祖父の策略
「似た者の、義理の親子で良いですよ、リシェア様。
今の私の年齢では、ハール位の子供がいても可笑しくないのですから。」
聞こえた声に振り向くと、普段着である膝までの上着を着込んだサニフラールの姿があった。傍らに何時もの騎士団長であるエルトの姿は無く、代わりに緑の髪と緑の瞳の青年と同じ髪の色で紫の瞳の青年がいた。
二人の青年達を確認したハールトバムは、初めて会う彼等から強い木々の気配と大地の気配を感じた。
「陛下、エルト様と御一緒じゃあないのですか?
それに…そちらの方々は…精霊騎士の方々ですか?」
彼の質問にサニフラールは頷き、二人の騎士達と初見の挨拶を交わす。
緑の騎士と大地の騎士。
しかし、何故この二人の騎士がここに来たのか不思議に思ったが、直ぐにその答えは知れた。
「…何だ、もう、見つかったか…。」
自分の真横にいる戦の神からの言葉に驚きながら彼を見ると、ハールトバムへ不思議そうな視線が件の神から返って来た。
「そう言えば、ハールは、詳しい事を知らなかったな。
この二人…ランナとアンタレスは、私に仕える精霊騎士だ。神龍達には私の居場所を口止めしていたから、直ぐに見つからないと思っていたんだが…。」
物凄く残念そうな声で告げるリシェアオーガへ、二人の騎士からの言葉が返る。
「残念ながら、ケフェルに捜して貰いましたよ。
全く…リシェア様は…幾らハールが心配だからって、我等に黙って然も、お一人だけで出掛けないで下さいね。」
「そうそう、リシェア様。いっくら行先が御両親方の御訪問先でも、貴女の向かう場所では何かしら起きるんですからね。」
暗に騒動の大元と言わんばかりの緑の騎士の言葉に、今回は何も無いと少年が反論する。
「ランナ…今回は、何もなかったぞ。」
「いいえ、ありましたよ。」
思わぬ返しにキョトンとするリシェアオーガとハールトバムだったが、二人の騎士は声を合わせて言う。
「「ルシフの後継者が決まった事ですよ。」」
彼等の言葉を聞いて、師匠と弟子はお互いを見合わせ、笑い始めた。
「確かに…ある意味、騒動だな。
私が何も伝えなかった為にサニフやヴァル、エルトを後継者探しに奔走させたし、ハールにもいらぬ困惑もさせてしまったからな。」
リシェアオーガの言葉にハールトバムは、何かを思い当たった。先程、彼から礼儀作法に問題は無いと言われた事を思い出し、
「…リシェアオーガ様、まさか…最初っから判っていて、オレに教育してたんですか?!」
と尋ねる。途端に少年神の笑顔が深まり、やっと判ったかと返される。
更に何時から知っていたのかと聞くと、頷きと共に即答された。
「そなたが此処に来た時、七神の祝福を感じた。その時は不思議に思ったが、後でサニフと同じ感覚だったと気が付き、そなたがルシフ王の後継者だと確信した。
それからは剣の他に、社交ダンスや礼儀作法から、王となる為の知識に至るまで、私と兄上で教え込んだんだ。」
思い当たる事があったハールトバムが、つい口を挟む。
「ちょっと、待って下さい。
もしかして、あれ全部、ルシフ王としての礼儀作法と教育だったんですか?オレはてっきり、騎士として必要だと思って習ってたんですが…。」
「社交ダンスは騎士としても必要だが、礼儀作法や教養は、ルシフ王になる為の物を教え込んだ。
サニフやヴァルには、この事実を後から知らせようと思って、ガリアスにだけ協力を求めたんだが……ハールが成人するまでと、ガリアス自身から口止めされた。」
祖父も結託していたと判ったハールトバムは、脱力してガックリと肩を落とした。
「じっちゃんも…一枚噛んでたのか…という事は…じっちゃんは、この事態を悪戯へと仕上げる為だけに、リシェア様に口止めした挙句、態と陛下や大神官様には教えなかったんだな。」
