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クロノブレイク0~可哀想な小山田くんの話~  作者: えんぴつ堂
狂戦士
9/25

俺の嫁は狂戦士


 

 『比嘉、お前の事は必ず俺が見つける…だから心配スンナ!』



 『賢者の墓』と呼ばれる神殿の地下にある巨大なクリスタルに浮かぶ映像。



 そこに、膝から下しか映っていない僕のクラスメイトは元気そうな声で事も無げに言った。



 『…皆で家に帰ろう!』



 まるで、三人で一緒に元の世界に帰るのが当然のように小山田は言う。



 言葉が見つからない…。



 『とりあえず、行き違いになるかもだから…これに…おっと!』



 バサっと地面にあるのもが落ち、小山田の手がすかさずそれを拾った。



 間違いない、あれは今僕の背中に挟まれてる古文書と呼ばれたノート。



 『俺、此処に来てから日記的なもの書いたわけよ…んで! これを____げ!? もう時間!? マジで~まだ言いたいことあんのによ~』



 映像の中の小山田は、誰かにせかされたのか慌てたように捲し立てる。



 『え~と…これのアレをアレして、こうだからこんな感じでアレになるから! きっとこのノートは比嘉の役に立つ! 受け取ってくれ!』


 

 何やらノートを使い方をジェスチャーしているようだが、膝から上が見切れているため全く分からない!!




 『それと、ごめんな…お前の言ってた事信じてやれなくて』



 なんの話だ?

 

 僕は、突然謝罪しだした小山田に困惑する。



 『もっと真面目に話を聞いてやれば、こんな事にはならなかった…マジごめん!!』


 

 まさか、この世界に飛ばされた時の事言ってるのか!?



 「そんなの! 僕の所為に決まってるじゃないか!? なんでお前が…!」



 僕は思わず声を荒げた。



 小山田は、全く持って今回の件とは無関係だ!



 その日、たまたま姉さんの通う高校の前で出くわしただけ…それに僕が姉さんの消えた現場まで道案内をさせなければ小山田は今も呑気に学校に通っていたはずだ!


 恨まれこそすれ、心配や謝罪なんて…僕にそんな資格は無い…。



 『っと…もう時間だ…じゃぁな! 比嘉、もしかしたらもう合流してこの画像を一緒に見てるかもしれないけどなw』


 

 ジジジジジ…と、画像が乱れる。



 「小山田…」



 小山田は、分かっていない…自分が僕達より千年も先に着いた事を。



 いくらそこで僕や姉さんを探しても見つかる筈ない事を。




 ノイズと共に小山田の姿は消え、クリスタルは無機質に輝いた。






 あたたかい。



 まるで、温もりを求める子猫のように両手を伸ばしその胸に体を埋めた。




 トクン トクン




 と、波打つ鼓動が温もりの主が血の通っている生き物である事を指示しす。


 もっと温もりがほしくて、しがみ付く様に回した腕に力を込めると少し苦しそうに呻き声を上げたソレが自らの腕で凍えた体を強く抱きしめる。



 ああ…こんな風に抱き締められたのはいつ以来だろう?



 脳裏に浮かんだのは、泣き叫ぶ緑の瞳。



 そうだった。


 最後に温もりに触れたのは、この力が覚醒して『封印の森』に閉じ込められる事が決まった日。



 小さなガリィを抱いて逃げまどう、まだ幼かったお兄ちゃん。



 遂に捕まり引き離された時、まるで自分の腕でも切り取られたかの様に泣き叫びながらガリィの名を呼んでいたお兄ちゃん。



 『必ず迎えに行く!』



 遠ざかる声に、小さかったガリィは意味も分からず泣き叫けぶ事しか出来なかった。



 術師によって永久に解けない封印結界を張られ、森に捨てられてどのくらい経ったのだろう?



 森の魔物すらこの力を恐れ、言葉や意思の疎通を拒否される…そんな環境で自我を保って居られるほどこの精神は強くなかった。




 徐々に言葉を忘れ、感情は希薄になりこみ上げる破壊衝動に身を任せ狂った様に森の魔物達をただ殺して回る。



 

 でも、もう大丈夫。




 この体を抱きしめる腕の中で、壊れてしまった何が組み立てられ底冷えするほど冷たかった体が温められていく…。




 お兄ちゃん、ガリィずっと待ってた!


 もう、離さないで!


 これからは、ずっとずっとず~っと一緒だよ!



 今まで強く体を抱きしめていた腕がそっと髪をなでる。




 「ごめんな」



 知らない声が、今にも泣き出しそうに呟いた。






 「オニィチャ…?」


 



 抱きすくめられた腕の中からソレを見上げた。


 ソレは、見たこともないような真っ黒な髪に真っ黒な目をしていて顔に何かキラキラ光るおかしな物をつけている。




 「良かった…成功したんだな」



 少し驚いた顔をしたをしたソレは、アタシをじっと見てほっとしたように呟いた。



 誰!? お兄ちゃんじゃない!



 「体内に流れる微弱な電気信号を使って、脳内の海馬から記憶を掻き集め潜在意識にリンクさせて崩壊した精神を再構築した…その代わり…」

 



 意味の分からない事を呟きながらソレは、苦しそうな何ともいえない表情を浮かべ少し睨むような視線を向ける。




 「あ~も~! クソッ! どうすんだよコレ! ガリィちゃんの所為だからな!」




 そう言うとソレは、更に強くガリィを抱きしめた!



 ぎゅーってされて、少しむず痒いようなピリピリとした感触が触れ合った肌から全身に広がる。




 『君が好きだ』


 

 音とは違う、まるで直接頭の中に流れ込む『ナニカ』。




 「!!!!?」


 『脅かしてごめん…今、信号使って脳に直接話しかけてる…こんなの言語で伝えるのとか無理っ!』



 『ナニカ』は、理解出来る言葉を超えて叩きつけるように頭に雪崩れ込む!



 熱い!?


 頭が沸騰しそう!




 『どうしよう、俺、ヤバイ…愛してる! 愛してるよ! ガリィちゃん!!』




 恐い! 恐い! 恐い! 助けて! お兄ちゃん!!






 「あーうー」



 ゴリュ!



 痙攣していた尻尾の先に感じた、咬み付かれたような痛み!!




 「にぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




 ガリィは、体にしがみ付いていたソレを雷撃で吹き飛ばした!




 「がはっ!!」



 ソレは、抵抗する間も無く弾き飛ばされ近くの木にぶつかって止まる。




 「はぁ はぁ はぁ…!」


 「あつつ…ひでぇよ…俺体弱いんだから優しくしてよ…」

 

 


 死んだと思ったソレは、後頭部を押さえながらヨロヨロと立ち上がった。



------------------------------





 しまった! やり過ぎたぁぁぁぁ!



