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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
幕末の始まり編
177/239

遣米使節団、出港す

 「元気そうじゃな、七郎。」

 「はっ! 父上もお変わりなく、何よりでございます。」


 江戸の水戸藩邸で斉昭、慶喜父子が対面していた。

 一橋家を継いだ慶喜であったが、斉昭の強い後押しによって、今回の遣米使節に参加する事が決まっている。


 「して七郎。お前をアメリカに行かせる目的は理解しておるか?」

 「はい。東湖より聞いております。」

 「では、申してみよ。」

 「はっ!」


 慶喜は一呼吸おき、口を開く。

 

 「鎖国という祖法を破り、国を開く事を選択した我が国は、未曾有の変化の時を迎えつつあります。西洋国家の脅威は刻一刻と迫り、もはや悠長に構えている事は出来ません。軍事的な彼我の差は大きく、このままでは、我が国は清国と同じ道を辿ってしまうでしょう。」


 淀みなく説明していく慶喜であった。


 「神国日本を守る為には何をするべきか? まずは彼我の差を認識する事です。何が優れ、何が劣るのか、己の目で見て、肌で感じて来る事です。」

 「うむ。」

 「優れている所は更に伸ばし、劣っている所は補えば良い。買える物なら購入し、研究して己の物とします。素晴らしいと思える制度であれば参考にして取り入れ、彼我の差を埋めていくのです。」

 「成る程。」

 「西洋人とて同じ人です。彼らに出来て我らに出来ぬ道理はありません。」


 力強く言い切る。


 「此度の派遣は、我が国の開国を伝えに行くのが主たる目的ではあります。ですがより大切なのは、西洋の在り様を我ら自身が見て、聞いて、感じて来る事でしょう。伝え聞く事だけでは、西洋の本当の姿が見えてきませんから。」

 「よく理解しておる様じゃな。では、これからの我が国の歩む方向を示しておこうかのぅ。」

 「と言いますと?」


 息子の返答に満足した斉昭は、懐から紙を取り出し、置く。


 「これは?」

 「まずは読んでみよ。」


 そう言って慶喜に読ませた。

 慶喜は表紙に書かれている文字を拾う。


 「新生日本の在り方、ですか?」

 「そうじゃ。まあ、読め。」


 促され、ページをめくった。

 途端、驚きに目を見開く。

 そんな息子の様子を斉昭は楽しそうに眺めた。 


 「本気ですか、父上?」


 読み終えた慶喜が伺う様に父を見上げる。

 下手な事を言っては不味いと思ったのかもしれない。

 しかし、斉昭の表情はいたって真剣なモノであり、冗談を言っている訳ではなさそうだ。

 現に、


 「幕府による政を終わらせ、天皇の下に国を一つに纏めるのじゃ! その旗振り役は、勤皇を説く水戸学を修めた我が藩しか無い!」


 と断言した事から、慶喜は父の本気を理解した。


 「しかし父上、よりにもよって徳川の御三家である我らが、徳川の世を終わらせるなどと、口にしても宜しいのですか?」


 それは冊子に書かれていた事であった。

 幕府を解体し、議会という統治機関を設け、この国の運営に当たるらしい。

 しかし、人に聞かれれば誤解される内容である。

 慶喜は人目を憚る様に小声となった。

 しかし斉昭は、息子の懸念に構う事は無く言い切る。


 「全ては攘夷の為である! 徳川の世を後生大事に守って、異国に我が国を蹂躙されるなど本末転倒じゃ! 我が国の富を手中にせんとする、貪欲なる異国を打ち払う為にも、我が国は一つにならねばならぬのじゃ! 藩を解体し、統一国家としての新たな体制を作らねば、既に国家としての力を蓄えた西洋の列強には対抗出来ぬ!」

 「な、成る程!」


 斉昭の断言に慶喜も頷いた。

 その英明さを期待され、幼くして一橋家を継いだ慶喜である。

 父の言葉の意味する所をたちどころに理解した。

 深く頷く息子に満足し、指示する。


 「七郎よ! お前は此度の使節団参加者を味方につけておくのじゃ!」

 「と、言いますと?」

 「今回参加する者達は、次代を担う人材ばかりである! 徳川の世が終わり、新しい体制が始まったとして、それは誰が率いる? 天皇の下に国を纏めた所で、今更大昔の様に政を行ってもらう訳にもいかぬ。世の中は複雑となり、一人が見る事の出来る範囲を大きく超えておるからじゃ!」

 「君臨すれども統治せず……」


 冊子にあった一文を慶喜が口にした。

 斉昭は頷き、続ける。


 「議会を設置し、選ばれた議員が議論によってこの国の政策、法を決めていく。しかし、それは今すぐには無理じゃ。用意も無いのに取り入れては、要らぬ混乱を招くだけであろう。当面は能力のある者が担うしかあるまい!」

