製鉄事始め
「では庄吉先生、宜しくお願い致します。」
「いや、先生って何だよ?」
「たたらの事をご存知なのは庄吉さんだけですから、それを教える庄吉さんは先生で当然なのでは?」
「俺はただのたたら師だっつーの!」
庄吉が吼えた。
武雄、茂義の屋敷に松陰らはいる。
集成館事業は佐賀藩士らの全面的な支援の下で進められる事となったが、どれだけ頑張った所で建物がすぐに建つ訳ではない。
暫くの間は茂義の屋敷で厄介となり、開校の準備をする事となった。
何はともあれ、製鉄技術の改良は目下の最優先事項である。
庄吉の知識を共有し、連続操業に失敗した原因を探り、次の一手を考えるのだ。
現代知識のある松陰とはいえ、製鉄に関して専門的なモノがある訳ではない。
漠然とした知識を披露しても仕方がないので、専門家である庄吉に頑張ってもらい、技術改良のヒントとなればと考えていた。
「仕方ない人ですねぇ。まあ、人に教えるなんて、初めてでは難しいかもしれないか……。技は見て盗め、な世界で育ってきたのでしょうし……」
「そうだぜ! 俺も教えてもらった事なんてねぇよ!」
松陰の言葉に庄吉は勢い込んで応えた。
たたらの全ては体に染み込んでいるが、それを言葉で表現する事には戸惑ってしまう。
「けれども、それじゃあ駄目なのです。見て学ぶのでは遅すぎますから。」
「そりゃあ、言いたい事は分かるけどよ……」
技は見て盗めは、ある面では真理であろうか。
砂鉄が溶ける温度、炉内の状態は炎の色で判断する。
観測機器の無い当時、それは見て覚えるしかないからだ。
「うーむ、では、私が色々とお尋ねしますから、知っている範囲でいいのでお答え下さい。」
「それならいいぜ!」
松陰の提言に庄吉は喜んだ。
「では、たたらの概要を細かい事はいいので教えて下さい。何を準備して、何をやるのか、ですね。」
「分かった。じゃあ、まずは一代が終わった時からだな……」
庄吉がたたら製鉄の作業を話し始めた。
「とまあ、そんな感じだな。」
「成る程。では、たたらで大事なのは何ですか?」
説明を終えた庄吉に松陰が尋ねた。
作業の概要は分かったので、これからはその詳細を検証する。
「まずは何といっても砂鉄の質だな。」
「当然でしょうね。」
「次に炉を築く粘土、炉の構造、送風、そして炭。まずはそんな所かなぁ。」
「どれも大切そうですね。そういえば、どうしてたたらって、奥出雲とか特定の地域でしか行われていないのですか?」
ふと疑問に思い、聞く。
「そりゃあ簡単だ。砂鉄を採るにも採算ってもんがあるからな。」
「どういう事です?」
「いや、砂鉄は鉄穴流しで採るんだけどよ、山を崩して出てくる砂鉄が少なかったら商売にならねぇんだ。」
「どうしてです?」
「人を雇ってんだぜ? 苦労して山を崩したのに、てんで砂鉄が採れなかったらおまんまの食い上げじゃねぇかよ。」
当時の製鉄でも、採算が取れるかどうかは大事な線引きであった様だ。
「つまり、たたらが行われている所は砂鉄が良く採れるという訳ですか?」
「まあ、そういうこったな。」
奥出雲など、たたら製鉄が行われていた地域の土壌は花崗岩が母材である。
花崗岩は微量の酸化鉄を含む。
それを取り出すのが鉄穴流しなのだが、土砂に含まれる砂鉄が少なければ、その山での砂鉄採取は中止される程に採算の計算は厳しかった様だ。
土砂が含有する砂鉄の量は地域差が大きく、それが特定の地域でしかたたらが行われなかった理由の一つである。
「成る程、儲からない所ではやらないという訳ですね。」
「当たりめぇだな。」
しかも、鉄は再生出来る。
屑鉄が効率良く集められれば、たたら製鉄は経済的に太刀打ち出来なかったそうだ。
屑鉄は鉄の消費地で発生する。
たたら製鉄では原材料を調達するコスト、人件費、製品の運賃までも含めて商売を行わねばならない。
屑鉄の供給量が増えれば、たたらは窮地に立たされるのだ。
「ふうむ、たたらにもその様な苦労があったとはな。」
「儲からなければ、商売は続かないという訳か……」
茂義と麟州も思案顔である。
産業を持続的に発展させていくには、採算こそ真っ先に考えねばならない事だろう。
そんな二人に松陰が言う。
「でもまあ、今は採算を考える必要はございませんよ。ここでは新しい製鉄法を見つけ出すのが目的ですから。そうでなければ何も始まりませんし……」
「まあ、そういう事か。」
「妥当、であるな。」
新しい技術も、経済性に優れていなければ普及はしない。
とはいえ、その技術が見つからなければ話にならないだろう。
「庄吉先生のお話を伺っていて、いくつか思いついた事がございます。」
「背中が痒くなるから先生なんて止めてくれよ!」
