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バカンスからの~

前話を加筆しております。


松陰が指さした箇所には、彼が知っている形とは違えども、確かにサーフボードと思われる板が飾られていた。


から、


 『あれはパパ・ヘッエナルだが、サーフィンとは何だ?』

 『何ですと?! あ、そういう事か。サーフィンとは、こういう感じの遊びです。』


以下、千文字程度増やしております。

宜しければご確認下さい。

 「抜ける様な青い空! 立ち並ぶヤシの木が涼やかな木陰を作り、照りつける太陽からそっと守ってくれます! 沖からは続々と大きな波が打ち寄せ、サーフィンにはもってこい! これぞまさしく、私の思い描いていたハワイでのバカンスです!」


 松陰が唐突に叫んだ。

 翌日となり、王宮から程近い海岸に来ている。  

 真夏ではないので風が強いと肌寒いが、泳ぐのには問題ない。


 「惜しむらくは、波と戯れる美女がいない事でしょうか! 脳殺ボディーをビキニで包んだ、金髪のおねーちゃんが全くおりません! いるのは、ふんどし姿の暑苦しい男共だけです!」   

 「さっきから何を言っているんだ、こいつは?」

 「さあな?」


 理解出来ない事を言う松陰に、仲間の視線が冷たい。 


 『盛り上がっている所を悪いが、早速始めたいと思う。』


 何やら気がいているらしく、痺れを切らした様にアレックスが言う。


 「なんせ、見つかるのは時間の問題なのだし、どれだけ出来るのやら……」

 「その時はどうする?」

 「考えても仕方ない。今は客人をもてなす事だけを考えようと思う。」

 「と言って、自分も楽しみなんだろ?」

 「それは兄さんだって同じだろ?」

 「当たり前だ! 第一、最後にやったのはいつだった?」

 「随分と昔だった気がするぞ……」

 「そうだな。父上が元気な頃だったな……」


 兄弟がヒソヒソと言葉を交わす。

 溜息を洩らし、何やら憂鬱そうだ。

 松陰が我に返り、慌てて言った。


 『すみません。宜しくお願いします。』

 『では始めよう。しかし、板に乗れない事には始まらないな。まずは波の無い所で練習しようか。』

 『はい!』


 松陰らのバカンスが始まる。


 


 『皆、筋が良いな!』

 『まあ、剣の達人が多いですし、バランス感覚は良いのかもしれません。』


 早々と板の上に立つ事を会得した。


 『では、早速波に乗ろう! まずは手本を見せる!』


 教えている方がウキウキしているらしく、アレックスらは直ぐに泳ぎ出した。

 皆でそれを見学する。

 けれども一人、浮かない顔をしている者がいた。


 「武士がこの様に遊んでいて良いのか?」


 勇であった。

 遣米使節として正使を待つ身でありながら、波と戯れていて良いのかと疑問に思ったのだろう。


 「全く近藤さんは堅苦しいんだから……」

 「そうぜよ! 折角こがいな楽しい遊びをやっちゅうのに!」


 周りもブツブツと言う。


 「勇君、勘違いしないで下さい。これは武術でもあるのですよ?」

 「何だと?!」


 松陰の言葉に勇が驚く。


 「あれを見て下さい!」


 松陰が指さす所には、踊る様に海面を自由自在に進む、アレックス王とその兄の姿があった。


 「海の中で戦う事を考えると、彼らの様に海面を自由に動ければ、向かう所敵無しではありませんか?」

 

 松陰の説明に周りは唖然とする。


 「海の中で戦うとか、どんな戦ぜよ?」

 「ですよね。いくら近藤さんでも、そんな言葉に騙される筈が無いですよねぇ」


 総司と龍馬が囁き合う。 

 けれどもそんな二人の予想に反し、


 「な、成る程、確かにそうだ!」

 「近藤さん……」

 「単純過ぎるぜよ……」


 深く納得した勇が早速沖へと泳ぎ出した。

 



 『何だか、随分と人が増えましたね。』

 