 俺の好みどストライクの金髪けも耳全裸美少女が、その髪と同じ輝く金色の瞳に恐怖の色を浮かべ涙を溜めながらガタガタと振るえ地面にへたり込んでいる!




 あ~あ~どうしょ~こんな事するつもりじゃなかったのに!



 


 あの後、あの白い女を亜空間に沈め振り返った時には死んだ筈のレンブランの姿は無く残されていたのはもぬけの殻になった衣服にリュックサックときょとんとした顔でこっちを見てる赤ん坊。


 どういう原理かは未だ解明されていないらしいが、この世界では死者の死体は残らない。



 どう言う訳か、家畜や魔物以外の種族は一部の例外を除き_____なんて知りもしなかった知識が勝手にこの状況を理解させる。



 俺は、痛みとか色々な物でドロドロになった体を引きずりレンブランの居た場所に戻りもぬけの殻になった衣服を尻目に傍に放置されたリュックに手を入れ中をまさぐった!



 四次元空間のように無限に広がるリュックの闇の中から、ソレは容易に見つける事が出来た。



 ずるっ。



 俺は、掴んだソレをリュックから引きずり出す。



 白いが、所々汚れた傷だらけの腕。



 その腕を引っ張り、脇に手を回して、その全身を四次元の闇から取り出した。


 


 「…レンブラン…」



 苦痛に顔を歪め眠る金色の髪に耳と尾をもつ少女を抱きとめ、俺は亡き少女の兄の名を呟く。



 この世界で最も少女を愛し、永久に繰り返す時の中でたった一人で運命に抗った『英雄』。



 …そして、何処の誰とも知れない俺を救った恩人。



 たとえ、それが途中からとは言え妹を救うために利用されたからと言って感謝こそすれ恨みなどしない。



 何らかの意思がそこに働いていたとして、もしレンブランに出会えなければこんな得体の知れない世界で何の力ももっていなかった自分は間違いなく死んでいただろう。



 その恩人は理不尽な運命に殺され、膨大な知識と妹を俺に託した。





 『…妹を…守って欲しい』




 レンブランの願い…非力な俺に守れるだろうか?



 少女は唸り声を上げ、振るえながらその体に稲妻を走らせる。





 方法は分かっている。



 レンブランの想いと共に全てこの頭に刻まれた!



 俺は、シャツを脱ぎ上半身裸になって稲妻の塊を抱きしめる…まだ上手くコントロール出来ないから接地面が広いに越したことは無い。




 「コード:40335ブレイン・コネクト」


  


 全身を駆け巡る電磁場を手繰り俺は、少女の意識にダイブして壊れた意識を掻き集める。



 それから2週間。



 リュックにあった食料で最低限の栄養補充をし、赤ん坊の世話以外全てを崩壊した精神の修復にあてたよ。



 努力の甲斐あって、不完全ながらもガリィちゃんは自我を保てるまでに回復したさ!




 …その代わり…俺の心は引き裂かれた…。




 記憶をベースにするとは言え、完全に破壊された精神は俺のサポート無しに構築されない、つまりコレは更地に基礎から家を建てるのと同じだ。




 そう。



 0から…ガリィちゃんをどう『造る』かは俺しだい…コイツの全ては俺のモン…。



 ゾクッ…と、腰が砕けそうな甘美な高揚感に狂おしいほどの愛おしさが込上げる。



 赤ん坊に前歯が生え一週間もしたころには、外郭が形成され人格が急速に成長するさまを目の当たりにして俺自信の激しい感情が溢れだしそうでヤバかった!



 うっかりこんなの流したらショックで壊れるだろうから!



 つか!



 それ以外にも理性(性的な!)が、かなり危険なラインまで上り詰めてブレイク寸前の所で最終防衛ライン『レンブランの遺言』が発動し本能の暴走を止める…その繰り返しだ!



 ラスト3日間は、己との戦い!


 正に死闘と言っても過言ではない!


 まさか、最初の敵が自分自身だったとは…!



 己との死闘に勝利し得たのは、構築が終了し静かに寝息を立てる俺のマイ・エンジェル。




 嗚呼! 頑張った俺! 自分で自分を褒めてやりたいね!



 


 …なんて…自画自賛した直後、不安げに腕の中から見上げた金色に理性がぶっ飛んだ訳だけど。





 弾き飛ばされ木に激突。



 魔法系が一切効かない俺でなければ死んでいたであろう『狂戦士』の雷撃!



 危なかった、もし物理攻撃だったらマジであの世行きだったな…。



 俺は、恐怖に震えるガリィちゃんを眼鏡越しに見る。


 良かった~抑えきれなくて一気に感情を流し込んじゃったけど精神は保たれているみたいだ、タフに造っといた甲斐があったぜ…。





 痛む後頭部を摩りながら立ち上がると、金の瞳が恐怖に染まる。




 ああ…クソ可愛い…。




 「そんなに恐がんないでよ…ガリィちゃん」




 もっと、泣かせたくなるじゃねーか…。




 「ひゃう!」



 迫り来る恐怖からその場を逃げ出そうと立ち上がったガリィちゃんが、可愛らしい悲鳴をあげその場にヘナヘナとへたり込む。



 「う"に"ゃぁ! はっ、はなしてっ!」



 ぷるぷる震える伏せた耳に、顔を真っ赤にして目に涙を溜めるガリィちゃん…なんだ?



 へたり込むガリィちゃんが、震える指で必死にそれを指す。




 ガジガジ…モジュモジュ…。




 「う"?」


 

 そこには、一心不乱に金色のフサフサの尻尾の先端にむしゃぶりつく赤ん坊が悪びれもない表情で俺を見上げる。



 そういや最近歯が生え始めたからやたら何か齧りたがるんだよな…。




 「やぁ…とって…コレとてぇぇ~…!」



 どうやら、尻尾が性感帯らしいガリィちゃんは体に力が入らずたった今まで脅えていた相手に助けを求める。


 

 全裸のけも耳美少女が、涙目でお願いとか!



 何コレ!?


 グッジョブmyson!


 俺、今なら萌え死ねる!!!!



