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国交樹立の陰で蠢く策謀

ちょっと長いです。

 この日、日本国から派遣された遣米使節団は、ハワイ王宮にて国王アレックスへの謁見式に臨んだ。

 それなりの役職の者はかみしもを羽織り、烏帽子を付けての列席である。

 初めての異国の訪問に加え、幕府を代表しての国家元首への挨拶という事で、正睦以下皆緊張していた。 

 礼を失した振る舞いは、幕府の顔に泥を塗る事に繋がりかねない。

 事前に入念な打合せを行い、式の流れをしっかりと共有して当日を迎えた。

 

 対するハワイの側は、風変りな服装をした彼らに興味津々であった。

 なんと200年近くも国を閉ざし、この度ようやく開国した、海の向こうにあるという、ハワイと同じ島国である、未知の国日本。

 キラウエア山の噴火を、見事言い当てた者の仲間という事を知らぬ者はいない。

 アニミズムを信じる未開な文明国という話もある。

 刀と呼ばれる武器で戦う、野蛮な輩との噂も聞いた。

 好奇心と恐怖心、憧れと畏怖がないまぜとなった心情で、目の前を粛々と進む日本人を眺めた。


 


 式は滞りなく進んでいき、日本国使節団正使堀田正睦と、ハワイ王国アレックス・リホリホ王が握手を交わす。

 こうして1854年2月、日本国とハワイ王国の国交が樹立された。

 日本にとっては、鎖国を解いて初めての、正式な外交関係の始まりである。

 訪問の記念品として、日本からは白鞘の打ち刀が一振りと、鮮やかな刺繍が施された反物が贈られた。


 引き続き、ハワイ政府の首脳陣と、岩瀬忠震を筆頭とする幕府事務方の、友好条約締結に関する予備交渉が始まった。

 

 一方、アレックスとその兄ロトは、正使正睦との会談の場を設けた。

 日本側の通訳は吉田松陰である。


 『この度は、貴国と我が国が友好関係を結べた事を喜ばしく思う。』

 『それはこちらも同じです。我が国は国を開いたばかりです。初めての訪問国である貴国と、こうして親しい関係を結ぶ事が出来て、非常に嬉しく思っております。』


 まずは互いに祝いの言葉を述べた。

 しかし正睦は思う所があるらしく、何か言いたげであった。

 言いにくそうな顔のまま、通訳である松陰をチラチラと見つめる。


 「何かあるのですか?」


 松陰が尋ねた。

 正睦はしっかりと英語を話せる様になっているが、大事をとって通訳を入れている。

 自分で何か言いたいけれども自信が無いのか、それとも他に理由があるのか、松陰は見当もつかない。

 けれども正睦は、尚も口を開かなかった。

 松陰が再び何かを言おうとした次の瞬間、


 『この者が迷惑を掛けた様で、誠に申し訳ない!』

 『何?!』

 「堀田様?!」


 アレックスらに向かって頭を下げるのだった。

  

 『大方の事情はこの者に聞きました。この国の事情を知りもせず、差し出がましい真似をした様で、申し開きも出来ません!』

 『いや、頭を上げて欲しい! 彼がいなければ、私は妃に迎え入れる女性を失っていたのだから!』

 『それとこれとは話が違います! まかり間違えば、この国の君主である貴方様に危害が及んでいたのかもしれないのですから。もしもそうなっていたら、我が国として責任の取り様がございませんでした!』

 『それは私が自分で選んだ事である! それに、こうして何事も無かったのだから、貴殿が謝る事は何一つ無いのだ! さ、頭を上げてくれ!』

 『あ、有難きお言葉!』


 やっとの事で正睦は頭を上げた。

 胸のつかえが取れたのか、ホッとした表情を浮かべている。

 そんな正睦にアレックスは言う。


 『先程も述べたが、彼には本当に感謝しているのだ。あの時誰が行くかで揉め、グズグズしていたら、私はエマを失っていただろう。それに、威臨丸が無くては間に合わなかったし、島からの速やかな脱出も出来なかった筈だ。貴国が開国を決意し、こうして我が国を訪れてくれていなかったら、私は今、笑ってはいなかっただろう。貴殿の部下である彼を、一足早く我が国に遣わせてくれた天の御心には、どれだけ感謝の祈りを捧げても足りない所だ。』

