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計画の一端

似た様な内容の話かもしれません。

西洋をディスってますが、まあ、嘘は言っていないと思いますので、ご了承下さい。


 「もう、食えぬ……」


 最後にトンポーローでご飯を盛大にかき込み、斉昭がうめく様に呟いた。

 その顔はとても幸せそうで、満ち足りている。

 行儀が悪いが暫く横になりたいと言い、茶をたてる一画にゴロンと寝転がった。

 牛になるぞ、と誰もが口にしたいのを必死で堪える。

 

 松陰も、そんな斉昭の様子に、料理を提供した甲斐があったと喜んだ。

 これで邪魔者は当面静かにしているだろう。

 再び幕が張られ、片付けがなされていく中、松陰は食後のお茶を飲む面々に向き合った。


 「では、先ほど中断しておりました、香霊様より授かりました知恵の一端をお伝えしたく思います。」


 今後の日本のあり方を大きく左右する、開明派の諸大名に向けられた、松陰のプレゼンが始まった。




 「と言う訳で、日本の開国は避けられません。」 


 西洋諸国の植民地獲得競争は、大航海時代から続いていた。

 その土地の富を、欲しいままに掠奪した歴史を持つ。

 そして、イギリスで興った産業革命以後、大量生産で生み出された製品の販売先として、新たな市場の確保が重要となっていた。

 巨大な市場としてインドはイギリスが支配してゆき、フランスはインドシナ半島をその支配下に治めていった。

 そして、今度は清国という訳である。 


 そんなヨーロッパ諸国とは別に、遅れてやって来た新興国アメリカがいる。

 中国大陸という巨大な市場へと至る、アメリカ大陸西海岸から始まる太平洋航路の確立と、捕鯨の為の基地の確保が、彼らの優先課題であった。


 そんな世界の大きな流れの中、彼らから見た日本の意味、位置の重要性を諸大名に語る。

 

 まず、その人口である。

 当時の日本の人口は、ヨーロッパの大国であるイギリス、フランスに匹敵する程であった。

 それに加え治安も良く、住民の教育程度が高く、好奇心に溢れ、道徳心、法律遵守の精神があり、輸送網も整っている。

 工芸品は巧みで、職人の手先は器用である。

 それらの情報は、シーボルトによっても、西洋諸国に流布されていた。

 この様な市場を、西洋人が放っておく訳が無い。


 そして、アメリカと中国を行き来するのに、日本程、途中の基地として重要な地域はないだろう。

 燃料と水、食糧の確保に、これ程便利な国は無い。

 治安が良いから襲われる様な事はなく、商売上の倫理観も発達している為、交わした約束は守られるのだから。 

 

 そして、これが重要なのだが、未だに封建制の下、国家が営まれているという事実だ。

 

 この事は、西洋人の心を刺激する。

 好奇心に満ち溢れた人々が、圧政を敷く政府があるばかりに、その探究心を制限されていると感じるのだ。

 虐げられている彼らに、我等が自由を与えてやらねばと、解放してやらねばと、その国の事情に首を突っ込もうとする動機となる。

 神の救いを伝えねばと、その地で信じられてきた信仰を捨てさせ様と躍起になるのだ。

 それは、そう信じ込む事で良心の呵責を感じず、その地の伝統を破壊し、産物を奪い、売りたい物を押し付け、富を収奪する行為を可能にしているのかもしれない。

 全ては彼らの為だから、と自分を偽る事が出来るのだ。

 

 「従いまして、西洋は必ず開国を迫るでしょう。」


 松陰の説明に、集まった大名達の顔は晴れない。


 「西洋の恐ろしさは分かっておる。」

 「我が国が開国せねば、清国の二の舞であろうな。」

 「しかし、開国した所で、西洋の脅威は変わらんぞ?」

 「何かと難癖を付けられ、結局清国の様になってしまうのではないのか?」


 流石、開明派の面々であろうか。

 彼らとて、日本の開国が避けられない事は承知していた。

 勿論、出来る事なら現状を維持したいとは思っていただろう。

 しかし、西洋の軍事力に対抗しようにも、長引く太平の世の結果、その装備は西洋に大きく水を開けられている。

 その現実を無視し、安易な排外主義を叫ぶ者は、結局国を滅ぼすだけである事を、彼らは深く憂慮していた。

 

