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大砲、鉄砲、規格化

 寒さが増してきた佐賀平野に一発の銃声が響いた。

 稲刈りの終わった田で羽を休めていた野鳥達が、その音に驚いて一斉に飛び立つ。


 「では、お願いします!」


 空を飛ぶ鳥達の下、松陰が大きな掛け声と共に、手に持った旗を上げた。

 その合図に、待機していた男達が一斉に動く。

 手には筆と墨壺があり、空いた穴の周りを墨で丸くしるしする。

 それが済むや紙切れに糊を付け、塞いだ。

 全員がそれを終え、退避した所で合図を返す。


 「終わった様です。茂義様、次をどうぞ!」

 「分かった! いくぞ!」


 茂義が手に持っていた紐を引っ張る。

 すると、耳をつんざく銃声が轟いた。


 「お願いします!」


 再び合図し、男達は同じ動きを繰り返す。

 暫くの間それが続いた。


 「成る程、この様にすれば弾の軌道が分かるのだな。」


 集められ、番号通りに並べられた紙を見て、茂義が呟く。

 茂義から向かって右端の紙には一と大きく書かれてあり、左端が十であった。

 それらは無数に小さな丸印が描かれた、白い大きな襖である。

 丸印にも番号が打たれてあり、右から左に視線を向ければ、同じ番号の丸印の位置が、どのように変化しているのかが一目で分かった。


 「紙の抵抗があるので厳密な軌道ではないでしょうが、大体この様な事になると思います。」


 松陰が応える。

 それは鉄砲の弾の軌道を計測する実験であった。

 木の枠に張り付けた障子紙を3メートルおきに立て、動かない様に堅く固定された鉄砲から、一番目の紙に描かれた的目掛けて弾を発射する。

 空いた穴に墨で印と番号をつけ、穴を塞ぎ、再び撃つのだ。

 そうすると、印の番号を追えば、発射された弾がどんな弾道を描いたのか知る事が出来る。


 「古い種子島は動きが不規則ですな。それにひきかえ、茂義様が作られた新しい鉄砲は概ね真っすぐに飛んで、徐々に落ちていっておるのですか。」


 秋帆が感想を述べた。

 彼の言う通り、古い鉄砲から発射された弾は動きがやや不規則で、紙のあちこちに印がばらけている。

 対して新しい鉄砲の方は印自体がまとまっており、その後の弾の動きも概ね同じ様に下方向に落ちている。

 その違いは一目瞭然であった。


 「銃身の内部に螺旋の溝を切る事によって、弾が回転しながら進むのです。弾の形状と併せ、それがまっすぐに飛ぶ理由です。」


 松陰が解説した。

 

 「つまり、大砲も同じ様にすれば、もっと遠くに、真っすぐに飛ぶという訳ですか……」

 「そういう事です。」


 秋帆の言葉に頷いてみせる。

 けれども、言うは易く行うは難し。

 

 「鉄砲くらいなら“中ぐり”出来ますが、鉄の大砲となると難しいですね……」


 秋帆の顔は渋い。

 堅い鉄をくりぬくのは容易な事ではない。

 彼がこれまで作ってきたのは、鉄よりは柔らかい青銅製の大砲しかないのだ。


 「道具もありませんしね!」


 思案顔の秋帆に松陰が言葉を添える。

 そうなのだ。

 道具が無いのだから話にならない。

 しかし、待ってましたとばかりに儀右衛門が応えた。


 「某の役目という訳ったいね!」

 「そういう事です。嘉蔵さんも宜しくお願いします!」

 「分かっておりやす。」


 困った時の儀右衛門嘉蔵頼みは健在で、今回もまた、彼らの活躍に期する事大である。


 「でもよ、肝心の鉄はまだ炉すら出来てねぇんだぜ?」


 庄吉がつっこんだ。

 丸炉は仮組が済み、仔細を点検している最中である。

 鉄を焼くのはまだまだ先の話だ。


 「ですので、今は木を使い、必要な道具を考えるのが良いのではないでしょうか?」

 「木、ですか?」

 「はい。鉄が用意出来、必要な道具が出来るまでは木で練習するのが宜しいかと存じます。大砲、鉄砲共に木製の模型を作って、どんな構造となるのかを予め知るのが重要かと。」

