Everything is practice.
魔法基礎演習は二人でペアになって行う。
私のペアは例によってヴィクターである。そして私たち二人はこの授業の成績上位二名でもあるため、たびたび全員の前で模擬をやらされる。
「では、前回の復習から。アンソニー君は攻撃で、エステン君が防御で頼むよ」
教授の声によって、私たち二人は中心に進み出た。
その周りをぐるりと囲むようにして、ほかの生徒たちが集まってくる。しかし彼らはあまり近づきすぎはしない。私たちのペアは比較的、コントロールに優れているとは思うが、万が一ということもある。
いつもなら、みんなをかばえる自信はあるのだが、今日はぜひとも離れていてほしかった。
魔法というのは精神の統一が非常に大切である。今日は私の精神は乱されまくっているので、いつもよりは不安定なものになりやすい。
「では、はじめ」
教授の声かけと同時に、私はすっと自分の意識を目の前の相手に集中した。
私が脳内で炎の槍を想像し、それを具現化させるために詠唱をした。用いる言葉はわかりやすく、炎を連想させるものだ。それを終えると、私の手から飛び出た炎が槍の形をとってまっすぐにヴィクターに向かってゆく。途中で槍が不安定に揺れたが、どうにか私は集中を切らさずにその形を保った。
するとヴィクターはそれを見て、無詠唱で水の壁を作り出し、炎の槍を無効化する。
この一連の流れは、大体十秒ほどの出来事だった。
「はい、ありがとうございます。アンソニー君が炎を出したので、エステン君は水を選んでくれました。実際はここまで滑らかにいかないでしょうが、相手が何を出すかということを読む力は非常に大切です。それではみなさんもやってみましょう」
デモンストレーションを見終えると、生徒たちはそれぞれペアで広場全体に大きく広がった。
今日の授業の肝は、相手が何の魔法を使って攻撃してくるかを予測し、それに対応できる魔法を編み出すことだ。
実際の戦闘では、私がやったようなのんびりとした明瞭な詠唱はしないし、そもそも無詠唱の魔法を使うことのほうが多いと聞いている。詠唱したほうが威力が強いのは間違いないが、無詠唱は発動するまで相手にどんな魔法を発現させるか気取られないというメリットがある。一対一の戦闘では圧倒的に無詠唱のほうが有利だ。
ただ、これは授業なので、わかりやすいように攻撃側は詠唱することが義務付けられていた。無詠唱でお互いに模擬戦闘を行うのは、最低でも五年生以上だ。魔法基礎演習は一から四年生までが誰でもとれる授業なので、そんな高度なことはやらない。
「ヴィクター。交代よ」
私はヴィクターに声をかけると、彼の攻撃を待った。
声をかけられたヴィクターは、なぜかひどく困った表情になった。しかししばし考えて、何かを思いついたらしい。
そして彼は息を吸い、詠唱を始めた。
私はあらゆる邪念をどうにか追い出して、ヴィクターの詠唱に集中した。しかしいつもと違って精神が乱されている私は、うまくその詠唱を解析できない。
ところが最後にヴィクターが叫んだその一言で、私はヴィクターがやろうとしていることを瞬時に理解した。
「Folliculos germinaret!」
ヴィクターの手から無数の花びらが生まれ、それらが寄り集まって槍を形どり、私のほうへと向かってきていた。あきれるほど色とりどりの花びらを呼び出したヴィクターだが、それは”攻撃”とは呼べない代物だ。
私は一瞬悩んだのちに、無詠唱で風を呼び出した。下から上に吹き上げる風を自分の目の前に呼び出したため、ヴィクターから放たれた無数の花は空へと吹き上がり、広場中にひらひらと舞い踊る。
魔法芸術の時間なら、おそらく満点をもらえる出来だ。
風に吹かれた無数の花びらは、おそらく千を超える数が宙に舞っている。色の種類も、というより花の種類が無駄に多いので見応えもある曲芸と言えた。
現に、ペアになって練習し始めようとした生徒の大半が、私たちの茶番劇に目を奪われている。
しかしこれは魔法芸術の時間ではなく、魔法基礎演習だ。ヴィクターのしたことは、私に対する裏切りとさえいえた。彼は私に攻撃しなかったのだから。私にはヴィクターの攻撃を防げないと馬鹿にされたに等しい。
この怒りをぶつけるために、すべての花びらを炎で燃やし尽くそうかとも考えたが、そこまで規模の大きな魔法を使うと、絶対に教授から怒られる。だからこそ私はその怒りを魔法によって訴えるのではなく、平和的に、つまり言葉で訴えることにした。
「どういうつもり!」
私は一気にヴィクターに詰め寄り、叫んだ。その不穏な空気に、教授があわててそばに寄ってきているのが見えたが、私はさらに畳み掛ける。
「私を馬鹿にしてるの!? いつものヴィクターなら全力で挑んでくるでしょう! 薬が効いてるんだかなんだか知らないけど、ふざけないでよ!」
「アンソニー君。恋というのは魔力なんだよ。恋する男は、相手の女に武器をむけるなんて恐ろしくてできやしない。なあ、そうだろう?」
