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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
幕末の始まり編
161/239

江戸への道中、ペリーの場合

 『本当に一日であったな……』

 『そうですね……』


 翌日、長崎奉行所にて江戸へ向かう許可を得たペリーらは、狐に化かされた様な表情で出港の準備に入っていた。

 役人の言った通りに返事は来ていた様で、すんなりと江戸を目指す事が可能となった。

 その際、数名の随行員を同行させるので、その者らの指示に従って欲しいとの事である。

 石炭や水、食料品は既に積み込んだ。

 風も良い塩梅で、すぐに出港出来るだろう。


 後はその随行員とやらを待つだけである。

 一体どんな役人であろうと思っていると、そろそろと小舟が数隻、ペリーらの艦隊に近付いて来た。

 縄梯子を降ろす。

 さほど苦労する事も無く、男達が上がって来た。

 

 昇って来たのは5人の侍であった。

 随分と若く見える者が2名、壮年の者が3名である。

 他の艦にも同じくらいの数がいるらしい。

 どうしたものかと思っていると、若い侍の一人が進み出て挨拶を始めた。


 『初めましてペリー閣下! 私は吉田松陰と申します。まずこちらの方々を紹介致します。江藤新平君と佐久間象山様、そして麟州様に堀田正睦様です。この度は、江戸までの道中をご案内致します!』

 『宜しく頼む。しかし、当然の様に英語なのだな……』


 ペリーはぼそりと呟いた。




 『む? あの船は?!』


 長崎を出港して間もなく、奄美沖で出会った船が現れた事にペリーは気づいた。

 目ざとく見つける辺り、流石は歴戦の将という事だろう。 

 艦隊の後ろへ、ぴったりとくっついて航行している。

 今度は後方から監視するらしい。


 『ショーインと言ったな? あの船は蒸気船だろう? オランダから購入したのか?』


 流暢な英語で挨拶をした松陰に利発さを感じ、何か知っているかと思い質問してみた。


 『確かにオランダより蒸気船を購入しましたが、古い船だけですよ。あれは我々が一から作ったモノになります。』


 思ったよりも事情を把握しているらしい。

 気になっていた事を尋ねる。

 

 『あれはスクリュー推進ではないのか?』

 『外輪式は船が重くなりますし、小型船では効率が悪いのでは?』


 当然だとでも言う風に答えた。

 祖国アメリカ海軍でも、ようやく更新が始まったばかりのスクリュー推進であるのに、遅れた文明に属する者のその様な言い草は癪に障る。

 海軍の蒸気船化を積極的に推し進めてきたペリーであるので、尚更そう感じたのだろう。


 『スクリュー推進など、どこで知ったのだ?』

 『本ですね。』

 『本だけで作り上げたのか?』 

 『えぇまぁ。ですが、色々と苦労しましたよ……』


 淡々としているさまには実感が籠ってた。


 『ほう? どんな事に苦労したのだ?』


 海軍工廠造船所長であったペリーとしては、異国の技術者には興味を惹かれる物がある。


 『スクリューに関しましては、まずその形状ですね。どんな形状が最も効率が良いのか、試行錯誤が続きました。いびつな形では回転すると振動が発生するので、均等な形に加工するのが難しかったですね。軸に関しましても、歪んでいるとシール部の摩耗が偏り、水漏れが多くなって色々と簡単ではありませんでした。』

 『それは御苦労であったな。』

  

 自分達も経験した苦労を思い出し、ペリーもつい同情した。

 異国であろうと、何かを作る上での苦労は同じ様な物らしい。

 未開な野蛮人とばかり思っていたが、冷静に問題を分析し、原因を突き止め、対策を施す手法は自分達と何も変わらない。

 物事に対する向き合い方に、理性と論理を尊ぶ態度を見た。

 

