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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
幕末の始まり編
164/239

未来の同盟構想その一

支那の呼称がありますが、他意はありません。

 『世界地図を御覧ください。太平洋を中心として、閣下の祖国アメリカと我が国は向かい合っております。』

 『そうだな。』


 広げた地図を前に、額を突き合わせる。


 『アメリカの西海岸からなら日本はすぐですね!』

 『それもあって私が来たのだが?』


 何やら楽し気な松陰に、ペリーは素っ気なく応えた。


 『では、見方を変えてみましょう。我が国とアメリカは、互いの背中を預けて列強と向き合っていると言えるのではありませんか?』

 『何?』

 『アメリカはヨーロッパと向き合い、我が国は支那やロシアといった国々と向き合っている風に見えませんか?』

 『そう言われてみれば、そうかもしれぬ。』


 ペリーはイギリスを念頭にして答えた。

 アメリカはイギリスの植民地から独立したのだから当然である。

 独立して随分と経ったとはいえ、未だに警戒すべき相手であった。

 

 『我が国は、支那大陸に誕生した国家の影響を強く受けてきました。文化や政治制度を学び、時に侵略の危機にも遭遇しております。国を閉ざしてからはその影響は軽微ですが、先の清国とイギリスとの戦争の結果は、我が国に多大な衝撃を与えました。』

 『シーボルトもそう言及していたな……』

 『清国の不安定さは我が国の不安要素でしかありません。』

 『それはそうだ。』


 不安定な大国が隣国にあれば困り物である。 


 『大国ロシアの脅威は言うまでもありませんよね?』

 『それは勿論だ。』

 『アメリカの場合、もしもヨーロッパが混乱に陥れば、その影響からは免れえないのでは?』

 『……だろうな……』


 既にクリミア戦争は始まっている。

 その余波は極東の地まで及んでいるので、大西洋を挟んだだけのアメリカではより影響は大きいだろう。

 尤も、ヨーロッパがごたついていれば、アメリカに関心が向かないので都合が良い面もある。 


 『双方の背中に警戒すべき材料を抱え、アメリカと日本が更に争うのは無謀ではございませんか?』

 『それは確かにそうだ。』


 時代が下り、双方共に背中の国と戦争をしながら太平洋でも争ったが、この当時はアメリカにもそれだけの力は無い。

 

 『寧ろがっちりと手を結び、双方の背中に横たわる脅威に備えるべきではありませんか?』

 『言いたい事は分かるが……』


 何やら歯切れが悪い。


 『我が国は信頼を寄せるには足りませんか?』

 『いや、まあ、そんな事も無いとは思うが……』

 『いえ、閣下の懸念は尤もでございます。大言を吐いても、それに見合うだけの実力、実績が無ければ戯言に過ぎませんから。』

 『う、うむ。分かっているのなら良いのだ。力を示さねば、侮られるのが今の世界だからな。』


 それもあって将軍の言葉が癇に障ったペリーである。


 『本日お見せした日本の力も、実戦では使えない物かもしれません。兵器は素晴らしくても、使う我々が臆病者の集団でしたら、敵を前に武器を投げ出して逃げてしまうかもしれません。』

 『とてもそうは思えんが……』


 松陰の言葉には首肯しかねた。

 敵を前に武器を捨てて逃げるなど、どうにも信じがたい。

 なんせそれを口にしているのは、刀を腰に差した武士と呼ばれる者なのだから。


 責任を取る為、自ら腹を切るサムライという存在。

 その話を聞いた時には余りの野蛮さにペリーもビックリしたモノだが、日本に来てそのサムライ達と直に接した結果、野蛮さとは程遠い、誠に洗練された者達である事を知った。

 たった数人でこちらの船に乗り込み、尚も堂々としているのは図太いだけかもしれないが、媚びる様子も見せずに実に立派なモノだと感じた。

 英語を流暢に操ったのにも驚いたが、何よりはその態度であった。

 

