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伝道者?

作者の宗教観が駄々洩れです。

その様な内容が嫌いな方はスルーして下さい。

 翌朝、王宮前に松陰はいた。

 噴火を公言して王を動かした手前、外れた時には責任を取らねばなるまい。

 その事で不安は無いが、仲間たちが間に合ってくれているのか、それだけが心配であった。 


 そんな松陰の周りには多くのハワイ人の姿がある。

 昨日の顛末は既に知れ渡り、噂を聞きつけた者達が松陰の様子を見に集まってきていた。 

 海の向こうから訪れた、白人とは違った風貌の、あまり大きくは無い男達。

 日本という未知の国の話を聞こうと車座となり、松陰の話す英語に耳を傾けてた。

 親切な女達が食べ物を持ち寄る。

 蒸したタロイモ、それを潰して作られたポイ、焼いた魚などがバナナの葉で作った皿の上に並び、ココナッツの樹液から作られたヤシ酒が振舞われた。


 松陰の護衛役の歳三は、請われて剣舞を披露する。

 抜き身の刀の美しさと迫力に、居合わせた者らは息を呑んだ。

 剣舞が終わる頃には剣術を教えて欲しいと訴える者が現れ、落ちていた木の枝を使って即席の道場が出現するのだった。



 

 『昨日はすまなかった!』


 現れたロトが開口一番に謝る。

 昨日の去り際、松陰に向けた一言を悔やんでいたらしい。

 ああしろこうしろ、これは良いあれは駄目だと口うるさいトーマスら宣教師と違い、松陰が何かを求めた事は無い。

 それなのに、同じだと決めつけた態度を夜のうちに反省した様だ。


 『まあ、狂信者と見られても構わないのですけどね。』

 『いや、面目ない!』


 松陰の返しに頭を掻く。

 国王の兄の出現で、多くの者は遠慮して席を外してしまった。

 なので、内容を気にせず話が出来ている。


 『考えたのですが、私は香霊様の愛を信じている訳ではありませんよ?』

 『信じていない?』

 『そうです。信じる必要が無いと言うのでしょうか。何故なら、香霊様の愛は既に示されているからです。』

 『と言うと?』

 『これです。』


 松陰は胸に下がるお守りを取り出した。


 『それは何だ?』

 『これこそ、香霊様の慈悲と愛です!』

 『何?!』

 『どうぞ。』


 お守りを開き、嗅ぐ様促す。


 『何やら心地よい香りがする……』

 『でしょう? それこそ香霊様の愛の息吹そのものです!』

 『いや、普通に香辛料の香りでは無いのか?』

 『黙らっしゃい!』

 『ひぇっ!』


 失言は許さない。


 『確かにこれは香辛料かもしれません! ですが、この世界に香辛料があるという事実そのものが、香霊様の愛の証明では無いのですか?』

 『な、何やら哲学的だな……』


 松陰の問いにロトは考え込む。


 『この島を見て下さい!』


 ロトは顔を上げ、周りを見渡す。 


 『太陽の光がさんさんと降り注ぎ、雨の恵みでタロイモがすくすくと育っています。ココナッツもバナナも年中実り、そこまで働かなくても飢える事はありません。海に出れば魚が獲れ、腹が膨れればヘッエナルを楽しめば良い。これ以上、何を求めると言うのですか?』

 『それは救いを求める者への批判なのか?』


 自分達を遠巻きにしている者の中には、神への信仰が篤い昨日の女達がいた。

 予知が外れれば、アニミズムを信じる野蛮人が自らの腹を切る。

 その話はあっという間に広がり、興味本位の白人達も多数集まってきていた。

 松陰はロトの質問には答えず、話を続ける。 


 『彼らは言います。神がこの世界を作り、人を創造されたと。それは神の奇跡であり愛でしょう。この美しいハワイに生まれ、育ち、ヘッエナルを楽しむ。全ては神の思し召しです。神にはいくら感謝しても、し過ぎる事はありません。それなのに、尚も救いまで求めると言うのですか? それはまさに七つの大罪の一つ、足る事を知らない貪欲そのものではございませんか?』

