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現代知識無双は無理っぽい。せいぜい初期ブーストくらい。

 何をするにもお金が必要なのは幕末でも同じである。

 大次郎は温めていた計画を実行に移していった。

 といっても現代知識無双な話ではない。

 そもそも江戸時代の文化、技術力は高く、ファンタジー転生物でありがちな現代知識無双は無理なのだ。

 お金になるとわかればすぐに真似されるのがおち。

 何せ変態職人さんが多いのが日本である。

 ポルトガル人によって種子島に火縄銃がもたらされ、その数年後には改良された火縄銃でポルトガル人を驚かせるのが日本の職人である。

 そして、いつの間にやら世界中でもっとも火縄銃を保持していたりするのだ。

 蒸気機関車の技術を秘匿された事を物ともせず、各人が各自の見た現物の記憶を持ち寄り、当時最先端の技術を再現するのが日本人なのだ。

 従って、今は甘い物を買う小金を得る事を目的とした商売に過ぎない。

 肉の次はスイーツである。

 善哉ぜんざいにしろ饅頭にしろ、百合之助は滅多な事では買ってくれない。

 やはり自らお金を稼ぎ、買うしかないだろう。


 試みる事は、まず穢多の集落での石鹸作りである。

 牛の脂があるので製作を試みる。

 薪を燃やして出来た灰と、海で拾ってきた海草を焼いて出来た灰を使ってみる予定である。

 牛脂だと臭いが残るらしいので、どれだけ臭いを取り除けるのか、柑橘類等の芳香油を利用できるのかが問題になってくるだろう。

 石鹸ははるか昔から人類が利用してきた物である。

 簡単な石鹸ならばそれほど難しくは無いと思う。

 この時代に日本で初めて石鹸を作ったのは蘭学者であったが、医療用であったらしい。

 今は穢多の集落で洗濯洗浄に使う分が賄えればいいくらいに思っている。

 売り出すには大量の油脂を必要とするし、穢多が作った商品を買う者がいるのかわからないからだ。

 今のうちに技術を積んでおき、スポンサーを見つけて大規模化する予定だ。

 他所の藩で売るなら、誰が作ったかは問題にならないと思うからだ。


 滝に頼むのは「柿の種」である。

 もち米を粉に挽き、蒸した後に練り、形を整え乾燥させる。

 そして柿の種の形にくり抜き、焼いて味をつけたら完成だ。

 昆布で出汁を取り、唐辛子で辛味をつけた醤油味にする予定。

 柿の種といえばピーナッツも欠かせない。

 この時代のピーナッツつまり落花生は南京豆といい、現代の物と比べると実が小さいのだが問題はないだろう。

 今現在家の畑には植えられていないので、買ってきた豆を使うしかない。

 父に相談し、いずれ畑で育ててもらうつもりだ。

 ゆくゆくは付近のお百姓、貧乏士族にも協力してもらって原料を供給できる様にしたい。


 そしてもう一つは麦芽糖を使った水飴である。

 麦が発芽すると酵素がモミの炭水化物を分解して糖を作りだす。

 その糖が根の伸長のエネルギーとなるのだが、その酵素の力を利用して、別に用意した米などの炭水化物を糖化し、煮詰めれば水飴の完成である。

 この時代には水飴も既にあるのだが、千代と梅太郎コンビとのコラボで売るのだ。

 