教授が私の怒りを収めるために、意味の分からない理論でヴィクターをかばいだした。彼の行動が、私にたいする”好き”という感情からきているのだとすれば、それは随分と独りよがりな行動だ。私という人間は、そんなことで手加減されることを許せないし、それを相手からの愛情だなんて思えない。
私が教授に反論しようと口を開きかけた時だった。
「いいえ。シフォンはそういう手加減を嫌いますから。そういう理由ではありませんよ」
当のヴィクターが、あっさりと教授と私の懸念を否定した。教授は驚いて目をしばたいている。私も私で、驚きと、それではなぜという気持ちから、ヴィクターをじっと見つめた。
すると、ヴィクターはさっと私の腕をとり、教授に向かっていった。
「どうやら今日は彼女の魔法の調子が悪いようです。ですから、見学していてもいいですか?」
先ほどまで怒りが私の体に熱を集めていたが、それはあっという間に恥ずかしさにとって代わられた。ヴィクターにはばれていたのだ。私の魔法が不安定なことを。
「この授業の演習ぐらいなら大丈夫よ!」
「そんなこと言って、シフォンがけがをしたら困る。悪いが、これは譲れない」
「なるほど……そういうことならば、見学を許可しよう。一回ぐらい演習できなくとも、二人の成績になんら影響はしないさ。君たちが飛びぬけて優秀なのは間違いないんだから」
私の主張はむなしく、教授に見学を許可されてしまった。私はさすがに教授とやりあう気もなく、引き下がることにした。
ヴィクターは私の手を握って広場を回ろうとしたが、私はその手をやや乱暴に払いのける。気を使われたことが悔しかった。しかしその理由は、恋をしているからなんていうばかげた物ではなく、筋の通ったものだ。もし私が詠唱に失敗してヴィクターの本気の攻撃を受けてしまったら、私が負傷するだけでなく、ヴィクターにも責任を負わせてしまうことになる。
冷静になろう。
ヴィクターはこういう目ざといところがあった。別に惚れ薬をかぶっていなくとも、私の体調が悪いと判断した日は、手加減するか、私とペアを組まないこともあった。しかし今日とはちがって、事前に理由を説明されるため、私はこんな怒りを感じたことはなかったのだ。
しかし今日は、ヴィクターの朝からの奇行によって少し疲れてしまっている。だから短絡的に物事を判断して、こうやって見学させられることになったのだ。
「ミゲル……珍しく本気だな」
「え?」
ヴィクターの言葉で、私は現実に引き戻されると、ミゲルとステラの模擬戦闘を見た。ミゲルが攻撃で、ステラが防御だ。ステラはおっとりしているが、魔法に対する反射神経は抜群である。見た目に反して、繊細さが問われる魔法芸術の才能は壊滅的だが、力押しでも行ける魔法基礎演習などは、彼女の得意分野でもあった。
だから、ミゲルもきっと真剣になっているのだろう。
ステラもいつもふんわりと笑っているその笑みを封印して、真剣な表情でミゲルと向かい合っている。
私たちはそのあとも、ミゲルやステラだけでなくさまざまなほかの生徒の戦闘を見て回った。ただ、模擬とはいえ、先生の求める形を成しているのはわずか五組ほどといったところだろうか。おそらく二年生では、私たちのペアとミゲルとステラのペアしか満たしていない。
ひどいところは、詠唱の前に、なんの魔法を使うのか相談して決めてしまっているところもあった。それではこの授業の目標である、相手の詠唱を予想するということが練習できない。
教授はそういう子たちに注意して指導はしていたが、そういう子たちはまったく聞き入れる様子がなく、ヴィクターやミゲルにちらちら視線を送っては、何やらひそひそと話しているだけだった。
「おつかれさま、シフォン」
「おつかれ、ステラ。ミゲルとはどうだった?」
授業が終わり、ステラとミゲルが私たち二人に近づいてきた。私がステラに感想を求めると、彼女はふんわりと微笑んでうなずいた。
「とても勉強になったよ。お話もできたし」
「そうなの?」
どんな話、と私が尋ねようとすると、ミゲルがにっこりと天使の笑みを作って言った。
「そうそう。ヴィクターとシフォンを応援したいねって話さ。ステラと話せてよかったよ」
「応援しなくていい!」
私はとっさに反論してから、あることに気が付いた。
ミゲルがステラを呼び捨てにしているのだ。私のことを呼び捨てにするのは、私が絶対にミゲルを恋愛対象として見ることがないと思っているからだろう。ただ、それならばステラはどうして呼び捨てなのだろうか。
彼女はわかりやすいタイプだと思うから、おそらくミゲルは感づいてはいると思うのだが。
「人のことには鋭いね。見直したってことだよ」
私がぐるぐると考えていると、ミゲルがあきれたような顔をして言った。まるで私が鈍いみたいな言い方にむっとして、思わず私は言い返す。
「私は鈍くないわよ? ね?」
「シフォンは……鋭くはないと思うけどな」
ステラに同意を求めたら、なぜか否定された。なんでだろう。