 俺はぐつぐつ煮えたぎる欲望を抑え、ガリィちゃんの正面にしゃがんで視線を合わせる。



 「あ はっ? ひぅ!」


 「やぁ、始めまして…って言うかもう二週間は添い寝してたんだけど…俺は小山田浩二…お兄ちゃんの友達だよ」



 『お兄ちゃん』と聞いて、涙目の金色の瞳が見開く。



 「お おにいちゃん…ドコ…?」




 まるで、小さな子供が不安げに浮かべるそれは俺の心を締め付ける…ふざけてる場合じゃねーよな…。




 俺はガリィちゃんの背後に回り、ぷるぷる震える尻尾を引っ張って赤ん坊から取上げる。



 『あーうー』と不満そうな声を上げる赤ん坊に、最近お気に入りの俺の赤いスマホを渡すとごきげんでガジガシと咬み付いた。



 「さて…」



 俺は、肩で息をするガリィちゃんに視線を向ける。



 「レンブランからの伝言だよ、受け取って」



 意味など理解する間も与えず、背後からガリィちゃんを抱きしめ伝える。




 俺の中に記憶されたレンブランの想い…君はお兄さんにこんなにも愛されていだんだ。







 

 背後から抱きしめる腕の中で、泣き叫ぶ金色。





 何故? どうして? 嫌だ! と叫びながら、体中から雷を走らせる。




 妹は知った。

 


 兄が、何千と世界を繰り返し自分を救くわんが為に死んだ事。


 そんな兄の前で、自分が何千と死んでしまった事。


 

 そして、苦しみもがきその果てで恐らく今度こそ兄は『死ねた』のだと。




 「俺は、レンブランと約束した…君が誰からも殺されないくなるまで守るって」

 



 背後からする声は、恐ろしく冷静で静かだった。


 先ほど、までの『熱』は微塵も感じられないまるで無機質な冷たい鋼のような意志。 




 「ど して…?」



 当然の疑問だろう、狂戦士は死なねばならない。



 死して勇者の糧となり、世界を救う礎の一部と化す。



 兄はこの『理』に抗い続けてくれたが、命すら投げ打ってもついぞ成功はしなかった。




 恐らく、『世界』と比べ兄や自分の存在など__________。




 「『認めない』」




 それは、兄の声と重なった。


 

 「全てを救うために一つを犠牲にするなんて…大勢の為に一人を切り捨てるなんて俺は認めない! そんな事でしか守れない世界なんぞ滅べばいい!」



 雪崩れ込む感情に『火』がつく…吐き気がするほどにグツグツと頭の中が沸騰する!



 『だから、俺は決めたんだ』



 なにを?



 『全ての元凶を…時と時空を司る女神クロノスをぶっ殺す……!』



 まるで、殴られたかと思うほどに叩きつける『意志』。




 ぁ ダメ。



 女神クロノスが、世界にとってどういう存在かそれは4歳までしか外界にいなかった身にも解る。



 この暖かな温もりの持ち主は、神を『世界』を敵に回すつもりだ!




 ああ…余りにも脆くこんなにもか弱いのに…!



 その背後から回る腕は、もし自分が軽く肩を震わせるだけで簡単に付け根から下が弾け飛ぶだろう。

 


 伝わる微弱な電流は、背後から抱きしめるソレが魔力は愚か己の傷すら即座に回復出来ない程脆い種族であることを知らしめる。



 もし、ソレに死なれたらまた自分は『兄』を失う事になるだろう。


 兄の意志も想いも、もうそこにしか残っていないのに!




 そっと離れる温もりに、縋り付きたい思いを堪えてガリィも決めた。



 _____もう『お兄ちゃん』を絶対に死なせはしない_____







------------------------------




 「女神を倒すって具体的にどうするの?」


 


 朝露きらめく爽やかな森で朝食を食べていると、ガリィちゃんが急に話を切り出してきた。



 「ゴホッ! 朝っぱらからディープだね~ガリィちゃん…」


 「真面目に答えて!」



 金色の瞳が、向かいに座って肉を頬張る俺を睨みつける。



 はぁ…良く見れば、ガリィちゃんはキャンピングテーブルに乗せられた食事に手をつけてない。



 まぁ、レンブランが死んだとか世界が何千回も繰り返してるとか起き抜けにつっ込み処満載の情報をぶち込まれれば食欲も無くすかね。




 「ガリィちゃんは、俺が守るから心配スンナって______」


 「そんなの無理だもん!」



 ガリィちゃんは、憤慨したようにテーブルを叩き俺の方に身を乗り出す。



 「コージは、こんなに弱くて脆いのにどーやって女神を倒すの!? それに、守るってなに? ガリィのほうがずっとずっと強いんだよ!」


 「まぁ、落ち着けよ~先ずは飯食えってば! ガリィちゃんはこの二週間、ろくなもん食ってないんだからさぁ」


 「そんなの_______?」




 トン。




 俺は、眼前まで迫った半ば興奮気味なガリィちゃんの額を人差し指で軽くこずく。



 「『おすわり』」


 

 すると、ガリィちゃんは『ふにぁ?』っと可愛らしい声をあげストンと自分の席に腰を落とし頭に『?』を浮かべこずかれた額を摩る。



 ちょっとビリッとしたかもな。



 「一日の始まりは朝食から! コレで食料も最後だし説明は此処を出た後って事で!」




 俺の言葉に、ガリィちゃんがカクンと首を傾げる。




 「出る? 森から出られるの?」


 「もちのろんですよ~俺がどうやって森に入ったと思う? まぁ、先ずはこの空間から脱出しなくちゃいけないけどね…」


 

 俺は、足元で這い回る赤ん坊を抱き上げ膝に乗せる。



 そんな俺をガリィちゃんは、更に訝しげに繭を潜めなが睨み真っ赤なドンドルゴの実に齧りついた。




 




 「……コレでよしっと!」





 俺は、レンブンランの四次元リュックにテントやキャンピングテーブルやなんやを詰め込んで肩に担いだ。


 これど程の重量の物を詰め込んでも、体積や重量が変わらないなんて流石レンブランの造った道具…有名な猫型ロボットを彷彿とさせる万能っぷりに頭が上がらない。


 

 「よーし! 準備はいいかー? 忘れもんないなー?」



 周囲を見回し、確認する。




 「あうーああー」




 足元で赤ん坊が、亜麻色の目を輝かせ俺の真似をして声を上げる。



 「おっと、お前は抱っこだな~」



 その様子を、少し遠巻きに見つめる金色に俺は手を差し出した。



 「おいで」


 「何がおこるの?」



 まるで、人見知りな猫のように尻尾の毛を逆立てて不安げな表情を浮かべるガリィちゃんに頭の中で悶えながら半ば強引にその手を掴みに行く!



