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Laughter brings good luck.

 私が魔法薬をヴィクターにぶっかけた次の日。

 昨日の残りの授業の間に、ヴィクターが惚れ薬を飲んだことは学校中に浸透していた。それもあいつがべたべたと私にくっついて、可愛いだのなんだの囁くせいだ。

 私はかなりげんなりしていたし、普通じゃないヴィクターに迫られてドキドキしてしまう自分にあきれてもいた。


「おはよう、シフォン。ほら、笑いなよ。そんなんじゃ幸せが逃げるよ」


 寮から教室まで一人で移動していた私は、ヴィクターの親友であるミゲルに声をかけられた。

 この二人はいろいろと正反対だ。でも仲が良い。

 まず、ヴィクターが黒髪にエメラルドグリーンの瞳なのに対し、ミゲルは銀髪にルビーレッドの瞳だ。

 ヴィクターは背が高く、切れ長の目をもつ悪魔的な美形だが、ミゲルは小柄で丸い目を持つ天使的な美少年だ。

 二人はこの魔法学校の二大イケメンで、ミーハーな女子生徒の人気を二分している。女子生徒への扱い方も対照的なのだが、今はそんなことよりもヴィクターについて愚痴らなければ。


「聞いてよ、ミゲル!」


 私はミゲルの両肩に手を置きながら、軽く揺さぶった。すると、ミゲルはニコニコと笑ったまま、コテリと首をかしげた。


「知ってるよ。ヴィクターがシフォンにべた惚れだって」

「もう知ってるのね……」


 私はミゲルの両肩に手を置いたまま、大きくため息をつく。

 すると、次の瞬間、後ろから誰かの腕が伸びてきて、私を後ろへと抱き寄せた。それなりの勢いをもったその行動によって、私の手は自然とミゲルから離れる。


「シフォン。そういうことをするのは、俺だけにして?」

「げ、でた! この似非(えせ)フェミニスト!」


 目の前にあるエメラルドグリーンの瞳から逃れるために、私はあわてて彼を振り切ると、しっかりとヴィクターから距離を置いた。


 そのテノールボイスは反則!


 私はおもわずゾクゾクしてしまった自分に身震いして、元凶のヴィクターをにらみつけた。 

 その様子を見ていたミゲルは目を丸くして、でもなぜか嬉しそうに微笑んで言った。


「うんうん。よかったね、ヴィクター」

「ああ」

「いやいやいや。良くないから!」


 のんきなことをいうミゲルとヴィクターに私は盛大に突っ込んだが、二人はまったく相手にしてくれない。もともとミゲルはやたら私とヴィクターをからかって遊んでいるところがあるけれど、今日はいつも以上にひどい気がする。


「あ、そうそう」

「何?」


 ヴィクターが何かを思い出したとばかりにいうので、私は正気に返ったのではと期待して彼を見つめた。すると彼は一歩距離を詰めると、普段は決して安売りしない満面の笑みで言った。


「今日も可愛いな、シフォンは」


 だめだこりゃ。


 私は相手にするのも疲れて、ぷいっと横を向くと、そのままスタスタと教室に向かって歩き始める。すると当然のようにヴィクターは隣に並んで歩き、ミゲルはその向こう側に並んで歩き始めた。

 学校中の噂になっているとはいえ、ヴィクターがあまりにも私にくっついて歩くので、周りの視線が痛い。特に女子生徒の。

 ミゲルのほうを向くが、彼はルビーレッドの目を前にむけて、こちらを見てはくれない。


「ミゲル」

「何?」

「私とヴィクターの間に入ってよ」

「ごめん、嫌」


 天使のほほえみを浮かべながら、ミゲルにばっさりと切り捨てられた。


「シフォンは、ミゲルのことが好きなのか?」

「違う! それはない! 絶対ない! かわいいけど、タイプじゃない!」


 なんてこというんだこの野郎。


 私は内心でヴィクターをののしった。

 何せ、周りにいる女の子たちの視線がぐさぐさと刺さっている。視線というかむしろ殺気かもしれない。ヴィクターは、薬のせいだと思っているからなのか、こんな様子でも殺気までは抱かれないが、ミゲルに対して好意なんてものを見せたらそれは恐ろしいことになる。

 実際、私はミゲルは男としては好きになれないと思っているので、全力で否定させていただいた。

 すると、ヴィクターはすごくうれしそうな表情をして、周囲の女の子の視線を釘付けにした。何せヴィクターのこういう表情は珍しい。

 ただ、その甘いマスクは私じゃなくて、本当に好きな女の子に向けて欲しいけれど。


「そっか、それはよかった」

「似非フェミニストも好みじゃないわよ!」


 私はヴィクターに振り回されている自分が悔しくて、そう叫び、再び教室へと急いだ。




 魔法構造理論の授業は、座学であることもあって、常に眠い。おじいちゃん教授が微かに震える声で、授業しているから、というのももちろん一つの要因ではあるのだろうが。

 

 もともと真面目で負けず嫌いな私は、魔法構造理論もかなり勉強している。だからいつもヴィクターにテストで勝っているし、ところどころ眠くなっても、後で挽回できるくらいには概要を掴んでいる。

 でも今日は、眠気に襲われるいつもの授業よりも、さらに増して注意力が散漫だった。


 原因はもちろんヴィクターだ。

 

