捜し人との再会
一旦、己の部屋に戻った彼であったが、夕飯の時間にはまだ早い為、気分転換にと外へ出た。外では子供達の声も少なくなる時間の筈なのに、未だ子供達の声が響き渡っている。
不思議に思い、そちらへ向かうと、緑の長い髪の少年が子供達に囲まれている。緑の髪と緑の瞳…己の剣の師匠でもあり、色々な事を教えて貰った教師でもあった。
木々の精霊剣士だと名乗り、今も時折子供達に色々な事を教えている少年。極偶に少年と同じ髪の色で紫の瞳の青年も、少年と共に子供達へ色々教えていた。
何時もの光景に自然と笑みが浮かぶ。
彼の視線に気が付いた少年は、美しい顔を上げ、その名を呼ぶ。
「如何した、ハール。こんな時間に、珍しいじゃあないか?」
少年の声に周りの子供達も振り向き、口々にハール兄ちゃんと彼の名を呼んでいる。その子供達に微笑み、返事をする。
「ちょっとね…気分転換に散歩してるんだ。
それよりお前達、時間は大丈夫か?」
時間の事を聞かれた子供達は辺りを見回し、急いで其々の家へと向かう。その後ろ姿を見送りながら、少年に話し掛ける。
「オルガ師匠…いえ、リシェアオーガ様。
少し、御聞きしたい事があるのですが…。」
何時もの口調で無く、改まったそれに少年は溜息を吐く。
「そうか…もう、判ってしまったか…。で、何を聞きたい?」
正体が知られてしまった事を残念に思いながら、彼に質問を促す。師匠からの言葉に弟子は、重い口を開く。
「……七神の御方々から言われました…私が…この国の王の後継者だと…。
ですが、私は一般庶民の生まれ育ち故に、ここへ訪問される王侯貴族のように振舞えませんし、それに…他にやりたい事があるんです。」
きっぱりと言い切る弟子に師匠である少年は、溜息交じりで問い質す。
「ハール、ルシフ王の後継者の件だが、立ち振舞いに関しては問題無い筈だ。
しかし、他に遣りたい事とは何だ?」
師匠の質問に弟子は、真剣な眼差しで答える。
「ある人を捜したいのです。
私がここへ来た時に会った人なのですが…どうしても、もう一度会いたいのです。
会って、お礼を言いたいのです。」
「…ここへ来た時に…会った人…だと?」
自分の言葉を復唱する師匠に、はいと元気良く返事をして彼の言葉を待つ。暫く考えた少年は、己の正体がバレている事を思い出し、
「そう言えば、もう、私の正体が判っているのだったな。
では、この姿は必要無いな。」
と言って、己の姿を変えた。
金色の髪…いや、今の時間は夕刻に迫っていて、その輝きに銀色が混ざり始めている髪に、やや深くなりつつある青い瞳。
光の神に似た美しい顔に、ハールトバムは息を呑んだ。
「まさか…あの人が…師匠…なんて…。」
漏れた言葉に少年・リシェアオーガは、微笑んだ。
「そうか、ハールの捜し人は私のだったのか。ならば、もう少し早くに、この私の本当の姿を見せるのだったな。
要らぬ考察をさせて済まなかった。」
素直に謝られたハールトバムは、焦りながらも自分が伝えたかった言葉を言う。
「師匠…リシェアオーガ様。
私と祖父を引き会わせて下さって、有難うございました。私は、祖父と出会えて…本当に幸せです。」
死を目前にした祖父を思うと目頭が熱くなり、つい俯いてしまった。その瞬間、ハールトバムは優しい気配に包まれた。
初めてここへ来た時に、包まれた物と同じ気配。
一番覚えているそれに包まれ、自然と涙が流れ出した。
「ハール、感謝するのは我の方だ。そなたは、我が剣を届けてくれた。
そなたが剣を持って来なかったら、我もこの姿に戻れなかったし、この国もあの黒き王の手から護れなかったかもしれない。
……感謝する、ハール。」
彼に色々な事を教えてくれたオルガ師匠としての言葉で無く、戦の神であり、神龍の王であるリシェアオーガの感謝の言葉。
彼が神龍王の剣を手にしたのも、真の姿に戻ったのも、この国での出来事であり、それにハールトバムが深く関わっていた。
神殿で伝えられて始めている神話では明確に示されており、戦の神の誕生として詠われている。勿論、黒き王との出来事も含まれている。
そんな彼からの言葉を受け取ったハールトバムは、己の心を決めた。
始めからこの国を護る為に自分が来たのなら、今後己の進む道は一つ。この国を護る為に、この国の人々の笑顔を堪えさせぬ為に、己しか出来ない唯一の事。
一つに纏まった心で祖父の死の宣告を悲しむ涙は止まり、揺ぎ無い決心だけがハールトバムの中に残る。
「リシェアオーガ様、私は…ルシフの王となり、この国を護ります。」
懐かしく優しい腕の中で宣言するハールトバムに、そうかと嬉しそうな声が聞こえる。ゆっくりと抱きしめられている腕が緩み、顔を上げると彼の瞳に美しい笑顔が映る。
その笑顔に見惚れた彼がじっとしていると、それは苦笑へと変る。
「ハールも…見惚れるか…。
全く、この姿では、迂闊に微笑む事が出来無いな。」
ハールトバムの耳に届く戦の神の声は、少し不機嫌そうであったが、我に返った彼が反論をする。
「リシェアオーガ様、それは致し方ないでしょう。
誰だって神々の、特に貴方の微笑を向けられれば見惚れますよ。一番御美しい御顔なのですから、見惚れない者の方が可笑しいのですよ。」
ルシフ王らしい反論に一瞬、リシェアオーガの方が驚き、再び微笑んだ。
「ハールも言う様になったな。全く、誰に似たのやら…。サニフ辺りか?」
「…祖父だと思いますよ。陛下も祖父に育てられたらしいですから、似た者後継者で良いのではないのですか?」
帰って来た即答に納得した少年神は、良く似ている義理の兄弟なのだなと、小さな声でぼそりと呟いた。親子と言わない辺り、サニフラールの年齢の事を顧慮している様にも思えるが、そんな彼等の姿へ不意に声が掛った。