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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
幕末の始まり編
171/239

選考会の始まり

 「それでは選考会を始めます! 人数が多い事ですし、受付順で組を作り、その組ごとに管理したいと思います! 受付の時に配りました札に、組の名前が書いてありますので、まずはご確認下さい!」


 忠寛が大声を上げて説明する。

 増上寺に集まっていた応募者は手元の札を見た。

 

 「札に、ご自身の名前を書かれたと思います! その横に、ひらがなが一文字ある筈ですが、それが組の名前です!」


 見れば確かにひらがなが書かれてある。


 「いろは順に並び、50名一組です! 以後、組の名前を呼びましたら、その組の方は指示に従って下さい! ここまでで何か質問はありますか? 何でも結構ですので、分からない事、疑問に思った事がありましたら、お聞き下さい!」


 参加者に向かい、尋ねた。

 早速、帯刀が質問する。


 「合格するのは何名なのでしょうか?」


 その場の誰もが聞きたかった事であろう。


 「200名です!」

 「200?!」


 多くの者がその返答に驚いた。

 そんなに受かるのかという、予想外な答えであった。


 「今回の審査で200名を採り、次の審査で100名に絞ります! 出発までの間に洋上訓練、西洋式の食事の仕方などを身につけてもらい、最終選考を経て、船に乗れるのは75名です! 但し、寛永寺側でも同じ人数を選びますし、各藩の推薦人、公儀の者もおりますので、最終的な使節団の人員は250名を予定しております!」


 流石にそう簡単な話ではないらしい。

 この場には、千を優に超える数が集まっている。

 まずは200に絞られるので、倍率は5を超える数字だ。

 周りは皆競争者であると、誰もが視線を巡らせ、隣の顔をちらりと盗み見た。


 「では、早速始めたいと思います! “い”から“ほ”の組の方は、別の場所で筆記試験を受けて頂きますので、係官の後について移動して下さい! 他の組の方はこのまま待機して下さい!」


 係の者の後に続き、5組250名が別室へと移動していく。

 帯刀らは互いの札を見せ合い、組を確認する。

 松陰が来た後で揃って受付したので、皆が同じ“む”組であった。


 「では、次は“へ”から“ぬ”の組の方です! 移動して下さい!」


 また、250名が移動していった。

 そして次の250名、最後の250名が移動した。

 残りは数百名であろうか。


 「ここにいる方は、組ごとに呼ぶまでこのまま待機していて下さい。では、まず“な”の組の方だけ私に付いて来て下さい。」


 一組が呼ばれ、移動し、場に静寂が漂った。

 境内に残された者らはフッと緊張が緩んだのか、隣の者らと話を始める。


 「でも、まさか千代姉様が応募されているとは思いませんでしたよ。劇作家でお忙しいのではないですか?」


 帯刀が口にした。

 江戸で劇作家の道に進んだ千代は、既に有名人となっている。

 兄である梅太郎と組んで、挿絵をふんだんに使った読本を著し、世間を賑わせていた。

 代表作は、七つ揃えたら願いが叶うという不思議な宝玉を巡る冒険譚と、様々な忍術を駆使して争う忍者達の物語だ。

 老いも若きも熱中し、新刊が出る日には長蛇の列をなし、瞬く間に売り切れてしまう盛況ぶりとなっている。

 その裏には、金属活版による大量印刷と、浮世絵の融合があった。

 因みにその読本の表紙は、梅太郎の嫁であるファンリンが担当している。

 描かれている人物画には何とも言えない妖艶さと艶やかさ、色気や気品があって人気となっていた。


 そんな人気作家の千代が、遣米使節団に参加したいと思っていたとは帯刀には意外であった。

 小さな頃ならいざ知らず、今はもう二十歳を超えた筈だ。

 

 「いやですわ、帯刀様。見くびってもらっては困ります。私が劇作家の道を歩んだのも、今日の日の為ですわ!」

 「え?!」

 

 千代の言葉に帯刀は面食らう。


 「松兄様と梅兄様だけ面白そうな事を体験するなんて、天が許しても私が許しません! アメリカには是非とも同行させて頂きますわ!」

 「え、えーと、その……」

  

