表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/239

直正の国入り

 「何? 城に入るのは夕刻にして欲しい?」

 「はい。何でも、研究の成果を披露したいそうです。」

 「……左様か。ならば従うがよかろう。」

 「承知いたしました。」


 佐賀藩主鍋島直正が、松陰の言伝ことづてを届けにきた藩士に告げた。


 「夕刻に意味があるという事か? さて、何を見せてくれるのやら……」


 思案げに呟く。

 佐賀に集成館を作ると決まったのは、昨年の秋である。

 年が明け春となり、江戸へ出ていた直正が佐賀に帰る頃となった。

 そんな僅かな期間で、一体何を見せようというのか。

 直正ならずとも興味を惹かれる所だろう。

 

 「しかし、馬関の越荷方は既に荷物で溢れておったな。のう?」


 傍に控えていた家臣に話を振る。

 江戸からの帰還中、直正は馬関に寄っていた。

 松陰の話にあった、越荷方を見学する為だ。


 直正来訪の報を予め受けていたのだろう、多数の長州藩士が港に詰めていた。

 挨拶もそこそこに案内してもらう。

 お供の数は多く、悠長にはしていられないのだ。

 そこは良く分かっているのか、手短に説明してくれ、概要は掴んできた。  


 「仰せの通りです。あの様に船がひしめいている光景など、大坂以外には見た事がございません。」


 家臣もその率直な所を述べた。

 これまで、馬関は何度も通っている。

 海路の要衝であるので、船の多さは見慣れていたが、今回は規模が違った。

 芋の子を洗うという表現がぴったりであった。 


 「越荷方も昨年に手を付けた筈。それであの賑わいか……」


 直正が口にする。


 (成る程。あの者は確かな人材らしい。研究の成果とやらが楽しみだな。)


 藩主として、家臣の前で他藩の者を褒める事は控えた方が良い。

 心の中で期待した。 




 「やや?! 何と面妖な……」


 佐賀城から延びる道の両脇には、青白くぼんやりと光る炎がいくつも見えた。

 等間隔に並んでいる様子が、尚更気味悪く感じられる。


 「狐火じゃ!」

 「鬼火ではないのか?」

 「何にせよ、怪しい事に変わりはない!」

 「先の者は何をしておる!」


 直正の乗った駕籠かごの周りで、家臣たちが騒ぐ声が聞こえてきた。


 「何だ、騒々しい。城までもう間もなくであろう?」


 引き戸の隙間より辺りの風景を見ていた直正が尋ねた。

 薄暗いが、城に近い事は分かる。


 「い、いえ! 城へと続く道に、何やら怪しい炎がありまして……」

 「怪しい炎だと?」

 「はい! 狐火、鬼火と騒ぐ者が出る始末にございます。只今確認の者を遣っておりますので、直正様におかれましては、今暫くお待ち頂きます様、お願い申し上げます。」

 「狐火、鬼火? 良し、駕籠を降ろせ!」

 

 興味を惹かれた直正は、駕籠から出て確かめる事を選んだ。

 家臣が慌てる。


 「殿、危険でございます!」

 「たかだか狐火如き、何を恐れる事がある!」

 「し、しかし!」


 押し留めようとする家臣に構わず、城が良く見える所まで進んだ。

 狼狽える家臣達の中にあって、狐火だ鬼火だと騒いでいる物を見る。

 城下に、青白く光る炎の列が見えた。


 「と、殿!」

 「ええい、狼狽えるでない! あれを良く見よ!」


 言い募る家臣に指し示す。


 「民は全く騒いでおらぬ! それに、城の者も出迎えておるではないか!」

 「え?」


 よくよく見れば、直正が示す先には城下の民が道の両脇に静かに控えており、城門付近には出迎えらしき者達が多数見える。


 「そ、そういえば……」


 腑に落ちたのか、騒いでいた者らは静かになった。

 そして先程までの混乱を恥じたのか、頬を赤くして互いの顔を見合っている。


 「これが成果という事だろうな。」


 直正が誰にともなく呟いた。




 「苦しうない、皆面を上げよ。」


 佐賀に帰還し、旅の疲れが取れた頃、直正は集成館を訪れた。

 建物は今も大急ぎで建設中であったが、ひとまずの形にはなっている。

 逸る気持ちとは裏腹に、集成館への訪問日が延びたのは仕方ない。

 藩の事業ではない集成館なので、特別扱いは出来ないのだ。

 城にてやるべき事をやり、会うべき者に会ってからの、やっとの訪問である。


 「直正様におかれましては、御無事な帰還、何よりでございます。」


 集成館を代表し、麟州が挨拶を述べた。

 麟州(島津斉彬)の母親と直正の母親は姉妹であるので、二人は従兄弟いとこであったりする。


 「堅苦しい挨拶は抜きにして、早速研究の成果を教えてもらおう。まずは城下の灯りからだ!」


 主だった者は江戸の時より見知っているので、ここは一刻も早く成果を知りたい所だ。

 麟州に目で合図され、松陰が進み出る。


 「それにつきましては、僭越ながらこの吉田松陰が説明させて頂きます。」


 まずは頭を下げた。


 「城下でお見せ致しましたのは、石炭を乾留する事により発生する気体を分離し、出てきた可燃性のガスを燃やして灯りとする、瓦斯(がす)灯と呼ばれる物になります。」

 「瓦斯灯……」


 こうして、集成館での研究の成果が発表されていく。

 

