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Action may not always bring happiness; but there is no happiness without action.

 食事に関する嫌がらせは、昨日に引き続き今日もだった。でも今日は学んで最初から結界を張ったし、寮で少しだけ食べてきたので問題はなかった。

 魔法薬の勉強も続けているのだが、勉強すればするほど、どうして私が惚れ薬を作ったのかがよくわからない。

 自白剤と惚れ薬は、薬としてまずカテゴリ違いなのだ。だから普通に調合していれば、自白剤が惚れ薬に変化するなんてとんちんかんなことは起こりえない。でも私はあまりまともな薬効のある薬を作ったことがないので、あれが絶対に惚れ薬ではなかったとは言い切れない。

 朝ごはんのスープをのんびりと飲みながら、小さく息をついた。

 実際にヴィクターが私に惚れているような発言を突然し出した以上、あの薬が原因であることは明らかだ。どうやって自白剤が惚れ薬になったのかはわからないけれど、現象は常識に勝るものである。起きたことが真実で、それを否定することはできはしない。 


 私は朝ごはんを食べきると、寮の部屋に戻った。今日は一限の授業はとっていないので二限からだ。私は寮の部屋で勉強したのちに、時間になったので教室に向かった。

 ステラもヴィクターもいないが、ミゲルがいる授業だ。

 魔法力学の授業で、魔法を使うときの魔力量を適切にコントロールする授業である。この授業は一、二年生合同授業なので、上級生はいない。

 だからこそ、教室に入った瞬間に、突き刺さる視線を感じたが、魔法を使ってどうこうすることはないだろうとふんでいた。同級生の女子と比べれば、私ははるかに魔法に対して熱心であるし、上手だ。束になってかかられても勝てるだけの自信はある。


「シフォン・アンソニー」


 うわ、フルネームで呼ばれた。これはまずい流れだ。


「おはよう……えっと、エリザベート」

「おはよう、じゃないわ。あなた一体、何様のつもりなの?」

「え?」


 腕を組んで私の前に立つ少女は、二年生でミゲルに熱を上げている女子生徒の代表格である。その後ろにはずらずらと女子生徒が同じように腕を組んでこちらを睨んでいる。


「ヴィクター様はともかく、ミゲル様にまでも手を出すなんて!」


 予想通りその話か。


「ミゲルに手を出した覚えはないけど……」

「惚れ薬を飲ませたんでしょう!?」

「飲ませてないわよ。そもそも魔法薬は違う教授の授業とってるもの」

「かぼちゃジュースにでも入れたんでしょう!?」

「そんな馬鹿なことしないわ。ミゲルには」

「まあ! ヴィクター様にはしたのね!」

「あれは事故よ事故。そもそもあいつがぶつかってこなければこんなことにならなかったのに……」

「何? なんですって?」

「いや、なんでもないわ」


 ドジのジャンにだって責任はある。そう思って小さく文句を言ってみたが、エリザベートの迫力に負けて、私は黙った。

 もしここでジャンの名前なんて出そうものなら、余計に話がややこしくなる。それに、あのドジな少年を生贄にするのは、私の良心が咎めた。おそらく彼は、正気に戻ったヴィクターに咎められる運命だ。何もこんな面倒なお嬢様方を押し付けなくても、反省はするだろう。


「とにかく、ミゲル様に近づかないでちょうだい! ミゲル様は誰のものでもないのよ!」

「つまりあんたのものでもないってことだけどね」

「なんですって!?」


 エリザベートが血相を変えて私に詰め寄ったところで、私にとって救世主とも死神とも言える美少年が現れた。


「何してるの?」

「み、ミゲル様」


 彼がこてんと首をかしげると、銀色の髪がさらりと揺れた。口元には天使の微笑みを浮かべているのだが、ルビーレッドの瞳は静かにこちらを見据えている。


「この子、僕の大切な友達だからさ、あんまり虐めないでくれる?」

「ミゲル様は騙されていらっしゃるんです! そもそも彼女にはヴィクター様が!」

「いや、いないけど」

「うん。だから、僕の親友の大切な人だから、大切なんだよ。特別なんだ」


 ミゲルは囁くようにいうと、極上の笑みで私を見た。まるで私のことを好きみたいな言い方をするけれど、ミゲルの目に熱はない。まだ薬によって豹変したヴィクターの方がそれらしく戯言を口にする。