 「西洋とはいえ、我が国を、武力によって支配する事は出来ません。」

 「それもわかっておる。」

 「清国と同じに、領土の一部を割譲し、貿易を出来る様にであろう?」

 「しかし、それをしたら幕府は御仕舞いだな。」

 「排外主義者が幕府を突き上げるのは目に見えておる。」


 その筆頭が、目の前で眠りこけている。

 しかし、満腹になったからと、幸せそうな表情で横になっている斉昭を見ていると、焦燥感とは別に、何とも言えない微妙な気分にもなるのだった。

 そんな微妙な顔の面々に、松陰は言った。


 「飽くなき強欲の塊の彼らとて、守るべき事は守るモノでございます。それが世界の文明国を自負する彼らの、文明国たる証明ですから。」


 説明を続ける。


 「これは“万国公法”という、西洋の国と国との取り決めを纏めたモノでございます。これに従って取り決めた文言は、彼らも必ず守りましょう。」


 そして、万国公法の訳書を配った。

 皆、熱心に読み始める。

 正弘だけは、パラパラとめくっただけであったが。


 「ほう? これは良い情報であるな。知っているといないとでは大違いであるぞ。」

 「西洋と交渉する上では、欠かせないですな。」


 口々に感想を述べ合う。

 と、


 「お待ち下さい。」 


 松陰が言った。

 何事かと皆顔を上げ、松陰を見つめる。


 「彼らは、約束した事は守るけれども、約束していない事は守りませんから、ご注意下さい。これがこうなら普通に考えてこうだろう、とはなりません。一般常識でなら、とか、慣行では、とか、通じませんので、そこは気をつけねばなりません。不都合が生じればその都度交渉し、問題の解決を図るのが、彼らの流儀です。」


 なる程、と皆も頷いた。

 しかし、同じ言葉を話し、同じ倫理観を持つ者としか付き合いの無い者に、まるで違うやり方をする、言葉の通じない者との付き合いなど、およそ想像の外だろう。

 こればかりは、考えた所でどうしようもない。


 「しかし、下手に開国すれば、進んだ西洋の物品が我が国に流れ込むぞ? 彼らも、それが目的なのであろう? 我が国の経済はズタズタになってしまうのではないか?」


 堀田正睦が質問した。

 他の者の懸念もそこであろう。

 松陰の意見を求めた。


 「こちらをご覧下さい。」


 そう言って松陰は、懐から何かを取り出し、皆に見せた。


 「それは、線香なのか?」

 「そうでございます。これは、蚊を殺す草を練りこんだ、名づけて蚊取り線香と言う物にございます!」

 「何? 蚊を殺す?」


 一同、目を見開いて驚いた。

 そんな諸侯達に、松陰も得意げである。 

 エドワードは、種だけでなく乾燥した胚珠も持って来てくれていたので、早速線香にしていたのだ。

 有効成分ピレスロイドは胚珠に多く含まれている。

 それを粉末とし、タブの木の粉末と合わせ、練りこんだ。

 と言っても、今はまだ普通の線香の形である。

 渦巻きは、まだ先の事だ。


 「これは、蚊のいる国の民ならば、必ず欲しがる物品にございましょう。効果は覿面てきめんでございます。作れば作る分だけ、飛ぶ様に売れる事でしょう。今はまだ短い時間だけですが、いずれは一晩中使える様にします。イギリスの売りたい綿製品は、一度買えば数年はもちますが、これは毎日消費していく物です。蚊のいる間は、どこの家庭でも継続して購入するでしょう!」


 あの、耳元で飛び回る甲高い羽音は、誰でも不快に感じる類のモノであろう。

 松陰は前世を思い出していた。

 訪れたインドの片田舎でも、日本の蚊取り線香その物が売店で売られ、貧民に向け一巻ごとのばら売りがされていた光景を、である。

 それを思うと、蚊取り線香は偉大な発明だと思う。

 この時代で売るのは、購買力が問題となるだろうが、必ず人気商品となる筈だと考えた。 


 「この草はシロバナムシヨケギク、通称を“除虫菊”と申しますが、我が藩にて種を増やしている最中でございます。その暁には、阿部様の国許、福山で栽培していただきとうございます。」

 「何?」


 松陰に話を振られ、正弘は驚いた。

 普通、こういう儲け話は、自分達で独占するのが普通であろう。

 蚊を殺す線香など、考えただけで莫大な利益が見込めそうではないか。

 そう思って正弘は、敬親をチラリと見やった。

 ウンウンと頷いているだけの敬親に瞠目する。


 利益を我が藩に譲るという事なのに、何と余裕なお方なのだ! 

 そんな金額は眼中に無いとでも言うのか?