 どうやら相変わらずらしい。


 「とはいえ何の取り柄も無しに、危険が予想されるだろう長旅に、松兄様が同行させて下さる筈がありませんわ! ですから劇作家となって、誰からも文句が出ない結果を出しました! まあ、作品は松兄様の発案ですが……。」

 「そうでしたか!」

 「私がアメリカをこの目で見て、それを作品にしましたならば、異国の事情を民の間に広く伝えられる事でしょう!」

 「成る程!」 


 確かに千代ならば、それも可能だろう。


 「何より、あの梅兄様が行けるのにこの私が駄目だなんて、まるで道理が通りませんわよね?」

 「え? いえ、それは、どうなのでしょう……」

 

 見た物を絵で表せる梅太郎の力は計り知れない。

 けれども、千代の迫力に言葉を濁す帯刀であった。

 と、

 

 「すまぬが……」


 久しぶりの再会を祝し、互いの近況などを話している四人に、見知らぬ侍が話しかけてきた。

 年の頃松陰と同じくらいで、穏やかそうな顔つきをした青年である。

 その後ろには、千代らを囲う様に男達が集まっていた。


 「会話中にすまぬ。盗み聞きするつもりは無かったのだが、お主らの話が耳に入ってきたのでな。」

 「何でございましょう?」


 帯刀が尋ねる。

 

 「拙者、長岡藩の河井継之助と申す者だが、先ほどから交わされている話の内容から察するに、ご婦人の兄上とは吉田松陰先生ではあるまいか?」

 「その通りですわ!」


 千代が得意満面の笑みで答えた。


 「やはり!」


 継之助の顔がパッと喜びに染まる。

 その後ろに控えていた男達にも、「おぉ!」といった声が広がった。


 「どう致しました?」

 「これは失敬! 実はここに集まっている者達は、殆どが吉田松陰先生の著書に触発されて来ているのだ。その松陰先生のご家族と聞いて、嬉しくなって声を掛けてしまった次第なのだ。」

 「そうでしたか!」


 そう言って継之助は懐から冊子を取り出した。

 何度も読んでいるのか、表紙は擦り切れてボロボロになっている。

 霞んでいる表題は、『アメリカ国事情』と書かれてある。

 松陰が叔父に折檻を受け、腹いせのつもりで書いた物であった。 


 「それは松兄様が子供の頃に書かれた物ですわね!」

 「な、何と?! これを子供の時分に?!」


 千代の言葉に一同は驚愕する。

 そんな様子にムッとしたのか、千代は重ねて言った。


 「私がこの目で見ておりましたから、確かでございます!」

 「いや! 疑った訳では無いのだ! 余りの事に驚いただけだ!」

 「そうであればようございます。」


 納得したらしい千代の様子に継之助はホッとした。

 

 「この際だから、各々自己紹介でもやるのはどうだろう?」


 誤魔化すつもりで提案した。

 皆もコクコクと頷く。


 「では言い出しっぺの拙者から致そう。河井継之助と申す。」


 こうして、その場にいた同じ組の者の自己紹介が始まった。


 「榎本武揚と言います。」

 「秋月悌次郎なり。」

 「大鳥圭介である。」

 「小林虎三郎とらさぶろうです。」

 「橋本佐内です。」

 「由利公正ゆりきみまさと申します。」


 選考会は続く。




 「それじゃあ、始めるとするかねぇ。」


 寛永寺には、ざっと見た所で4千もの男達が集まっていた。

 若干殺気だった群衆に向かい、呑気にも見える海舟が言った。


 「ちょいとばかり数が多すぎるし、まずは選考会に参加する資格を見定めさせてもらうとするぜぇ! 見るのはあの千葉周作、斎藤弥九郎、桃井春蔵、男谷精一郎、島田虎之助、大石進に頼んだから、下手な事は考えない方が身のためだぁ!」

 「おおぉぉぉ!」


 江戸の三大道場創始者及びに天保の三剣豪が揃いぶみとは、剣士ならば興奮しない筈が無いだろう。

 説明を足していく。

 