 「石炭から出た気体を更に分離し、コールタールを得ました。これを木に塗れば腐るのを防ぎます。船体の表面に塗れば長持ちします。」

 「ほう? それは有益だな。」


 直正は真っ黒でドロドロとした液体が入った桶を手に取った。

 刺激のある臭いを放ち、確かに腐るのを防ぎそうな感じがした。


 「蝋石で作った煉瓦れんがです。蝋石を細かくすり潰し、ごく少量の水で捏ね、型に入れて大きな力で圧した後、乾かして高温で焼き上げました。」

 「石の様に固いな……」


 四角く、石に似た白い塊であった。


 「この煉瓦は高温に耐えますので、新型製鉄炉である丸炉で使えます。丸炉とはたたらを改良した物です。従来であれば三日で炉が壊れてしまうのですが、この蝋石製の煉瓦で作った炉は数倍の期間使えます。」

 「数倍? それは凄いな……」

 「この蝋石を使う様助言してくれたのは副島種臣君です。お褒めの言葉を賜りたく存じます。」

 「良かろう。」

 「副島君、こちらへ。」

 「は、はい!」


 この事は前もって打診してある。

 種臣が緊張しながら進み出た。

 畏まって控える彼に、直正が激励する。


 「この度はよくぞ進言してくれた! 鉄の大量生産は目下の急務である! その方の機転で、この事業は大いに進もう!」

 「み、身に余るお言葉でございます!」

 「これからも、何か思う事があれば、遠慮すること無く申し出る様に。」

 「畏まりました!」


 今日の事は一生忘れないといった顔をして、種臣が下がる。

 松陰が説明を続けた。


 「蝋石製の煉瓦で、丸炉だけでなく反射炉も作る予定となっております。」

 「ヒュウゲニンの書物の炉か?」

 「そうでございます。」


 丸炉で砂鉄から鉄を生成し、溶解炉である反射炉で精錬する。

 丸炉から出てきた鉄をそのまま使っては、含有する炭素が多すぎ(所謂鋳鉄)て大砲には使えない。

 反射炉で炭素を取り除く必要がある。 


 成果の発表はまだまだ続く。


 「鉄砲の模型です。弾は勿論出ませんが、内部に螺旋の溝をきり、引き金を引くと撃針が落ちて雷管を叩く本格仕様となっています。雷管とは未来の弾丸に欠かせない機構で、衝撃を与えると発火する物質とで出来ております。」

 「どうやって弾を込めるのだ?」


 薬莢と弾丸が分離する所まで再現した木製弾丸を手に、直正が尋ねた。

 銃口からは入りそうにない。

 松陰が同じ模型を手にして説明する。


 「この出っ張りを上にすると留めが解除され、出っ張りを後方へ下げる事が出来ます。すると銃身に穴が出てきますので、そこより弾を込めます。前方に押し込む様に装弾して下さい。」

 「成る程、早いな。」

 「装填したら出っ張りを元に戻し、留めます。」

 「よし。」


 回転式ボルトアクション方式である。


 「その段階で撃つ準備は出来ておりますので、狙いを定め、引き金を引いて下さい。」

 「何? 火縄も火打石も必要無いのか?」

 「はい、要りません。」


 そう言われ直正は構え、引き金を引いた。

 カチッという小さな音と共に、微かな衝撃が手に伝わる。


 「何やら音がしたぞ!」

 「雷管を叩いた音にございます。その衝撃で雷管が発火し、中の火薬を燃やして弾を発射します。撃ちましたら先ほどと同じ様にして下さい。」

 

 言われた通りにしようとする。

 けれども、


 「はて? 撃ち終わった弾はどうやって出すのだ?」


 直正が手元を覗き込み、呟いた。

 弾は装填されたままになっている。

 手を突っ込もうにも、狭いので無理そうだ。

 途方に暮れる直正に、申し訳なさそうな顔で松陰が説明する。

 

 「本来であれば取っ手を引いた際、空の薬莢を自動的に排出する様にしたかったのですが、時間が足りずに実装出来ませんでした。申し訳ありません。ですので、これをお使い下さい。」