 『そう言って頂けますと、私としましても救われる思いです……』


 アレックスの言葉に正睦の顔も晴れた。

 続けて述べる。


 『貴国の事は船の中でも詳しく聞いた。進んだ科学と技術力を持ち、民の暮らしは栄え、統治する貴殿らの高い倫理観には感服する思いだ。その様な国が海の向こうにあったなどと、どうして今まで気づきもしなかったのか、不思議な気持ちがする程だ。それに比べて我が国は小さく、人も少なく産業も無い。』


 自嘲気味に言うアレックスの胸の内は、いかなる思いであったか。

 そして顔を上げ、正睦を真っ直ぐに見つめ、言った。


 『貴殿にどうかお願いしたい!』

 『何でしょう?』

 『この度結んだ縁を深め、両国の交流を盛んなモノにしていく事を。』

 『それは喜んで!』


 二人は固い握手を交わした。


 『初めての訪問先が貴国で良かったです!』

 『両国が共に繁栄していける事を!』


 手を握り合ったまま、明るい笑顔で語る。

 そんな二人に待ったが掛かった。


 『喜んでいらっしゃる所を誠にすみませんが、お二人に大変残念な報せがございます。』


 松陰であった。


 「こ、これ! 無礼であるぞ!」


 正睦が慌てて言うが松陰が聞く筈も無い。


 『初めは黙っていようかと思いましたが、お二人の様子を見て考えが変わりました。両国の繁栄を願う今だからこそ、無礼を顧みず進言させて頂きます。』

 『それは一体?』

 『あ、いえ、こやつの言う事にはお構い無く!』

 『正睦様! これはハワイだけの事ではございませんよ! 我が国の将来にも関わる事でございます!』 

 『何?!』


 それには正睦も驚く。

 そんな両名に語った。


 『このハワイは50年もしないうちにアメリカに飲み込まれるでしょう。』

 『そんなまさか?!』

 『そして我が国は、100年経たずにアメリカと大戦おおいくさを起こし、およそ二百万の尊い犠牲を払って敗れます。』

 『二百万? 何を馬鹿な事を!』


 正睦の驚きを無視して続ける。


 『そして大事な事ですが、アメリカとの戦の火蓋は、このハワイで切られるのです。ハワイのアメリカ軍基地に、我が国が攻め込む事で戦は始まるでしょう。』

 『何だと?!』


 二人共松陰の発言に肝を潰す。

 やっとの事でアレックスは口を開いた。 


 『それも科学的な予測だと言うのか?』

 『そうです。歴史から導かれる確かな予測です。』

 『歴史?』

 『白人がこれまで、世界で何を為してきたのかを振り返れば、ハワイに待ち受ける未来は自ずと読めます。』

 『そ、それは!』

 

 アレックスは、アメリカからの静かな圧力を感じ始めていた。

 その事を不安に思っていただけに、松陰の指摘は胸に突き刺さる。


 『イギリス人の清教徒を乗せたメイフラワー号が、アメリカ大陸の東端に流れ着いたのは何年前でしたか? それから彼らはインディアンの土地を次々と手に入れ、今ではカリフォルニアまで達しております。そんな彼らが次に目を向けるのはどこでしょう?』


 松陰はアレックスを見た。


 『それは知っている。清と呼ばれる国だな。』

 『そうです。莫大な人口を抱える清国です。アメリカは、自国で製造した物を清国の市場で売り込もうと躍起になるでしょう。しかし、清国までは遠い。太平洋を渡るには寄港地が必要です。おっと、何という事でしょう! 寄港地として素晴らしい場所があるではありませんか!』

 『我がハワイという事だな……』


 力無く呟く。


 『彼らは、インディアンから彼らの住む土地を奪いましたし、メキシコからはテキサスを奪いました。彼らは欲しい物があれば、それがたとえ他人の物であっても我慢しない様です。どれだけ時間がかかろうとも、周到な計画を立てて実行し、手に入れんとする。たとえ一度は失敗したとしても、容易な事では諦めません。』