 「そう、ですね。青銅で試してみたい気もしますが……」

 「それは是非ともお願いします!」


 秋帆は納得した。

 鉄と木では勝手が違うだろうが、固さの違いでしかないと考えればやる事は同じであろう。

 遠回りに見えて、それが一番早いのかもしれないと思った。

 そして青銅で確かめてみる。

 鉄よりは柔らかい青銅ではあるが、実用上そこまで問題はない筈である。

 そんな秋帆に松陰が笑顔で告げる。


 「では大砲の目標はアームストロング砲、鉄砲は三八式歩兵銃という事でお願いします!」

 「は?」


 聞いた事の無い単語に、秋帆の眉が動く。

 松陰は得意げに述べた。


 「アームストロング砲とは西洋の最新式の大砲で、砲身内部に螺旋の溝が切ってあり、後方から弾頭と火薬が一体化した弾を装填し、発射する大砲です!」

 「後方? 弾頭と火薬が一体化?」

 「そうです! 三八式歩兵銃は、これまた弾頭と火薬が一体化した弾丸を、連続して発射出来る鉄砲です!」

 「連続……」


 想像を超えた武器に秋帆の頭はクラクラした。

 鉄製大砲の製造すらままならないのに、余りに飛躍している。

 儀右衛門と嘉蔵は、そんな秋帆を苦笑いで見つめる。

 可哀そうにと思ったのだろうか。

 松陰の無茶振りはいつもの事だが、こればかりは度が過ぎている様に思われた。

 儀右衛門らの心を読んだ訳ではないのだろうが、松陰は言葉を続けた。


 「ご心配なさらず! これはあくまで遠い先の目標です! まずは先込め式から始めて参りましょう!」

 「は、はぁ。」


 そう返事はするものの、秋帆の顔から憂いは晴れない。

 余りに遠い目標を設定され気落ちする秋帆に構わず、松陰は言った。


 「弾頭と火薬の一体化でございますが、紙で火薬を包み、蝋で固めただけでは足りません。」


 茂義は銃身内部のライフリング(螺旋に溝を切る事)と共に、弾丸と火薬を紙で包み、一体化している。

 それだけでも大幅な装填時間の短縮になっているが、それはあくまで今の段階では、という事に過ぎない。


 「目指すは金属で火薬を包み、火縄も火打石も使わない、雨といった天候にも左右されずに弾を発射出来る銃です!」


 松陰は図で皆に説明した。

 目指す目標は記憶にある前世の銃なので、それは明確であった。

 時代的には何世代も飛び越えた代物であるが、基本的な機構は大きくは変わらない。

 しかし、それには欠かせないモノがある。


 「弾頭と薬莢の一体化には雷管が必要です。茂義様?」

 「おう! 儂に任せておけ!」


 問われた茂義が即座に応えた。

 松陰の書いた本によって、雷管の知識は既に持っている。

 

 「雷管を作るには衝撃で発火する物質が必要です。ですが、残念ながら私も良くは知りません!」

 「なんじゃ、知らんのか?!」


 思わずずっこけた。

 松陰に会ったら是非とも聞かねばならないと思っていた技術であるだけに、その事実にがっくりとしてしまう。 

 しかし、肩を落とした茂義を励ます様に言った。


 「大丈夫です! 西洋では既に研究されている筈です! イギリス商人の方に本を頼んでおりますので、数年後には届く筈です!」

 「おぉ!」


 エドワードが来るのはいつの日か?

