第3話 魔法
どうやら俺は別世界にいるらしい。理由は知らん。だが、こういう展開はラノベとかで読んだことがある。大抵は神様とかに事情を説明してもらっていたが。
仕方がないから前を見て、歩まねばならぬ。何処かへ。
魔法がある世界なら、魔法を覚えなければならんだろう。魔物とかいそうだし、自衛手段だ。誰に教えてもらおうか。
決まっている。
「ライアン先生、僕に魔法を教えてください」
「え、君、魔法を使えないの?」
朝イチで昨日の木へ行き、ライアン先生の家を探して今に至る。
セリーナは論外だ。散々馬鹿にされた挙げ句もったいぶって教えてくれないかもしれん。うん、あり得るな。ここはライアン先生に教わろう。どうせ魔法はたいして使えないだろうが。
「はい。使えませんし、見たこともないです」
「本当に?どこの出身だい?」
どうしようか。本当に魔法を見たことがないって信じてもらうためには、どこを出身地にするべきだろうか。
正直に言おう。
「小さな島です」
「そうか。じゃあ知らないってこともあるのかなぁ……」
嘘は言ってない。インディアン嘘つかない。ジャパニーズ、嘘つかない。
少し俯いて考えてから、よし、と呟いて先生がこっちを向いた。動作がイケメンでした。
「じゃあ、いい先生を紹介してあげるよ」
え、先生じゃないの?
「先生は教えてくれないんですか?」
「いや、僕より優秀な人がいるから、彼女に教わるといい」
先生がそう言うなら、従うしかないだろう。
「……」
「じゃあ、行こうか」
一瞬の沈黙を肯定と受け取ったのか、彼は歩き出した。
楽しみだった。もう一度言おう。楽しみだった。過去形であることには意味がある。
「は?イヤです」
その女性は可愛い顔を歪めて先生役を断った。彼女は俺の部屋の隣にいた。ベッドに腰かける様はまるで天使のようである。
……だが、現実は残酷だ。セリーナである。
ライアン先生が先生として紹介してくれたのはあろうことかセリーナだった。世間狭しと言えどもここまで狭いわけがない。明らかに策略である。先生が口角が上がるのを必死で抑えているのを見るに間違いない。確信犯だ、あいつ。
ちきしょう。結局セリーナに頼むのかよ。
いやしかし考えてみよう。彼女に学ぶのを嫌がっているのは感情だ。損得を勘定するのだ。全てを信じるなら今のところ魔法に最も秀でているのはセリーナだ。彼女は少なくとも先生より上だ。外界を知っている先生が優秀だと言うのなら、教えを乞うべきではないだろうか。
うん、そんな気がしてきた。問題はセリーナをどう説得するかである。先生を使うか。
「先生、セリーナは「じゃあ、僕はこれで。仲良くね」」
あいつはクズだ。そうに違いない。むしろあやつをクズと呼ばずしてなんとすべきぞ。
それよりもこの状況をどうするか。現在、セリーナの部屋で二人きりだ。彼女は俺を睨み付けている。興奮する人も多いだろう。俺はしないが。
「もう一度言いましょうか?イヤです。私には他にもやるべきことがあるので」
「でもライアン先生が、セリーナはかなり優秀だと仰っていました」
「えっ、師匠が!?」
こうかは ばつぐんだ!
よし、この方向だ。
「はい、セリーナは頭が良さそうですし、可愛いですし。是非、僕に魔法を教えてください、師匠」
「可愛い」という単語にピクンと反応したセリーナは、現在ゆでダコに勝るとも劣らない赤面を披露している。思春期っていいねぇ。
しばらくして、相変わらず赤い顔を俯かせ、モジモジしながら消えそうな声で彼女は言った。
「仕方ありませんね。いいでしょう。私があなたの師匠になってあげます」
「わぁ、ありがとうございます!」
満面の笑み(多分)を浮かべつつお礼を言うと、セリーナはハッとしたように顔をあげた。
そして、
「か、勘違いしないでください!これはあなたのためって訳じゃなくて、その……あっ、そう!これは私のためです!人に教えることで自分も成長するって聞いたことがありましゅ、あっ」
勝手に騒いで勝手に噛んで勝手に恥ずかしがっている。自己完結を極めているな。スゴい、めっちゃ可愛い。まあとりあえず、これでこの世界で生き抜く術を学べそうだ。よかったよかった。
こうして師匠ができた。
というわけでお勉強である。今日は、午前は座学、午後は実技になった。セリーナが急にやる気を出して決めたのだ。俺が魔法を一切知らないって知ったらスイッチがオフになったが。
ライアン先生の授業は特にスケジュールが決まっていないらしい。しかし、女子の部屋で勉強とか懐かしいな。いつ以来だろうか。いい匂いだ。
セリーナの部屋は飾り気のない部屋だった。テーブル、椅子、ベッド、クローゼットだけなのだ。
ちなみに、この世界にはセシウム原子時計がない。だから時間は曖昧だ。それでも秒、時間、日、年の概念はあるらしい。どうやってやっているのかは分からないが、三時間ごとに鐘がなるらしい。四つ目の鐘で正午だ。
今は机を挟んでセリーナと向かい合っている。俺の椅子は自室から持ってきた。
「では、始めます」
なんか嬉しそうだな。
・魔法って?
