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集い来る者達

 「江藤新平です……」

 「私は副島種臣そえじまたねおみと申します。お見知りおきを。」 


 揃って頭を下げる少年らを前に、松陰は畏まっていた。


 「がははっ! どうだ、小僧! 我が藩とて人がおらん訳ではないのだぞ?」


 どうだとばかりに茂義が言った。

 薩摩藩に負ける訳にはいかないと、松陰らと同じ様な歳の少年を集めてきたのだ。

 勿論、目についた少年をただ集めてきた訳ではない。

 才有りとして将来を期待される者ら限定である。


 対する松陰は感慨深く、目の前の少年達を眺めた。

 江藤新平、副島種臣といえば、佐賀藩の七賢人として有名な人物である。

 年齢的には新平が四つ下、種臣が二つ上で、ほぼ同年代だ。

 茂義の手前もあってか、カチコチに緊張している二人に親近感が湧いた。

 頭を下げて挨拶する。


 「ようこそおいで下さいました。私は吉田松陰と申します。心より歓迎致しますが、この集成館に来られた方には、注意して頂きたい事がございます。」

 「それは一体何でしょう?」

 

 種臣が尋ねた。


 「ここで教鞭を取られる方の中には、侍でない方もございます。その方々に頭を下げられない人はここに相応しくないので、お帰り頂く事となります。それだけはご注意下さい。」

 「貴方はあのお話通りの方なのですね。それは重々承知しておりますので、何の問題もありません。」

 「ありません!」


 揃って答えた。

 そして二人に続き、続々と有志の者らが集まってくる事となる。 




 「先生!」

 「小五郎君?! どうして君が?!」

 「清風様に命じられて参りました!」


 驚く松陰の前には、頬を紅潮させた桂小五郎が立っていた。


 「何でも、薩摩に負ける訳にはいかないとの事です。」

 「我が藩もそうなのですか……」


 がっくりと肩を落としてしまう。

 張り合う気持ちも分からないでもなかったが、余りに大人げないのではないかと思った。

 彼らの将来性は確かであるし、ここで鍛えておけばという思いもあったが、小五郎11歳、新平10歳、帯刀は9歳である。

 家族と離れて暮らす事への申し訳なさがあった。 


 「小五郎君は、この佐賀に来る事に不満はないのですか? ご家族とは気軽には会えないのですよ?」


 台湾へ行ったり江戸に出たりと、家族に心配ばかりかけている事が気掛かりな松陰である。

 他の者にはなるべくそういう思いはして欲しくない。


 「不満なんてないですよ! 国の為にその身を投げうつ先生を思えば、私の事情は小さな事です!」

 「ええ子やのう……」


 思わず涙腺が緩みそうになる。

 そんな松陰に小五郎が告げた。 


 「そして先生! 先生のご家族もお連れしております!」

 「え?」


 家族と聞いて驚く。

 お役目中となれば、謹厳実直な百合之介がそれを許すなど考えられない。


 「松陰さん……」

 「吉乃さん?!」

 

 潤む様な目をして、一心に松陰を見つめる吉乃がいた。

 簡素な旅装束に身を包んでいるものの、匂い立つ色香は覆い隠せそうもない。

 どんな朴念仁でも一目で惚れる様な、そんな雰囲気を纏っていた。

 吉乃が現れ、居合わせた男共は皆息を呑む。

 

 「どうして吉乃さんが? 私はお役目中なのに……」


 今すぐ駆け寄って抱きしめたい衝動を必死に抑え、松陰が吉乃に尋ねた。


 「村田様が……」


 ようやく会えた嬉しさからか、吉乃も声にならない。

 小五郎が慮って説明する。


 「清風様が百合之介様にお話し下さいました。先生はお役目中ではないので、家の者が会いに行っても構わぬだろうと。」

 「お役目中ではない?」

 「はい。これはあくまで私事だそうです。」

 「そう、ですか……」


 清風の心遣いに感謝し、吉乃に向き合う。

 吉乃の目は松陰しか見ていなかった。

 ニッコリと笑いかけ、受ける吉乃の顔から零れる様な笑顔が咲いた。


 「わっちは幸せなんし。焦がれる人の下へ、この足で行けるのでござんすから……」

 「吉乃さん……」

 

 二人の世界に入ってしまった。

 周りには怨嗟が満ちる。


 「小僧めぇ、羨ましい奴だ!」

 「これ程の娘だったとは……」

 「俺っちの家族も一緒だが、誰も気づいてねぇし……」


 茂義らが呻いた。

 庄吉や儀右衛門、嘉蔵らの家族も来ているのだが、霞んでしまっている。

 

