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第二部 序章

 「兄さん待って!」

 「しょうがないなぁ」


 妹の歩く早さに合わせる様に、兄はその足を遅くした。


 「早く水を汲んでしまわないと、彼らも帰ってしまうよ?」

 「わかってるわよ!」


 兄の言葉に妹の頬がふくれる。

 必死になって足を速めた。


 暫く歩き、森の中の水汲み場へと到着し、兄は持っていた甕に川の水を汲み始めた。

 妹は川べりで遊んでいる。

 

 「何あれ?」


 川底で光る物を見つけ、彼女は水に足を入れた。

 川の水は深くは無い。

 くるぶしよりも少し深い所に、それは沈んでいた。

 手に取ると、小さいながらもしっかりとした重さを感じる。

 水から引き揚げ、手のひらに乗せて眺めた。

 親指程の大きさのそれは、日の光を浴びてキラキラと輝いている。


 「綺麗……」


 思わず呟いた。 


 「兄さん!」

 「何だい?」

 「いいもの拾っちゃった!」

 「いいもの?」

 「これ!」


 大切な宝物を披露する様に、兄にそれを手渡す。

 兄は受け取り、眺めた。

 転がしたり日の光を当ててみたり一通り確かめ、妹に返し、ポツリと言う。


 「綺麗だね。」

 「でしょう?」


 兄の言葉に妹は大きく喜ぶ。

 そんな妹の様子に頬を緩め、さあ帰ろうと水が一杯となった甕を持った。

 水の入った甕を持つ、兄の足取りは重い。

 今度は妹と同じ速さで、連れ立って歩いた。

 

 「兄さん、これって何なの?」

 「石、なのかなぁ? でも、キラキラしてるし……。父さんに聞いてみればいいんじゃない?」

 「うん、そうする。」


 そう言って、拾った小石を腰の袋に入れた。

 

 「さ、早く帰らないと、商人達が帰っちゃうよ?」

 「そうだわ! 急がなきゃ!」


 急ぎ足となる兄と妹であった。




 チェキロー族である二人が住む村は、ミシシッピ川の上流にある。

 アメリカ独立戦争時、イギリス側について戦ったチェキロー族は戦いに敗れ、アメリカ政府と結んだ協定によって故郷を追われ、この地へと移っていた。

 元々農耕を行っていた部族ではあるが、停戦後は文明化の道を歩んでいる。

 白人社会の仕組みを取り入れ、文明の利器を積極的に受け入れていた。

 その為、白人の商人達が定期的に村へとやって来て、毛皮などと交換に商品を売りに来るのだった。

 村の子供達にとっては、珍しい物が見れるまたとない機会である。

 水汲みを頼まれた二人が、大急ぎで家路を辿るのは当然であった。


 村の一画の開けた場所に、数台の幌馬車があった。

 白人の商人達が乗って来た、牛に引かせた幌馬車だ。

 荷物を満載にした台車を、繊細な馬に引かせる事は出来ない。

 従って、進む速度は遅いが、耐久力のある牛に引かせているのだ。


 そんな幌馬車の周りには、多くの人が集まっていた。

 バッファローの革で出来た伝統的な衣装を纏った者から、白人と同じ服を着た者まで様々である。

 狩りで得た毛皮などを持ち、便利な商品と交換しようと集まったチェキロー族の大人達に混じり、好奇心に溢れて幌馬車の周りを走り回っている子供達が見えた。

 母親に頼まれた水汲みを終え、大急ぎでやって来た兄妹は、幌馬車に積まれた商品を楽しそうに眺めた。

 

 鉄で出来た鍋釜、水を沸かすヤカン、ナイフやフォーク、よく切れそうな包丁、暖かそうな毛布、綿で出来たシャツやズボンといった品々が、馬車の半分位を埋めている。

 そしてその隣には、うず高く積まれたバッファローの毛皮があった。

 この村だけを彼らが訪れる訳ではない。

 周辺の村々を巡る中での、途中である。


 兄妹は人々の群れの中に父を見つけ、駆け寄った。


 「父さん!」

 「おお、お前達か。どうした?」


 一つの幌馬車の前に立ち、交換し終えたばかりなのか、父親の手には毛皮は無く、代わりに大きな鍋と数枚の服がある。

 使っていた鍋に穴が開き、困っていたので換えたのだろう。


 「ディケアミスが川で変な物を見つけたんだ。」

 「変な物?」

 「これ……」


 ディケアミスは袋に入れていた小石を父親に見せる。


 「ほう? 小石にしか見えないが、やけに輝いているな……」


 父親も分からないらしく、手のひらに乗せて色々な角度から観察する。

 けれども答えは出ない様であった。

 と、幌馬車上の商人がその様子を目ざとく見つけ、父親に声を掛けた。

 