 怯えや侮りと言った感情は一切感じさせず、自分達にごく自然に接してくる彼らに、当初は日本人を未開の蛮族と侮っていたペリーらも、思わず親愛の情を抱いた程である。

 そんな彼らが自ら腹を切るという蛮行を行うのだ。

 そこにどんな思いや考えがあるのかは、アメリカの文化で育ったペリーには想像もつかない。

 しかし、少なくとも、己の死を覚悟しなければ出来ない事だろう。

 

 いくつかの戦場を経験したペリーであるので、死を覚悟した事もある。

 それでも逃げずに任務を全うしてきたので、今の地位があるのだ。

 中には死の恐怖に耐えきれずに、持ち場を放棄して逃げ出した者もいた。

 ペリーには彼らを責める事は出来ない。

 それだけ、死の恐怖は恐ろしい物なのだから。


 そんな死の恐怖を乗り越え、自ら腹を切ってみせるという行為は、形は違えど祖国の為に命を懸けて戦い、帰らぬ人となった戦友達と重なる。

 友の中には仲間を助ける為に、敵陣に単身で突撃した者もいた。

 口を割れば楽に死ねるのに、拷問されても味方の情報を流さない者もいた。

 祖国の為、仲間の為に勇敢に戦った彼らは、もし生まれる国が違っていたら、この国のサムライの様に自ら腹を切っていたのかもしれない。

 であれば、自ら腹を切る国のサムライ達が、戦場で敵前逃亡するとも思えなかった。


 『どうして我がアメリカなのだ? 仮にイギリスと手を組めば、アメリカを挟撃出来るではないか?』


 ペリーの口をついて出てきたのは、祖国を不利にしかねない質問であった。

 日本がそれに気づいていないのなら重大な失言であろう。

 未だ七つの海を制する大英帝国の力は、正面切って来られたら、今のアメリカでもどうなるのか分からない存在である。

 しかし、目の前のサムライがそれに気づいていない筈が無い。

 それでも尚、アメリカとの同盟を希望する意味が分からなかった。

 そんなペリーに松陰が告げる。


 『言いましたよね? アメリカと我が国は、互いの背中を預けて世界と対峙していると。我が国が最も強力に手を結ぶべき国は、アメリカ以外に無いからです。』

 『どうしてそう言い切れるのだ?』

 『私がアメリカン・スピリッツを尊敬しているからです。』

 『何?!』


 松陰の口から出た言葉に衝撃を受けた。

 東洋の蛮族だと思っていた者が、アメリカン・スピリッツなどと言い出すのだから無理はあるまい。


 『正義を愛し、自由を掲げ、いかなる困難な状況にも果敢に挑戦し、道を切り開いてゆくアメリカン・スピリッツは、この世界の中で最も高貴な精神の一つであると思います。』

 『そ、そんな事は……た、確かにあるな!』


 思わず納得する。


 『己の手で畑を耕し家族を養い、危害を加える者には立ち向かい、毎日の糧を神に感謝し、より良き未来を掴む為に努力する。そんなチャールズ・インガルスは、まさに善きアメリカ人そのものですね。』

 『チャールズ、誰だって?』

 『こちらの事ですよ。』

 

 前世の松陰にとっては、アメリカ人と言えば彼であった。

 作り事と言われればそれまでだが、西部を開拓していったのは彼の様なフロンティア・スピリッツに溢れた人々である。

 自主自立、独立独歩の精神で、目の前に横たわる困難を次々に乗り越えていったのだ。

 

 『古来より、友人は良く選べと言います。開国した先の国際社会の中で、長く深く付き合う国を選ぶとしたら、閣下の祖国アメリカしかありません。イギリスは確かに力のある国ですが、その舌が何枚あるのか分からない様な国とは、ちょっと……』