 最後にポテトチップスである。ジャガイモはサツマイモと並び、飢饉時においての救荒作物として有用であり、当時から日本全国に栽培が広まっていた。

 高い物ではないのでジャガイモを利用しない手は無い。

 それにポテチはスライスして油で揚げるだけというのもありがたい。

 お手軽なのに美味いポテチは、幕末の世でも必ずヒットするだろう。

 しかし、これこそすぐに真似されるだろう。

 それは仕方が無い。


 千代と梅太郎コンビには紙芝居を作ってもらう。

 水飴はこの紙芝居と合わせ、子供に売る予定だ。

 この時代の子供からお金をせしめる気は無い。

 材料費が出るくらいでいいのだ。

 水飴の材料は麦とお米、もち米くらいであり、安いものだ。

 それに、紙芝居の目的は千代と梅太郎の練習である。

 近所の子供達を練習台にして腕を磨いてもらおうと思っているのだ。

 いずれ作りたい新聞に載せる連載小説と、漫画の為である。

 そして、その子供達には柿の種やポテチを配り味を知ってもらう。

 この時代こそ口コミの力は偉大であろう。

 また逆に、一旦噂になったらとんでもない事になるという事でもあるが。


 それと平行し、炭焼き釜から木酢液を取る予定だ。

 炭焼き窯から立ち上る煙を竹でできた長い筒に通し、冷えて液体となったものを集める。

 木酢液は薄めて使えば作物の生長を促進させ、微生物の増殖にも役に立つ。

 逆に濃く撒けば作物の成長抑制、微生物の繁殖抑制効果があるので制菌剤として畑で使う予定である。

 父に手伝ってもらい、実際の効果、使い方を実証していくつもりだ。

 ただ、木酢液は取って直ぐには使えない。

 一年は保管して有害なタール分を除かなければならない。

 木酢液は当分先の話である。

 農薬としては他にも、焼酎に唐辛子を漬け込んだ物も虫に効くので作ってみる予定である。

 油を石鹸で溶かし、それを噴霧しても殺虫剤にはなる。

 水分が蒸発すれば残った油分が虫の気孔を塞ぎ窒息死させるのだ。

 噴霧器の開発も必要である。

 

 また、木酢液は悪臭の軽減に使える。

 便所の汲み取り負担が減るだろう。

 いくら肥料の為とはいえ、臭いものは臭いのだ。

 木酢液は酸性で、アルカリ性のアンモニアを中和して臭いを消すのだ。

 そして虫に大して忌避効果もある。

 薄めた液で家の中を拭き掃除でもすれば、不快害虫が寄り付かなくなるらしい。

 



 さて、結果である。


 石鹸作りは成功した。

 固形石鹸ではなく液体石鹸で良いと思っていたので、灰汁が足りなければ追加し、入れすぎれば脂を足す、といった適当な方法で作ったのだが成功した。

 アルカリ分の高い物を用意できれば固形石鹸を作ってみるのもいいだろう。

 臭いは、脂を何度か水で煮る事で緩和できた。

 そのうち柑橘類の皮で匂いを付けられたらと思っている。

 しかし、脂を煮込む作業の悪臭は酷かった。

 臭くなりますよと長が言ったので外でやったが、それでも物凄い臭いであった。

 正直、誰でもこんな事を家の周囲でやってもらいたくはないと思う。

 養鶏農家、養豚農家が廃業を余儀なくされるのと同じである。


 出来た石鹸は臭いがあるので体用ではなく洗濯、洗浄用とした。

 灰をつけてこすり落としていたのと比べればその効果は段違いであった。

 彼らも驚いて喜んでいたが、これは始まりに過ぎない。

 脂が少ないので十分な試行錯誤は出来ないが、その中でも試せる事は試してみるように宿題を出しておいた。


 食べ物はどれも好評であった。

 柿の種は形の再現に苦労したが、それ以外では特に問題もなく出来上がった。

 昆布出汁の効いた醤油に、ぴりりと辛い味付けが百合之助には好評で、武士が金儲けなどと苦言を呈していたのが嘘の様にこれは売れるぞ、と太鼓判を押してくれた。

 清貧を旨とする武士が美味い物など、と苦情が出るかと思っていたが、焼き餅程度には問題もないらしい。

 心配して損したと思う大次郎であった。


 水飴は、甘さは納得のいく物ではなかったが、梅太郎も千代も喜んで舐めていたので良しとする。

 素朴な甘さであっても、この時代では十分なのだろう。

 早く砂糖代を稼いで、甘くて美味しい物を密かに二人と滝には振舞うつもりだ。

 しかし、酒を飲まない百合之助も意外と甘党かもしれない……。

 