庄吉の異議を無視し、松陰は続けた。
「たたらで大事なのは一に砂鉄、二に粘土、三に風、四に炭という事でした。庄吉先生の度重なる失敗の話から察するに、真っ先に手を付けるべき点は粘土と風だと思われますが、如何でございましょう?」
茂義と麟州に問う。
砂鉄を鉄鉱石に、炭を石炭に変える事が最終的な目標であるが、今はまだその時期ではない。
一足飛びに進んでは、思わぬ所でつまづく可能性があろう。
「うぅむ、小僧の言う通りだな。砂鉄と炭には手を出す事がなさそうだ。」
「妥当だろう。」
他に考えも思い浮かばない。
まずはその方向で進める事が決まった。
「だが、具体的にはどうするつもりだ、小僧?」
茂義が松陰に尋ねた。
現代の知恵から得た思い付きを述べる。
「庄吉先生が失敗したのは、途中で炉が壊れたから、ですよね?」
「ああ。」
その話は何度もしてある。
「多分でございますが、高温に耐える粘土が必要なのでございましょう?」
「まあ、それはそうだと思うぜ。」
「それなら我が藩には伊万里があるぞ!」
茂義が口にする。
高温に耐える粘土と言えば、焼き物が真っ先に思い浮かぶだろう。
松陰は頷き、話を進めた。
「各地の様々な粘土を集め、試しましょう。西洋では煉瓦を使って炉を作っている筈でございます。煉瓦で小さな炉を作り、鞴で風を送り、鉄を作れるのか探るのです。」
「おう!」
製鉄の世界では、小さく生んで大きく育てるという言葉がある。
最初から大きい事に挑んでは、失敗した時の損失がでかい。
一回の失敗で、計画自体が頓挫する事にもなりかねない。
それよりは粘土の適性をまずは確かめ、様々な試験に合格して初めて本格的な炉を建設するくらいで丁度良いだろう。
「次に、炉の形を丸くします。」
「何?! 丸く、だと?!」
「そうでございます。構造として、丸の方が四角より強いのでございます。」
「本当かよ?!」
庄吉が声を荒げた。
冷静に答える。
「桶や樽を見て下さい。全て丸い形でございましょう? 昔の人は、経験から丸が一番強いと知っていたのです。」
「そ、そういえばそうだな!」
桶や樽には補強として箍を嵌める。
これで強固な構造体が出来上がるのだが、四角ではその効果は薄い。
これだけでも大きな違いがあろうか。
「ところで皆さんは、煙突効果をご存知ですか?」
「煙突効果?」
煙突効果を利用した技術に焼杉板がある。
そのやり方はこうである。
まず長い杉板三枚を三角形に固定し、煙突を作る。
片方の端を火にかざしで火をつける。
火が付いた方を下にして立てる。
すると上昇気流が発生し、瞬く間に煙突の内側を真っ黒に焼き上げるのだ。
この時、外部から煙突の中に入り込む空気の量は増大する。
「たたらの炉には煙突がありません。炉の上部に長い煙突を作れば、上昇気流が発生して空気の入る量が増え、火力が上がる筈でございます。」
「ほ、本当かよ?!」
たたらであれ現代高炉であれ、炉の中には空気を送り込む必要がある。
煙突効果が発生すれば、その勢いを強める事になるのだ。
「更に言えば、炉に送り込む空気を予め熱するべきだと思います。冷たい空気は折角熱くなった鉄を冷ますでしょうから。」
「な、成る程!」
幸い、空気を予熱する熱源は製鉄では困らない。
その工夫だけでも効率は上がるだろう。
「私が気づいたのはそれくらいでございます。」
松陰がその思い付きを述べ終えた。
茂義らはすぐに応える。
「儂は藩内から、焼き物に使う粘土を集めさせよう!」
「余は、れんがなる物を作る準備をしよう。」
「じゃあ俺は、砂鉄や炭なんかを集めねぇと!」
「松陰先生、私は何をしたら良いでしょう?」
帯刀が困ったという顔で松陰を見つめた。
「帯刀君は私と共に庄吉先生のお話を纏め、鉄を作る本を書きましょうか。」
「はい!」
こうして製鉄を巡る研究が始まりを告げた。
後日、伊万里、有田、唐津といった有名な焼き物の産地から続々と粘土が届き、庄吉が他の材料を集めてくる。
製鉄の材料が概ね集まり、いざ試験開始となった頃、思ってもいない事が起きた。
煉瓦が上手く作れないのだ。
粘土をこねて形にしても、焼けばひび割れ歪んでしまう。
上手く焼けたと思っても、ちょっとの衝撃で割れてしまうくらいに脆い。
「粘土を四角くして焼くだけと思っておったが、中々に難しいな……」
「まるで大砲の様でございますよ……」
麟州、秋帆が眉の間に皺を寄せ、呟いた。
高名な焼き物師を呼んで作らせもしたが、焼きあがれば大きさが不揃いとなってしまう。
構造物を作る煉瓦であるので、規格が揃わねば致命的である。
「煉瓦から始めないといけないのですね……」
技術を進める事の難しさに、思わず松陰は天を仰いだ。
