない彼女を永遠に失ってしまうと、胸の奥が叫ぶのだ。


 しかし、そんな事を目の前の清風に言う事など出来はしない。

 そんな説明を理解してもらえるとも思わない。

 清風が納得してくれる表現を探し、しばし沈黙し、ややあって口を開いた。


 「清風様は、この長州藩をどの様にしていきたいのですか?」

 

 先程までとは違う真剣な様子の松陰に、清風も遊戯に取り組んでいた姿勢を正し、松陰に正面から向き合う。

そんな感じで遊んでますよ、という事で。

戦略なら信長の野望を再現したいところですが・・・。


江戸時代にカレーは日本に伝播しておりませんが、その素材は既に多数入ってきてます。

ただ、当時の価格がわからないので、非常に高価であると仮定して話を作っております。

ウコンなら比較的安価な気もしますけど、色だけあっても仕方無いですしね。

唐辛子の種だけあっても、辛いだけですしね。

柿の種で辛味付けに使ってますしね。


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