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日本の開国は地位図から

おまけ的なお話です。

 「開国など断じて認めん!」


 斉昭が一人、断固とした反対の声を上げた。

 会もお開きに近づき、直正が何気なく発した言葉を受けての事である。

 今更何を言っている、と周りの諸侯は白い目で斉昭を見つめた。

 しかし斉昭は、構わず叫ぶ。


 「学問も、製鉄も、蒸気船も、大砲も銃も、全ては西洋よりこの国を守る為であろう? それは開国せずとも成し遂げられる!」


 斉昭の言葉にも一理はあろうか。

 西洋の脅威を跳ね除けられる力があれば、わざわざ開国するまでもないからだ。

 積極的に開国し、西洋の進んだ技術を取り入れるべし、という考えの者もいたが、少数派である。

 多くの者が開国には否定的であったが、西洋の力を考えれば、開国せざるを得ないという結論に至るのだ。

 そこの所は、いささか観念的な斉昭であるので、一意専心とばかりに思い込んでいるのかもしれない。

 そんな斉昭に、松陰が言う。


 「斉昭様が本日召し上がられた料理は、西洋の知恵が詰まったモノでございますよ?」

 「そ、それは、一度覚えれば問題ないではないか! それに、知識は書籍からでも得られる!」


 確かに、それもある意味では正しい。

 諸侯も、それには同意であろう。

 納得が得られた事に気を良くした斉昭が、松陰を見る。


 しかし、その松陰は大きく溜息をつき、天を仰ぐ仕草をした。

 やれやれ、何もわかっていないな、とでも言いたげである。

 斉昭は、思わずムッとして聞く。


 「な、何が言いたいのじゃ!」


 そんな斉昭に、松陰は勿体つけて口を開いた。


 「短慮が過ぎますよ、斉昭様。」

 「儂のどこが短慮じゃと言うのだ!」


 短慮と言われ、益々息を荒くする斉昭。

 諸侯が心配そうに見守る中、松陰が更に言った。


 「今日の料理だけで、私の知る肉料理の全てを、斉昭様にお出ししたと思うのですか?」

 「な、何ぃ?!」

 「今日よりも、もっと美味しい肉料理をお出し出来るのになぁ。残念だなぁ」

 「お、お主は、何という事を!」


 斉昭は衝撃を受けた。

 今日よりも美味しい料理じゃと?

 と、言葉にならない思いが胸に溢れる。


 「チーズっていう、肉に良く合うモノがあるのになぁ」 

 「地位図じゃと?」


 聞きなれぬ言葉にすばやく反応する。

 今日の料理も、聞きなれぬ単語ばかりであった。

 あれらが西洋のモノだとしたら納得である。

 地位図なるモノもそれであろう。

 そんな斉昭に、松陰は続ける。


 「チーズがあれば、チーズ・イン・バーグが出来るのになぁ」

 「地位図院婆具?」

 

 松陰は、さも残念そうに口にした。


 「ハンバーグだけでも美味しいけど、その中にチーズを入れたら、更に凄い事になるのになぁ。チーズのこってりした味が、ハンバーグと合わさり、絶品になるのになぁ」

 「更に凄い?! 絶品じゃと?!」


 斉昭の呟きが耳に入らないのか、松陰は夢心地で語り続ける。

 そしてそれがまた、斉昭の心を刺激するのだった。


 「チーズ・バーガーも出来るよなぁ」

 「地位図婆我亜……」

 「今日のハンバーガーは、ちょっと物足りなかったよなぁ。それってやっぱり、チーズが無いから?」

 「あれで、物足りないと申すのか……」


 思わぬ松陰の言葉に、斉昭は驚愕した。

 今日の料理は、素晴らしいとしか思わなかったのだ。

 それなのに、それを披露した者は、足りないと言う。

 更に松陰は続けた。


 「そうそう、チーズって言ったら、やっぱりピザだ!」

 「秘座?!」

 「トマトソースでもホワイトソースでもいいし、トッピングだってソーセージ、サラミ、ベーコン、シーフードと何でもござれ! 照り焼きチキンも美味しいし……。やばい! 思い出してきたら涎が垂れてきた!!」 

