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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
幕末の始まり編
173/239

次郎長の勧誘と御前試合

 「お控えなすって!」

 「藪から棒にお侍が何だってぇんだ?」 

 「いや、すみません! 一度言ってみたかったのです!」


 清水に次郎長一家を尋ね、出てきた相手に松陰が言った。

 「お控えなすって」は無宿人などが、旅先で厄介になる一家の下を訪れた際に行う、いわゆる仁義を切るという挨拶であるが、同業者でも無い者が軽々しく行う類のモノではない。

 松陰は冗談めかせて口にしたが、いきなり険悪な雰囲気になったので、誤魔化すのに必死となった。 

 仕方ないので、後ろに控えていた者を前に出す。


 「黙霖様、宜しくお願いします!」

 『?』

 「おぉう?! こりゃ、黙霖の旦那じゃあ、ありやせんか!」 


 全国を回っていた途中で、次郎長一家に世話になったという黙霖。

 その黙霖を見て、松陰の相手をした者の怒気も緩んだ。


 「ようこそおいで下さいやした! ささ、上がってくだせぇ! 次郎長親分は出かけていやすが、間もなくけえってくると思いやすって、いけねぇ! 黙霖の旦那は耳が聞こえねぇじゃねぇか!」

 「心配ご無用です! 私が書いて知らせますので。」

 「何だぁ? まぁ、いいや! 頼んだぜ!」


 という事で、松陰らは次郎長の帰りを待つ。

 暫くすると外出先から帰宅し、姿を見せた。

 顔には刀傷と見られる傷が走り、睨みつける様な眼光は鋭い。

 後に大親分と言われるのに相応しい威厳を纏っている人物であった。


 『ようこそおいで下さいました。』


 頭を下げると共に、いかつい見た目とは異なる、何とも優美な筆遣いを披露した。


 『この度は、突然の御訪問誠に申し訳ございません。実は、親分さんに是非とも会いたいと仰る方をお連れしたのです。』

 『隣のお侍様ですか?』

 『はい。長州藩士の吉田松陰様です。』

 『吉田松陰ですと?!』

 『ご存知ですか?』

 『沖を通るアメリカとロシアの船団は、ここの漁師も多数見ております。そのアメリカに行くという、大それた計画の首謀者というのは知っておりますよ。』


 流石に知っているらしい。

 権力に睨まれる組織の者は、情報には敏感である。

 それは兎も角、松陰は次郎長に挨拶した。


 「初めまして。ご紹介に預かりました、吉田松陰です。この度はご迷惑も顧みず、押しかけてしまってすみません。御存知な様ですが、アメリカに行くという私の計画に、是非ともお力をお貸し頂きたくて参上しました。」

 「どういう事ですかい?」 

 「はい! それはこういう事です!」


 松陰は説明していった。




 「そう言う訳で、親分さんには是非とも、アメリカについて来て頂きたいのです。」

 「何てぇ言うか、ぶっ飛んでおりますなぁ……」


 次郎長が呆れ顔で言った。

 当初は希望者を選抜して派遣するつもりであったが、人選が偏り過ぎていると思い直し、広く人を集める事にした。

 堅気だけでも宜しくないだろうと、任侠として有名な清水の次郎長を選んだのが事の経緯だ。

 史実では茶の輸出を図ったり、英語教育を行ったり、静岡の開墾を実行したりした行動の人である。

 

 「如何でございましょう?」

 「面白そうではありやすが、あっしには守るべき一家がありやして、アメリカくんだりまで悠長に旅に出ている暇はございやせんなぁ。」

 「その通りだぜ!」


 次郎長の断りに、別の声が被さる。


 「こら、石松! 客人の前だろうが!」

 「けどよぉ親分!」


 隻眼の任侠、森の石松であった。


 「えぇと、貴方はまさか、森の石松さんですか?」

 「何で俺っちの名前を知ってやがんだ?!」

 「やっぱり! いやぁ、次郎長親分の下には、森の石松という頼もしい配下がいると伺ったのですよ。隻眼と言う事は聞いておりましたので、もしやと思い、お聞きした次第です。」

 「俺っちの名が江戸まで響いてやがんのか?!」

 「いえ、まあ、私の耳には届いておりますよ。」

 「こりゃぶったまげたぜ!」


 途端に上機嫌になった。


 「そうだ! 石松さんもご一緒にどうですか? 次郎長親分の頼もしい配下である森の石松さんが来て下さると、私も心強いのですが……」

 「頼もしい?」

 「ええ! これは我が国の将来がかかっているのです! 森の石松さんのお力を、この国の為にお貸し頂きたい!」

 「親分! こうしちゃいられねぇ! アメリカに行かねぇと!」

 「こら! オメェは、すぅぐそうやって調子に乗る!」

 「だってよぉ……」

 

