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国王の結婚式とそれに伴うあれこれ

 『新郎吉田松陰、汝はここにいるスズを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、慈しむ事を誓うか?』


 牧師が厳かに問うた。

 松陰はスズを見つめ、微笑んで答える。


 『誓います。』


 その返事に満足し、牧師はもう一人に問いかけた。


 『新婦スズ、汝はここにいる吉田松陰を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し、慈しむ事を誓うか?』


 スズもやはり微笑み、しっかりと答える。


 『誓います。』


 そして式の山場を迎える。


 『誓いの接吻を。』


 トーマス牧師の言葉に従い、二人は口づけを交わして夫婦となった。


 「でへへ」

 「何を笑ちょるんかや?」


 乙女とめが隣りのスズに聞いた。

 にやけた顔を不思議に思ったのだ。

 スズはハッと我に返り、しどろもどろになって答えた。


 「あっと、えーと、何て言うか、キリスト教の結婚式って随分違うなぁって!」

 「人前で接吻なぞ、破廉恥じゃ!」

 「えぇぇぇ? 羨ましいのに……」


 乙女の言葉にスズは残念そうな顔をする。

 と、そこに千代が顔を出す。


 「二人とも、出番ですわよ!」

 「おう!」

 「ま、任せて!」


 スズは慌てて答える。

 そして二人は足を踏み出した。

 乙女の手には三味線が握られ、スズの手には扇子がある。

 集まった観衆の前まで進み出て、二人は揃ってその場に正座し、頭を下げた。

 それだけでも観衆は盛り上がる。

 そして乙女が三味線を構え、演奏を始めた。

 それに合わせ、スズが優雅な舞を披露する。

 アレックス王と王妃エマとの結婚式が終わり、余興の時間となっての事である。




 「Shall we dance?」

 「Sure!」


 式場は舞踏会の様相を呈していた。

 スズらの舞の披露はとっくに終わり、今度は楽団の演奏に合わせ、男女が優雅にステップを踏む。


 「おぉ! 練習の成果を示す絶好の機会ぜよ!」

 「僕は見ています……」

 

 意気込む龍馬に対して総司は尻込む。


 「女を踊りに誘うなど、武士の振る舞いでは無い!」

 「くくっ。日本の常識は通じねぇって耳にタコだろ? 今更何を言ってんだ?」


 吐き捨てる勇を晋作がからかう。

 そんな仲間を知ってか知らずか、歳三は一人、会場の一角でダンスのパートナーを物色していたらしい、数人の女性グループに近寄って行った。

 

 歳三を見つけ、その女性陣からは嬌声が上がる。

 事情を知らない身から見ても理解出来る程に、彼の剣舞は見事であった。

 そのせいもあって、彼の顔はオアフ島で有名となっている。

 それに何より、異国の女から見ても歳三はハンサムらしく、既に魅了された女性もいる様だ。 

 そんな歳三が誰をダンスに誘うのか、彼の近くの女性は緊張に頬を染め、周りは興味津々な様子で見守った。


 固唾を呑んで立ち尽くす女性陣を掻き分け、歳三は会場の端まで進む。

 呆気に取られる彼女らをしり目に、片隅で式の片づけをしていた下女に声を掛けた。


 「シャル、ウィ、ダンス?」


 覚えた英語を使う。


 「歳?!」

 「流石歳三君ぜよ!」

 「くくっ。色男は伊達じゃねぇな。」

 「土方さんは凄いなぁ……」


 仲間の声は無視する。


 『どうしてあんな下女に?!』

 『嘘でしょ?!』


 後ろで驚く女達にも目もくれず、こちらも驚いて手の止まった女に己の右手を差し出した。

 下女は歳三を見つめるばかり。


 「シャル、ウィ、ダンス?」


 再び口にする。

 今度は強めに、はっきりとした口調だ。

 

 女はキョロキョロと周りに視線を走らせた。

 他の者を誘っているのだろうと思った様だ。

 しかし、周りには自分以外にいない。

 そこでようやく自分の事だと理解したらしい。

 途端に顔を真っ赤に染め、俯いた。

 片づけがあるとでも言いたいのか、俯いたまま、手に持った空のグラスや雑巾を歳三の目の前に差し出す。

 無言の拒否という事だろう。


 けれどもそれしきの事で諦める歳三ではない。

 それらを強引に奪いとると、偶々空いたグラスを下げらせようと近寄って来ていた男に持たせ、女の手を掴んで引き寄せる。

 そして半ば無理やりに、踊りの輪の中へと加わった。

 一連を見ていた観衆はドッと沸く。

 男達は歳三の行動に賞賛の拍手を、女達は羨望の眼差しを送った。 


 そんな周りの喧噪の中、歳三は己の腕の中のパートナーにそっと耳打ちする。

 

 『お前は、あの夜の女、だろう?』


 慣れない英語に途切れ途切れになる。

 突然耳打ちされた驚きか、それとも他の理由でもあるのか、女の体が一瞬だけ硬直したのを歳三は見逃さなかった。

 けれどもそれも一瞬で、たちまちのうちに元の動きを取り戻す。

 そんな女の様子に内心で賛辞を送った。

 