 『救いなど、我らは求めていなかった……』


 ロトの低い声が響く。


 『ここにある食べ物は全て、ここの住民の方がわざわざ私の為に持って来て下さった物です。このハワイを創造したのは神かもしれませんが、神の恵みを分け与えようとする人の思いがなければ、私は朝から腹が空いたままだったでしょう。神の愛はこの世界を創造して下さった事だけで十分で、それから先の事は全て人の問題なのではありませんか?』

 『それは確かにそうだ。争いの多くは人の欲望が原因だしな。神とは関係が無いだろう。』


 松陰の言葉に納得する。


 『この世界での争いは、他ならぬ我々の問題です。そして、困っている人を助けられるのもまた、人しかいないのでしょうね。まあ、神に祈る事によって心が救われる人もいるのかも知れませんが……』

 『そんなのは珍しい例だろう。争いを解決するには当事者が良く話し合うか、誰かの仲裁を求めるか、だ。それでもどうにもならぬ時には、残念ながら実力行使しか残っておらぬだろう。』

 『争いにしないという方法もありますけどね。』

 

 それにはニヤッと笑って応える。


 『相手の不満な所を互いに見ない様にして、出来るだけ平穏にやり過ごす夫婦の様にか?』


 それには松陰も苦笑いだ。


 『完璧な人など存在しませんからね。それに、自らの愚かさ加減を知っていれば、相手の失敗や欠点も、そう強くは責められないでしょう?』

 『それはそうだ。』


 互いの顔を見合わせ笑う。


 『まさか異教徒である異国の友人と、神について有意義な話が出来るとは思わなかったぞ。』

 『外国で宗教と政治の話はするな、とは言いますね。』

 『それは言えている。理性的な者同士でなければ無理だろうな。』

 『私の信仰を尊重して頂いてありがとうございます。』

 『いや、ハワイは元々君の国と同じくアニミズムだしな……』


 そう口にするロトの顔は暗い。 

 気分を変える為に話題を変えた。


 『我が国はアニミズムが根付いています。西洋人はアニミズムを未開だ、無知だと見なしていますが、アニミズムとはそもそもどういう物かご存知ですか?』

 『どういう物? 考えた事も無いな……』


 松陰の質問に考え込んだ。


 『アニミズムとは科学です。』

 『科学?!』

 『そうです。アニミズムとは昔の人の科学的な思考の結果なのです。』

 『と言うと?』


 それを説明する。


 『雨はどうして降るのか? 山が噴火するのは何故なのか? 世界の仕組みを不思議に思い、その理由を逞しい想像力で考え、出した結果が神話の数々です。』

 『成る程……』


 ハワイでは、キラウエア山に住む女神ペレが嫉妬した結果、山が噴火するのだと考えた。

 

 『今となっては、それらの神話はただの迷信かも知れません。ですがそれは、火山の噴火が単なる自然現象であるという反証を積み上げた、今だからこそ言える事です。もしも反証を挙げられない事象があれば、アニミズムを否定する西洋でも、迷信は迷信のままで残っています。』

 『占星術などはその通りだな。』


 留学先で見た人気占い師を思い出し、ロトは頷いた。

 そんなロトに松陰の口も緩む。


 『西洋の人は矛盾を抱え過ぎなのだと思います。』

 『矛盾だと?』

 『そうです。人はアニミズム的な感覚が確かにあるのに、そんなモノを未開だと決めつけて一顧だにしない。神を全知全能だとしているから、人の不完全さや弱さを認められない。古代ギリシャの神々は、嫉妬もするし浮気もしますよね? 我が国の神様なんか、弟の振る舞いに嫌気がさして部屋に引きこもりますからね。完全に人ですよね。』