 私は冷静にそうやってみれたけれど、ミゲルを好きな女子生徒達にはそれが出来なかったらしい。何故か怒りに震えながら、私を恐ろしい目つきで見た。


 もし私が殺されたら、これはミゲルのせいだな。


 ミゲルの悪ふざけに呆れながら、私はため息をついた。


「疲れてるの?」

「主にあんたのせいでね」

「ま、わざとらしい! ミゲル様に心配されたいからって!」

「心配されたいの? シフォンって可愛いね」

「ミゲル様! この子は確信犯ですよ!」


 さっきから私の言葉はスルーされるのが当たり前のようになっている。

 ついでに言うなら、確信犯の使い方がおかしい。人を糾弾するときはせめて正しい言葉を使ってほしいものだ。


 



 そんなゴタゴタがあって、私は結局ミゲルと共に授業を受けた。ペアワークも彼と一緒にした。

 ミゲルとは初めて組んだが、彼もなかなか優秀だ。

 ただ、それがミゲルが望んだことであり、私が承知したことであったものの、女の子の殺気は凄まじかった。


 しかもそのまま、ミゲルと食堂まで行くことになった。彼曰く、ミゲルと一緒にいた方がまだ安全ということらしいが、彼は単に私に嫌がらせをしたいだけな気がする。あるいは今のヴィクターをからかいたいだけかもしれないが。


「そういえばさ、この前も聞いたけど、シフォンはどうして今のヴィクターが嫌なの?」

「え?」

「だって、優しい方が良くない? それに、あんなに大切にされて悪い気しないでしょ?」

「……あれはヴィクターじゃないわ。あんなの違う。それにこの優しさも全部嘘だって思っている今の方が、意地悪されている時より悲しいの」

 

 たしかに物理的距離が近いとドキドキするし、そういう意味ではほだされかけるのかもしれない。でも、もしここであのヴィクターを受け入れたら、本物より虚像のほうが良いと言うようなものだ。

 それはヴィクターに対してかなり失礼だと思う。


「たしかに私は理想を語ったけど、だからって、もともとそうじゃない人がそれを演じていても、好きにはなれないの。今のヴィクターを見たら、何故か、いつもの意地悪だけど案外、気が利いて稀に優しさのあるヴィクターのが良いって思えるしね」

「へえ……なるほど」

「それに、好きな人に嘘はついてほしくない。嘘をつく人、嫌いなの」


 ミゲルは私の言葉に頷くと、ふと笑みを消した。いつもニコニコしているミゲルが、こういう表情をするのは珍しい。


「僕のことは嫌いなんだね?」


 ルビーレッドの目が、私に真っ直ぐと向けられた。本人に面と向かってそう聞かれると困るけど、私はこの状況で、自分が嘘をつくわけにはいかないと思った。


「好きじゃないわ。あなたの言葉は、無邪気で残酷な嘘を抱えてる」

「騙されてくれない子は、嫌いじゃないよ」


 ミゲルは少しだけ、楽しそうな声でそう言った。

 これは嘘じゃない。私はそう思ってなんだか安心した。

 ステラはたぶん、騙されない子だから。



 あの後結局、食堂でヴィクターやステラと合流して、ご飯を食べ、授業を受けた。

 彼らと話しているうちに、二日後に魔法芸術の授業があることを思い出し、私は今日もまだ眠れないと内心でため息をついた。


 寮の自分の部屋に戻った私は、小さな自分の部屋で歌い始めた。

 魔法芸術とは、歌や踊りに合わせて、それに合う何かを呼び出して作る授業である。それの発表をしなければいけないので、何かを完成させなければいけないのだ。


「魔法芸術の準備をして、魔法薬の本とたたかって……あ、魔法構造理論のレポートも書かなくちゃ……」


 連日の疲れがたまっているのか、なんだか少しぼーっとする。

 それでもやらなければいけないことを仕上げるために、私は自分の頬をたたき、気合を入れたのだった。

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