 「おぉ?!」 


 どれもこれも斉昭の想像を超えており、最早言葉にならない。

 松陰のうっとりした表情が、その全てを物語っている気がする。

 ついに我慢出来ず、叫ぶ。


 「ええい! 何なのだ、秘座ぴざとやらは!」


 斉昭の叫び声にハッとし、松陰は現実に戻された。


 「あ、あぁ、斉昭様? で、ですから、チーズが手に入ったら斉昭様に御賞味して頂きたい、料理の数々でございますよ!」

 「その地位図とやらは、どうすれば手に入るのじゃ?」


 食いつかんばかりに斉昭が尋ねた。

 その質問に、夢見る様であった松陰の表情から、感情が消える。

 ギョッとした斉昭が重ねて聞いた。

 

 「な、何じゃ? どうした?」


 感情を欠落させたかに見える松陰が、静かに答える。


 「私は、チーズの正確な作り方を知らないのです。原料は牛の乳という事と、乳酸菌が必要な事は知っていますが、それから先はよく分からないのです。」

 「西洋から本を取り寄せれば良いのではないのか?」


 斉昭の言葉に、松陰は力なく首を横に振る。


 「確かに方法がわかればチーズは出来るでしょう。しかし、時間がかかりすぎてしまいましょう。」

 「どれくらいじゃ?」

 「……多分、十年くらい、でしょうか。」

 「じゅ、十年じゃと?!」


 当時、牛は農耕用に飼育されており、であれば当然牛乳も得られた。

 蘭学の知識から滋養のあるモノとして、少ないながらも流通していた様である。

 従って、生乳を入手出来ればチーズの製造も可能ではあろう。

 しかし、生乳に振動を与えれば脂肪分が分離し、容易に得られるバターと違い、チーズの場合は異なる。

 

 チーズは、生乳に乳酸菌を加え、凝乳酵素や酸によって水分と沈殿物を分離し、沈殿物を微生物によって熟成させれば出来る。

 しかしその為には、牛乳を安定的に、一定程度の量を調達出来ねばならないし、チーズ作りに適した乳酸菌や熟成させる微生物の選定など、本を読んだだけでは容易に達成出来ない項目も多い。


 正確な知識と資金があれば十年というのは言い過ぎであろうが、それは斉昭には分からない事なので、松陰が吹っかけただけである。

 更に続けた。


 「斉昭様に是非チーズ入りのハンバーグを食べて頂きたいのになぁ。チーズ・バーガーも美味しいのになぁ。蝦夷でカニを手に入れて、カニの乗ったピザを堪能して頂きたいのになぁ!」

 

 ゴクリ。

 思わず斉昭が唾を飲み込んだ。

 そして、聞く。


 「ど、どうすれば良いのじゃ?」


 すると、真剣な表情で松陰が答えた。


 「開国するしかないのですよ、斉昭様。開国して、まず乳の良く出る牛を連れてくるのです。そして、チーズ作りに精通した職人を呼ぶのです。そうすれば、十年と言わず、数年でチーズが手に入るでしょう!」

 「い、いや、しかし、開国はこの神国に悪影響しか及ぼさないと言うか、認められんぞ……」


 やはり、開国には反対する斉昭。

 しかし、その声には強さが無かった。 

 松陰が斉昭を追い込んでゆく。


 「斉昭様は、チーズが食べたくないのですか?」

 「食べたいに決まっておろう!」

 「斉昭様、何かを手に入れようと思えば、それに見合う代価を支払わねばならないモノです。この場合、開国すれば早くチーズが食べられる。開国しなければ、それはいつになるか分からないのでございます。」