 「小僧! 貴様、腑抜けておるぞ!」


 いつまでも嫁と見つめ合ったままの松陰に業を煮やし、茂義が盛大にその背中を叩いた。


 「す、すみません!」


 突然の痛みに正気を取り戻し、慌てて謝る。


 「聞けば夫婦になったばかりだったそうだな?」

 「は、はい!」


 途端に恥ずかしさが襲い、顔を真っ赤に染めながら答えた。


 「ならば今日はこれで仕舞だ! 今から存分に嫁との再会を祝うが良い!」

 「え?」

 「今の貴様は使い物にならぬ! 明日までに気を入れなおして参れ!」

 「は、はい!」


 茂義に追い立てられ、松陰は吉乃を連れそそくさと部屋を後にした。

 残された者の顔には、次の時代への感慨が浮かぶ。


 「小僧とばかり思っておったが、案外やる事はやっておる様だな。」

 「生まれ来る子らに繋ぐ未来を、我らが今作らねばならない訳か……」


 それは営々たる人の営み。

 きたるべき将来の為に、今出来る事を為す。

 この集成館の成功を、改めて誓う麟州らであった。


 翌日、さっぱりとした顔の松陰を意地悪気に囲み、囃し立てる彼らがいた。




 「幕府御目付役として参りました、小栗忠順おぐりただまさです。」


 思ってもみなかった人物の登場である。


 「幕府御目付とは何だ?」


 茂義が尋ねる。


 「老中首座土井様から預かりましたお手紙です。」


 忠順が懐から手紙を出し、茂義に渡す。

 そこには集成館の設置と各種許可状と引き替えに、幕府方の御目付役を置くべしとの指示が書かれていた。


 「成る程。御公儀が放って見ておく訳もありませんしね。」


 松陰が嘆息する。

 いくら幕閣らが集成館の趣旨を理解してくれていても、幕府の権威を守る為には好き放題な事をされても困るだろう。

 御目付役くらいで済むなら安いモノだ。

 しかし、


 「それはそれとして、ここにいてはいけない方がいる様ですが……」


 幕府より遣わされた者の中に、松陰の良く知る人物が混じっていた。

 けれども、その者がここにいるのは相応しくない。


 「何だと? 誰だそれは?」


 間髪入れずに声が上がる。


 「誰だ、ではございません! 堀田様、貴方様でございますよ!」

 「何を言う! 幕府御目付の大役など、この儂以外に務まるものか!」


 誰あろう、佐倉藩主にして老中の堀田正睦まさよしであった。


 「老中の職務は宜しいのですか?」

 「構わぬ! 今はこの集成館の成否こそ、我が国にとっての重大事である!」


 正睦が強い決意を思わせる表情で断言した。


 「建て前は置いておいて、その心は?」

 「儂も混ぜぬか!」

 「ですよねぇ」


 蘭癖として名高い正睦にとっては、集成館の事業はその職務を放棄しても参加したいモノであった。

 ため息ばかりついて仕事にならない正睦に痺れを切らし、そんなに行きたいなら思う存分行ってこいとばかりに、お役目として仰せつかったのである。

 嬉々として、出発の日まで仕事にならなかった事も付け加えておかねばなるまい。




 「御免!」

 「小楠先生?」

 「久しぶりだな。国元でここの話を聞き、これは是非とも加えて貰わねばなるまいとやって来た次第。」


 肥後熊本藩士横井小楠の登場である。

 彦根からの帰り、嵐を避けて立ち寄った宇和島で知り合った。

 熊本の自宅で私塾を開いていたのだが、集成館の話を耳にし、参加を思い立ったらしい。

 塾生の数名も連れてきていた。

 それとは別に、同じ熊本から来ていた男がいた。


 「宮部鼎蔵ていぞうと申す。」

 「あなたは……」

 「何かな?」

 「いえ、何でもありません……」


 宮部鼎蔵。

 吉田松陰と親交を結び、行動を共にした人物である。

 彼もまた、ここの事を聞き及び、参加を希望した。


 そして最後に。 


 「息災であったか?」

 「直亮なおあき様!」


 彦根藩井伊家の前藩主、井伊直亮その人であった。

 江戸で別れてよりこの方、彦根藩から身を引く為の根回しを続け、ようやく来る事が出来たのだ。

 その顔には爽やかな笑みが浮かんでおり、心中を表している様であった。


 「お待ちしておりました!」

 「ふっ。この歳になって家を捨て、この様に晴れやかな気分になろうとはな。」


 しがらみが無くなったと言えば聞こえは良いが、先祖累代の墓に入る事も許されない身となった。

 けれども、いささかの後悔も感じられない。


 「直亮様は」

 「その名は捨てた。」


 松陰の言葉を遮り、言う。


 「では、何とお呼びすれば宜しいのですか?」

 「一貫斎にあやかり、次貫斎とでも呼んでくれ。一貫斎には及ばずとも、その次を担うくらいの活躍はしてみせよう。」

 「わかりました、次貫斎様。」

 「蒸気船、蒸気機関は儂に任せるが良い。」

 「はい! お願い致します!」


 江戸に置いてきた、一貫斎お手製の蒸気船。

 ここではそれを上回る物を作らねばならない。

 迫りくる開国に向け、残された時間は少ない。

 のしかかる重圧にも拘わらず、二人の表情に暗いモノはなかった。

 必ず成し遂げるという固い決意と、どこからか湧いてくる成功の予感を感じていたのかもしれない。 


 こうして、集まりくる人々を吸収し、集成館事業は進む。

小松帯刀は若過ぎですね。

よくも台湾に連れて行ったものです。


本当であれば中堅どころを集めたかったのですが、人材がよく分かりませんでした。

幕末の有名どころはこの時期に生まれているか、もう少し後なので・・・

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