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It's no use crying over a split potion

 こぼれた薬は盆に返らず。

 今日の私にぴったりのことわざである。



 私はこの魔法学校で優等生だった。生来の負けず嫌いが幸いして、ほとんどの教科で常にトップクラスの成績を収めている。

 しかしそんな私にも、苦手なものが二つあった。


 一つは、ヴィクターという名の宿敵(ライバル)である。

 彼は背も高くイケメンなので、非常に女子生徒からモテる。成績も私と同じくトップクラス。ただ、私のことはライバル認定しているせいなのか、非常に冷たい。

 もともと不愛想で俺様な男だが、私相手になるとそれが増長するのだ。世の女の子があいつを見てきゃあきゃあ騒ぐ理由が、分かるようでわからない。

 見た目だけはいいのは認めるけれど。


 そしてもう一つが魔法薬の調合。

 私はこの魔法薬という科目のせいで、総合順位は常にヴィクターに勝てない。それに、この教科が、今日の騒動を引き起こすことになるのである。




 話は数時間前に戻る。




 魔法薬の授業中、私たちの調合している薬は、効力の弱い”自白剤”だった。効力が弱いといっても、ちゃんと調合に成功さえすれば、飲ませた相手に一時間、どんな質問をしても、正直に答えさせるぐらいの効力は発揮するらしい。

 