 『それは面白そうな話だな。』

 『ハワイの神話も似た様なモノでしょう?』

 『確かに。』


 各地の神話は様々なモノがあるが、想像力のベースは人間なので、似通った発想となる事が多い。


 『神様が間違いを犯して反省するくらいなんだから、その神様が作った人間も当然間違いを犯しますよね。』

 『そうだな。』

 『しかし、一神教の神様は全知全能です。全知全能の神が作ったのに、どうして人はこうもいい加減なのでしょう?』

 『蛇にそそのかされて堕落したから、ではないか?』

 『それはどうなのでしょうね。信仰心の篤い人から言わせれば、信心が足りないせいなんじゃないですか?』


 そこの所は面倒そうなので、深くは掘り下げない。


 『神様も間違いを犯すのですから、人が間違うのも仕方ないですよね。でも、神様が全知全能だと、そういう言い訳は出来ませんね。』

 『勢い、自分を責める事になるだろうな……』

 『この暑いハワイで、わざわざあんな恰好をする事になりますよね……』


 二人は同じ方向へ視線を向けた。

 そこには、長袖のシャツに長いスカートを身に纏う、敬虔な女性信徒の姿があった。


 『信仰を持って正しくあろうとするのは素晴らしい事ですよ。でも、それを他人に押し付けたりするのはどうなのでしょうね。このハワイでヘッエナルを禁止するのも、裸が不道徳だからとか、どうせそんな理由でしょう?』

 『トーマス牧師に言わせれば、そういう事らしい……』

 『人は裸で生まれてくるのに! 我が国の温泉では混浴が普通なのに! キリスト教が入って来る事によって、我が国の混浴文化が不道徳となるのですよ! 誠に嘆かわしい!』

 『混浴?』


 一人で嘆息している松陰にロトは不思議がる。


 『温泉はハワイにもありますよね?』

 『ここオアフ島には無いが、ハワイ島にはあるぞ。』

 『我が国には火山が多く、全国各地に温泉があります。その温泉では、男女が同じ湯舟に入るのです。勿論男女共に裸です。手拭は持ってますけどね。』

 『何だと?! それは素晴らし、いや、興味深い! しかし、そんな事をトーマス牧師が認める筈が無いな!』  

 『ですよね! 大切な文化を護らねば!』

 『文化の保護は私も応援する! いずれ、君の国を訪れたいものだ!』

 『その時は必ず温泉にご案内致します!』

 『それは楽しみだ!』


 こうして、いつの間にやらハワイ人と日本人との友好関係が築かれていた。




 『しかし、君は自分の命がかかっているのだぞ? もしも噴火しなかったら腹を切るつもりなのだろう? なのに、随分と落ち着いているなぁ』

 