 『一体何を仰られているのですか?』


 それは、全くの平静を保った声だった。

 しかし、それが逆に歳三を確信させる。


 『違う。お前だ。お前が、あの夜の女だ。』


 言うなり、女の手を握る左手に力を込めた。


 「まず、お前の手を握って分かった。お前の手は剣を扱う者の手だ。ほうきや塵取りを握って出来るタコじゃねぇ。」


 それは己と同じ様な堅さをしていた。

 次に、女の腰に回していた手に力を込める。


 「触れば分かるぜ? お前の体の鍛え具合がよ。まるで鋼じゃねぇかよ。屋敷の下働きの体つきじゃねぇよな?」


 英語では言えず、日本語で言う。

 女は静かに聞いている。

 そのまま暫く、互いに無言のままダンスを続けた。

 やがて諦めた様に女は大きく溜息を洩らし、言った。


 『お願いされて渋々出てきたけれど、やっぱり今日は休めば良かったわ。あの時は顔を隠していたから、大丈夫だと思ったんだけどなぁ……』


 単語ならば兎も角、ここまでの英語だと歳三には理解出来ない。


 『折角王宮の下働きに潜り込めたのに、アナタのせいで全部台無しだわ! これだけ目立っちゃったら、もうここでは働けないわね……』


 やれやれとでも言いたげな、そんな口調である。

 そんな女の様子に、歳三は自分の言葉を認めたのだと悟った。

 

 『私を突き出すの?』


 言いつつ女は王宮の警備兵に視線を向けた。

 その意味を理解し、フッと笑う。


 「俺は同心じゃねぇよ。それに、お前が誰か殺した訳でもねぇしな。」


 既に誰か殺している可能性もあるが、異国での事など歳三には関係なかった。

 手練れに狙われた事だけは松陰に伝えたが、その手練れが女らしいとまでは言っていない。

 松陰はハワイに肩入れしたい様だが、そんな事は歳三にはどうでも良い。

 幕府に害なす者には死をくれてやるつもりだが、異国の間でどれだけ争おうが、それは全く構わないのだ。

 そんな歳三の思いが何となく伝わったのか、女はホッと息をつく。

 安堵の溜息と共に何を思い出したのか、クスクスと声を押し殺して笑った。


 「どうした?」

 『だって、さっきのアナタって、まるでおとぎ話の中の王子様みたいだったんだもの。アナタに無視された時の彼女達の顔を見た? 今も恨めしそうに見ているわよ?』


 女はチラッと視線を走らせ、悔しそうに自分を見つめる女性達を見た。

 歳三はその意図する所を察する。

 

 『あの時は何だかシンデレラになった気分だったわ……。そんな世界とは無縁な場所で生きてきたから、私には一生関係無いと思っていたのに……』


 悲しみを湛えた横顔であった。

 歳三が何か言おうとした所で楽隊の演奏が終了し、周りのカップルは踊るのを止めて会釈して別れた。

 女は歳三の手を振りほどき、掃除婦の薄汚れたスカートを優雅な仕草で持ち上げ、軽く頭を下げて後ろに下がろうとする。


 「おい!」


 逃がすものかと歳三が手を伸ばした瞬間、女は驚く程の速さで反転し、歳三の胸に飛び込んで耳打ちした。

 傍から見れば、女が頬にキスをした様に見えただろう。

 観衆からは更なる歓声が上がる。


 『明日の夜、同じ場所で。』

 「トゥモローナイト、セイムプレイス」 

 

 歳三はオウム返しに呟く。

 それを確認した女はそっと離れ、独り言の様に言った。


 『私に掛かった魔法は終わり。明日は本当の私をお見せするわ。』


 早すぎてその意味は分からない。

 けれども、逢瀬を焦がれる気持ちで無い事だけは確かである。

 その眼光は鋭く、獲物を見据える猛禽類のそれを思わせた。

 

 「望む所だ。」


 去り行く女の背中に投げかけた。




 『食い改めよ!』


 壇上の松陰が声を嗄らして叫ぶ。


 『香霊様の愛は既に示されている! 聖なる地は近い! その地を目指す、この旅路の果てに、香霊様の愛の奇跡を皆さんに御覧いれよう! これは私からの約束である!』


 集まった民衆は熱狂的な歓声を上げた。


 『ここに約束の証を置いておく。香霊様の奇跡が詰まった、聖なる証である! 信仰に悩んだ時は、これを開ければ良いだろう! 香霊様の愛を感じ、悩みなどすぐに吹き飛ぶ筈だ! 国王の兄上であるロト氏に預けるので、必要な時には彼に言うように。』


