第13話 出発
装備をもらった日から5日経った。昨日、作業に参加していたイケメンエルフから、船の修理が終わったと言われた。
そして翌日、つまり今日出発する。
「甘い言葉に釣られないように」
「はい」
「これ、お守りね」
「ありがとうございます」
今、俺はライアン先生から餞別を貰っている。里の人たちがそれぞれ準備してくれたらしい。ほとんど交流の無かった俺のためにだ。それを聞いた時には少しウルッときた。ありがたいことだ。
お守り、果物等々。
ちなみに、制服はヴィア家に置いてきた。かさばるからな。
「ライアン殿、そろそろ時間だ」
「ああ、わかった」
アルペンハイムが声をかける。わざわざ里まで迎えに来てくれたのだ。
まだ日も登っていないというのに、彼の声はシャキッとしている。先生も俺もまだ眠そうな目をしている。これが軍人と民間人の差なのかな?
「じゃあ、向こうに着いたら教えた通りにするんだよ」
「はい」
教わったのは、セリーナを探す方法だ。
セリーナはほぼ間違いなく徒歩でウェストポートを目指している。北の森から一番近い町とウェストポートをつないでいるのは北西街道のみだ。そこで、俺がウェストポートに先回りし、各所に伝言を残しつつ北西街道を北に向かう。
大まかに説明するとそうなる。
「そして、人族の君にこんな仕事を任せることになってしまい、非常に申し訳なく思う」
「いえ、僕が言い出したことですから」
立候補したのは俺だから、誤られる筋合いはない。
「ライアン殿すまないが―――」
「ああ」
アルペンハイムが少し苛立っているな。
「じゃあ、さよならだ」
「はい、いってきます。今までありがとうございました」
お別れだ。最後まで事務的な会話をしていたからか、あまり悲しくない。それはそれでどうかと思うが。
まあ、セリーナを見つけたら一緒に帰ればいいんだもんな。また戻ってこれるもんな。
「じゃあ、行くか」
「はい」
アルペンハイムの後に続いて、森へ続く道に向かった。
こうして俺は居心地の良いエルフの里を離れ、改めて異世界に飛び出した。
森に入って数分経った。
特に会話もなく進んでいる。もう少しで森を抜けるだろう。
「よーし、忘れた!完全に忘れたぞ!」
「え?」
え、急に何言ってんだこの人……?
アルペンハイムが振り返る。なんかニヤけてる。
「俺は里の場所を完全に忘れた!もう二度と思い出せない!」
「……ああ、そういうことですか」
なるほどな。エルフの皆さんは、里の場所を知られたくない。だからアルペンハイムには忘れるよう頼んだ。アルペンハイムは「忘れた」と宣言することで、俺を証人にしたんだろう。
本当にアルペンハイムは場所を忘れた訳じゃないとは思うが、まあ彼の口の堅さを信用しよう。
あれ、俺は忘れなくて良いのかな?
信用されてると思いたい。
「その言葉、しっかり聞きましたよ」
「ああ、頼むよ」
これで良いのだ。
そうだ、いろいろ聞いてみよう。
「アルペンハイムさん」
「ん?」
「何故、エルフはあんなにも排他的な生活をしているのですか?」
想像はつくが、正確な情報を知っておきたい。
「あー、子供にはまだ早い話だよ」
「僕は大人っぽいってよく言われますよ」
「……まあ、わからんでもないな」
子ども扱いは仕方ないね。子供だもん。
アルペンハイムは少し考えてから口を開いた。
「彼らは見た目が美しすぎるんだよ。人族にとってはな」
「……詳しくお願いします」
「難しい言葉とか出てくるぞ」
「大人に説明する感覚で話してもらって構いませんよ」
アルペンハイムは一瞬あっけにとられたような顔をしたが、すぐに真面目な表情に戻った。切り替え早いな。
「……じゃあ、気にせずに話すぞ」
「どうぞ」
「西大陸にはな、奴隷制ってのがあるんだ。俺の国、キサギ王国にもある。奴隷ってのは基本的には労働力として使われるんだが、容姿の美しい女性は愛玩を目的として買われる事が多い。そもそも奴隷ってのはたいてい親も奴隷なんだ。奴隷同士で子を作らせて奴隷を増やすんだ。家畜みたいだろ?だから俺は奴隷制が嫌いなんだ」
「……なるほど」
自分から聞いといてなんだが、嫌な話だな。
そして奴隷制を嫌うアルペンハイムには好感が持てるな。
「孤児や浮浪児をさらって奴隷にして、そこから増やしていくんだ。考えるだけでも腹が立つ。エルフは美しいから、その子供も整った顔をしているだろうという予測、それとエルフそのものを愛玩奴隷にしたいって考えを持つ人族が少なからずいるんだ」
「だからエルフは多種族から隠れているんですね」
「そういうことだ」
うーん、今まで単純に「奴隷制はいけないこと」っていう漠然とした印象しか抱いていなかったが、今の話を聞くと嫌悪感が増すな。
セリーナも心はともかく顔は極めて綺麗だからな。狙われるだろう。そう考えると自分に課せられた任務は非常に重要なものなのでは?
やべえ、急に緊張してきた……。
それ以降特に会話もなくひたすら船を目指して歩いた。
初対面の時に比べてアルペンハイムの口数が明らかに減っているが、何かあったんだろうか……あ、もしかして罪悪感とか?気にしなくていいのにね。
ようやく木々がまばらになり、潮の香りが漂ってきた。
もうあと少しだろう。
「よし、着いたぞ」
視界が一気に開ける。いつもの入江、そして。
「すげぇ……」
入り江に、一隻の巨大な帆船が碇を降ろしていた。
「あれに乗るんだよ」
「カッコいいですね!」
マストは三本で、船の側面には小さな戸がたくさんついている。あそこから大砲を出すのだろうか。
……やばい、テンション上がってきた。
「左舷に簡単な桟橋を作ってあるから、あっちに回ろう」
「はい」
少し耐久性に不安のある桟橋を歩き、船に近づく。
ん?船の方が高い。どうやって乗るんだ?
「ほら、このロープを使うんだよ」
「ええ……」
船へと続いているロープを渡された。久しぶりの運動である。
「よいしょお!!」
めっちゃ気合を入れたのだが、そんなに難しくなかった。
木製の甲板に上がる。ふと視線を上げると、笑顔の乗組員がたくさんいた。みんな日焼けがすごい。真っ黒だ。
「戦列艦ツヴァイクへようこそ」
後ろから聞こえたアルペンハイムの声は、明らかに上機嫌だった。
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