 次郎長は中々首を縦に振ってくれそうに無い。

 仕方ないので、博徒でもある彼らに対し、勝負を申し出る。


 「ではこうしませんか? サイコロを3つ振って、3つ共に1の目が出たら私の勝ちという事で、親分さんはアメリカに行くと言うのはどうでしょう? 3つのサイコロのうち、1つでも1以外の目が出たら私の負けです。」

 「そんなの勝負になんねぇぞ?」


 石松が言う。

 確率的には216分の1であるので、その言葉は尤もであろう。


 「ご心配には及びませんよ。私が勝つのは運命ですから。」

 「運命だぁ?」

 「そうです。天の采配とも申します。親分さんは私と共にアメリカに行く。そう決まっているのでございます。」

 「だとすると、お侍様が負けたらどうなさるおつもりなんで?」


 いかつい顔を更にしかめ、次郎長が鋭く問う。


 「その時は仕方ありません。皆さんを私の子分にしてあげましょう。」 

 「馬鹿こけ!」


 石松が即座に言った。 

 

 「まあ、それは冗談で、ありがちにお金を支払いますよ。」

 「当たりめぇだ! 親分を連れて行こうってんだから、相応の掛け金を出しやがれ!」

 「分かりました。ではそうですね、1万両でどうでしょう?」

 「1万両?!」


 場に驚愕の声が響く。

 1万両など、およそ見当もつかない金額である。


 「冗談も大概にしやがれ! そんな大金、テメェは持ってるのかよ!」

 「手元にはございませんが、とある所に行けば用意出来ますよ。」

 「どこだよ、そこは?」

 「いえ、まあ、詳しくは言えませんね。」


 まさかアラスカとも言えない。

 それも、正確な場所を知っている訳でもない、砂金の在り処など。


 「まあ、どうせ私が勝つのですから、金額はいくらでも良いのです。それはそうと、この勝負を受けて下さるのですか?」


 松陰は次郎長に尋ねた。

 その問いには直接答えず、質問で返す。


 「どうしてこんな不利な勝負を行うんで?」


 心底分からないと言う風に見えた。


 「それがこの国の将来の為だと思ったからですね。それに比べれば、1万両など大した金額ではございません。負けた所で回収する目途はついていますし。」

 

 キリリとした表情で言う。

 本当の所は、コレクター心が出たからとは言えない。

 前世の歴史シミュレーション・ゲームでは、有名武将全員を集めるプレイをしていた。

 今回の事も、黙霖に次郎長の名前を出されたからやって来ただけで、そこまで深い理由がある訳でもなかった。 

 とは言っても、次郎長の為した事を考えれば、味方にしていて損は無い。

 

 次郎長の応えは無かった。

 どうすべきかを考えあぐねているらしい。

 手持無沙汰になった松陰は、近くにあったサイコロとツボを手に取り、ツボの中へサイコロを入れた。


 「サイコロ1つは6通り。2つで36通り。」


 出る目の数を数えながらサイコロを入れていく。


 「3つですから216通りですね。何だか大した数字では無いですね。」


 そう言って、松陰は更にサイコロを入れていく。


 「4つなら……1296通り。5つだと、ええと、7776通りですか。もう一声いくと、おぉ! 大台の46656です! 万が一が起こる事に賭けるなら、サイコロを6つ使わないといけませんね!」

 「何考えてやがんだ?!」

 「なぁに、サイコロを6つに増やすだけです。勝負は簡単、サイコロ6つを振って、1が6つ並んだら私の勝ち、1つでも1以外が出たら親分さんの勝ちで、1万両を差し上げましょう。」

 「狂ってやがる!」


 石松が吐き捨てる様に言った。


 「大きな事を為すには、傍からは狂っている様に見えるくらいでないと叶いませんよ。」

 「お侍様が為そうとしているのは何ですかい?」 


 次郎長が問う。 


 「大した事ではありません。ちょいとこの国を変えたいだけでございます。幸いな事に、この国を開く事はほぼ決まりました。念願であった西洋への渡航は、来年には叶います。それでやっと、やあっと! インドへ向かう事が出来るのですよ!」

 「まるで意味が分からねぇ……」


 石松には理解不能であった。


 「私の事はどうでも宜しい! さあ、サイコロは入りましたよ? 勝負されるのですか? しないのですか?」


 サイコロ6つはツボへと入れられ、既に盆に伏せてある。

 後は勝負するのかどうかを待ち、ツボを取って中を確認するだけだ。

 

 「勝負は簡単。サイコロ6つが全て1なら私の勝ち。1つでも1以外であれば親分さんの勝ちです。私が勝ったら親分さんはアメリカに行く。親分さんが勝ったら、責任を持って1万両を差し上げましょう!」