 ポテトチップスも皆に好評であった。

 スライスして油で揚げ、薄く塩を振っただけであったが、皆次々に手を伸ばし、試作分はあっという間に無くなってしまった。

 穢多の集落では石鹸に使う前の、臭いの少ない牛脂があったのでやってみたが、彼らも美味いと言ってくれた。

 スズなどは特に大喜びで、ご機嫌になって手を伸ばしていた。

 予想はしていたが、これは大成功と言っていいだろう。


 後はこれを商売用に作り、販売するだけなのだが、杉家は山の中腹だという事を忘れていた大次郎。

 ここで売っても誰も買いには来ないよね、と梅太郎に言われ気がついたのだった。


 叔父上の家は山を下りた所だからそこでよくない? と話はまとまり、それだったら今叔父の家に集まっている子供達に配って反応を見れば? となった。

 水飴は放置し、柿の種とポテチを再生産する。

 切り餅は多目に作っていたので切って焼くだけであったし、ジャガイモも全部は使わなかったのですぐに出来る。

 出来たものを風呂敷に包み、百合之助の手紙を携え、梅太郎と千代の三人で叔父の家へと山道を下っていった。


 文之進は暫く前から御蔵元順番検視使役に就き、杉家から独立すると共に結婚し、大助が住んでいた住居が空いていたのでそこに移り住んでいた。

 そこで近所の子供達に学問を教えていたのである。

 役に就いたとて毎日の事ではない。

 教える時間はある。

 しかし、大次郎が文之進の就役を喜んだのは言うまでもない。

 自由時間が出来ると思ったからだ。


 予想はしていたが、ここでも大好評であった。

 好評すぎて奪い合いに発展し、それを見た叔父が癇癪を炸裂させ、騒ぐ子供達の頭に拳骨を落としていた。

 それは阿鼻叫喚の地獄絵図であった。


 そして叔父に計画を話し、大次郎の考えに沿う様伝える父の手紙もあって、すんなり叔父の家での販売が決定したのだった。

 出来れば焼きたて、揚げたてを販売したいという事もあり、材料はその度毎に持って下り、文之進の家で焼きと揚げをする事となった。


 材料等の準備を抜かりなく行い、商売を始めようとする大次郎であったが、学問が最優先だと譲らない叔父の頑固さは計算に入れておらず、穢多の集落に教えに行く事は武士に二言はない、と泣き落としで了承してもらったが、商売は誰かに任せるしか無くなってしまった。

 滝が専念できれば一番良いのだが、生まれて間もない寿の世話もあるし、伏せりがちな年寄りの面倒もあった。

 それに家事もせねばならないので家を空ける訳にもいかない。

 どうしてそこまで考えなかったのか、と大いに反省する大次郎であったが今更である。

 仕方無いので滝が無理な時には文之進の妻八重に頼む事にした。


 叔父の家でやるなら初めから奥さんに頼めば良くないか? と普通は思うだろうが、何せ文之進の嫁はのんびり屋であった。

 のんびりおおらかすぎて、お金をもらう事も忘れてしまうのでは? と心配なのである。

 万事きっちりとした性格の文之進とのんびりとした八重。

 お似合いの二人と近所の者は褒めたが、それと商売を任せていいかは別の問題である。

 千代も、「八重叔母さんはいい人だけど、客商売は無理だと思います。」と冷静な評価を下す。


 因みに、のんびりほんわかな若奥様は梅太郎の初恋の人で、その為もあって毎日叔父の下へ通っていた。

 その八重に店番を頼む事になり俄然元気になった梅太郎であるが、浮かない顔で八重の店番を心配する二人に慌てて擁護するのだった。

 そんな梅太郎の様子に益々冷める千代である。

 とはいえ他に頼める人物もなく、滝も来るのだし、要所要所を管理すれば大丈夫かと思う大次郎であった。


 それに、不都合が生じればその都度対応して改善してゆけばいいのだ。

 そんな大それた事をやるわけではない。

 徐々に、でいいのだから。

 時に大次郎9歳の事である。

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