 「見てなよ」


 「え? あ??」



 手を握られた事に少し驚いたガリィちゃんだったが、それ以上に周囲を見回し言葉を失う。



 「も 森が消える…?」



 驚愕に染まる瞳に写るのは今までそこにあった筈の木々や草、土までもがまるで糸が解けるようにその形を失い消滅するという不可解な現象。



 あっという間に、森は消え空の青すら色を失う。



 「うきゃぅぅぅ!?」



 地面の土が消える感触が素足には気色悪かったのかガリィちゃんは、俺の腕にピッタリと体を寄せ両足で体にしがみ付く!



 え? 何コレ密着しすぎでしょ柔らかっ!!



 超らっき…ぐっふっつ!?



 余りの出来事に恐怖するガリィちゃんの両足が、容赦なく俺の胴を締め上げる!!




 「まって! まって! 出ちゃう! 内臓でちゃうぅぅっぅ!!!!」


 


 突然消えた森と、あたり一面真っ白な空間にガリィちゃんの恐怖メーターは振り切り畳まれたけも耳は俺の命乞いなど聞こえ無い!!



 死ぬ!


 このままでは、死んでまう!!!



 「コードっ! 50447…オープン・ザ・ドアっ!!」



 その瞬間、一瞬だが地面の感覚が無くなる。





 「うにゃぁぁあぁぁぁ!!」


 「きゃっ! きゃっ!」


 「ぐふっ!!!」







 効果音をつけるなら、『ドサッ!』とか『ベシャ!』ってのが似合いそうな感じで俺たちは地面に叩きつけられた。





  真っ白な空間から一転、俺の目に飛び込んだのは緑の草木と衝撃を吸収するような顔に当る柔らかい感触。




 内臓さえ締め付けられてなければ、さぞ至福の瞬間だっただろう。

 


 地面に叩きつけられると同時に、胴にしがみ付いていたガリィちゃんの足が緩む。




 「ごほっ! …たすか______」




 チャキッ!



 ガリィちゃんに覆いかぶさるような状態から顔を上げた俺の額に、触れるか触れないかの擦れ擦れに突きつけられる見覚えのある『大剣』。




 「やっと、現れたねぇ…『黒髪の男』!」



 2mはあるであろう長身に褐色の肌、少し伸びた短髪の赤い髪を後ろで束ねそいつは冷たく微笑む。



 思わず『姐御』と呼んでしまいそうな雰囲気のその人は、はちきれんばかりの豊満なバストを窮屈そうに白銀に輝くプロテクターに押し込めそれ以外上半身には何も身に着けず下半身はプロテクターと同じ素材と思われる腰当てにシンプルなブーツ。


 一見、軽装備に見えるが恐らく使われているのは高純度のオリハルコン_____この装備なら一撃くらいガリィちゃんの本気の雷撃にだって耐えられるだろう。




 「あら、カランカさんじゃないですか~えらく重装備ですね? 今からピクニックですか?」



 「いや…狩だよ、長らく待ってやっと獲物がかかったのさぁ…なんだかお取り込み中みたいだけどねぇ」




 俺は、抱いてた赤ん坊をガリィちゃんの腹の上に置いてゆっくり上から退き立ち上がる。



 カランカは、ソレを咎めるでもなく俺の額から剣先を逸らす事無く突きつけた。




 「全く、面倒な事になったねぇ」




 カランカは、俺に剣を突きつけたまま地面に座り込んだまま赤ん坊を抱くガリィちゃんとその胸の中できょとんとした顔で此方を見る赤ん坊にため息を付いた。




 「コージ…!」



 パリッっと、ガリィちゃんの金色の髪に小さな稲妻が走る!



 俺は、それを制止するように手を振った。



 「世界を救いたいあんた等に、唯一『勇者』を成長させる事の出来る俺は殺せないだろう?」


 「ほ? 知ってたのかい? ああ、確かにその通りさ…」




 額に突きつけられた大剣が、すっと下ろされる。




 「だから、アンタにはアタシ達と一緒に『勇者の使徒』として魔王討伐に参加してもらう!」



 「!!!?______じょ!!?」




 『冗談じゃない!』っとガリィちゃんが叫ぼうとした瞬間、岩陰や木々の間からカランカと同じ素材の防具に身を包んだ兵士と思われる一団が現れ俺達を完全に包囲した!


 見た所、魔力に特化したエルフ50に物理攻撃が中心の巨人族が30に加え『勇者の従者』たるカランカねぇ~見るからに無理ゲーだ!



 が、それでも本来なら狂戦士のガリィちゃんの敵では無い…そう『本来』なら!



 「コージ! 下がって! こんな奴等ガリィが______」



 「やめろ!!」



 俺が叫んだときには遅かった!



 バチッ!



 「ぎゃぅっ!?」




 ガリィちゃんは、喉元を押さえ体を丸めるように横たわりヒクヒクと痙攣を起す!



 「やっぱり…暴走してないから何か仕掛けが在るとはおもったけどねぇ…」



 カランカの声が、目を細め冷たく呟く。



 「ガリィ!!」



 地面に放り出された赤ん坊を抱え、俺はガリィちゃんに駆け寄る。



 「なに コレ…?」


 「あ~…レンブランが造ったリミッターだよ言うの忘れてた…落ち着いて魔力を抑えるんだ!」



 俺はガリィちゃんの崩壊した精神を再構築したが『狂戦士の力』の制御は困難を極めた為、普段は本来の力の100分の1位の出力に止める様に神経回路を調整しソレを超える魔力を放出しようとした場合レンブンランが造った『鎖の首輪』形の魔力制御装置が発動するようにプログラム変更した訳だが…参った!



 …コレじゃ効きすぎだ!



 ガリィちゃんの震える手を握り、魔力の調整を______なんて、カランカが許すはずも無い。



 ジャリッっと、ブーツが地面の小石をつぶす。



 「さぁ、大人しく来てもらうよ!」


 

 屈強な巨人族の戦士を従え俺たちを包囲したカランカは、拳を振り上げニヤリと笑う。



 その鉄槌は、俺の頭部に無慈悲に振り下ろされ霞む視界に見開く金色と赤ん坊の泣き声が虚しく響いて俺の意識がそこで途絶えた。










 ……いった…は…は…~!


 

 …ははは~♪


 上手く行った!


     上手く行った!


   僕ちゃん天才!!!!





 『…なにが?』





 え"?


 何!?


 聞こえてるの????



 …いや~何でもないよ…うん!




『はぁ?なんだそりゃ?余計に気になる!』




 ああああ!


 もう!


 さっさと起きなよ!


 小山田くん!


 

 ガリィちゃんが困ってるよ!





