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予知

 『アレックス王!』

 『何だ?』


 心ここにあらずといった様子の松陰を不思議に思い、アレックスは尋ねた。


 『今すぐハワイ島に向かい、おきさきをなられる方を連れ戻して下さい!』

 『何だと?!』


 そんな松陰から返ってきた答えは、聞く者全てが驚くモノだった。

 冗談でも言っているのかと思い、一笑にふす。


 『何を馬鹿な』

 『キラウエア山は明日噴火します!』

 『何?!』


 アレックスの言葉を遮り、叫ぶ。

 その発言には彼だけではなく、トーマス牧師らもざわついた。

 

 『今すぐ助けに向かわないと、王妃になられる方は噴火に巻き込まれるでしょう!』

 『待て! その様な発言は冗談では済まぬぞ!』


 異国からの訪問客とはいえ、言って良い事と悪い事がある。


 『私が冗談を言っている様に見えますか?』

 『い、いや、そうは思わぬが……』


 その目は真剣そのもので、ふざけている様子は一かけらも無い。


 『どうかお願い致します!』


 砂浜に頭をこすり付ける客人の姿に、アレックスの心は動きかけた。

 しかし、それに待ったがかかる。


 『この異教徒め! 予言者のつもりなのか!?』


 激昂しかけのトーマスであった。

 火山の噴火を予言するなど、時代が時代であれば異端審問に掛けて火あぶりにしてやる所だ。

 しかしその異教徒は、彼の怒りを言下に否定する。


 『予言などと非科学的な事を! これは科学的な見地から導き出された、精度の高い予測です!』

 『科学的な予測だと?!』

 『そうです!』


 そう言い放つやいなや、ガバッと立ち上がって砂浜に絵を描き始めた。


 『火山の噴火のメカニズムの前に、地球の構造から説明致しましょう。地球は大まかに言うと、核、マントル、地殻の三つの構造を持ちます。」


 三層の円を描き、言葉を加えていく。

 周りは言っている事が理解出来ず、呆然と見守るだけだ。

 構わず説明を続ける。


 『火山活動に関係するのは主にマントルとプレートです。プレートは地殻とマントルの上層部を含めたモノです。マントルとプレートの関係から、火山が出来る場所は三つに分類されます。一つはマントルが沸き上がり、プレートを作る場所。一つは大陸プレートと海洋プレートがぶつかり合い、海洋プレートが沈み込んでいく場所。そして最後に、このハワイがそうですが、ホット・スポットと呼ばれる、マントルからマグマが直接上がって来る場所です。噴火の仕組みは簡単に言うと、溶けたマグマが上昇し、地表に出てくる現象です。』


 誰も一言も発しない。


 『仕組みは兎も角、我々にとって重要なのは、それを予測出来るのかどうかです。』


 独演が続く。


 『噴火の前には山自体が膨張します。これを計測していれば噴火の兆候を掴めるでしょう。また、マントルの活動は太陽の活動と関連する様です。太陽の活動が低下すると太陽フレアが弱まり、地球に降り注ぐ宇宙線の量が増え、地球の内部を温めます。そうするとマントルの活動が活発となり、プレートの動く量を大きくさせ、巨大地震や火山の噴火を誘発する様です。宇宙線は地球を内部から温める、例えて言うなら電子レンジのマイクロ波みたいなモノですね。宇宙線は常に地球に降り注いでいますが、太陽フレアが強いと遮られる様です。太陽フレアは太陽の活動量と密接につながっており、太陽の活動量は黒点の数で測れますので、黒点を観測していれば目安になるでしょう。』


 全く理解出来ない言葉の羅列だ。


 『私は日本から船でやって来ました。現在位置を知る為、太陽の観測もしております。その際、黒点の数が減っている事に気づきました。従って、世界のどこかで火山の噴火に繋がる可能性は高いです。』


 皆、半信半疑である。


 『そしてこの島にやって来て、空気が違う事を感じ取りました。火山が噴火する際には山が膨張しますが、その時に特殊な電波を出す事が知られております。動物達はそれを鋭敏に感じ取り、騒ぐ様です。実は私もそうでして、島に着いた時から胸騒ぎがしておりましたが、先程確信に変わりました。キラウエア山は必ず噴火します。』