 『それはそうだな! しかし、隣国の清国も大国だろう?』


 イギリスが信用出来ないという言葉には、ペリーは大いに頷けた。

 そんな彼の言葉に、松陰は頭を振る。 


 『隣国とは距離をおくべきだと言います。それにあの大陸は王朝が勃興し、栄え、腐敗し、人心が離れ、革命や異民族に侵略されて新たな王朝が出来るを繰り返しております。上に政策があれば下に対策がある事を公言する約束事の概念が薄い国に、信頼などとてもとても。』

 『約束が守られんので苦労するというのは同感だな。』


 ペリーは慨嘆した。

 清国でのアメリカ人の権利保護など、清国政府に約束させても口ばかりで実行しなかった。

 それは本国でも何度となく議会に上った由々しき問題である。

 しかし強硬派が制裁を訴えた所で、地球を半周してまで実行する程の余裕はない。

 今回の旅でも上海に寄港したが、雇った現地人と交わす簡単な約束でさえ破られがちであったので、松陰の説明には共感出来た。 

 

 しかし、そうは言っても重大な問題があった。

 ペリーは大統領の親書を持って来ただけの軍人であって、政治家でもなければ全権を委譲された外交官でも無いのだ。 

 いくら日本との同盟関係が素晴らしいと感じても、軽々しく約束する事など出来はしない。


 『ショーインの案は素晴らしいとは思うが、私にその権限は無いのだ。大統領には伝えられるが……』


 若干寂しそうに口にした。


 『いえ、今は構わないのです。寧ろ初めは断って下さい。』 

 『何?』

 

 耳を疑った。

 その顔はどこか悪戯を考えている風に見える。


 『長い間国を閉ざしていた東洋の小さな島国如きに、いきなり対等な条約なんて結んだら、閣下の祖国は世界の笑い者では?』

 『うっ! そ、それはそうかもしれぬが……』


 無邪気な笑顔の松陰に、ペリーの口も鈍る。

 いくら彼が日本人の能力を高く評価していたとしても、世界から見たら依然未開な蛮族なのだ。


 『力を示さねば西洋は認めないと閣下は仰られましたね?』

 『そうだ。』

 『でしたら、まずはフィリピンを落として見せましょう!』

 『何?!』


 当時のフィリピンはスペイン領である。


 『我が国は今オランダを通じ、コプラ、つまりココナッツの実を、量は少ないながらもフィリピンから輸入しております。』

 『何の為だ?』

 『オイルを絞る為です。』

 『ふむ。』

 「まあ、真の目的は風味豊かなチキンカリーの為でございますけどね。」

 『何か言ったか?』

 『いえ何も。』


 素知らぬ顔で誤魔化した。

 ココナッツオイルは食用に使え、石鹸の材料にもなるし、その際には副生物としてグリセリンが出来る。

 グリセリンはダイナマイトの原料とも言える、重要な物質であった。

 とはいえ松陰にはダイナマイトの事よりも、ココナッツミルクの入ったインド風カリーの方が大切である。

 未来の為の布石であった。


 『スペインのフィリピンに対する植民地政策は我が国に都合が悪いので、スペインには退場してもらいます。』

 『日本がフィリピンを奪い取るというのか?!』


 当時、既にマニラは貿易港として開かれており、アメリカの商船も寄港していた。

 マニラ麻や砂糖、タバコなどを買っていた。

 そのフィリピンを日本が落すとなれば、当然スペインより奪うより他に無いだろう。 

 しかし、松陰の答えは違った。


 『奪うなんて野蛮な事は致しませんよ。フィリピンの民に独立してもらうのです。我が国はそれをお手伝いするだけでございます。』

 『そんな事出来る訳がなかろう!』

 『アメリカ人である閣下がそれを口にするのですか!』 

 『いや、決してそういう訳ではないのだが……』


 松陰に反論され、途端にしどろもどろになる。

 イギリスから独立したアメリカ人が、他の植民地が独立する事を否定するのはおかしいだろう。

 まさか有色人種には独立など早いと言いたいのではあるまい。

 