 バチッ


 



 「うぎゃっっっっ!?」

  


 理不尽に突き抜ける電撃に、俺の体がその意志とは関係なく跳ね上がる!



 起き抜けに何かゴミみたなのを吸い込んでしまい咳き込みながら体を起す俺が最初に目に付いたのは、敷き詰められた藁に鉄格子。



 まるで家畜小屋のようなこの感じは、レンブランの村でぶち込まれた牢屋ににて…いや、牢屋だコレ!



 つか何?


 なんか揺れてんですけど!?


 牢屋全体が、ゴトゴトと地震…じゃねーこれ…。



 流れる景色と、時折ガタンと大きく揺れる牢屋。


 ガタガタと牢の四隅から聞こえるの音は恐らく車輪。


 

 寝ぼけた頭がようやく自体を理解する。


 俺達はどうやらカランカに捕まって売られる仔牛如くドナドナ中らしい。


 

 その証拠に移動する牢屋の回りにはオリハルコンの鎧に身を包んだ屈強の兵士たちが此方を見ながら顔を赤らめ鼻の下を伸ばして…って、おかしくねぇ!?




 「コージ!!!」




 兵士に気を取られていると背後からガリィちゃんが、焦ったように俺のを呼ぶ!



 

 「ガリィちゃ…ブッ!!」



 振り向くと、そこには涙目の全裸けも耳美少女が赤ん坊に授乳中する姿が!!




 「くっついて離れないの! たすけてコージ!!」




 どうしよう!


 鼻血がとまらねぇぇぇ!!



 つーか! 全裸がナチュラル過ぎて、ガリィちゃんに服着せるの忘れてた!



 そんなガリィちゃんの痴態に、兵士どもが艶かしい視線を向ける!




 「っち! てめーら見てんじゃねーよ!!」



 俺は、慌てて学ランの上着をガリィちゃんに掛けて胸に吸い付く赤ん坊を剥がしに掛かった!



 チュバッ!


 

 「やーうー! まんまー!」


 「何が『まんまー』だ! ソレ俺の! お前の飯はこっち…ってか、喋べっ うぶっ!!」



 赤ん坊は引き剥がした反動を利用し、今度は俺の唇を襲撃する!






 しまった!と、思ったがもう遅い!



 ぶじゅぅぅぅぅぅうぅぅぅうぅうぅうぅぅ~~~~!



 唇に吸い付いた赤ん坊が、強引に俺の舌に喰らいつく!



 

 「ぷぇあっ! ちょ! まっ!!」



 懇願を無視し、小さな手で俺の両耳をつねるように捕まえ頭を固定した赤ん坊は不機嫌そうに『腹が減った』と舌に喰らいつきじゅうーじゅうーと吸う。



 その様子を柵ごしに見ていた兵士達からは、なにやら微笑ましい珍事を見守るが如くクスクスと笑い声が広がる。


 

 恥ずかしい…年端も行かない赤ん坊に口腔内を貪られる姿を大勢にガン見されるとか!!



 今なら羞恥心で死ねる!!!




 俺の気持ちなんかお構いなしに、羞恥心の欠片も持ち合わせていない赤ん坊は本能の求めるまま『よこせ! よこせ!』と生えかけの歯で舌をギリッっと噛んだ。 



 イテテ…分かったよ!



 あーあー、飯食ったばっかだったのに。



 俺は、目を閉じて意識を集中した。



 すると、唇に吸い付く赤ん坊の体がにわかに発光する。



 「コージ!!?」



 その異様な状況に、ガリィちゃんが慌てて俺から赤ん坊を引っぺがす!




 「けぷっ」


 

 ガリィちゃんに引っぺがされた赤ん坊は、満足そうに可愛らしくゲップをしてふにゃっと微笑む。



 この飢えた獣め! 


 可愛いじゃねーか! ちくしょ!



 藁の上に蹴躓いていた俺は、そのまま後ろに倒れこんだ。




 「こっコージ!? 大丈夫!!」


 

 赤ん坊を抱いたガリィちゃんが、突然ぶっ倒れた俺を心配そうに覗き込む。


 わお…ナイスアングル。



 羽織った学ランからのぞくたわわな実りが艶かしい…やっぱチラリズムは男のロマンだなマッパよりそそる…。



 けど今は。




 ぐうぅぅぅぅぅぅ…



 

 絶景を前に、俺の腹が『花より団子』だと警鐘を鳴らした。




 「は はらへった…」  



 飢餓状態の俺に対して、満腹になり幸せそうにガリィちゃんに抱かれて眠る赤ん坊。



 そう、赤ん坊は今の所この方法でしかカロリーを摂取する事が出来ない。


 コレは俺の仮説だが、多分俺の摂取した栄養を赤ん坊が強制的に魔力に変換して吸い上げていると言った感じなのだろう。


 レンブランは魂が吸い上げられていると解釈してたみたいだけど、もしそうなら俺なんてとっくに死んでるだろうから…多分…きっと、魂とかではないと思いたい!





 

 ガタゴトとドナドナされること半日。



 すきっ腹を抱えた俺の目に飛び込んで来たのは、もはや懐かしさすら感じるあの村。




 「あそこは…」



 その村を目の当たりにしたガリィちゃんの表情が曇る。



 そこは、過疎化の進む廃れた村クルメイラ。



 レンブランとガリィちゃんの故郷。



 但し、どう言う訳か廃れていたはずの村は物々しい不陰気の兵士達で溢れ村の外壁は敵からの攻撃でも防ぐかのような先端の尖った太いでその回りを囲む…まるで砦だ。



 「止まれー!!」



 カランカの声が響くと、牢屋を引いていた一団が止まる。



 さっきから気になってはいたが、こいつら一体何なんだ?


 四畳半ほどの大きさの車輪のついた牢屋を半日以上引き続けたこの緑色の生物。



 緑色の鱗に長い尻尾、鍛え抜かれた太ももに鋭い鍵爪…一言で例えるなら直立二足歩行をする大トカゲだ。




 牢屋の柱と台車から伸びる太い鎖をその屈強な体に巻きつけ、休む事無く馬と同じ速度で引き続けた大トカゲ20人(匹?)はようやく休む事を許され方膝を地面に着け上がった息を整える。


 


 そんな緑の集団の一人の頭にガツンと、かなり大きめの石が当った。



 俺が石の飛んできたほうを見ると、恐らく石を投げたであろうエルフの兵士がゲラゲラと醜悪に笑い更に石を投げつけるが周りにいた兵士達はソレを咎めるでもなくその様子を笑いながら見ている。



 何個も石が直撃しているにも関らず、その大トカゲは片膝を地面に着き背筋を伸ばしたまま微動だにせずただ真っ直ぐに前をむく。



 ガッツ!