 そんな魔法薬を調合して、私は提出するために試験管を手に持った。


「ふうん。お前にしてはまともそうな見た目だな」


 後ろから声をかけてきたのは、ヴィクターだ。いつもいつも偉そうで、私が不得手な魔法薬に関してはここぞとばかりに見下してくる。


「なんですって!? いつだってまともなのを作ってるわよ!」


 彼のエメラルドグリーンの目をきっと睨むと、私は彼のふっかけてきた喧嘩を買ってでる。


「おいおい。シフォンのがまともなら、ここにいるほとんどのクラスメイトの魔法薬は不可だな」


 彼の言うことは正しい。

 しかしいつでも正しくあることは、優しさとは比例しない。ほんとに意地の悪い男だ。


「うっさいわね!」


 私はムカついてそういうと、試験管を持ったまま、席を勢いよく立った。そして机の向かい側に立っていたヴィクターの横を通り抜けて、提出しにいこうとした時だった。

 クラスでいちばんのドジな男子、ジャンがうわっと奇声をあげて飛び上がった。どうやら、魔法薬を試験管に入れる際に零したらしい。

 私はその奇声に驚いた上に、飛び上がったジャンに右腕を下から突き上げられて、思わず体勢を崩した。


「っ! バカ!」


 ヴィクターが何故か焦ったような声をあげて、思い切り突き飛ばす。

 私はぶつかられた上に突き飛ばされて、床に哀れに尻餅をついた。そして、ヴィクターの行動に抗議しようと思い切り顔を上げると、キラキラと天井から何かが降ってきていた。

 粉々に砕けた試験管と、私が作った出来損ないの魔法薬。

 淡い紫色をしたその液体は、ヴィクターの頭から降り注ぎ、すっと蒸発してしまう。

 魔法薬には二種類あり、口から飲み込まなければならないものと、相手の体にかけただけで勝手に浸透していくものがある。

 私が作った自白剤は、前者だったはずなんだけど、何故か浸透してしまった。すぐ蒸発するのはその証だ。

 私は慌てて立ち上がると、ヴィクターにかかったガラス片を風の魔法でさっと取り除き、彼の顔をしたから覗き込んだ。

 後ろでドジなジャンが謝っているけどそれどころじゃない。


「大丈夫!? 気分悪くない? 私の薬が効いちゃうなんて! それとも失敗してて、ただの水?」


 私は確かにヴィクターがいけ好かないから嫌いだけど、私の作った怪しい薬をぶっかけたいとまでは思ってない。

 ヴィクターはただじっと私を見つめていた。

 何も言わないヴィクターを不審に思って、彼の体のあちこちを触り、どこか痛いのかと問いかけてみる。

 教室はいやに静かで、みんな私たち二人を見ているのだと気付いた。


「シフォン……」


 ヴィクターから溢れた言葉は何故か私をドギマギとさせた。

 言い訳するならば、ヴィクターが色っぽすぎるせい。

 そもそも顔も声もとても好みなので、毒を吐かずに名前を囁かれたら、もうたまらない。テノールの声が私の耳にまっすぐ届いて、私は思わずその場に立ちすくんだ。


「やっぱり可愛いな」

「ん?」


 可愛い、なんてあり得ない言葉が聞こえて、私が問い返すように小さく声をあげると、何故かヴィクターに左腕を掴まれぐいっと引き寄せられた。

 未だかつてないほど近づいた二人の距離。


 エメラルドグリーンの瞳が私を映し出していた。

 私が訳も分からずにヴィクターを見ていると、顎を少し持ち上げられて、彼の顔が徐々に迫ってくる。私は不覚にもドキドキしてしまっていた。

 目の前の男は天敵だが、しかしイケメンだ。顔は割と好み。そんな奴に迫られたら、嫌でもドキドキしちゃう。

 私は動かずに固まっていたけれど、彼のさらさらとした黒い前髪が私の目のすぐそばまで迫ってきたところで、思わず叫んだ。


「ストーーーップ!」


 彼はぴたりと動きを止め、そしてフッと笑って言った。


「惜しかったな……」


 彼はさっと黒髪を手で書き上げて、切れ長の目をあらぬ方向へと流した。

 色気がだだ漏れで、もはやムカついた。


「でもシフォンか嫌がるなら仕方がないか」


 彼はそういうと、私の顎から手を外し、代わりにその手で私の髪を掬い上げて、それにキスをした。


 え、あんた誰?


 その瞬間、私の心の声も知らず、黄色い悲鳴が周囲から上がった。

 私は顔に熱が集まっているのを感じていた。全身が恥ずかしくって燃えるように熱い。

 それもこれも目の前の男がおかしな行動をするからだ。私の天敵、ヴィクターが。


「あれ……シフォンが失敗して、惚れ薬作っちまったんじゃないか?」


 その場にいた誰かがそう言った。すると周囲もそれに同意するように、そうだそうだとうなずき始める。


「惚れ薬なんて作ってない!」


 私はとっさにそう叫んだけれども、すでに時は遅し。

 それに私だって、正直、そうかも。と思ってしまっていた。

 なんといっても、目の前にいるヴィクターが私に微笑みかけているのだから。

 終始不愛想なこの男が、こんな甘い笑みを浮かべられるなんて私は知らなかった。ついでに言うと、愛想のよいヴィクターは悔しいぐらい魅力的だ。

 だから周りでその様子を見ていたものは、みんな私が失敗して惚れ薬を作ったという通説を信じ込んでしまった。


 そんなわけあるはずがない。私はそう思いたかった。私はただ聞かれたことに答えてくれるようになる、そんな”自白剤”を作っていただけだったのだから。


 私がこの状況をどうやって収めようか考えていると、ヴィクターがぐいと私の腕をつかんで自分の元へと引き寄せた。エメラルドグリーンの瞳に、困った顔の私が移っている。


「シフォン。何をそんなに怒ってるんだ? 別に俺に口説かれても困らないだろう?」

「困ってるわよ! 現在進行形でね!」


 顔が近い。それに悔しいがイケメンでドキドキする。ついでに見惚れる。でもやっぱり鬱陶しい。


「困ってるのか?」

「近い近い! バカヴィクターっ!」

「俺はバカじゃないよ」

「知ってるわ!」


 とりあえず様子がおかしすぎるヴィクターを全力で振り切った後、教授のそばへ駆け寄った。


「お願いします! 惚れ薬の解毒剤を作ってください!」

「惚れ薬の解毒剤って言ってもね……」 


 一連の様子を見ていた教授は、少し困った顔をしたあと、ヴィクターと私についてい来るように言った。そして彼女は結んでいた髪をほどきながら、さっと教室を見渡した。


「授業は終わり。魔法薬入りの試験管はここに提出してね。私が戻ってくるまでが提出期限だから」


 まだ調合が終わっていない生徒に向かってそういうと、教授はすたすたと歩き始めた。私とヴィクターはその後ろをついていく。


 教授の研究室に入ると、教授はヴィクターと向かい合い、そして質問した。


「ねえヴィクター。シフォンのどこが好き?」


 な、な、何を聞いてるんですか、教授!