 『ちょ、ちょっと! そ、それを見せてくれないか?』


 心なしか声が震えている。

 片言の言葉を理解する父親は娘に了解を取り、小石を商人に手渡す。

 商人は恐る恐るそれを受け取り、丹念に調べ始めた。


 『もしやと思うが、これは金?! それもこんな大粒の?! いや、しかし、早合点は禁物! 偽物だったら大馬鹿者だ!』


 うわ言の様にブツブツと口にしている。

 早口なので聞き取れず、家族は不思議そうにその商人を眺めた。

 暫く考え込む素振りを見せていたかと思うと、やおらその石を歯で噛む。


 『柔らかいぞ! やはりこれは!』


 何やら喜んでいる様子で、急いで馬車から降りたと思うと、満面の笑みでディケアミスへ小石を返した。

 しかし、彼女にはその笑顔が酷く不気味に見え、思わず背筋が寒くなるのを感じた。

 慌てて父親の後ろに隠れる。

 そんな彼女に商人は尋ねた。


 『お嬢ちゃん、これをどこで拾ったんだい?』


 顔は笑っているが、彼女を見つめる目は、まるで獲物を見つめる時の鷹の様である。

 ディケアミスは恐ろしくなり、父親の背中から出る事なく、指でその方向を指し示すだけだった。

 答えようとしない妹をみかね、兄が代わりに教える。


 「え、えっと、水汲み場の近くで……」

 『水汲み場の近く、だそうだ。』


 父親が息子の言葉を商人に伝えた。


 『そこに連れて行ってくれないかな?』


 猫なで声で聞いてきた。

 けれども、ディケアミスは怖くて動けない。

 兄が父親に言う。


 「僕が連れて行こうか?」

 「だ、だめ!」


 思わずディケアミスは叫んだ。

 自分でもよく分からなかったが、何か良くない事が起こる様な気がした。

 けれども、兄も父親も不思議そうな顔をするだけである。

 彼女のいつもの気まぐれが出たとでも思っているのかもしれない。


 「お前は知っているのか?」

 「うん。一緒にいたから……」

 「なら、お前がそうしてあげなさい。」

 「わかった。」

 「だめだってば!」


 なおも食い下がる妹に二人は肩を竦め、やれやれと溜息をつき、構う事無くそれぞれの道へと足を踏み出した。

 父親は家路へ、兄は水汲み場へである。

 商人は馬車を仲間に託し、兄の後をついて行く。

 一人取り残された妹は暫くオロオロとしていたが、兄の事が心配になり、慌てて駆けた。




 教えられた水汲み場に着くなり、商人は川に入ってバシャバシャやり始めた。

 川底の砂をかき混ぜているのか、手や足を盛んに動かしている。

 二人は呆気に取られてその奇行を見つめた。


 おもむろに商人は泥を掬い取り、川の中に手を浸す。

 水の流れに手の中の泥が流れていく。

 すると、商人の手には、キラキラと光る砂粒が残った。

 

 『こいつぁすげぇ!』


 商人が叫んだ。

 言葉の分からない二人であったが、男が興奮しているのは見て取れた。


 『この俺にも、とうとう運が舞い込んできやがった!』 


 川に入ったまま両手を天に突き上げ、何度も何度も絶叫している。

 その頬は上気し、まるで熟れたリンゴの様だ。

 

 『こうしちゃいられねぇ!』


 やおら川から上がり、荷馬車に向かって走り出す。

 

 『誰かに知られる前に、俺だけで掘り出さねぇと!』


 と、ようやく自分は一人ではなかった事を思い出す。


 『そうだった! ここはインディアンの水汲み場じゃねぇか!』


 濁った眼で幼い兄妹を睨む。

 睨まれた二人は途端にビクッとした。  

 しかし、突然に甲高い声で笑い出す。


 『何を心配する事がある? 金を知りもしねぇ奴らじゃねぇか!』  


 そして何か思いついたのか、忍び笑いを漏らした。


 『こいつらを使って金を見つければいいんじゃないか? どうせ金の価値も知らない奴らだ。安くこき使えば、直ぐに俺は大金持ちだ!』


 ニタニタと笑う不気味な男に、幼い二人は恐怖で立ち竦む。

 ディケアミスは、自分が見つけた石によって、目の前の男が変わってしまったと感じていた。

 見つけてはいけない物を見つけてしまったのではないかと、大いに後悔していた。

 

 足が震えている幼い兄妹をその場に残し、男は元来た道を戻っていく。

 その背中が見えなくなるまで、二人はその場から動く事が出来なかった。 

 腰が抜けた様に二人してその場にへたり込む。 

 暫くそうして、我に返ったディケアミスが兄に問いかけた。 


 「兄さん! これって大婆様が言っていた、悪い精霊の一部じゃないの?」


 袋の中の石を、さも気味が悪いという表情で取り出す。

 二人が住む村にはかつて、偉大なる精霊の声を聞く事が出来る預言者であり、病を祓う呪術師がいた。

 村の者は敬意を込めて大婆様と呼んでいたのだが、他界した後でも彼女の教えを大切に守っていた。

 その教えの中に、悪い精霊についてのモノがある。

 どこからかやって来て人の心に憑りつき、悪事を働かせると言うものだ。

 兄は妹に言葉にハッとする。


 「ディケアミス! これ、貸して!」

 「ど、どうするの?」

 「遠くに捨てて来る!」

 「う、うん!」


 兄は妹から石を受け取ると一目散に駆けていき、森の中に立つ聖なる巨木のほらに投げ込んだ。

 偉大なる精霊が宿るとされるその木であれば、悪い精霊もその力を失うだろう。

 ホッとして妹の所まで戻り、元気づける様に声を掛けた。


 「聖なる木の中に捨ててきたよ!」

 「良かった!」


 泣きそうだった妹の顔に笑顔が戻った。

 二人して安心し、やっとの思いで家へと辿り着く。

 父親に商人の事を聞かれたが、よく分からないと切り抜けた。

 そして、二度とあの石の事には触れないのだった。


 しかし、幼い二人には知る由も無い。

 既にチェキロー族の運命は、大きく狂い始めていた事を。

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