 『その矛先が、今度は我が国に向かうのか……』


 それは死刑の宣告にも思えた。

 小さな島国でしかないハワイでは、巨大なアメリカの侵略の魔の手からは逃れられそうも無い。

 自分の懸念通り、このままズルズルとアメリカの影響が大きくなっていき、ついにはハワイが白人の物になってしまうというのか。

 そんな未来が50年もしないうちに訪れると言う。

 アレックスは目の前が真っ暗になる気がした。


 けれどもここで、先程の松陰の言葉を思い出す。

 日本とアメリカの間で戦が起こり、その激突の場がこのハワイになるという予言だ。

 そして二百万人という恐ろしい数の死者を出し、負けるという。

 普通なら妄想だと笑い飛ばす所であるが、それを口にしているのはキラウエア山の噴火を言い当てた日本人である。

 これも本当の事だと想定した方が良いだろう。


 もしもそうであるのなら、そうならない様に動くのが賢明である。

 予測が外れる場合も考慮して行動した結果、見事エマを助け出す事が出来たのであるから、ハワイの独立を保つ事も、日本とアメリカとの戦の回避も出来る筈だ。

 と、ここまで考えたアレックスは、別の可能性に気が付いた。


 『どうしてこの事を私に言う気になったのだ? 黙っている方が、貴国の利益に繋がるだろう?』


 それは当然の様に頭に浮かぶ疑問である。

 自国の利益だけを考えれば、他国の未来の予測など、軽はずみに言うべきでは無い。

 確かな予測であればあるだけ、自分だけが知っている状況の方が、圧倒的に有利であるからだ。

 それなのに、どうしてわざわざ教える事をしたのか?

 初めは言うつもりは無かったと彼は言った。

 当然であろう。

 それを翻した理由が思いつかない。

 

 そんな想いがアレックスの口を自然に動かした。

 松陰は暫く口をつぐみ、噛みしめる様に声を出す。


 『お二人が手を取り合う姿を見ていて、両国にとってより良い未来を構築出来るのではと思ったからです。』

 『そんな感傷的な事でか?』


 信じられなかった。

 

 『感傷的も何も、私は直感インスピレーションを大切にしておりますので。初めは、ハワイに日本の港でも置ければ良いくらいに考えておりましたが……』

 『やはりそうか!』


 アレックスは膝を叩いて納得した。

 ハワイと日本の辿る道が予測通りであるなら、アメリカがハワイを飲み込むその前に、日本の権益を独自に確保しておくべきだろう。

 それだけでも、その後の展開は大きく違う筈だ。

 そしてその為には、ハワイ人たる自分達には、何も知らせないままの方がやりやすい。

 それに気づいたからこそ、松陰に告白の真意を尋ねたのである。

 松陰が澄ました顔で言う。


 『そうは思っておりましたが、考えが変わりました。それはお二人の笑顔を見たからです。何の憂いも無さげな、誠に幸せそうなお二人を見ていると、この笑顔を守るのも、いついかなる時も正睦様の忠実な臣下たる、私の使命かもしれないなと思った次第です。』

 『憂いが無いだと?!』

 『どの口が忠実な臣下などと言うのだ!』


 両名が一斉に異議を唱えた。

 しかしそれには一切取り合わず、真顔で告げる。


 『それに、ハワイを巡る事態は深刻そうですよ。』

 『深刻?』

 『そうです。このハワイと言うよりも、アレックス王の置かれた状況はと、言った方が良いかもしれません。』

 『私の置かれた状況が? 一体どういう事だ?』


 真顔の松陰にアレックスは我へと返り、先を促した。


 『実は噴火のあった日、私は殺されそうになりました。』

 『何?!』

 『それは真か?』

 『はい。相手は相当な手練れだった様です。私の護衛をしていた土方君が言うので間違い無いでしょう。』

 『土方と言うと、天然理心流の者だったか?』


 正睦が記憶を頼りに尋ねた。

 天然理心流の近藤勇と沖田総司は、御前試合にも名を連ねていた筈である。


 『そうです。彼の腕は確かですので、その見立ては間違っていないでしょう。』

 『そうであるか……』

 『その様な事が起きていたとは……』

 『俺も初耳だぞ?』


 ロトと併せ、三人は黙り込んだ。


 『問題はその者の正体と目的です。』

 『正体と目的?』

 『はい。目的は単純で、私を殺す事でしょう。その理由は容易に推測出来ます。噴火を予言してみせたからです。』

 『あれは強烈だったからな!』


 アレックスがあの状況を思い出して言った。

 

 『予言が成った日、恐れを持って私を見る者がおりました。ハワイはキリスト教が勢力を広げたい場所であり、布教の拡大には私の存在が邪魔となりえます。特にアニミズムがどうたら、ヘッエナルをどうこう言っていた私の言動を考え、看過出来ないと思ったのでしょう。』