 「わ、分かっておる!」


 揺れる斉昭に、止めを刺していく。


 「斉昭様、私は今日、物凄く嬉しかったのです。」

 「何がじゃ?」

 「同じく肉好きの斉昭様とご一緒に、同じ料理を食べる事が出来て、でございます。」

 「そ、それは儂も同じじゃ! これまで、肉が好きだと公言する者は皆無じゃったからのぅ!」


 双方の顔には、明るい笑みが浮かんでいた。

 なかなかいない同好の士に邂逅すれば、そういうモノだろう。


 「ですから、斉昭様には是非、開国を承知して頂きたいのです。開国して、チーズを口にして頂きたいのです! 私は、斉昭様に、是非ともチーズ入りの料理の数々を味わって頂きたいのです!」

 「ぐっ! し、しかし……」

 「斉昭様がご心配されている様な事には、私がさせません! いえ、非力な私だけでは不可能でしょう。でも、この場に居られる皆様が居るではございませんか!」


 そう言って松陰は振り返った。

 斉昭もつられて振り返る。

 そこには、どうなる事かと心配しながら見つめていたが、風向きが変わり、どうやら斉昭が丸め込まれそうだと安心して見ていた面々が、任せなさい、とばかりな顔をして座っていた。

 その顔には、責任感と自負心が見て取れた。

 見る者に安心を与える安定があった。 


 斉昭は、何だか初めて、素直な気持ちで彼らと向き合った気がした。

 それまでは、部屋住み生活が長かったせいか、若くして藩主の座についた者の多い江戸城で、年のいった新人が舐められまいと、肩肘張っていたのだろう。

 自説を曲げる事は負ける事だと思い込み、それを信念が固い事だと信じる事で、自らを鼓舞していたのだ。


 それが、大好きな肉を思う存分堪能し、思いがけず同好の士にも恵まれ、肩から力が抜けたのかもしれない。

 そんな状態で眺める諸侯の面々は、確かに頼りにするのに十分な気概がある様に感じた。

 西洋は脅威であるが、何するものぞ、という元気が沸いてくる気がする。 

 考える様に沈黙し、ややあって口を開き、呟いた。


 「わかった。開国するしかないのじゃな……」


 それを聞いた諸侯からどよめきが起こる。

 そして松陰はその場に平伏し、頭を下げた。


 「ありがとうございます、斉昭様!」


 そんな松陰に、斉昭は言った。


 「その代わり、すぐにその地位図を作り、儂にも食べさせるのじゃぞ?」


 松陰は元気一杯に答える。


 「勿論でございます! もう、速攻でチーズを作り、チーズたっぷりのハンバーグ、ピザをお持ち致しますよ!」

 「うむ、楽しみにしておる。」

 「はい!!」


 こうして、日本の開国における最大の障壁といえる、斉昭の攻略は成功した。

 アメリカ東インド艦隊提督ペリーが、日本に開国を迫る目的で来日する、約十年前の事である。


 しかし斉昭は知らない。

 既に松陰がジャージャー牛の輸送計画を練り、エドワードにチーズ職人の確保を頼む算段をつけている事を。

 長州藩の高原地帯に放牧用の土地を用意し、着々と準備が為されている事を。

 そして、開国するまでも無く、チーズを堪能出来る様になる未来など。


 全ては、カレーのトッピングに使うチーズを用意する為の、松陰の遠謀である。

乳牛といえば一般的にはホルスタイン種ですが、当時の日本人の体格からホルスタイン種は大きすぎると考え、ジャージー種にしました。

北海道にはホルスタインの予定です。


とはいえ、ちょっと早すぎるのかもしれません。

チーズが手に入ったら、斉昭さんがまた心変わりして、やっぱ開国は無しで、となる気もします。


私の力不足によりまして、意味不明な言い回し、矛盾した内容となっている場合があるかと思います。

その際は、どうぞお気軽にご指摘下さいますよう、お願い致します。

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[一言] あるある 嘘は言ってないけど 出来ないとは言ってません 真実ではありませんってねw
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