 説教を続ける。 


 『良く働き良く食べ、良く遊べ! 良い波があればサーフィンを楽しみ、神への祈りとするのだ! このハワイを作り給うたのは神である! 波を作り出され、タロイモを用意して下さった! これを食べろとヤシやバナナを与えて下さったのだ! そして神は我らも作り出されたが、愚かな我らは神の愛を忘れ、互いに争う未熟者に過ぎない! 不毛な事で争うな! そんな暇があるならサーフィンを楽しみ、神の愛を身近に感じるのだ! 自らが満ち足りなければ、他人を助ける余裕など出来はしないだろう!』

 『おぉ!』

 

 松陰の言葉に観衆は応える。


 『見よあの波を! サーフィンに持ってこいではないか! こんな私の説教などこれ以上は無駄だ! 皆の者、今すぐ海に向かうぞ! 神の愛を全身で感じ取るのだ!』

 『おぉぉぉ!!!』


 演台から降り、走り出した松陰につられ、聴衆は一斉に駆けだす。

 そして聞く者は誰もいなくなった。


 『あんな部下でいいのか?』

 『……』


 その場を呆然と眺めていたロトが正睦に問う。


 『本当に信用して良いのか?』

 『……』


 再度の問いかけにも、きっぱりと無言を貫いた。




 「という事で海舟先生、ハワイを宜しくお願いしますね!」

 「という事じゃあ済まねぇんじゃないかい?」


 海舟は呆れ顔でその相手を眺めた。


 「海舟先生へのお願いは単純です。一つはハワイへの日本人の移民の許可を議会でもらう事です。もう一つは最低でも真珠湾の使用権を確保し、出来ればハワイから白人勢力の排除をお願いします!」

 「随分と無茶な事を言いなさるねぇ……」

 「あと10年もしないウチに、アメリカでは大きな内戦が始まるでしょう。その時に合わせて、事を起こせば良いと思われます。」

 「簡単に言ってくれるねぇ……」


 相変わらずの松陰に海舟もお手上げだ。

 それに、彼にも願いはある。 


 「俺っちだって、この目でアメリカを見ときてぇのによぉ」

 「だって船酔いが酷いのでしょう?」

 「うっ! そ、そりゃ言いっこ無しだぜぇ……」


 未だに調子の上がらない海舟であった。


 「アメリカには、海の穏やかな時期に行って下さい。日本からよりは断然に近いですからね。何度でも往復して、思う存分アメリカを見て来て下さい。」

 「……成る程ねぇ。その方が有難い、のかねぇ……」


 それも一理ある気がした。


 「それはそうと、俺っち一人だ何て言わねぇよな?」

 「そこの所は海舟先生の判断です。でも、出来れば本人の意志を尊重して下さいね。まあ、これは外交官への抜擢でもありますから、出世したい人にはその旨説明すれば良いのかもしれません。出発は間もなくです。お急ぎ下さい。」

 「あぁ。分かったぜぇ」


 海舟のハワイ計画が始まりを告げる。


 「という事で、次郎長親分と石松さんは、このハワイに移住してくる日本人の取りまとめ役をお願いしますね!」

 「……」

 「テメェはどうしてこう無茶苦茶なんだよ!」


 石松が抗議した。

 松陰はそれを不思議そうな顔で眺める。


 「何が無茶苦茶なんですか? 石松さんはこのハワイで賭場を開きたいと言ってましたよね?」

 「あぁ?! そりゃそう言ったけどよ!」

 「だったら良いではありませんか!」


事も無げに言う松陰に嫌気がさし、石松は次郎長へと向き直った。


 「こりゃ話にならんですぜ。親分も何か言ってやってくだせぇよ!」

 

 石松に促され、次郎長はその口を開く。


 「この清水次郎長、喜んでお受け致しやす。」

 「親分?!」

 「流石は次郎長親分! 話が早い!」


 驚く石松に対し、松陰の顔色は晴れ上がる。


 「ですが、それにゃあ条件がございやす。」

 「どんな条件ですか?」


 それも当然だろうと思い、その内容を聞いた。


 「てめぇの組の者を、真っ先にハワイに呼ぶ事の許可が一点。その為にも先立つ物を用意して頂く事が二点。てめぇらのやり方で仕切らせて頂く事が三点。」

 「まあ、妥当ですね。でも、ハワイの掟は掟で守って頂きますよ?」

 「そりゃあ心得とりやす。」


 郷に入りては郷に従え。

 それくらいは理解している。

 寧ろ、無宿人の渡世の方が、細かい仕来りが多いかもしれない。 


 「てめぇらにやらせようとしてるこたぁ、海舟先生の裏方とお見受けしやした。その為にゃあ、ドスだけって訳にゃあ、いきやせんぜ?」


 ギロリと松陰を睨みつける。

 ハワイから白人勢力を排除しようとする場合、白人に負けない力の保持は必須だろう。

 それも十分理解している松陰は次郎長に約束した。 


 「集成館の武器を回しましょう。でも、ばれたらお終いですからね?」

 「そんなヘマをするヤツぁ、ウチの組には居やしませんぜ。」


 白人が独占しつつある、ハワイの土地所有を巡り、次郎長一家の地上げ屋稼業が始まった。

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