 

 正弘は驚きを通り越し、脅威にすら感じた。

 噂に聞く、長州の秘蔵財源は、それ程までのモノなのかと畏怖した。

 それに比べて、福山藩の懐事情はお寒い限り。

 親藩の藩主として幕閣を担当する正弘は、藩政を顧みる時間が無いばかりか、領民に負担を強いるばかりであった。

 持ち出すばかりで忍びない思いをしていたのに、それを救ってくれるというのが、外様の長州だと言う。

 関が原の後、反乱を起こさない様、長州、薩摩を監視する為に配置されたのが、他ならぬ親藩であるというのに……


 そんな正弘を置いてけぼりに、松陰は続ける。 


 「この草は、冬も暖かく、雨が少ない地域が適しております。瀬戸内は、最適なのでございます。米作りには適さない土地でも育ちますので、段々畑の多い瀬戸内の山間部では、良い収入源となるでしょう。福山だけでは足りなくなると思われます。近隣にも栽培方法と共に広めて頂きたいと思います。線香を作る為の施設も必要となりますので、人足も必要となるでしょう。」


 正弘は内心で唸っていた。

 商品作物の紹介だけでもありがたいのに、雇用の創出までも視野に入れているのかと、松陰の見識に目を見張った。

 

 しかし、それを聞く他の者は面白くない。

 どうして阿部殿だけ? という事であろうか。

 

 「他には無いのか?」


 堪えきれずに鍋島直正なおまさが尋ねた。


 「他にも、くすのきから取れる樟脳という油がございます。西洋には大量に売れるでしょう。これは薩摩藩で作られていると思いますが、斉彬様、どうですか?」

 「まあ、そうだ。」


 樟脳は、薩摩の特産品として生産されていたのだが、楠自体は暖かい地域ならば育つ樹木である。

 薩摩ならずとも、原材料の確保は難しくない。  

 

 「我が国の工芸品、美術品も、かの地で人気を博すでしょう。漆器、かんざし、螺鈿らでん、櫛、浮世絵など、異国情緒に溢れた品々は、彼らがこぞって買い求める様になるでしょう。」


 エドワードにサンプルとして持って行ってもらったそれらは、貴族の間でも好評であったと聞いた。

 娘のジョセフィンも、鼈甲製の櫛には大層興奮したそうで、エドワードに感謝されたくらいである。

 

 「正直に申しまして、我が国は売る物が多すぎるくらいだと思われます。それに比べ、西洋の物で、我が国の民が買いたいと思う物は少ないと思われます。初めは興味本位で買おうとも、長くは続かないと思われます。」

 

 初めて目にする鉄砲を、僅か数年後には国産化し、数十年後には世界で最も装備している国となるのが日本であったりする。

 西洋の珍しい物も、売れるとなれば研究し、瞬く間に自らの物とし、更には改良まで施して西洋人を驚かせてしまうのが、誇るべき日本の職人達である。

 それに、日本は資源に乏しく、原料を輸入して加工する国と思われがちであるが、古来より金銀銅を多く輸出し、生糸などの原料も輸出して稼いできた国でもあったりするのだ。

 アヘン戦争に至る原因の一つ、銀の流出には清国もイギリスも悩んだが、清国で流通していた銀貨には、日本産が多く含まれていたりする。

 

 斉彬がある疑問を感じ、質問した。


 「それでは、清国と同じではないのか? 清国の場合も、お茶を売りすぎてイギリスが不満に感じたから、アヘンの密売に至ったのであろう?」

 「貿易の不均衡は、常に付き纏う問題ですね。清国の場合では……」


 と、アヘン戦争に至る経緯を述べた。


 「そうであろう? であるならば、いかようにして防ぐのだ?」

 「難しいですね。彼らは傲慢です。未開で野蛮な国と見なしている、異国の民が欲しくなる様なモノは、作る気は毛頭無いのかもしれません。」

 「……それは、商売人としてどうなのだ?」


 松陰の脳裏には、日米貿易摩擦のニュースで見た、日本車をハンマーで叩き壊すアメリカ人の姿が浮かんでいた。

 日本の交通環境、消費者の意識を考えず、自分達の作りたい物しか作らず、それが売れないと言って日本に文句をつける、それが偉大な国アメリカの、終始一貫したやり方である。

 人種差別が大手を振って罷り通っていたこの時代、野蛮な東洋のサルの為、現地のニーズに合わせてカスタムしようなどとは、思う訳が無さそうである。 

 

 「話を聞いていると、西洋と言っても、大した事は無い気がしてきたぞ。」


 直正がぽつりとこぼした。

 皆もそう思うのか、コクコクと相槌を打つ。


 「それは甘うございます!」


 松陰がピシャリと否定した。

日本人は貧乏体質なのでしょうか?

肉でも魚でも、それをおかずに白米をかきこむのが幸せな人は多い。

豚の角煮は美味いですが、それ単体だと多くは食べられない気がする。

白いご飯がないと、完結しない、というか。

焼肉も、やはりご飯が欲しいですし。


開国に関しましては、私の独断と偏見が混じっております。

アメリカもイギリスも、日本をそこまで重要視してはいなかったのかもしれません。

ただ、ペリーは日本が開国しなければ沖縄を占領するつもりだったらしいですし、まあ、妥当なところかな、とは思います。

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