 「ここから中門に行く間に6列に並びなぁ! それぞれの列に剣豪達が一人つくからよぉ! 誰がどの列にいるのかは、着いた時のお楽しみだぁ!」

 「おぉ!」

 「参加資格があるか無いかを調べる方法は簡単だぁ! 各々竹刀を構えて、好きな様に剣豪達に一撃見舞いなぁ! 合格か不合格か、その場で判断してくれるぜぇ! 言っておくが、同門だとか関係ねぇからなぁ! 下手な目こぼしなんざぁ、期待するんじゃねぇぞ!」

 「おぉ! やってやらぁ!」


 男達は吼えた。


 「合格した奴らには札を配るから、大事に持ってなぁ! 不合格の者は素直にそのままけぇるんだぜぇ! 間違っても、合格した者から札を脅し取ろうとしやがったり、二回並んだりするんじゃねぇぞ! 使節団はこれっきりじゃねぇんだから、次回の為に必死で修業するんだぜぇ!」

 「おぉ!」

 「合格した奴らは、次は勝ち抜き戦だぁ! 最終選考にいけるのは100名だからなぁ! そこからは上様の前で試合をしてもらうから、気合を入れろよぉ!」

 「うおぉぉ!!」


 こうして、寛永寺の選考会も始まりを告げた。

 スズらも当然、列に並ぶ。 

 



 一方の松陰は未だに町を走っていた。 


 「くそぉ! まさか寛永寺に行っているとは思いもしなかった!」


 千代やイネの参加で松陰の心配は的中していたが、説得しても彼女らの行動を変えるまでには至らなかった。

 千代に勝るとも劣らない強情なスズであれば、必ず寛永寺にいる事だろう。

 半ば無駄足となる事を予想しながらも、それでも尚、危険が予想されるアメリカの旅にスズを連れて行く事は躊躇われた。


 「こんな事なら、初めから男だけに絞れば良かったのに!」


 選考会の応募資格には制限を設けなかった。

 女は不許可と明記していれば何の問題もなかった筈であるが、公布された時には松陰は寝込んでおり、決定の場に加われなかったのだ。

 知った所で後の祭りであるが、彼女らの成長を見誤ったのも確かだろう。

 この様な正面突破を敢行されると、それを阻むのは大変な労力を必要とする。

 どうして寝込んでいたのかと、己の弱さを恨むくらいであった。


 「しかし、どうやってアメリカ行を断念してもらうのか!」


 それは厄介な難問である。

 まるで答えが見えそうにない。


 「弱気になってはいけない! 言葉を尽くせば大丈夫だ! カレーはインドでは食べず、日本に持って帰ろう! それから改めてスズと一緒に食べる事にすれば、きっと分かってくれるさ!」


 ウンウンと一人頷く。

 と、突然に肩を掴まれた。

 

 「ここにおったのか! 上様がお呼びである!」

 「忠徳ただのり様?!」


 水野忠徳であった。

 にこやかな笑みを浮かべつつもがっしりと松陰を捕まえ、その手を放そうに無い。

 

 「私は急いでいるのです! 放して頂きたい!」

 「まあ、そう言うな。寛永寺の選考会は、御前試合もやる予定だろう? その時、上様が生姜たっぷりの牛丼を御所望であるのでな、そちの出番という訳だ。」

 「そんな事は忠徳様で十分でしょう?」

 「そんな事とは何だ! 上様たっての願いであるぞ!」

 「しかし!」

 「しかしも案山子も無い! さっさと来い!」

 「くそっ! 放せ!」

 「連れていけ!」

 「ははっ!」


 こうして松陰は数名に担がれ、江戸城に連れ去られた。

 選考会は滞りなく進む。

 

有名人の大盤振る舞いですね。

最終的には250人を派遣しますが、選ぶのが大変です。

一番の問題は年齢だったりします。

沖田総司(11歳)を出している時点で説得力は皆無ですが・・・


推薦したい人物があれば、是非ご一報下さい。

出来れば、1842年よりも早生まれだと助かります。

立見さんは8歳なので、ちょっと若過ぎると思いますし・・・

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