 気づけば、周りには多くのハワイ人がサーフィンを楽しんでいた。

 誰もが嬉々として波に乗っている。

 心からサーフィンを楽しんでいるのが分かった。


 『皆ヘッエナルが好きなのだ!』


 アレックス王が感慨深げに言う。

 けれどもその顔には、心なしか憂いが刻まれている様だった。

 そんな時だ、


 「アレックス!」


 兄ロトが叫ぶ。


 「とうとう来たぞ! トーマス牧師だ!」


 何かと見れば、砂浜の向こうから黒ずくめの男が小走りでやって来ている。

 後ろに女性と思しき集団を従えていた。

 その男は、冬とはいえ昼間では汗ばむ程のハワイであるのに、肌を露出するのを拒むかの様に、全身を黒い衣服で覆っている。

 その恰好からキリスト教の宣教師に思えた。


 「そうか……。見つかったのなら仕方がない。俺が謝ってこよう。」


 アレックス王がサーフィンを止め、岸へと向かう。


 『一体どうされたのですか? あの男は誰なのですか? 見た所、宣教師の様ですが……』


 松陰はロトに尋ねた。

 ロトはしかめっ面を作ったまま、ぶっきらぼうに答える。


 『心配は要らぬ! 客人には関係の無い事だ!』

 『関係無い? 関係が無いとはどういう事ですか!』


 ロトの言葉にムッとする。

 そんな松陰の様子にロトはハッとし、慌てて弁解を始めた。


 『いや、すまない! そういう意味では無いのだ! これは我々の問題であるので、客人らを巻き込む訳にはいかないだけだ!』

 『そう言われれば、尚更見ているだけではいられませんね。素直に状況を説明しないのでしたら、もっと混乱させてあげますよ? 何せ、うちには血の気が多く、騒動が好きな人がいますからね!』

 『質が悪いぞ!』


 頭を抱えたロトであったが、観念したのか事情を語り始めた。


 『アレックスと向き合っているのはトーマス牧師。察しの通り宣教師だ。実は、ヘッエナルは不道徳な遊びとして教会から禁止されているのだ。』

 『何ですと?!』


 松陰は耳を疑った。

 白人宣教師の独善性は、歴史的な事実として多少は知っているつもりである。

 赴任先の文化や習俗を野蛮なモノとして切り捨て、西洋の価値観を一方的に押し付けたのだ。

 彼らが野蛮と見なして禁止した風習の中には、自然との調和を図った深遠なる知恵も含まれる。

 その為、白人の進出によって絶滅した野生動物は多いし、自然環境の破壊を招いた事例にも事欠かない。 

 そんな白人宣教師が、よもやサーフィンまで禁止していたとは知らなかった。


 『これはいけない!』

 『お、おい! 待たぬか!』


 ロトが止める声も耳に入らず、松陰はアレックスの下へ急ぐ。


 『アレックス王! ヘッエナルはしない約束ではありませんか?』

 『いや、すまない。つい出来心で……』

 『この間もそう聞きましたよ! 他の者は板を焼いた筈なのに! やはり、アレックス王の板を焼いて頂かないと、下々に示しがつかないのではありませんか?』

 『あれは父上の形見だ!』

 『しかし、それでは同じ事の繰り返しではありませんか!』

 『そ、それは……』


 アレックス王とトーマス牧師の間で、激しい言葉のやり取りが続いていた。


 『横から失礼します!』


 松陰が両者の間に割って入る。


 『何だね君は?』

 『来なくて良いのに!』


 トーマスは不機嫌そうに、アレックスは驚いた顔で言う。


 『私は日本から参りました吉田松陰と申します。』

 『日本? そう言えば、その様な国の船が来航したと聞いたな。』


 牧師が松陰に向き直った。 


 『で、その日本の方が何かね?』

 『これはヘッエナルではありません。』

 『何?』

 『これは我が国の波乗りという風習です。』

 『日本の風習?』

 『そうです。』


 松陰が説明していく。

 

 『我が国の宗教は独特です。支那チャイナと似た先祖崇拝、万物に霊が宿ると考えるアニミズム、そしてインドより伝わった仏教が混ざり合わさり、一言では言い表せない信仰が根付いております。』

 『む? 仏教は分かるけれども、アニミズム?!』

 

 アニミズムの単語に、途端に見下す視線となった気がした。

 トーマスの後ろの女性達が小声で囁き合う。

 

 『アニミズムですって!』

 『遅れているのね!』

 『野蛮そうなのは見たら分かるわ!』


 未開な文明の、遅れた野蛮人。

 アニミズムを信じる輩と聞けば、そんな所が西洋人の一般的な認識であろう。

 そんな女性達の言葉は聞こえない。


 『我が国では、天国に昇った先祖の魂が、一年のある時期になると現世に帰って来ると信じられています。その時、家族の待つ家に迷わず帰って来られる様に、こうやって板に乗って沖に迎えに行くのです。』