 『それはそうだ。予言者など、聖書の中でしか見た事が無い存在だからな。それか世間を騒がせるだけの狂言者かだ。それが目の前に本物が現れたとあっては、説教ばかりの教団は我を忘れる程に狼狽するだろうな。』

 『急ぎ排除するべきと考えたのでしょうね。』

 『待っていれば、遠からず出ていくだろうに……』


 松陰らの訪問の意図を知らなければ、そう誤解したとしても仕方あるまい。


 『して、その者の正体は何なのだ?』


 アレックスは先を欲した。

 

 『暗殺教団を御存知ですか?』

 『暗殺教団? はて……』

 『聞いた事があるぞ! 十字軍に際し、抵抗する為に組織されたイスラムの教団だな! 暗殺を主たる任務とし、十字軍に恐れられたという話だ!』


 ロトが聞いた噂として、知っている事を話した。


 『その暗殺教団がハワイに来ていると言うのか?!』

 『それは早とちりです。暗殺教団はイスラムなので、このハワイとは関係無いと思われます。』

 『だとしたら何だというのだ?』

 『ハワイのプロテスタント信者の中に、暗殺教団と似た集団に属する者が、密かに入り込んでいるのではないでしょうか。』

 『何だと?!』


 容易には信じられない発言である。

 

 『それはもしかしたら、名前などない集まりなのかもしれない。それとも、アメリカ本国にあるプロテスタントの中の過激な一派が、密命を与えて送り込んだ者でしょうか。また、個人の思想で動いている可能性もあります。』

 『しかし、どうしてそんな者がこのハワイに?』

 『……』


 アレックスの問いに松陰は黙る。


 『どうした?』

 『言いにくいのですが、その者のそもそもの目的は、アレックス王ご自身だと思われます。』

 『私だと?!』

 『ハワイを侵略するのに王家の存在は邪魔です。王族には消えてもらった方が、楽に併合が進むのではないでしょうか。』

 『それは、そうかも、しれぬ……』

 『ぶ、無礼であるぞ!』


 正睦の抗議を聞き流し、先を続けた。


 『白人はインディアンに天然痘まみれの毛布をプレゼントし、病気の拡大を計りました。友好関係を結んでいた部族間に猜疑心を埋め込み、互いに争わせて弱った所を襲いました。そんな彼らが他国の王族を殺害するのに躊躇うでしょうか? というよりもフランス人は、自国の王族すらもギロチン台に送っていますね!』


 首を切る仕草をする松陰に、二の句が継げない。 


 『はっきり言ってハワイは小国です。我が国とアメリカの中間に位置し、帝国主義真っ盛りの今、単独で独立を保つのは困難です。どちらかの陣営に下る以外に、ハワイの取りうる道はありません。』

 『随分はっきりと言うものよな……』

 『冷徹に状況を把握せねば、針路を危うくするばかりです。』

 『反論出来ぬよ。』


 アレックスは兜を脱いだ。


 『王族を葬らんとする誰かの陰謀を挫いた所で、それは一時しのぎにしか過ぎません。アメリカがハワイを手に入れれば、王族など認める筈が無いからです。王族の存在は、アメリカ建国の理念である、自由と平等の精神に反します。』

 『我が国では既に禁止した奴隷制を、未だに敷いているのにな……』

 『その矛盾は、かの国に大きな争いを呼ぶでしょう。』 

 『さもありなん……』


 北部と南部の軋轢は、ハワイまでも聞こえてきている。


 『では、我が日本の影響下に入るのか? その道も平坦ではありません。帝を戴く我が国はハワイの王族を認めるでしょうが、仲間にはきつく当たるのが日本人の特性の一つです。他国には礼儀正しく寛大に、慈悲深く振舞うのですが、自国民へは圧政とも言える苛烈な治世を敷きがちです。』

 『そ、それはそれで大変そうだな……』

 『こ、これ! 何を言うのだ!』

 『ほら、この反応が証拠ですよ。図星だから慌てたのですね。』

 『ぐ、ぐむぅ……』

 

 松陰の指摘に正睦は唸る。

 そんな正睦を放っておき、アレックスに言う。


 『とは言え、私の目の黒いうちは、ハワイを無碍には扱わないと誓います。』

 『それはどういう意味だ?』

 『言葉通りの意味です。ハワイの人々の思いを尊重し、日本の一存だけでは物事を動かしません。』

 『具体的には何だ?』

 『王制を維持し、最大限の自治を認め、財政的なバックアップを行います。教育を奨励し、産業を興し、経済の安定化に努めます。ハワイの伝統と文化を大切にし、皆さん自身の手で皆さんの子孫に伝えていってもらいます。』