 そう言って棒を手渡す。 


 「これは刺又さすまたか?」

 「見た目は小さな刺又ですね。それを薬莢の底の窪みに引っかけ、引っ張り出して下さい。」

 「おお、取れた!」


 道具を使えば呆気なく排出出来た。 

 再び弾を装填し、引き金を引く。

 カチリという音を確かめ、留めを解除し、開口部を解放し、弾を排出する。

 何度か繰り返すとすっかり慣れた様で、手早く行えるまでとなった。


 「これは早いな!」


 驚きつつ、一連の動作を繰り返した。


 「これ程とはな。本物に会えるのはいつの予定だ?」


 銃の動きに興奮しきりであった直正が、期待を込めた表情で尋ねた。

 こんな武器が実現すれば、西洋など怖くはない様に思える。

 けれども松陰の顔は淡々としたままで、静かに答えた。 

 

 「まずは衝撃に耐える鉄を作り、雷管と火薬、薬莢、弾丸の開発と共に、内部機構の研究が必要です。ですので、おいそれとは参りません。」

 「そうか……。」


 残念そうに口にした。

 因みに、アームストロング砲の模型は間に合っていない。

 後方から装填する方式であるが、密閉部の構造が分からず、手付かずなのだ。

 流石に松陰も、そこまでの知識は無い。


 それに直正には説明しなかったが、今回の模型を作るに当たり、スプリングなどの小物部品も開発している。

 これだけでも技術的には大きな進歩なのだが、長くなるので省略した。 


 そして、残す所はセメントだけとなった。


 「研究の途中ですが、これはセメントと呼ばれる物です。本来であれば粉です。その粉に砂と小石を混ぜ、水を入れて練るとやがてこの様に固まります。」

 「ふむ、カチカチだな。」


 新平が見つけた物を直正に見せる。

 直正は手に取り、匂いを嗅いだりコツコツと叩いたりして感触を確かめた。

 石と言われても違和感はない。

 これが粉から出来ているなど、凡そ考えられない気がした。


 「これが元は粉だったと申すか? 信じられんぞ!」

 「漆喰の様な物です。」

 「そ、そうなのか?」


 そう言われてみれば、漆喰と同じ様に白い物体である。

 

 「このセメントを作る事が出来ましたら、砂と砂利を混ぜたコンクリートで色々な物を強固に作る事が出来る様になります。」

 「色々な物とは何だ?」

 「まず道路でございますね。」

 「道路?」


 よく意味が分からない。


 「現在の未舗装路では、大雨が降れば泥だらけとなります。コンクリートを路面に敷く事で、雨が降ってもぬかるみません。また、これからの交通網には馬車の活用が欠かせません。馬車の為にも、舗装された路面が必要なのです。」

 「成る程……」


 道路網の整備は、国防上も愁眉の課題である。


 「海路も良いのですが、悪天候でも問題が少ない陸路も整備する必要がございます。薩摩、佐賀、福岡、門司まで舗装された道路を敷けば、九州を縦断するのに馬車で数日となるでしょう。」

 「何?!」


 馬車の為の軸受は既に出来ている。

 お隣、熊本の阿蘇は馬の産地でもある。

 

 「コンクリートの強度を活かせば、大砲の威力にもビクともしない、堅牢な建物を作る事も可能となります。」

 「そ、それは真か?!」

 「間違いありません!」

 「一刻も早く作るべきだぞ!」

 「それはもう、心得ております。目下研究を進めておりますので、暫くお待ち下さい。」

 「う、うむ。研究の途中であったか。急かす訳ではないが、頼むぞ?」

 「畏まりました。」


 大砲を防ぐとあれば、期待しない訳にはいかない。

 西洋の脅威に対抗するには、武器だけではなくて防具も必要となるからだ。

 武器が通じないとなれば、攻める気も起きないだろう。

 長崎警護の任にある佐賀藩としては、大砲だけではなく、砦も重要となる。

 直正はセメントについて考え込んだ。


 「セメントの秘める力は如何でございますか?」


 松陰が問いかける。


 「素晴らしいの一言だな。」


 噛みしめる様に答えた。

 そんな直正に付け加える。


 「そのセメントを発見してくれたのが、江藤新平君でございます!」

 「え?!」


 新平がビックリして声を上げた。

 事前には知らされていなかったのだ。

 自分はただ単に、おかしな物を見つけただけに過ぎないと思っていた。

 褒められる様な事ではないと感じていた。

 だからこの場で自分の名を呼ばれ、尚更驚いたのだ。


 「そうか! こんな幼い者が、我が藩の危機を救うやもしれぬのだな! 礼を言うぞ!」

 「え、え?! も、勿体のうございます!」


 藩主である直正によもや感謝されるとは思わず、新平の頭は真っ白となった。

 慌てて頭を下げるも、その目からは涙が零れていた。

 それを見て、涙腺の緩くなった茂義などは貰い泣きをしている始末。

 そんな一同に、城より火急の報せが届く。


 「殿! 大変でございます! 阿蘭陀の軍艦が長崎に来航しました!」 

ニトログリセリンはいくら何でも早すぎると思いますので、ここでは触れていません。

ボルトアクションとは別に、シングルアクションの拳銃のオモチャも出そうかと思いましたが・・・

あくまで模型です。


9月29日、一部修正しました。

空薬莢の排出に関し、言及しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