 遂に、石の直撃した側頭部がぱっくりと割れ血が流れた。




 「おい! てめーら! 仲間になにしてんだ!!!」



 俺は、余りに理不尽な仕打ちを受けるこの緑の生物が不憫になり思わず声を荒げる!



 すると、俺の言葉がさも面白いとばかりに回りの兵士達がゲラゲラと笑い出した。




 「おい、お前!そりゃ何の冗談だ? リザードマンが『仲間』だって? 冗談にしちゃ上出来だな! がはははははは!」



 巨人族の兵士が、腹を抱えて大笑いし微動だにしない『リザードマン』と呼ばれた大トカゲに蹴りを入れる!





 巨人族にしては小柄だか、身長5mはありそうな兵士の蹴りを受けたリザードマンは体に巻きつけた鎖の所為でダメージを逃がす事も出来ず更に鎖が肉に食い込み血を流す。



 「おい! なにすんだ!!!」



 「こいつらリザードマンは、家畜と同じだ! こんな連中と同じに見やがって…カランカ様の命令がなけりゃコイツと同じ目にあわせる所だぞ小僧!」



 蹴り倒され地面に這うリザードマンを、巨人の兵士は更に踏みつける!



 仲間が酷い仕打ちを受けていると言うのに、他のリザードマン達は片膝を地面に着く体勢を崩さす真っ直ぐ前を向いて微動だにしない…なんで誰も助け______。



 その時、目の奥がチリチリと痛み頭の中にスライド写真のように画像が浮かぶ!



 コレは、レンブランから引き継がれた知識の一端だ。




 「っ…リザードマン…下等種族 奴隷 家畜…?」



 蓄積されたレンブンランの知識が、俺の脳裏にリザードマンに関する情報を表示する。



 …知能が低く、社会性も見無…一般的に家畜と同じ扱いを受ける下等種族とされているが…それは間違いだ!



 レンブランの見解によれば、彼等は独自の社会性をもち知能もそれなりに高いし魔力も他の種族に引けを取らない筈。



 よく見れば、弄られる仲間を助ける事が出来ない悔しさからかリザードマンたちは微かに体を震わせ拳を握り絞めている。



 彼等には、社会性も知識も十二分にある!



 こんな扱いは間違っている!!




 すっかり、ぐったりしてしまったリザードマンの頭部に巨人の兵士が足を振り上げる!


 あんなオリハルコンのふんだんに使われたブーツのかかとで踏まれたら、きっとあのリザードマンの頭部は簡単に潰れてしまうだろう…くっそ!




 「ガリィちゃん! 出来るだけ下がって!」



 「コージ!?」



 出来れば、飯にありつくまで大人しくしていようと思ったがコレは見逃せない!





 「コード:30456アース・アウェイク!!」



 突如、謎の言葉を発した俺に全ての兵士の視線が集まる!




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ




 地面が揺れる。



 「なっ なんだ!?」


 「地震か!?」



 突如揺れだした地面に、兵士達はうろたえ隊列が乱れる!





 「何事だい!!」



 そこへ、異変を察知したカランカが漆黒のユニコーンに乗って駆けつけた!


 


 「かっカランカ様!」




 余りの揺れに地面に立つ事すらまま成らない兵士が、青ざめた顔で空を指差す。



 「な!!?」



 上を見上げたカランカの目に飛び込んだのは、地面から15m程上空に無数に浮かぶ長さ10m太さ1mの岩の柱。


 それも一本だけじゃない、数百もの岩柱が兵士達の頭上に浮遊する。



 カランカは、牢の中にいるこの異様な光景の元凶と思われる少年に視線を移す。



 「アンタ…!」



 少年は、カランカと目が合うと冷たい笑みを浮かべ手を軽く握り親指を下に向けた。



 

 「つぶれろ」




 ドドドドドドドドドドドドドドド



 細めた左目の緑に、空から無数に降りそそぐ岩柱に逃げ惑う兵士の叫び声と舞い上がった土埃が映る。



 オリハルコンの装備を身につけているお陰で死人は出ないだろうが、コレでは無事と言う訳には行かないだろう。

 

 その様子を、さも楽しげに肩を震わせながら見る背中に狂戦士と呼ばれた少女はうすら恐いモノを覚え思わず胸に抱いている赤ん坊をぐっと抱きしめた。



 地響きが過ぎ去り、この牢屋とソレを引くリザードマン達を除いて誰も地面に立つ者など…いや、いたか。




 「っく!」



 カランカは、大剣を地面に突き刺し辛うじて体勢を保つ。



 ガッ



 そんな彼女の目の前で、何十にも魔法強化・魔力無効化などの加工の施されていた筈の牢の格子がまるで腐った木のようにいとも簡単に蹴り壊された。



 ヒョイと牢屋から飛び降りた少年がチラリと自分を見る。





 殺される!


 



 思わず身構えたが、少年は自分になど興味がないとばかりに何故か牢を引くために使っていたリザードマン達のほうへ駆け寄る。



 何をしているんだ?




 「ひでぇな、大丈夫かよ?」



 倒れていたリザードマンに駆け寄った少年に、他のリザードマン達が警戒する。




 「落ち着けって! 俺、小山田浩二ってんだけど…ええ~と、『俺コイツ助ける』分かるか?」

 



 少年は、リザードマン達に優しく微笑んだ。 





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 うへぇ、こりゃひでぇ…。



 俺は、頭から血を流し地面に横たわるリザードマンの傷の具合を見ようと手を伸ばす。




 グルルルルルルルル…



 不意に伸ばされた手に、横たわるリザードマンとその仲間が殺気だった唸り声を上げる。



 「安心しろ、酷い事はしない」



 少しの沈黙し視線を絡ませる。


 すると、横たわるリザードマンの爬虫類的な黄色い瞳の中のぴんと細くなっていた瞳孔が少し緩み他のリザードマン達も唸り声を止め警戒がうすくなった気がした。




 「触るからな?」




 血が流れる即頭部は、ベロリと皮が剥け中の肉が見えている。

 

 

 「ぐっ」



 「あ、わりぃ…ちょっと待てよ!」



 俺は、持って来たレンブランのリュックからガラスの小瓶を取り出す。



 「かなりしみるけど、一番効くヤツだからな」



 手の平に琥珀色の液体を零して、傷口に塗りこむ。



 「ぎゅ!? ううう!」


 「ごめん、ごめん、我慢な!」



 その様子を、心配そうにおろおろしながら仲間のリザードマン達は見ている。




 「アンタ…なにやってんだい?」



 背後からする女の声。


 振り向くと、地面に這い蹲り呻き声を上げる兵士たちの屍累々(誰も死んではないが)の中で唯一地面に立つ人影が此方を呆気にとられたような表情で見ている。


 


 「お宅の、躾のなってない兵隊さんがボコッた怪我人の介抱ですがなにか?」


 

 俺は、素っ気無く答えて治療を続ける…包帯どこやったかな?