この授業では、私はいつも一緒にいるような友達がいないので、大抵一人で前から二番目の列に座っている。

 ヴィクターとミゲルは日によって座る位置を変えるが、滅多に二列目まで前に出ることはない。

 時折気が向いて同じ列を選んだとしても、私の席の隣はあけて、その次に座る。


 ところが、今日のヴィクターはやはりと言うべきか、私の隣の席に陣取った。


「もう一つ向こうに座ってよ。席は空いてるんだから」

「やだね。シフォンの隣が良い」

「私は嫌だって言ってるの! そもそもなんで私の隣がいいのよ!」


 そんなやりとりを繰り広げていると、他の子達が、やっぱり噂は本当だったのかと話し始めた。惚れ薬に関しては懐疑的だった子も、この様子を見て納得したらしい。


「シフォンが好きだからに決まってるだろ?」


 爽やかに笑う黒髪の少年は、迷いなく私を見てそんな告白をした。

 それがあまりにも様になっていて、私は思わず見惚れてしまった。


 これが惚れ薬の効果じゃなかったら……なんて思ってない。断じて思ってない。


 私はこれは偽物、これは似非、と自分の言い聞かせて、首をブンブンと横に振った。


「私はあんたみたいな似非フェミニストは嫌いなの!」

「似非じゃなければ好きなのか?」

「本物のフェミニストは、人としては、俺様で嫌味な奴より素敵よね!」

「人としては?」


 案外、鋭く切り返されて私はどうしたものかと困った。あんまり誰にでも愛想を振る舞う人って、ただの知り合いとしては感じが良いけど、深い付き合いをするには信用できないと思う。

 逆にヴィクターみたいな男は、無愛想で嫌味だけど、一度仲間と認めた人には打ち解けたというのがはっきりと分かりやすくていい。


「いつのまに普段のヴィクター擁護みたいになっちゃったんだろ。よっぽど参ってるな、私」


 小さな声で呟いたけれど、耳ざといヴィクターは、最後の言葉だけを綺麗に拾って、心配そうにこちらを見た。


「参ってるって……具合でも悪いのか?」

「あんたの奇行に参ってるのよ!」


 私は自分のノートをバンとたたいてそういうと、ヴィクターの隣に座っていたミゲルが、クスクスと笑いながら言った。

 

「奇行って、ヴィクターが優しくなったらそんなに可笑しい?」

「可笑しいわ。私にはいつも意地悪だし」

「でも優しいほうが良いんじゃないの? これってもしかしたら理想のヴィクターかもしれないよ?」

「そ、そりゃそうだけど……」


 確かに意地悪よりは優しい方がいい。でも、そもそもヴィクターは、嫌味なやつで意地悪を言うが、本当に性根が曲がってるわけではない、と私は思っている。

 私とヴィクターはライバル関係だけど、本当に私が困っているときは、手を差し伸べてくれるのだ。


「別にこんなに常に優しくなくてもいい。っていうか、常に優しいなんてもうヴィクターじゃないし」

「でも、たしかシフォンの理想の人って、優しくてカッコ良い紳士な人でしょう?」

「ぐ……そ、そりゃそうなんだけど」


 そういえば以前ミゲルに理想の人について聞かれて、確かに私はそう答えた。

 しかしながら、なにもヴィクターが、私の理想の人の像に寄り添うことはない。そんなのは虚しいだけだ。

 でも私は、この気持ちを上手く言い表せなかった。



 結局、そんなもやもやした感情を抱えて授業を受けたので、教授の話はまったく私の頭の中に残らなかった。ただ、隣に座るヴィクターを時折盗み見ては、彼が真剣にノートをとる姿に見惚れたり、私が悩んでるのに自分だけちゃんと授業を聞いているヴィクターに苛立ちを感じたりしていた。


 でもそういえば、ヴィクターはどう感じるんだろうか。今は私に恋をしているのかもしれないけれど、もし薬が切れたら、自分の奇行の数々を突きつけられるのは彼である。

 元はと言えば、私が魔法薬の調合に失敗したのが悪いわけだし、本当の被害者はヴィクターかもしれない。

 そうなると、私が彼を邪険に扱うのは、身勝手で酷い話かもしれない。そもそもお前のせいなんだからとヴィクターは思うに違いない。

 そう思うと、薬の効果が切れるまでは、優しくしたほうが良いのかもしれない。


「シフォン?」

「え?」

「授業、終わったから移動しないと」

「あ……そうね」


 考え事をしていたら、気づかぬ間に授業が終わっていたらしい。次は魔法基礎演習の時間のため、少し歩いて演習用の広場まで出なければならない。

 私が慌てて荷物をまとめていると、ふと天井からの光を遮る影が机に落ちた。私が不思議に思って顔を上げると、ヴィクターがすっと顔を近づけてきた。


「大丈夫か? ぼーっとしてるけど」

「ぼーっとしてるのは……いや、大丈夫。その……ありがとう」


 私は反射的に、ぼーっとしているのはあんたのせいだと叫びそうになったが、ヴィクターも被害者だと自分に言い聞かせてどうにか思いとどまった。

 しかし次の瞬間、ヴィクターが額を私の額にぴたりとつけた。彼の体温が額を通じて伝わってくる。エメラルドグリーンの瞳はもはや私の顔全体を映すこともできないくらいに近づいていた。


「熱は……なさそうだな」


 近い近い近い! それにテノールボイスは反則だ!


「あ、あ、あ、あるわけないでしょ! あんたが原因なんだからっ!」


 はっと我に返った私は、ヴィクターを思い切り突き飛ばし、結局そう叫んでしまった。

 ミゲルはやれやれといった顔で、肩をすくめている。

 この調子でヴィクターを遠ざけずにいたら、きっとすぐに食べられてしまうだろう。それは私にとってだけでなくヴィクターにとっても人生最大の汚点になるに違いない。


 ヴィクターの薬が切れてから、まとめて謝ろう。


 私はそう心に決めて、彼の薬が切れるまでは、遠慮なく彼を遠ざけることに決めたのだった。


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