 「それがまさか、此度の遣米使節団なのですか?!」


 慶喜の言葉に斉昭はニヤリと笑う。


 「仮にそうだとして、お前も入ってはおらなんだか?」


 父の言葉に息子は呻いた。


 「父上はこの私めに、神君家康公のお作りになられた徳川の世に引導を渡し、新たな国を作れと仰るのですか?」

 「異国にせよ外様にせよ、外からの圧力に負けて徳川の世が終わるなど、御三家の一つとして到底受け入れられぬ! ならば自ら手を下し、有終の美を飾るしかあるまい。しかし政に空白は生じさせられぬ。次をしっかりと準備して、万事抜かりなく幕を引くのじゃ!」


 子の心中など慮る事もなく、斉昭はあっさりと言いのけた。

  

 「旅の間に、しっかりと人心を掌握しておくのじゃ! いずれお前が上に立つ時、手足となって働く者ばかりだからのぅ」


 そう言って笑う父親を、慶喜は呆然と眺めた。




 ようやく慶喜の心が落ち着いた頃、ふと思い出した様に斉昭が言う。


 「大事な事を忘れておった! 我が国に横たわる危機に劣らぬ、大切で切実な使命があったのじゃ!」

 「我が国の危機に劣らぬ?! 何でございましょう?」


 慶喜は緊張して構えた。

 日本の危機に劣らぬ事とは何であろう。


 「それは生ハムじゃ!」

 「な、なまはむ? それは一体何でござますか?」


 聞いた事の無い言葉に怪訝そうな顔をする。

 我が意を得たとばかり、斉昭が得意そうに説明を始めた。


 「生ハムとは豚のもも肉から作った食べ物じゃ! どんぐりを食べさせて大きく育てた豚の肉を使い、冷暗所で長期間熟成させて作るらしい。黴を生えさせて乾燥させるらしいが、それだけ聞けば鰹節と似ておるな。けれども、鰹節は煮た鰹を用いるが、生ハムは生のまま使う所が違うかのぅ。」

 「えっと、食べ物なのでございますか?」


 日本の危機に劣らぬ大事な事と聞いていたのに、まさか食べ物の事とは思わず、慶喜は拍子抜けする。

 そんな息子の様子に、冗談ではないのだぞとでも言うかの如く、斉昭が言葉を重ねた。


 「あやつに任せておったら心許ないのじゃ! なんせ、向こうに行けばカレーの事で頭が一杯じゃろうしのぅ。であるから、お前がしっかりと生ハムの製法を調べて来るのじゃ! 豚肉はお前も大好きであろう?」

 「まあ、好物と言えば好物ですが……。しかし、あやつとは誰です? 父上にそのなまはむとやらを教えた人物ですか?」

 「そういう事じゃが、その様な事はどうでも良い! 父である儂たっての頼みを聞けぬと申すか?」

 

 斉昭が若干イライラして言った。

 気は長い方ではない。

 息子もそれは分かっている。 


 「まさか! 喜んで拝命致します。」

 「ならば宜しい。今日はお前に生姜焼きとトンポーローを馳走してやろう!」

 「生姜焼き? とんぽーろーでございますか?」

 「そうじゃ。それを食べれば、お前も生ハムの重大さを理解する筈じゃ!」

 「な、成る程……」


 そして食事時。


 「何だこれは?!」


 一口食べ、驚く。


 「どうだ? 生ハムはこれに劣らぬ美味さという事じゃ。」

 「これは是非とも学ばなければなりませんね……」

 「くっくっく、頼もしい事じゃ。必ず成し遂げるのじゃぞ?」

 「お任せ下さい!」


 斉昭の思惑は成った。




 使節団が出港に向けた最後の訓練に勤しんでいる頃、世間を騒がす報せが走る。

 将軍家慶が、その地位を譲る事となったのだ。

 そして、後継者である家定の、第13代征夷大将軍への就任が決まった。

 江戸の町が祝いの空気に包まれる中、江戸城にて家定の就任式が大々的に執り行われた。


 将軍家定の就任後の初仕事は、遣米使節団を送り出す事である。

 団員の主だった者らが江戸城に呼ばれ、家定の命が下された。

 畏まりつつ承り、船出の準備を進める。

 食料や水、土産の品々を積み込み、風を待った。

 そして遂に、その日が訪れる。


 西暦1854年、嘉永6年、アメリカに向け、使節団が送られた。


 正使、堀田相模守さがみのかみ正睦まさよし(44歳)

 副使、新見しんみ豊前守ぶぜんのかみ正興まさおき(32)

 同、村垣淡路守あわじのかみ範正のりまさ(41)


 一橋家

 一橋慶喜(17)

 従者、平岡円四郎(32)、原市之進(24)


 幕臣、御家人

 内山彦次郎(57)、水野忠徳ただのり(44)、永井尚志なおゆき(38)、大久保忠寛ただひろ(37)、岩瀬忠震ただなり(36)、栗本鋤雲じょうん(32)、勝海舟(31)、小栗忠順ただまさ(27)、木村芥舟かいしゅう(24)、高橋泥舟(19)、山岡鉄舟(18)、矢田堀こう(25)、榎本武揚(18)、大鳥圭介けいすけ(21)、津田真道まみち(25)、中村正直まさなお(22)、中浜万次郎(27)、赤松則良のりよし(13)