 

 「そしてこの際、規格化を進めましょう!」

 「規格化とは何だ?」

 

 茂義が尋ねた。


 「規格化とは、常に同じ品を作る為の基準作りです!」

 「同じ品?」

 「はい。例を挙げて説明しますと、茂義様の作った鉄砲です。」


 そう言って松陰は新型の鉄砲を見せた。


 「例えばこれを百丁、弾丸を千発作ったとします。」

 「うむ。」

 「弾丸はどの鉄砲でも使えますか?」

 「……いや、それは無理だな。それぞれの筒に合った弾でないと入らんぞ。」


 茂義が松陰の問いかけを否定した。

 錬鉄の板を丸く叩いて筒にしたモノが銃身であるから、一つ一つの大きさが微妙に違う。

 使う鉄砲の筒の大きさに合った弾を使わないと、大きすぎれば先から装填出来ないし、小さすぎれば発射時にガスが漏れて威力が落ちる。

 従って、茂義の作った鉄砲にはそれ専用の弾があった。


 「そんな事ではいざと言う時に対応出来ません!」

 「むむ……」


 松陰にそう言われ、茂義は言葉を詰まらせた。

 それは事実であるからだ。

 

 「また、銃身はここ佐賀で、木製の部品は別の所で、他の部品を国友で作ったとします。それらを持ち寄り、すぐに一つの鉄砲に仕上げられるでしょうか?」

 「……」


 この質問にも答えられない。

 不可能である事が分かっている。


 「つまり、それを可能にする為の方策が規格化でございます。部品の形や寸法を定め、それに合致した物しか出荷させない。日の本のどこで作った部品であれ、組み合わせれば同じ物が出来上がるのが、規格化の目的でございます!」

 「成る程……」


 そしてそれを成し遂げる為には、ある事が必要である。


 「規格化を推し進めるには、まず統一した規格を定めなければなりません。長さ、重さを統一し、同じ物は誰が測っても、どこで測っても同じでなければなりません。」

 「まあ、そうだろうな。」

 「同じ品を作るには道具の規格化も必要です。」

 「道具だと?」

 「そうです。鉄に同じ大きさの穴を掘るには、同じ寸法のきりが必要になるでしょう。」

 「そういう事か!」


 製品の規格化を進めるには、まず道具の規格化を実現せねばならないだろう。

 熟練した職人の手にかかれば、バラバラの道具でも規格化は成し遂げられるだろうが、大量生産ではそうはいかない。

 家内工業的なハンドメイドで製品の精密さを出す様な、そんな暇はないのだ。

 目指すは近代的な工業製品である。

 

 「規格化は、日の本全体で進めなければ意味がありません!」

 「つまり、儂の出番という事か!」

 「そういう事でございます。堀田様、宜しくお願い致します!」

 「任せよ!」


 旧日本軍も苦労した失敗を回避する為、製品の規格化を目指す松陰。

 しかし、諸藩に分かれている現状、藩を超えた意識改革は困難である。

 

 「して、如何様にするのだ?」


 皆目見当がつかず、どうするのか正睦が尋ねた。


 「ひとまずはこの軸受で、規格の概念を広めましょう!」

 「ほう?」


 松陰が選んだのは開発済みの軸受であった。


 「軸受の径を定めれば、軸の太さもそれに合わせて調整されるでしょう!」

 「うむ。」


 軸の太さに合わせて軸受を作るのは容易ではない。

 それよりも軸受を規格化すれば、それに合わせた軸を作るだけである。

 以降、幕府の命により軸受の大きさが定められ、日本全国の大八車の車輪の太さは、軸受の種類に合わせた物へと収束していく事となる。

 それにより、規格の統一の重要性と便利さが認識され、あらゆる物へと応用が為されていく事に繋がってゆく。

 しかしそれは、数年で達成される様な事ではない。

アームストロング砲、三八式歩兵銃は先に行きすぎですが、今は木製の模型を作るだけですのでご容赦下さい。

ボルトアクションのライフルくらいなら、松陰が中身の機構を詳しく知らなくても、こんな感じでお願いしますと儀右衛門に任せれば、再現してしまいそうです。

あくまで模型の話です。


残りは化学、石炭に言及し、年を越したいと思います。

今は一応1844年ですが、来年45年に佐賀藩主直正が帰ってくる設定とします。

史実では44年に帰ってきている様です。

また、44年はオランダから開国を勧告する使節がやってきているのですが、都合上45年にずらします。

ご容赦下さいますよう、お願い致します。


9月7日、修正しました。

秋帆は木製の模型だけでなく、青銅製の大砲にも手をつけてもらう事にしました。

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