 

 そこまで聞いて、とある疑問が沸いた。


 『と言う事は、ヘッエナルは当然?』

 『残念ながらヘッエナルは禁止です。』

 『何?!』


 思ってもみなかった松陰の言葉であった。

 ハワイの伝統と文化を大切にすると言うのなら、ヘッエナルも当然認める筈だと思ったからだ。

 不満げなアレックスに説明する。


 『教会の事を考慮すると、ヘッエナルは一切禁止にした方が良いでしょう。その代わり、サーフィンをやってもらいます。』

 『そう言えば、初めにサーフィンと口にしていたな。サーフィンとは何だ?』


 初対面の時の事を思い出し、アレックスは問うた。


 『サーフィンとはヘッエナルです。』

 『何?!』

 『ヘッエナルは禁止ですが、我が国のサーフィンならやっても良い。と言うより、サーフィンをやるのです!』

 『詭弁であるな……』

 『何が詭弁なモノですか! サーフィンは神への祈りとすれば良い! そう、自然を作り給うた神へ感謝を捧げる行為なのです! 万物に霊が宿るのですから、波にも神が宿るのです! ハワイの人がそういう教義の宗教に入れば良いのです!』

 『宗教?』


 何を言っているのだと思い、尋ねた。


 『私は、ここハワイで布教活動を始めたいと思います。アニミズムの宗教です。噴火を言い当てた私であれば、ハワイの人々も聞いてくれるのではないでしょうか。ヘッエナルを奨励し、ハワイの神々に感謝して過ごす教えです。アレックス王への目を逸らす目的もありますが、周りが派手に騒げばそちらに注目が集まるでしょう。』

 『成る程……』


 その言い分は尤もに思われる。


 『しかし、危険ではないのか?』

 『それは覚悟の上です。我が国には、虎穴に入らずんば虎子を得ずという諺がございます。アメリカに対抗する為にハワイに勢力を築かんとすれば、それくらいの危険は何でもありません。では、新たな教団を設置する許可を頂けますか?』

 『まあ、頭の固い宣教師達がどんな顔をするのか楽しみではあるしな。許可しよう。して、その教団の名前は何にするのだ?』


 アレックスの問いかけに、松陰は満面の笑みで答える。


 『はい。神聖香霊ホーリーカレーです!』

 『ホーリーカレー?』

 『そうでございます! カレーは香霊様の愛にして、この世に示された御救いにございます! その奇跡はまさに神聖にして不可侵! いとかぐわしいその香りは、仕事に疲れた体を慰め、悲しみに沈む人さえも笑顔にするでしょう!』

 『そ、そうなのか?!』

 『アレックス! 気をしっかりと持て! 丸め込まれているぞ!』

 『黙らっしゃい! あなたがハワイの信者第一号にして人々を教え導く宣教師なのですよ?』

 『何? どうして俺が?!』


 ロトは訳が分からず、叫んだ。


 『弟である王を補佐するのが兄の役目でしょう? 暗殺者に狙われているかもしれない弟なのですから、兄が弟よりも目立つ事をして、暗殺者の目を惑わせるのです!』

 『そ、それはそうかもしれないが……』

 『危険だ!』

 『御心配には及びません! 私がそれよりももっと大きな事をぶち上げて、暗殺者の目を釘付けにして御覧にいれましょう!』

 『何をすると言うのだ?』

 『それは後日のお楽しみでございます!』


 松陰は悪戯小僧の様に笑う。

 一同、不安な気持ちでそれを眺めた。

本当は、『カレーはハウス』とか『ココイチ』とかにしたかったのですが、流石に自重しました。


修正情報

戦いの火蓋がハワイで切って落された⇒切られた


よくある誤用をしてしまいました。

一度考え込んだのですが、確認する事なく書いたら間違いでした。


それとは別に。

ハワイの王族は、アレックス王の息子が4歳で病死し、その翌年1863年にアレックス王も病死します。

後を継いだカメハメハ5世であるロトも、結局1872年に没して王家は断絶するのですね。

天然痘とかマラリアとか結核とか、外国人が持ち込んだ厄介な病気がハワイに広がっていたからですが、もしかして・・・と妄想してしまいます。

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