 私はそう叫びたかったけど、声には鳴らずにプルプルと震えただけだった。

 しかも、ヴィクターはにっこりと愛想よく笑うと、そうですね……と言って話し始めた。

「いつも全力投球なところですかね。魔法薬は苦手みたいですけど、そんなところも可愛いです」


 やっぱり私は自白剤じゃなくて惚れ薬を作ってしまったようだ。

 もし自白剤なら、そもそもヴィクターは私を好きではないと言うはずだし、魔法薬が苦手なんて不器用で笑えるぐらいのことは言うはずだ。むしろいつも言ってるし。


「大きいぱっちりした目も、白くて頬が赤いのも、程よく小さいとこもいいです」


 私が小さいんじゃなくて、あんたがでかいんだよ。


 私の背は平均よりむしろ高い。ヴィクターと並ぶと、確かに小さい女の子に見えるかもしれないけど。


「小さいといえば、強がって高いところのものも自力で取ろうとするところとかも可愛いし、あとは……」

「もういい! 聞いてて恥ずかしいわっ! どう考えても惚れ薬の効果ですよね、教授!」


 たまらずに私がそう叫ぶと、ヴィクターは不思議そうに首を傾げた。


「何言ってるんだ? お前が作ったのは惚れ薬なんかじゃないぞ?」

「うるさいな! 惚れ薬にきまってるでしょ! 今のあんたを正気のあんたがみたら卒倒するに決まってる!」

「でも俺はいつもこんな感じだけどな。ねえ、そう思われませんか、教授?」

「あー……そうね。不憫な子だわあなた。だから、惚れ薬・・・の解毒剤をあげるわね?」


 教授が呆れたような、しかしどこか楽しそうな雰囲気をにじませて言うと、ヴィクターは何故かキョトンとしたような顔になった。

 そして、何かに気づいたように小さく息を飲み、美しい笑みを浮かべた。


「はい。お願いします」

「えっと……これね」


 教授は棚にあった薬瓶を取ると、ラベルをベリベリと剥がして、ヴィクターに渡した。

 そしてヴィクターはそれを一気に飲み干した。

 

「気分はどう? 私を可愛いなんて血迷ったことを言ったのは忘れたげるから、ふざけないで本当のことを言ってね」


 私は飲みきったと同時に、ヴィクターに声をかけた。きっと彼は今、自分がしたことを思い返して、心の中で羞恥にのたうちまわっているに違いなかった。

 だから極力優しい声でそう言った。元はと言えばドジのジャンが悪いけど、意味のわからない薬を作った私にだって非はあるのだから。


 と、思ってたんだけれども、私のその考えは甘かったことにすぐに気づかされた。


「悪くないな。シフォンがこんなに近くにいるからな」


 な、な、なおってなーーい!


「どういうことですか! 効いてないじゃないですか!」

「あれーおかしいわねーきっとシフォンの作った薬は、解毒剤耐性があるのねー」


 教授に掴みかかる勢いで聞いた私は、教授が目を泳がせながらそういうのを聞いて、うなだれた。


「教授としてどうなんですか、ソレ」

「私だってわからないこともあるわよ。うん」

「で、コレはどのくらいで治りますか?」

 

 一時間くらいなら、ヴィクターで遊ぶのも楽しいかもしれない。いつも意地悪されている仕返しだ。


「うーん。一週間くらいかな」

「一週間!?」


 私はこれから一週間の苦労を思って、思わず天を仰いだのだった。


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