鉄を焼く前に、まずは煉瓦を焼かねばならないとは。
「こんな時に儀右衛門さん、嘉蔵さんがいれば……」
困った時の儀右衛門頼みで、これまでの難局を乗り切ってきた。
新しい製鉄法を探るという今、儀右衛門、嘉蔵がいないのは非常に心許ない。
いかにこれまでその存在に助けられていたのか、改めて再確認した松陰である。
「先生、どうなさいますか?」
帯刀が不安げな表情で口にした。
出だしから躓けば、そう感じるのも無理はない。
台湾とは違い、頼りになる仲間はいないのだから。
そんな帯刀の顔にハッとする松陰。
「これは私としたことが! いない人を望んでも仕方ありません! 今この場にいる人で、出来る事をやらねば!」
初めて挑戦する事が、初めから上手くいくなどあり得ないだろう。
弱気になった心を奮い立たせ、松陰は気持ちを切り替えた。
「こんな事で諦めていては、儀右衛門さんらに笑われてしまうでしょう!」
「松陰さんならそうったいね!」
「でやすね。」
「え?」
空耳かと松陰は振り返った。
その存在を心より願った者らの声であったからだ。
「儀右衛門さん? 嘉蔵さん?」
「お待たせしましたとです。」
「軸受の伝授に、意外に手間取りました……」
そこには稀代の名工からくり儀右衛門と、彼に勝るとも劣らない技術を持った嘉蔵の二人が立っていた。
松陰らに感動の再会などはない。
あるのは、目の前の問題を解決する為の行動だけである。
「早速ですが、お二人には煉瓦を作ってもらいたいのです!」
「鉄を焼く為の炉にするったいね?」
「その通りです!」
「出来た煉瓦は崩れたり歪んだり、ひび割れたりでやすか……」
二人は焼きあがった煉瓦を手に取り確かめた。
「どうしたらいいのでしょう?」
「この煉瓦の作り方はどうなっとぉと?」
「普通に粘土をこね、焼いただけです。」
「それでは弱いという事ったいね。」
「木製の軸受と同じで、焼く前に圧を加えて固めれば良いんでは?」
「そうか!」
嘉蔵の指摘に松陰の声が弾む。
二人に頼んで開発してもらった軸受は、初めは鉄製であった。
しかしそれでは鉄が貴重な当時、庶民への普及は難しい。
その為、経済性を上げる目的で木の使用を試みた。
堅い樫の木を使ったのだが、更に強固にする為、熱と圧を加えて圧縮する。
それは前世で目にしたニュースで、普通の木材に圧力を加える事で、強度が何倍にもなるという事を知っていたからだ。
その結果、木製軸受は使える道具となった。
けれども、工程が増えた事で教える時間も増えてしまっていたのだ。
それが二人の合流が遅れた主な理由である。
「梃子を使って圧力を掛ければ良いのですね!」
「となると、粘土に水が多いと良くなさそうったい。」
「しかしそれでは、混ぜにくい気がしやすよ?」
「臼に粘土を入れ、棒のついた軸を牛に回させるのはどうでしょう?」
「よかね!」
「焼けた粘土を砕いて加えてもよさそうでやすね。」
「成る程!」
先程までの重苦しい空気はどこへやら。
儀右衛門らの登場によって、煉瓦焼きへの光明が見えた松陰である。
やいのやいのと話しをしている三人を他所に、それを囲む者らの表情は間が抜けていた。
「おい小童!」
「何でございましょう?」
「何なのだあの者らは?」
茂義が、ニコニコとしていた帯刀に尋ねる。
いきなりやって来たかと思うと瞬く間にアイデアを出し合い、物事が進んでいくのだ。
茂義ならずとも困惑するだろう。
そんな茂義に帯刀が笑顔で言う。
「三人寄れば文殊の知恵でございます。台湾でもそうでしたよ。蒸気船も鉄砲も、皆で意見を出し合って問題を解決していったのでございます。」
「む? そうなのか?」
「はい!」
元気一杯に答えた。
「そういう事なら儂も参加せねばなるまい!」
「ふっ。ならば余にも考えがあるぞ。」
「たたら師の意見を聞けよ!」
厳格な身分秩序に囚われた社会では、自由な意見の表明は憚られる。
それを突破しない事には、国を挙げての技術革新など実現出来ないだろう。
「こら小僧! 儂も混ぜぬか!」
「余の考えを聞けい!」
「炉を作るんだから、俺の意見こそ大事だろぉ?」
そして茂義らも参加した意見の応酬が始まった。
眺める帯刀の顔は綻ぶ。
暫くそのまま見守り、やがてその輪に飛び込んだ。
「松陰先生! 私も考えがございます!」
まずは煉瓦を作る為、試行錯誤が続く。
たたら製鉄では一土、二風、三村下と言う様です。
炉を作る粘土、鞴から送られる風、作業を監督する村下が大事という事らしい。
また、砂鉄、土、炭、風の順番と種類は違ったかもしれません。
間違っていたら御免なさい。
煙突効果は某鉄腕番組で知りました。
凄く勉強になります。