 『このサスケハナ号の内部を見たいか?』


 知らぬ間にペリーはそう尋ねていた。

 そんな自分に驚きを感じていた。 


 『ありがとうございます。ですが、今は我が国をご案内するのが私の職務です。ご提案の件は、またの機会に是非ともお願いさせて下さい。』

 『……良かろう。』


 与えられた役目を全うするのは軍人の本懐であろうか。

 日本人への評価を更に上げたペリーであった。  


 


 『あれが馬関の越荷方です。我が国は主に海路で荷物を運んでいますから、蝦夷の産物を大坂に運ぶには、ここ馬関を通る事になります。相場によって九州に物を運ぶのであれば、ここで進路を変えるのが得策です。』


 右手に九州、左手に本州が迫って来た海峡の辺りで、絵を使って説明した。


 『あの数字は何だ? と言うより、どうしてアラビア数字? 日本では漢数字という物を使っているのではないのか?』


 左手の岸壁沿いにいくつもの数字が見えた。

 大きな板が立てられており、貼られた紙に数字が書いてあるらしい。

 不思議なのはペリーも読めるアラビア数字である事だ。


 『漢数字は桁が大きくなると長くなるのです。アラビア数字ですと簡潔に表せるので、我が国でも8年前から取り入れております。』


 それは開国を宣言してすぐと言う事である。

 

 『あの数字は相場です。数字の前は漢字で、何の相場か表しています。漢字はアルファベットと違って表意文字ですので、一文字で意味が分かります。例えば米はライスですが、アルファベットなら4文字必要なのに対し、漢字ですと一文字で済みます。』 

 『成る程!』


 複雑な言語の割には合理的であった。


 『全て今朝の大坂市場の相場です。』

 『今朝? 大坂とはかなり離れている筈だが、どうやって連絡を取っているのだ?』

 『これです。』

 『それは?!』


 松陰は両手を上げたり下げたりしてみせた。

 いつの間にやら旗を持っている。

 それは奄美沖で見た日本の船同士がやっていた仕草であった。

 

 『これは一つ一つ意味がございます。簡単に説明すると……』


 松陰は手旗信号について説明を始めた。




 『閣下、ちょっと空砲を披露して頂けませんか?』

 『何?』

 『見物人へのサービスです。』

 『良かろう。』


 黒船に積まれた大砲が火を噴いた。

 アメリカからの客人を一目見ようと集まっていた民衆から、割れんばかりの歓声が上がる。

 手旗信号で空砲である事は知らせているので、無用な混乱は生じない。

 陸から、返礼として花火が上がる。

 大砲と花火の音に、観衆の興奮は高まった。 




 『この岸は?!』


 馬関に上陸したペリーは港の様子に目を見張った。

 多くの船が岸に荷物を降ろしているのだが、直接接岸して作業をしているのだ。

 桟橋でもあれば考えられるのだが、ここは岸そのものである。

 それはつまり港の深さが十分あるという事を意味するが、普通ではあり得ない状態だろう。


 『これはコンクリートなのか?』


 人工物以外には無いと推測し、岸を観察したペリーが出した答えであった。


 『その通りです。コンクリートの杭を海中に何本も並べて打ち込み、岸壁とします。後はそこまで埋めてしまえば、深さの十分ある港の完成です。船を沖に泊め、小舟で荷物を上げ下ろしする必要は無くなりますので、大幅な時間と労力の削減が可能となりました。』

 『成る程……』


 サスケハナ号は流石に大きすぎて接岸は出来なかったが、それとても杭の長さを伸ばせば事足りる。

 祖国でも早速取り入れようと思ったペリーであった。



 