 

 計算方

 小野友五郎(37)


 技術方

 麟州こと島津斉彬(45)、鍋島茂義(54)、田中久重(55)、嘉蔵改め前原巧山(42)、村田蔵六(30)、小沢一仙いっせん(24)、大野弁吉(53)


 医師

 多岐元琰げんえん(30)、松本良順りょうじゅん(22)、伊東玄朴げんぼく(53)、関寛斎かんさい(24)、楠本イネ(27)

 

 長州藩

 吉田松陰(24)、杉梅太郎(26)、杉千代(22)、吉田スズ(21)、桂小五郎(21)、高杉晋作(15)、楫取素彦かとりもとひこ(25)、久坂玄瑞げんずい(14)、吉田稔麿としまろ(13)、入江九一くいち(17)、前原一誠(20)、三吉慎蔵(23)、井上かおる(19)、松島剛三(29)、山県有朋(16)、伊藤博文(13)、金子重之助(23) 


 薩摩藩

 西郷隆盛(27)、大久保利通(24)、小松帯刀(19)、大山綱良つなよし(29)、吉井友実ともざね(26)、伊地知正治まさはる(26)、黒田清隆きよたか(14)、大山いわお(12)、篠原国幹くにもと(18)、川路利良としよし(20)、野津鎮雄のづしずお(19)、村田新八(18)、五代友厚ともあつ(19)、松方正義(19)、中村半次郎(16)


 土佐藩

 坂本龍馬(19)、坂本乙女(22)、武市半平太(25)、中岡慎太郎(16)、岡田以蔵(16)、長岡謙吉(20)、板垣退助(17)、後藤象二郎(16)、岩崎弥太郎(20)、福岡孝弟たかちか(19)、近藤長次郎(16)、間崎哲馬てつま(20)、河田小龍しょうりょう(30)、望月亀弥太かめやた(16)、佐々木高行(24)


 佐賀藩

 江藤新平(20)、大隈重信(16)、副島種臣そえじまたねおみ(26)、

佐野常民つねたみ(31)、島義勇よしたけ(32)、大木喬任たかとう(22)


 水戸藩

 安島帯刀(42)、藤田小四郎(12)、武田彦衛門(32)、住谷寅之介すみやとらのすけ(36)、大胡聿蔵だいごいつぞう(32)


 熊本藩

 横井小楠(45)、宮部鼎蔵ていぞう(34)


 越前藩

 由利公正きみまさ(25)、橋本佐内(20)

 

 会津藩

 西郷頼母たのも(24)、佐川官兵衛かんべえ(23)、秋月悌次郎ていじろう(30)、佐々木只三郎たださぶろう(21)


 諸藩から

 佐久間象山(43)、大島高任たかとう(28)、頼三樹三郎らいみきさぶろう(29)、梅田雲浜うんぴん(39)、清河八郎(24)、相楽総三さがらそうぞう(15)、渋沢栄一(14)、渋沢成一郎(16)、福沢諭吉(19)、西周にしあまね(25)、近藤勇(20)、芹沢鴨(28)、土方歳三(19)、山南敬助やまなみけいすけ(21)、伊藤甲子太郎かしたろう(19)、沖田総司(12)、永倉新八(15)、河井継之助(27)、二見虎三郎とらさぶろう(?)、小林虎三郎こさぶろう(26)、西村茂樹(26)、星恂太郎じゅんたろう(14)、細谷直英なおひで(15)、千葉栄次郎(21)、榊原鍵吉さかきばらけんきち(24)、桃井春蔵(29)、清水次郎長(34)、濱口梧陵ごりょう(34)、森の石松(?)、宇都宮黙霖もくりん(30)


 朝廷

 岩倉具視ともみ(29)、三条実美さねとみ(17)、姉小路公知きんとも(15)


 以上の者である。

使節団の人選ですが、12歳より下の者は選びませんでした。

陸奥宗光などは残念でしたが、公式な派遣ですから、余りに若過ぎるのもどうかと思った次第です。

一応、元服の12歳を目安にしました。

11歳も10歳も、あんまり変わりませんが・・・


これにて第一部を完結とさせて頂きます。

引き続き第二部を始めますが、前もってご注意させて頂きます。


第二部は主としてアメリカが舞台となりますが、当時のアメリカは人種差別の真っ最中です。

時代にあった表現として「黒んぼ」「インディアン」、また、彼らを侮蔑する物言い等、今では使用する事が憚られるセリフが多々出てきます。

殺人や私刑といった残虐なシーンも出る予定です。

その様なシーンがある場合は前書きでその旨表記するつもりですが、差別的な言葉は予告なく使うと思います。

その様な表現、シーンが苦手な方は、予めご注意下さいませ。

なお、作者には差別を助長する意図は全くございません。

あくまでそういう時代であったからと言う事で、やむなく使用しております。


また、これまでも史実を無視してはおりますが、アメリカではそれが顕著になるかと思います。

実際にあった出来事、事件をベースにしてはおりますが、発生年月や登場人物、場所等は変更しています。

予めご容赦下さいますよう、お願い致します。

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