 全く平静な松陰に、ロトは感心したのか呆れたのか呟いた。

 二人で色々と話し込み、気づけば太陽は随分と昇っている。

 木陰でなければ暑いくらいだ。

 ロトの心配を有難く受け取り、言った。


 『私は香霊様の愛を常に身近に感じております。ですから、何も恐れる物はありません。』


 胸のお守りをトンと叩いて笑ってみせた。

 ロトは苦笑する。


 『香辛料が信仰の対象とはな。しかし、どこにいるのか分からない不確かなモノに祈るよりは、余程確かな信仰先だな。』

 「まあ、信じる信じない以前に、私の存在自体が香霊様の奇跡の証明なんですけどね。」


 過去に転生するなど、神の存在抜きにはあり得ないだろう。


 『何か言ったか?』

 『いえ、こちらの事です。いずれ香霊様の愛の結晶、カレーライスを御馳走致しますよ!』

 『カレーライス? 何だそれは?』

 『よくぞ聞いてくれました! カレーライスとは、香霊様の奇跡の数々が詰まった宝石箱の様なモノでして、その香りはかぐわしく』

 『分かった! もう良い! その時を楽しみにしておこう!』

 『折角説明してたのに……』


 ロトは慌てて松陰の口を封じた。

 松陰は不満げにロトを見る。

 と、


 『腹を切る心構えは出来ていますか?』


 トーマスが女性陣を引き連れ、やって来た。

 その目には異教徒を蔑む色が浮かんでいる。

 昨日の言葉を後悔し、取り乱しているだろうと思っていた。

 また、どうせ腹を切るなど出来る訳もなく、泣いて頭を下げるだろうくらいに考えてもいた様だ。

 そして、泣いて謝る異教徒を慈悲深く許す自分の姿に、信者達も感動してくれるだろうと密かに期待していた。


 そんなトーマスの後ろには、彼の所属する教団の女性信者だけではなく、今まで遠巻きにしているだけだった白人達も加わっている。

 興味から声を掛けたいと思っていたが、切っ掛けが掴めずにいた、そんな風だ。

 牧師と揉めている相手と、正面から接触するのは不味いと考えたのかもしれない。

 

 『武士に二言は無いと言った筈です。』


 松陰は静かに、けれどもきっぱりと言い切った。

 その態度には、何の虚飾も感じられない。

 トーマスは意外に感じ、ややうろたえて言う。


 『で、ですが、自ら腹を切るなど出来る筈が無いでしょう?』

 『武士を舐めないで頂きたい!』


 松陰の断言にトーマスは怯んだ。

  

 『それに、まだ時間は残っておりますよ。』


 噴火は今日中だと言ってある。

 

 『それはそうですが……』


 後悔に打ち震える異教徒を見にやって来た筈が、何故か自分が後悔し始めていた。


 「む?」


 そんなトーマスを他所に、松陰の顔色が変わる。


 『どうした?』


 ロトが心配し、尋ねた。


 『いえ、香りが強くなった気が……』

 『香り?!』


 胸のお守りから立ち昇る香りが、一層強くなった気がした。

 

 『そうか!』


 松陰はその意味に思い当たり、ロトに向かって叫ぶ。


 『今から山が噴火します! ハワイ島はどちらです?』

 『何?! ハワイ島はあっちだ!』


 ロトの指し示す方向に、集まった聴衆も一斉に顔を向ける。

 多くが非日常の一コマに期待し、胸を躍らせている様だった。

 しかし中には顔を恐怖に染め、怯えている者もいた。

 

 ジリジリする日差しに照らされ、今か今かとその時を待つ。

 けれどもそこには、いつまで経っても青空に雲が浮かぶだけの、いつもの風景があった。

 段々と落胆が広がり、あちこちで溜息が漏れる。

 それと共に、腹切りショーへの期待に目を輝かせるのだった。


 『おい! どうするのだ?!』


 ロトが松陰に向き直り、切羽詰まった様に言う。

 

 『落ち着いて良く見て下さい!』

 『何?!』


 松陰はロトを宥めた。

 言われた様に、再びハワイ島の方角を向く。

 すると、水平線に浮かぶだけだった雲がニョキニョキと盛り上がり、空へと昇っていく。 


 『あれは噴煙だ! 山が噴火したぞ!』


 ロトの叫びに観衆はざわついた。

 そして己の目で確かめ、更に興奮するのだった。

 十字を切って天を仰ぐ者、ペレの怒りを鎮める為にフラを踊り出す者、その反応は様々であった。

 そんな中、恐ろしい物を見るかの様な目で自分を見つめる視線を感じ、松陰は溜息をつく。

 そして歳三を振り返り、言った。


 「歳三君、もしかしたら君の腕に頼る事態になるかもしれませんよ。」

 「任せておけ。その時は刀の錆にしてやろう。」

 「いえ、威嚇するだけで結構なんですが……」

 「何だ、つまらん……」


 歳三が不満そうに呟く。

 

 「アレックス王が間に合っていれば良いのですが……」


 予言者を崇める夜が始まる。

オアフ島からハワイ島は250kmくらいですか。

本当は噴火の音が聞こえてきたとしたかったのですが、流石に届かないですよね・・・


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