 確率4万6千6百56分の1な勝負に、尚も次郎長は答えない。


 「さあ、どうされるのですか?」

 「……」

 「親分、何で悩んでんだ? 負ける筈がねぇのに!」


 石松が口を挟む。

 博打好きな彼である。

 負ける筈が無い勝負で、次郎長が悩む理由など見当もつかない。


 「私の目的は親分さんをアメリカに連れて行く事です。勝手に押しかけて勝手に勝負を仕掛けた事には謝罪致しますが、全ては世の為人の為私の為にございます。沈黙は勝負を受け入れたと見なし、勝手に進めてしまいますよ?」


 松陰が言った。

 それでも尚、次郎長は答えない。


 「沈黙という事で宜しいですね? では、勝負を受けたと判断致します。サイコロは既に振っていますから、中を確認するだけですね。」


 ツボに手をかけた。


 「では、いざ、勝ぶ」  

 「待ったぁ!!」


 松陰がツボを持ち上げようとした、まさにその時、それまで沈黙を守ってきた次郎長から、よりによって待ったの声がかかった。


 「何を待つのでございますか?」


 松陰が不思議そうに次郎長の顔を眺める。

 次郎長は姿勢を正し、言った。


 「サイコロは見なくて結構。この勝負、あっしの負けです。」

 「え?」

 「何でだ親分?!」


 サイコロを見るまでもなく、負けを認めた次郎長であった。




 「では、準備が整いましたら江戸までお越し下さい。」

 「承知しやした。」


 納得がいかないといった面々に見送られ、松陰は黙霖と共に帰っていった。

 残された一家の者は、どういう事なんだと親分を囲む。

 

 「意味が分からねぇぜ、親分!」


 石松が叫んだ。

 他の者も同様で、理解出来ないらしい。

 次郎長が言う。


 「俺が負けたからと言って何なんだ? アメリカに行くだけだぜ?」 

 「けどよ! 負ける筈がねぇ勝負じゃねぇか!」


 石松が食い下がる。

 みすみす1万両を逃した様で、どうにも釈然としない。


 「オメェの言いたい事はよぉく分かる。俺が勝って当たりめぇの勝負だ。だけどな、もしも、もしも万が一負けていたら、俺は金輪際この稼業は出来やしねぇぞ……」


 4万6千分の1を一発でモノにされたら、博打打ちなどやっていられない。

 そして次郎長は、被せられたままのツボを持ち上げた。


 「こ、こりゃあ!!」


 石松含め、子分達の叫び声が賭場に響き渡る。


 「賭けには負けたが、勝負にゃあ負けなかったってぇ所だな。しかし、てぇしたもんだ。俺ゃあ、アメリカに行くのが楽しみになってきたぜ。」


 次郎長は不敵に笑う。

 赤い目のサイコロが6つ、それを見上げていた。 


 


 江戸城では将軍家慶を前に、選ばれた16人が勢ぞろいしていた。

 北辰一刀流の千葉栄次郎と清河八郎、直心影流の榊原鍵吉と山岡鉄舟、天然理心流の近藤勇と沖田総司、神道無念流の桂小五郎と芹沢鴨、自得院流の高橋泥舟、鏡新明智流の桃井春蔵と岡田以蔵、神道精武流の佐々木只三郎、薬丸自顕流の大山綱良と中村半次郎、小笠原流の坂本乙女、無勝手流の吉田スズである。


 家慶の後継者である家定とその正室任子、江戸詰めの諸大名、来賓として招かれたロシアのプチャーチン一行が見守る中、緊張に打ち震える者から平常心を保っている者まで様々であった。

 そんな彼らに、家慶から直々に言葉がかけられる。


 「皆の者、よくぞここまで勝ち残った! 最早選考は終わっているが、ここまで来たのなら、誰が一番か決めたかろう! この晴れ舞台で雌雄を決するが良い!」


 こうして、名誉を懸けた御前試合が始まった。


 一方その頃、寛永寺近くの飲み屋には、御前試合の舞台には立てなかった者らが集い、やけ酒をしていた。


 「おい坂本! 飲め!」

 「おう晋作! 武市さんも飲んで忘れるぜよ!」

 「クソッ、以蔵め! 油断した!」

 「御前試合の場に立てるとは、以蔵も幸せ者だなぁ!」

 「慎太郎! お前が邪魔しなければ、俺が!」

 「言い訳は見苦しいぞ!」

 「まあまあ土方さん。今日の事は飲んで忘れましょうよ!」


 選考会自体は通過したが、折角の御前試合に臨めないのは不満である。

 それでも、負けてしまったモノは仕方がない。

 気持ちを新たにする為にも、飲んで憂さを晴らす一同であった。 

流派は良く分からない人がおりましたので、ほぼwikiからです。

試合は名誉を懸けてのモノですので、結果の詳細は省きます。

これで一応、選考会は終わりです。

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