 「な まさか…リザードマン如しの為にこんな事をしたっていうのかい…?」



 カランカは、信じられないとばかりに息を呑む。


 オリハルコンの装備を身に着けていたお陰で、死亡者こそいないが強固な装備の中身は血の通った肉…その装甲こそ傷一つ無いが広範囲に渡って降り注いだ岩柱の衝撃は殆どの兵士が身動き取れなくなる重軽傷を肉体に負わせるには十分だった。



 そして、これ程の大惨事を引き起こした理由が奴隷…いや家畜といっても過言ではない下等な種族を救う為だと言う。



 カランカは、眩暈を覚えたようだ。



 

 俺は、やっとリュックから取り出した包帯をリザードマンの頭に巻き他の傷にも薬を塗る。



 その様子を訝しげに見るリザードマン達。



 多分、今まで怪我とかしても治療らしい治療を受けた事がないのだろう。



 良く見れば、リザードマン達の体には生々しい傷跡があちこちある。



 「ごめんな。 俺、治癒魔法とか使えない…って言うか、魔力とかもってないからこんな事しか出来ねぇけど…」



 すっかり治療の終えたリザードマンは、爬虫類特有の目を見開いてまるで変な物でも見るような眼で俺の事を頭のてっぺんから足の先までまじまじと見つめる。



 しかし、酷い。



 怪我をしているリザードマンもそうだが、他の鎖に繋がれている奴等も鎖にすれて手首や足首に血が滲んでいる。



 俺は、横たわるリザードマンの手首に食い込む鎖に触った。



 パキン!



 鎖が、いとも簡単に壊れる。



 やっぱりねぇ。



 この鎖といい牢の格子といい多分、魔力が大いに関係しているんだろう。



 俺に魔力は効かない、それどころか魔力自体を相殺するか破壊してしまう。


 だから、牢の格子だって蹴りいれたら簡単に壊れたし!


 俺は、片っ端から鎖に触って破壊する。



 「ほら、もう自由だ! 早く逃げろよ!」



 何が起こっているのか理解できていないリザードマン達は、呆然とした面持ちで俺を凝視するばかりで誰も動こうとしない。



 「ほら? どうした? 行けよ! こんな所にいたんじゃもっと酷い目に遭うかもだぜ?」



 「馬鹿が」



 背後で、満身創痍のカランカが人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。



 「こんな、考える知能もない家畜に自由など与えても野垂れ死ぬだけさ」



 カランカの言葉に俺ははっとする!


 そうか、いくら潜在的な能力は高くとも今まで何千年と家畜として扱われてきた彼等に行き成り『自由』だと言っても意味など判るはずはない。



 

 しまった…。



 俺が自分の浅はかさを反省していると、今まで立ち尽くしていたリザードマンの一人が急に片膝を地面に付き俺に向って深く頭を下げソレを皮切りに横たわっていない全てのリザードマンが同じポーズで頭を垂れる。




 「おい!」



 「我ガ主ニ忠誠ヲ」




 リザードマン達がいっせいに舌を鳴らした。





 「おおう???」



 突然の事に俺はたじろぐ!



 何コレどゆ…あっ…良く見ればリザードマン達は微かに震えている。




 「コージ!」


 

 背後からの声に振り向くと、学ランの上着をはおったガリィちゃんが胸元でぐっすり眠る赤ん坊を抱えて立っていた。



 いいな…アイツ…。



 

 「コージ、早く答えてあげないとその子たち可哀想だよ!」



 「うえ? 答える??」



 ガリィちゃんの言葉に、胸に顔を埋める赤ん坊を見ていた俺は思わず声が裏返る。



 あ…チリチリと左目奥が痛み情報がスライドする。



 コレは、リザードマンの奴隷が新しい主に対して行なう服従のポーズ。



 つまり、仲間のピンチを救った俺を新しい主として隷属したいって事か…重い、重すぎる!



 こんな異世界で、いきなりリザードマンの奴隷が20人できるとかどんだけだよ!!



 「こっことわっ…げっ!」



 リザードマン達の口から血が滴る!



 何!?



 断ったらこいつ等死ぬの?



 ああ、マジっぽい!!!




 「えっと…あ~聞いてくれ! 俺は『奴隷』や『家畜』はいらない! ちょ、待て! 舌咬むな! 最後まで聞けってばぁ!!」



 俺は、今にも舌を噛み切らんばかりのリザードマン達を諭す!




 「いいか? 奴隷とかじゃなくてさ…もっと、なんかほら友達…そうだよ! 俺とお友達になろうぜ! え~と、仲間! フレンドお分かり?」

 



 俺の言葉の意味がよく分からないのか、リザードマン達は戸惑ったようにお互いの顔を見合わせる。



 う~ん、こりゃ行き成り理解させるのは無理か~…。



  「仕方ない…『許す』」



 その言葉を聞いたリザードマン達が、いっせいに舌を鳴らす。



 それは、主従契約完了を意味する鳴き声。



 不本意だが仕方ない、下手に誤解されて20体もの死骸を作るわけにも行かないし後でじっくり説明して理解してもらうとしよう。



 つか、それよりも…。



 「あ!」



 突然、ガクンと地面に膝を着いた俺にガリィちゃんが駆け寄る。



 「コージ! しっかりして!」



 ぐきゅるるるるるるるう~~~。



 俺の腹が断末魔の声を上げる! 限界だ!



 「はっ はらへった」



 ぐるんと視界が回り、俺はまたもや気絶した。






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 ああ…なんだ?



 やたらいい匂いがする…甘い…甘い匂い…唇に押し付けられているいのは、やわらかくて温かくて_______ガジッ!



 俺は、空腹のあまり起き上がる前にそれに食いついた!




 「何コレ!? うまぁっ!!!」 


 「コージ! よかった!」



 安堵の表情を浮かべるガリィちゃんに見向きもせず、まるで地獄の餓鬼の如くその手からソレを奪い貪った!



 「もっとあるよ!」



 どこから持って来たのか、ガリィちゃんが差し出した皿に10段ほど積まれたホットケーキのようなそれはシロップと思われるものを滴らせ甘い匂いを放っている!