 『そ、そんなまさか……』


 アレックスは呆然と呟く。

 何一つ理解出来ない話だったが、キラウエア山が噴火すると聞けば心穏やかではいられない。

 なんせ、妻となるエマがその山に向かっているのだから。 

 迷うアレックスに松陰が叫ぶ。


 『今すぐ行動を起こさないと間に合いません! 私の予測が外れれば、笑い話で良いではありませんか!』

 『そ、そうだな!』

 『そんな訳が無いでしょう!』


 頷くアレックスをトーマスがたしなめる。


 『王家の伝統を邪魔し、笑い話で済む筈が無いではありませんか! 外れた場合、皆の笑い者になるのはアレックス王ですよ!』

 『そ、それもそうだな……』


 その言葉も尤もである。


 『異教徒よ! 科学的な推測か知らないが、無責任な事を口にすべきではないぞ! 外れた時にどう責任を取るつもりなのだ?』


 怒りを含ませ、トーマスが言った。

 松陰が即答する。 


 『その時は腹を切ってお詫び致します。』

 『何?! 腹を切るだと?!』


 トーマスらはギョッとした。

 松陰は淡々と述べる。


 『古来より、武士の責任の取り方は切腹と相場が決まっております。自らの腹を切ってお詫びする、それが武士の作法です。』

 『武士とは一体……』


 松陰は浜に正座し、腹に手をあてがい、切る素振りをしてみせた。

 一同はそんな異国人を呆然と見つめる。

 自ら腹を切るなど、凡そ聞いた事が無い責任の取り方である。

 口から出まかせかと思ったが、その様な気配は微塵も感じない。

 むしろ、嘘偽り無く、予測が外れれば死ぬつもりなのだと悟った。

 壮絶というか野蛮というか、少なくとも理解は出来そうに無い。

 

 『いいでしょう! 出来もしない事を口にして、後で後悔すれば良いのです!』

 『武士に二言はありません!』


 トーマスの捨て台詞にもしっかりと応えた。

 けれども、そんな二人に異を唱える者が現れる。


 『それは認められぬ! 予測が外れようが、異国からの客人にその様な事をさせる訳にはいかぬ!』


 アレックスが断固として述べた。

 ハワイを統べる王として容認出来ない。

 そんなアレックスに松陰が言う。


 『お気遣いありがとうございます。けれども、これは私の誇りの問題です!』

 『いや、しかし!』

 『しかしも案山子もありません! 私に何か言う暇があれば、すぐにキラウエア山に向かえば良いのです!』

 『そ、それは』

 『サンディ』


 尚も言い募ろうとするアレックスを遮り、松陰は述べた。


 『何?』

 『王様のお妃となられる方は、王様の事をサンディと呼ばれているのではありませんか?』

 『ど、どうしてそれを?! その呼び名は二人きりの時でしか使っていない筈なのに?!』


 それは夢で見た、流れるマグマに飲み込まれた女性の、最期の言葉である。

 サンディとは彼女の愛する人の名前ではないかと考えたのだが、彼女がアレックスの妃となる人であれば、サンディとはアレックスその人であろう。

 

 『早くキラウエア山に向かって下さい!』

 『あ、あぁ……』


 狐に化かされ、正気を失ったかの様なアレックスは、松陰の言葉に素直に頷いた。

 

 「龍馬君! 信号弾を! 威臨丸に残った人、いつでも出発出来る様に準備させて下さい!」

 「り、了解したぜよ!」


 松陰は龍馬に指示した。

 龍馬は駆け出し、荷物のある所まで走る。

 荷物入れから何かを取り出し、空に向けて右腕を伸ばした。

 途端、パンという乾いた音が発したかと思うと、白煙と共に何かが空へと昇る。

 天高く舞い上がった何かは、上空で爆ぜた。

 まるで花火の様に、赤い色をした華を空に咲かせる。


 暫くし、真珠湾の方から同じ様な花火が舞った。


 「応答ありぜよ!」


 龍馬が叫ぶ。

 それを受け松陰が言う。 


 『アレックス王! 我々の威臨丸をお使い下さい! 信号弾で蒸気機関の火を熾す様指示を出しました! 真珠湾に着く頃にはいつでも発てる筈です!』 

 『なぬ? それはありがたい!』

 『では、早速行って下さい!』

 「継之助さんはアレックス王の案内を頼みます! 他の人は歳三君を残して船に戻って下さい! 船は全速力でお願いしますよ!」

 「任せろ!」


 松陰の指示に、継之助らはすぐに動き出した。


 『君は行かないのか?』 


 アレックスが尋ねた。

 苦笑して答える。


 『我々が皆行ってしまっては、傍から見れば王様を誘拐した様なモノです。私は残って待ちますよ。』

 『そ、そうか!』


 そしてアレックスはその場から去った。

 残された日本人は松陰、歳三だけである。


 「俺は何をすれば良いのだ?」

 「歳三君は、いざという時の私の介錯役をお願いしますよ。」

 「何?!」

 「冗談です。一応、護衛という事で宜しくお願いします。」

 「分かった。」


 このまま浜にいても仕方がない。

 ロトや松陰らは王宮へと戻り、トーマスらは教会へと帰っていった。

 



