セメント
ちょっと短いです。
「先生、変な物があるんです。」
「変な物?」
帯刀に手を引かれ、松陰は実験炉の近くに来ていた。
炉から出た残骸を仮置きしている場所である。
小五郎、新平もおり、松陰を待っていた様だ。
「これを見て下さい。」
「どれですか?」
帯刀が指し示したのは、炉から出た鉄滓を集めておく場所であった。
実験炉であるので、どちらかというと成功よりも失敗の方が多い。
砂鉄が固まってそれ以上溶けなかったり、木炭が燃え過ぎて炉壁が融着したりといった失敗を経て、様々な残骸が集められていた。
細かく分類すれば再利用も出来るのだろうが、今はその様な時間はない。
野外で一か所に集められ、いずれ使う日が来るまで置いてある。
そんな残骸の山の中、帯刀は灰色がかった物体を指した。
「これは石灰岩の様ですね。」
石灰を炉に入れる試験は何度も行い、失敗を重ね分量のコツは掴んだ。
その為、結構な量の残骸が出ているが、帯刀が言うのはその一部に見えた。
「これがどうかしましたか?」
「いえ、何か変だなぁって新平君が言うのです。」
「新平君が?」
言われて新平を見やる。
「あ、あの……」
言いかけ、躊躇したのかそれきり黙ってしまった。
緊張を解きほぐす様に話しかける。
「何か変だなと思ったら、遠慮せずに言って下さいね。どんな小さな事でも、自分が思う以上に重要な気づきかもしれないですからね! 何だそんな事って誰かに言われたら、それはその方が間違っているのですよ!」
松陰にそう言われ、新平は安心したのか話し始めた。
「前、炉の中の石灰の粉をここに捨てた事があったんです。」
「いつもありがとうね。」
「いえ、当然ですから。それで、今日見てみると、固まってたんです。」
「固まっていた?」
「はい。それがそれです。」
新平はそう言って、石灰岩に見えるそれを叩いた。
松陰も感触を確かめてみる。
まるで石の様に、それは固かった。
「以前は粉であったのに、今日見てみると石の様になっていたのですか?」
「そうです。」
「それは不思議ですね……」
「漆喰かなと思ったんですが、それにしては固いし……」
「成る程……」
貝殻などを焼いて粉にし、水を加えて練ると漆喰となる。
貝殻も石灰も、成分的には同じ物だ。
炉の中で石灰を焼いた訳であるし、野外に置いていたので雨に打たれ、漆喰の様に固まってもおかしくはないだろう。
けれども、それにしては固すぎる様に思われる。
これではまるで……
「こ、これはまさか、セメント?!」
「せめんと、ですか?」
松陰の上げた声に新平がギョッとする。
それに構わず松陰は考え込んだ。
「セメントは確か、漆喰と同じ様に石灰岩を焼いて作った様な……。漆喰と違うのは、混ぜる物が多いんだったか。もしかして、炉の中に既に含まれていた? 新平君が石灰を捨てる時にそれらが混ざり、雨を吸って固まった?」
過程を推察する。
「新平君!」
「な、なんでしょう?」
突然名を呼ばれ、新平は慌てて応えた。
「この石灰は、どの炉から出たのか覚えていますか?」
「は、はい! 蝋石の炉ではなくて、粘土で作った煉瓦の炉です!」
「ありがとう!」
「い、いえ……」
松陰に礼を言われ、頬を赤くして照れた。
しかし松陰は脇目も振らず、考え込んでいる。
「石灰はカルシウムとして、粘土だからケイ素、アルミナかな? そして砂鉄の鉄、か……」
炉の中にあった物質を絞り込んでみる。
偶然ではあったが、ポルトランド・セメントの成分と似ていた。
そして作り方に思いを巡らせる。
「それぞれを焼成する必要があるのか? それとも、混ぜ合わせて焼くのか? 割合は? 温度は? 混ぜ方とか、混ぜる順番とかあるのか?」
セメントの作り方など松陰は知らない。
けれども、ここに現物があるのだから、同じ様な操作を再現出来れば作れるであろう。
これまで同様、実験は丸投げだが。
「新平君、よく見つけてくれました! これは大発見ですよ!」
「本当ですか?!」
「ええ、本当です!」
見つけた新平を褒めた。
「セメントは、これからの建築物を作るのに欠かせない物なのです!」
その意義を力説する。
セメントと砂と砂利を混ぜ、水で練ればコンクリートである。
「セメントがあれば、鉄筋コンクリート製の頑丈な建物が作れます!」
「てっきんこんくりーと?」
「ええ! 鉄筋を……あ!」
松陰は説明している最中に気づいてしまう。
「鉄筋がないんだった……」
コンクリートは頑丈な建材であるが、鉄筋が中に入っていないと剛性に劣る。
ねじれなどの力に対し、弱いのだ。
「そうでした! 鉄が無いのでした!」
無念そうに叫ぶ。
今、実験しているのは、その鉄を作る方法である。
そんな松陰に帯刀が尋ねた。
「先生、この固まった物で建物を作るのですか?」
「そうですよ。鉄の棒で骨組みを作り、板で枠を作って、そこにコンクリートを流し込むのです。」
地面に絵を描いて説明した。
絵心の無い松陰であるが、勝手を知った帯刀には問題なく伝わる。
「板で枠を作る所は違いますが、土壁と似ていますね。土壁ですと、竹を編みますが……」
「そうですね。コンクリートは緩いので、枠が無いと壁が作れません。」
セメントでブロックを作り、煉瓦の様に積み上げて壁を作る方法もある。
けれども、地震の多い日本では危険な方法だ。
小五郎が質問する。
「先生、鉄でなければ駄目なのですか?」
「え?」
言われてハッとする。
「そう言えばそうですね。鉄筋コンクリートだから鉄だと思っていたのですが、鉄じゃなくてもいいのかな?」
「竹では駄目なのですか?」
「うーむ、それはやってみないと分かりませんね……」
鉄筋コンクリートならぬ竹筋コンクリート。
実は戦時中の鉄資材不足の折、その可能性を研究されていたりする。
結果は、用途を限れば十分使用に耐えるモノであったらしい。
「兎にも角にも、セメントを作れない事には始まりませんからね。」
皆で頷いた。
「小僧! ここにおったのか!」
茂義がやって来た。
松陰を探していた様だ。
「茂義様、聞いて下さい! 新平君が大発見をしましたよ!」
「何?!」
西洋でポルトランド・セメントが特許化されてより、20年後の事である。
石灰岩、粘土、鉄に加えて石膏も必要な様ですが・・・