 『この汁の中でシャブシャブと潜らせます。』

 『シャブシャブ、だな。』


 馬関にて、夕食時の一コマである。

 集まった見物人に熱烈な歓迎を受けたペリーらは、へとへとになるまで挨拶を交わし、やっとの思いで宿舎に辿り着いた。

 一行の総勢は千名近い。

 全ては下船せず、船の上で体を休めた。

 こうして、一行は江戸を目指す。


 『小野田はセメントの積出港となっております。』

 『ほう?』


 『三田尻の塩田です。』

 『ふむ。』


 『呉の造船所です。』

 『ここが瀬戸内海か。内海なので、造船にはもってこいだな。』


 『神戸です。鯛飯をご用意しました。』

 『これも美味そうだ!』

 『これは蛸飯です。』

 『こ、これはあの触手?!』

 『え?』

 『いや、何でもない!』 


 『我が国の台所、大坂です。』

 『何という賑わいぶりだ!』


 『鳴門の渦潮です。』

 『おお! これは勇壮な!』


 『伊勢志摩です。アワビのステーキ、干アワビの姿煮をどうぞ。』

 『干アワビ? 味わい深い……』


 『富士山です。』

 『何と美しい!』


 『異国の方は横浜に降りて頂きます。』

 『江戸は目と鼻の先だな。』


 こうして、ペリー一行は無事に横浜まで辿り着いた。

 1853年、7月8日の事である。

 奇しくも、史実で黒船が浦賀に現れた日付と同じであった。


 『これは?!』


 翌日、横浜の宿営地周りを案内された。

 そこで目にした物に、ぺりーは腰を抜かさんばかりに驚いた。

 煙突から煙をモウモウと吐き上げ、重い車輪を回して走る、真っ黒な鉄の塊である、それ。 

 1840年代、アメリカでは既に4千キロ近い敷設距離を達成していたが、まさか未開の国にあるとは思ってもいなかった、それ。

 幕府に献上しようとその模型を持って来ていたのだ。


 『蒸気機関車ではないか! オランダから買ったのか?』

 『いえ、違います。我が国で製造しました。しかし残念ながら、商業運転出来るレベルには至っておりません。今は実験的に、横浜品川間を走っております。』

 『いや、実験であろうが信じられん……』


 松陰の言葉は俄かには信じられなかった。

 蒸気船はオランダから買った物を参考に出来ても、蒸気機関車となると話は別であろう。

 未開な蛮族に作り上げる事が出来るとは思えない。

 しかし、目の前の実物は幻では無いのだ。

 所々に刻印された日本の文字が、どこで作られたかを雄弁に語っていた。 


 『これも本を読んで作ったのか?』


 そんな質問が口をついて出てしまう。


 『まあ、そう言う事ですね。』


 常に目にしてきた淡々とした表情での説明に、ペリーはその言葉を信じる以外に無かった。


 『皆さんの到着は既に幕府に知らせております。幕府も直ぐには対応出来ませんから、返事を待ち、これに乗って江戸の迎賓館に向かいたいと思います。』

 『う、うむ……』


 迎賓館とは、これまた抜かりの無さを感じた。

 横浜の宿営地も立派な物である。

 随分と前から用意されていた事が読み取れる。

 それに、横浜の港もしっかりと整備されていた。

 実験であれ、宿営地の近くには蒸気機関車もある。

 全てが日本の手の内では無いのかと、暑い夏の筈であるのに、ペリーの背中を冷や汗が伝う。

 アメリカの力を見せつければ開国は容易であろうと思っていたが、とんだ思い違いをしていた気がした。 

 開国の宣言のあった日から、この日の為に国中を挙げて準備を進めてきた、そんな気がした。 


 飛んで火にいる夏の虫という言葉が、改めて脳裏をよぎる。

 ニコニコとした微笑を浮かべ、仲間内で談笑している日本人が、何か得体のしれない存在に思えてきた。

 本心の読めない笑みの裏で、どんな策謀を巡らせているのだろう。

 ペリーは、意気揚々として乗り込んできた筈の日本で、堪らなく不安を感じていた。

 いっそ、開国を要求する親書を破り捨て、国に帰ってしまいたくなる衝動すらも覚えていた。

 

 そんなペリーの心情を他所に、呆気なく幕府からの返事がもたらされる。

 江戸へ向かう日にちが決まった。

修正しました。

伊勢海老のグリルを削り、干アワビの姿煮にしました。

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