 「宜しかったのですか、トーマス様?」


 教会への帰り道、女性の一人が問うた。


 「なぁに、ご心配には及びません。アレックス王がエマさんを連れて帰れば、それは即ち伝統の否定ですからね。私としても都合が良いですよ。」


 心配げな顔の女性陣を励ます様に答えた。

 ハワイ人の中には、未だに女神ペレといった伝承を信じる心が残っている。

 それを王自身が否定するというのなら、むしろ喜ばしい事態であろう。

 けれども、その女性は憂いが晴れないのか再び口を開く。


 「ですが、もしも山が噴火したら……」

 「何を馬鹿な事を言っているのです! そんな筈が無い! 科学的な予測だか何だか知りませんが、確か日本と言えば、長く国を閉ざして内に籠っている、遅れた文明の国と聞きます! しかも腹を切るなどと野蛮な風習の残る国で、我が国の科学者でも噴火を予測する事など出来ないのに、遅れた野蛮人風情に噴火の予測など出来る芸当では無いでしょう!」

 「そ、そうですよね!」


 トーマスの力説にようやく安心する。

 しかし、そう断言した彼の胸にこそ、何とも言い知れぬ不安が広がっていた。




 『どうしてだ?』


 ロトが尋ねた。

 王宮に戻ってはいたが、松陰は考えあって庭の片隅に腰を下ろしている。


 『どうしてとは、一体何でしょう?』

 『誤魔化す必要は無い。君達は偶々ハワイを訪れただけの異国の人ではないか。それなのに、自らの命を賭けるなど……」


 どうしてなのかロトには理解出来なかった。

 そんなロトに語りかける。


 『我が国では、義を見てせざるは勇無きなりと申します。』

 『義を見てせざるは勇無きなり……』

 『そうです。正しい行いをするのに躊躇するなという事ですね。この度は、この国の王妃になられるお方の危機と言う事で、出過ぎた真似をさせて頂きました。』

 『そう、なのか……』


 松陰の言葉を噛みしめた。


 『しかし日本は、大層進んだ国なのだなぁ』


 先程の思いつめた顔とは異なり、感慨深げに言う。


 『進んでいるとは?』

 『いや、火山の噴火を予測出来るのだろう?』


 自分には全く理解出来ない話ばかりであったが、日本の科学が進んでいる事くらいは把握出来た。

 そんなロトに松陰は悪戯めいた笑みを送り、言う。


 『あれですか。実は半分は嘘なのです。』

 『えぇぇ?! 嘘?!』

 『はい。噴火のメカニズムや兆候は話した通りですが、いついつに噴火するなんて、流石に言い当てる事なんて出来ませんよ。』

 『いや、しかし、君はそれに命を賭けているのだろう?』


 信じ難い事を告白する異国人に、ロトは目が回る思いがした。

 更に驚く事を言う。


 『いえ、明日噴火するのは本当です。』

 『一体どういう事だね? 意味が分からないぞ?』

 『私がそう確信しているのは、お告げがあったからです。』

 『お告げ?』

 『そうです。敬愛する香霊様から、お告げを賜ったのです。』


 そう言い切る松陰の顔は、どこか陶酔している様に見えた。


 『かれい様とは一体何だね?』


 待ってましたとばかりに松陰がまくしたてる。


 『香霊様とはこの世界に示された愛であり、この世の真実です! また、最も高貴な存在であり、私の生きる目的にして日々の糧です!』

 『分かった! もう良い!』


 ロトは慌てて止めた。

 それ以上言われても頭に入って来そうに無い。


 『その、かれい様とやらのお告げがあったというのか? どうしてそれを牧師に言わなかったのだ?』

 『いえ、頭の固い宣教師の方にお告げを賜ったなんて言っても、絶対に聞き入れて下さいませんよね? それどころか、下手をすれば磔にされて火あぶりの刑ではありませんか?』

 『魔女裁判じゃあるまいし、磔や火あぶりなんて昔の話だろう? しかし、確かにそうだな……』


 ロトは日頃のトーマスの言動を思い、静かに頷いた。

 ハワイの伝承すらも受け入れないトーマスである。

 お告げなど到底容認しないだろう。 


 『では、そのお告げがあったから、自らの命を賭けるのにも躊躇が無いという事なのか?』

 『そういう事です。香霊様への信仰ある限り、私を見捨てられる事はなされないでしょう!』

 『そう、か……』


 ロトは瞑目した。

 黙考し、場に沈黙が訪れる。

 やがて目を開き、言った。


 『君もトーマスと同じ狂信者なのだな。』

 『え?』


 それに答えは求めず、既にその場を去っていた。

 

 『私が狂信者?』


 松陰はロトの言葉に自問する。

 しかし、その答えは出そうにない。

火山や太陽の活動量などに関しましては、wikiなどを参照しております。

あくまで主人公の理解している所の意見であって、一つの学説に過ぎません。

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