セリーナ「魔法には種類があります。私達長耳族が使うのが一次魔法。その他の種族が使うのは二次魔法。それ以外には固有魔法があります」
ショウ「一からお願いします」
セリーナ「はぁ、本当に無知なんですね」
・一次魔法?二次魔法?
セリーナ「そもそも魔法は、長耳族が使っていたものです。それが一次魔法。人族が長耳族の魔法を形式化し、汎用性と引き換えに簡単に行使できるようにしたのが二次魔法です」
ショウ「汎用性?」
セリーナ「はぁ。一次魔法は、使用者が自分の頭で考えたことを自分の魔力で具現化させるんです。だから、ある程度自由に色々なことが出来ます。詠唱も要りません。二次魔法は、特定の詠唱によって特定のことを起こすんです。魔力は使いますよ。簡単ですが、詠唱通りの効果しかありません」
ショウ「なるほど」
セリーナ「あなたには一次魔法を教えます」
ショウ「それは人族には使えないとかないんですか?」
セリーナ「多分大丈夫です」
そんなこんなで昼になった。意外と時間が経過するのが早い。飯を食ったらいよいよ魔法の実習だ。俺はハ○ポタ読者だったから、楽しみすぎる。赤い閃光で人を気絶させるのだ。うん。
昼飯は丸いパンと塩味のスープだった。
食後、俺とセリーナは人気のない所まで移動した。エロい事をするわけではないが、セリーナは無警戒すぎる。
ちなみに、ここの村人は皆一様に同じ素材の革ジャンっぽいのを羽織っている。その中は麻でできた衣類らしく、地味だ。現在俺もそれを着用している。新品を貰った。麻はざらざらしていてかぶれそうだったので、下着はヒート○ックだ。パンツは麻だから近いうちに下半身が何かの病に侵されるだろう。
下半身の未来を案ずる俺をよそに、セリーナは何故か上機嫌だ。彼女がいくつか知らないが、森の探検にテンションが上がっているのかもしれない。
セリーナがよし、と呟いてこちらを振り返った。
「この辺でいいでしょう」
「何をするんですか?」
わかりきっているのだが。
セリーナは何故か顔をうっすらと紅潮させ、宣言した。
「魔法を、見せます」
遂にこの時がやってきた。俺は結構ファンタジー系の本をよく読む。これでも十歳の誕生日には魔法魔術学校からの手紙を待って徹夜したこともある。当然来なかったが。
セリーナは続ける。
「二次魔法には初級、中級、上級、天級というランクがありますが、一次魔法はその性質上ランクがありません。なので、決まった術式は存在しません」
「何故、天級なんですか?」
「最上級、という意味でしょうね。空に一番上は無いでしょう?その大きさと魔法の規模を重ねたといわれています」
あ、そういう考え方か。地動説唱えたら殺されたりするんだろうか。
「やりますよ」
「どうぞ」
セリーナは何気なく手のひらを一本の木に向け、そこからバスケットボール程の水の球を打ち出した。しっかり注意して見ていたはずなのだが、全然原理が分からなかった。手のひらに水が集まって、そこで球を形成して射出されたように見えた。それしかわからん。
セリーナはわざとらしくまだまだだ、みたいな雰囲気を醸し出している。明らかにわざとだ。
「さあ、やってみてください」
「でもやり方がわからない」
「頭の中でイメージするんです。人には限界があるので、滝をイメージしても大抵さっき私が出した水くらいにしかならないです」
「なるほど」
じゃあ、やってみよう。取り敢えず木に左手をかざし、そこから映画で見た砲弾をイメージする。水でできた砲弾が、木を破壊する……こんなイメージで良いのかな?
気付いたら、世界が回っていた。すごい勢いで視界が変わっていく。どこかで轟音が響いた。微かに女性の叫び声が聞こえる。意味がわからない。空を飛んでるのか?
急に強い衝撃が左肩に走る。そのままゴロゴロ転がって、木に衝突した。めっちゃ痛い。死にそう。
目が回って立ち上げれない。そして意識が闇に吸い込まれた。