悪戯好きな祖父を思い浮かべ、右手で頭を抱える。
同じ様にサニフラールも、己の頭を抱える。
「全く…爺の悪戯好きにも参るな。
最後の最後に、一番の悪戯を仕掛けるとは。」
元大神官である彼の祖父・ガリアスは、一件真面目そうでいて実は大の悪戯好きであった。仕事上はそんな性格を微塵も見せないが、いざ休みとなればルシフの人々や神官達、騎士達、挙句の果てには神々までも巻き込んで悪戯を仕掛けるのだ。
まあ、悪い物で無く人を楽しませる為だけの物なので、今回の様に実害はないのだが…騙された方は、苦笑や驚きしか出ない。
そんな彼の、今回の悪戯の犠牲者の内二人は、お互いを見て思わず吹き出していた。リシェアオーガの指摘通り、この悪戯に対して同じ反応をしていたのだ。
似た者親子…その考えに、ふと、目の前の少年神の姿が映る。
「似た者親子と言えば、私達にだけに言えた事ではありませんね。
リシェア様とジェス様も同じでしょう。」
サニフラールからも思わぬ反撃にリシェアオーガは驚き、真面目な顔で答える。
「確かに…私と父上は、似ているらしいからな。
お互いに自覚は無いが、周りはそう言っている。」
右手を顎に添えて左手でそれを抱え、何かを考える様な仕草で返事をする少年神へ聞き慣れた声が掛る。
「そうだね、リシェアと父上は良く似ているよ。
私も言われるけど、リシェアの方が良く似てるね。」
サニフラール達の後ろから聞こえる声に、騎士達は一礼する。
そこには緑の髪と紫の瞳で長身の青年が、緑色の装飾の無い長衣を着て立っていた。極偶に子供達に勉強を押している青年の姿に、ハールトバムとサニフラールは挨拶をする。
「御久し振りです。…カルシェ殿…カーシェイク様…ですよね。」
「御久し振りですね、カーシェ様。リシェア様を御迎えに来られたのですか?」
師匠の兄と判っている相手故に、本当の名も知れる。
戦の神・リシェアオーガの兄という事は、知の神・カーシェイクという事。
母親であるリュース神から受け継いだ特徴を持ち、父親であるジェスク神と同じ顔立ちの神に視線が集まる。
「久し振りだね、二人とも。
実はねサニフ、今日はちょっとした試験の途中なんだよ。」
にこやかに言われた言葉に騎士達が、何か思い当たったらしく苦笑する。この様子に誰に向けての試験か、ハールトバムとサニフラールには判った。
「若しかして、ランナ様とレス様への試験ですか?」
「レス達だけで無い、ケフェルも一緒だ。」
リシェアオーガの追加のそれに、精霊騎士達が溜息を吐く。自分達が仕える神が何故、黙っていなくなったか気が付いたのだ。
「…リシェア様…若しかして……
カーシェ様と神龍達と結託して、私達の試験を施したのですか?」
大地の騎士の回答に頷く二人の神に、ハールトバムは吹き出してしまった。
「申し訳ありません…つい、祖父と陛下達の事を思い出しまして…。良く祖父も同じ様な事をしていたな~って。」
元気な頃の祖父の姿を思い出した彼を見て、そう言えばとサニフラールと二人の神々、精霊騎士達も彼の祖父の事を思い浮かべていた。
「良い機会だ、序にアスの見舞いに行くとするか。
ランナ、レス、兄上、良いですよね。」
楽しそうに提案する少年神へ、二人の騎士と兄の声が重なる。
「「私達は構いませんよ、我が神。」」
「私は構わないよ。彼等も合格点を出した事だし、丁度ハールもいる事だからサニフも一緒に行くかい?」
直ぐ傍にいるルシフ王へと知の神が声を掛けると、勿論と言わんばかりの返事が返って来る。
「行きますよ、その為の外出ですから。ハール、一応案内を頼む。」
周りの者達の希望を聞き、ハールトバムは彼等を自分の家に案内した。
次回が最終話になります。