 『そ、そうだ! フィリピンが独立したとして、イギリスやフランスが黙って見ているとは思えん!』


 ペリーは説得力のある事を思い付き、慌てて言った。

 それは妥当な懸念に思われる。

 漁夫の利を狙う国は常にあり、混乱の隙をついてどんな揺さぶりを掛けてくるのかは分からない。

 アメリカは独立戦争時、既に基礎工業力があったので自前で武器を調達出来た。

 しかし、フィリピンにそんな力は無い。

 運よくスペインから独立出来たとしても、国力が疲弊していれば、イギリスやフランスといった列強が介入してくる可能性は高い。

 そんなペリーの予想に対し、松陰はあっさりと答えた。


 『イギリスとフランスは介入しないと思います。』

 『どうしてそう言い切れる?』

 『第一はクリミア戦争です。今、イギリスとフランスはロシアを相手にしています。スペイン領のフィリピンが独立したからといって、スペインとの仲を悪くしかねない行動は取らないと思います。』

 『それは言えているな。第一と言うからには他にもあるのか?』


 ペリーは尋ねた。


 『第二は清国です。』

 『何?』

 『イギリスは先の戦争で香港を得、上海といった港を開港させましたが、思った様には商売が出来ていませんよね?』

 『まあ、そうだな……』


 上海の現状を思い、ペリーは頷いた。

 北京政府と現地担当官との意志の統一が為されておらず、昨日決められた事が今日には変わる事がしょっちゅうであった。

 また、役人の汚職は酷いままであったし、徴税に関してもいい加減で、不公平不透明であった。

 開港させて自由な商売を目論んでいたイギリスであったが、その目途がいつまで経っても立たず、不満が溜まっていた。


 『イギリスは再度、清国で事を起こそうとしているのではありませんか?』

 『……』

 『そしてその際には、フランスも誘うのでは? クリミア戦争で協力していますし、清国での権益を独占する訳にもいかないでしょう。そんな事をしては、今度はフランスとの関係が悪化しかねません。』


 松陰の指摘にペリーは応えられなかった。

 その言葉通りであったからだ。

 上海で得た機密情報で、イギリス政府内では清国に対する武力行動が計画され、着々と準備が進められているとあった。

 アメリカ東インド艦隊司令、ペリーであるからこそ得られた情報であるのに、あろう事か、閉ざされた国に住んでいる筈の者が見事的中させたのである。

 彼の心中は如何ばかりであろう。


 『それもあってイギリスとフランスは、フィリピンの独立戦争には介入しないと思われます。』

 『成る程……』


 ペリーは納得した。

 癪に障るが、そうせざるを得なかった。

 

 『オランダ、ロシアはどうなのだ?』


 ふと思い、聞く。

 目の前の日本人の見解を更に聞きたくなったのだろう。


 『ロシアにそんな余裕はございませんよね?』


 分かっている癖にとでも言いたげに、笑って言う。

 それにつられペリーも笑った。 


 『まあ、な。』


 今のロシア海軍に、極東で戦争をする程の余裕は無い。


 『オランダはどう出るでしょうね……』

 『オランダまでは分からないか?』

 『まあ、一応我が国とは今までの友好関係がありますし、動かないと思います。』

 『そうであるか。』


 それが妥当な所だろう。

 と、ペリーが納得した所で松陰が口を開いた。


 『でも、動くなら動くで構いませんよ。』

 『何?』

 『いずれオランダにも本国にお帰り願いますから。』

 『何だと?!』


 そう呟き、ニヤリと笑う松陰にペリーは唖然とした。

ペリーが帰国する筈でしたが、長くなったので一旦区切ります。


太平天国、台湾が独立していますから、アロー戦争が史実通りに起きるとは思えません。

ご都合主義的に歴史の修正力が働いております。

ご容赦下さい。

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