 『天国から魂が帰って来る? 馬鹿な!』

 『馬鹿な考えでも、我らはそう信じているのです!』


 松陰はお盆の精霊馬と絡め、真っ赤な嘘を述べた。

 キリスト教では終末を迎えた世界にイエス・キリストが復活し、あらゆる死者を蘇らせて最後の審判が行われ、信仰心の篤い者は天国で永遠の命を得ると信じられている。

 そんな彼らにとっては、天国から魂が帰って来るなど信じられない信仰かもしれない。

 唾棄すべき考えではあろうが、流石に宣教師ともなれば、そんな信仰を持った相手を前に、あからさまな侮蔑を示す事は無かった。


 『君達の信仰は理解した。しかし、ここはハワイだ。君の国ではあるまい? この国ではこの国の信仰に沿って振舞うべきではないのかね?』

 『それはその通りです。今回の事は、このハワイに我が国と同じ、波に乗る風習があるとお聞きし、アレックス王に無理を言って教えて頂いたのです。ですよね、アレックス王?』


 勝手にハワイにやって来て、ハワイ人に勝手な教えを押し付けた癖にと内心では思いながらも、今はそんな場合では無い。

 アレックスにウインクし、頷いておけと合図を送る。

 その意図に気づき、アレックスが早口で言う。


 『そ、そうなのだ! 招いた客人からの頼みであるので、仕方なくハワイのヘッエナルを披露した次第だ。トーマス牧師との約束を軽んじた訳ではない!』

 『そうだったのですか……』

 『この騒動は、私の軽はずみな一言から始まった事です。ご迷惑をお掛けした様で、誠に申し訳ありません。』

 『いや、ハワイの事情を知らない外国の方の事、それは仕方ないでしょう。』


 牧師は納得した。


 『けれども、そうならそうと初めから一声掛けて下さればよいのです。であれば、我らも要らぬ誤解をせずにすんだのですよ?』

 『それは私の不徳の致す所だ。誠にすまなかった。』


 アレックスが謝った。


 『全く、御婚礼の式典を控えている大事な時期ですのに、この様な騒動を起こされるのですから。』

 『全くだ! 此度の事を肝に銘じ、これからはより一層、慎重な行動をすると誓おう!』

 『それなら、王妃になられる方のキラウエア山への参拝も、この際だから止めてはどうですか?』

 『それは我が王家に伝わる仕来りだと言っておろう!』


 アレックスが語気を強めて言う。

 しかし松陰は、一連の会話に出てきた単語に心臓が止まる思いであった。

 先日に見た夢が脳裏をよぎり、嫌な予感が胸中に広がる。

 勢い込んで質問した。


 『ちょっと待って下さい! アレックス王はご結婚されるのですか?』

 『そういえば言ってなかったな。実はそうなのだ。エマ、私の妻になる女性の名前だが、彼女が戻り次第、式を執り行う予定だ。日本からの客人よ、出てくれるか?』

 『それは喜んで行かせて頂きます。それはそうとして、キラウエア山への参拝と言うのは?』

 『王妃になる者が行う伝統だ。火山の女神ペレが住まうキラウエア山に登り、報告を行うのだ。』

 『エマさんが戻り次第と言うと、彼女は今、もしかして……』


 予感が外れて欲しいと思いながら、固唾の飲んでアレックスの返事を待つ。

 けれども、松陰の願いは空しく終わる。


 『エマは多分、ハワイ島に着いた頃だろう。身を清めてから山に登るから、帰って来るのは3日後くらいか?』

 『そ、そんな!』


 アレックスの答えに衝撃を受けた。

 

 「千里眼ではなく、予知夢か!」

 

 英語で言うのを忘れ、日本語で叫ぶ。

 居合わせた者は、奇異な物を眺める表情で松陰を見た。

ハワイを統一したカメハメハ大王は、元々ハワイ島に勢力を持っていた有力者の家系です。

キラウエア山を住まいとする女神ペレは嫉妬の女神でもありますから、この様な伝統があっても良いのかなぁと思って作りました。

全くの思い付きですので、本気になさいませんようにお願いします。


中国の呼称ですが、西洋ではチャイナです。

綴りではCHINA、つまりシナですね。

ですので支那としておりますが、他意はありません。

当時、既に清国からの苦力クーリーがアメリカに多数渡っております。

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