 俺は、飲み込む時間さえ惜しくて次々口に詰め込む!



 「ん"っんんんんんんん!!!!」



 「コージ急ぎすぎ! お水飲んで!」



 ガリィちゃんからコップを奪って、喉に詰まった物を一気に飲み込んだ!



 うっぷ…死ぬかと思った!




 「まるで獣でち」



 聞き覚えのあるしたったらずな声に、俺はようやく食い物から視線を上げた。



 ぶっとい金属の格子の向こうに、白いローブに身を包んだ見覚えのある綿毛のようなふあふあの髪の幼じょ…幼児の姿を捕らえる。



 ん?


 つか、また牢屋なの?



 腹が落ちついてようやく周りの状態を理解した俺はため息つく。




 「一体どんな手を使ったれちか? リザードマンがあんなに抵抗するのを見たのは初めてれち」



 幼女___もとい、勇者の従者:魔道士メイヤは淡々とした口調ながらもその目には好奇心の色を浮かべていた。




 ん? ちょっと待て…抵抗?



 リザードマン達って!!



 「ガリィちゃ」

 「あのねコージ…あの後、村の方からいっぱい兵士がきて皆で逃げようとしたんだけど…ガリィ半分しか倒せなくてまた動けなくなったの…皆もがんばってくれたんだけど…ごめんなんさい!!」



 牢の床に敷かれた藁の上にへたり込んだガリィちゃんが、金色の目からぽろぽろ涙を流す。



 「赤ちゃんが…」


 「え!?」



 牢屋のどこを見渡しても赤ん坊の姿が無い!



 「おい! てめぇ等!」


 「勘違いしないでほしいれち! 勇者はもともと此方のものでち! そりにリザードマン達も重症でちが死んではないせちよ? 珍しい症例でちから生かして捕らえてまち!」



 メイヤはふふんと鼻をならす。





 「こいつ!」



 俺は、分厚い牢の格子に触れる!


 コレでぶっ壊れ______が、なにも起こらない!



 「無駄れち!」



 メイヤが、にやりと笑う。



 「この牢に使われてるのは、対あんしゃん用にこのメイヤ様の創った世界で最も硬い金属『ヤワラカクナイ』れち! あんしゃんは魔力が一切通用しないみたいれちが、そえ以外はそこいらの子供よりも脆くて非力にたいれちからね~」



 ケタケタと得意げに語る幼女…可愛くねぇ!




 「そりに、これ程の強度がありばそこの制限のかかった狂戦士では壊せんれちよ!」



 メイヤの言葉にガリィちゃんが、悔しそうに唇を咬み拳を強く握る。



 「ごめんねコージ」


 「ガリィちゃんがあやまる事ねぇ…って、うおおい!!?」



 空腹の余り気がつかなかたが、ガリィちゃんの両手の拳は皮が破け肉が見えている!




 「何しちゃってるの!?」



 恐らく、此処から出ようと格子を殴ったんだろう…それも一発じゃない何十発も!



 俺はボタボタ血の滴る拳を治療しようとレンブランのリュックを探すが、どうやら没収されてしまっているらしく牢の中には見当たらない!



 「このくらい大丈夫だよ?」



 慌ててる意味が判らないと、カクンと首を傾げるガリィちゃん。


 確かに、狂戦士の自己回復力ならこんな出血直ぐ止まるんだろうけどさぁ!



 「女の子なのに、傷とか残ったらどうすんの!」



 俺の発言に、メイヤがポカンと口を開けガリィちゃんが更に意味が判らないと繭を潜める。



 ん?


 俺なんか変な事言ったか?




 「…種族も違うれちに、なにふざけてまちか? 本当、なに考えてりかわからんれち! あんしゃんの為に三年も振り回さりたかと思うと情けないれち!」



 呆れたと、ため息をつく素振りを見せるメイヤの言葉に俺は耳を疑う!



 「おい! 今なんつった!?」


 

 格子越しに詰め寄った俺に距離をとりながら、メイヤは訝しげな表情を浮かべる。



 「一体何れち? 通訳がいりまちか? 種族も違う相手に好意をもってるようなそぶり____」


 「そこじゃねぇ! もっと後だ!」


 「振り回され____」


 「もうちょい前!」



 俺は、自分の聞き違いであることを切に願った。




 「『三年』れち、あんしゃんが勇者と狂戦士を連れ去って今日まであらゆる手段をこうじて次元的魔力の揺らぎを観測して…そりいがどうかしたれちか?」



 眉間に皺をよせ首を傾げるメイヤ。



 まさか…嘘だろ?



 もしかして、あの空間は外との時間の流れが違うとかそんな落ち?



 おいおいおいおい!



 レンブランの情報にはそんなのなかっ…あ、そうだよ…レンブランいつもあそこで死んでたからあの空間の時間の流れとか知らなかったんだ!



 つーことは…やべぇ!


 霧香さんと比嘉って、この世界で三年も!?



 いや、案外…魔王とか倒して家に帰ってるか…無ぇな…だったら赤ん坊を『勇者』だなんていわねぇし。



 一人無言で百面相する俺を、メイヤとガリィちゃんが訝しげに見る。




 「大丈夫コージ? もっと食べる?」



 俺は差し出されたホットケーキぽいモノを、無意識に齧る。



 この世界に着てから直ぐならまだしも、本当に三年もたってしまっているならあの二人を探すにしたってドコから手をつければいいんだ?




 ヤベぇ…マジでどうしよう。




 「ちょっと! あんしゃん! なに無視して食べてるれちか!!!」




 すっかり空気扱いだったメイヤが、苛立ったように捲くし立てる!




 「ゴクッ…うせっ! 今、それ処じゃ ムシャ、てーか食わねーとマジでやばい…ゴク」



 「はい、コージお水」



 「サンキュ」



 「人にモノを聞いておいてその態度はなんれちぃぃぃぃぃむきぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」




 俺は、水を飲み干してから地団駄をふみすっかりご機嫌斜めの幼女に視線を合わせる。




 「んで? 『勇者』を手に入れたってのにわざわざ『魔術師メイヤ』がこんな所までご足労頂いたってことは…まぁ…分かるんだけどね」



 メイヤが、チラリと俺を見てどこかバツの悪そう顔でもじもじして言った。




 「な 泣き止まないんれち…」




 だと思ったよ!




 今、ウチのお坊ちゃんは絶賛食べ盛りだ!


 しかも、俺を経由してしか栄養を取れないもんだから食ったそばから持ってかれるっていう異常事態でこっちは寝る間も惜しんで何か食べないと自分の生命活動が危うくなるってゆうw


 それこそ、レンブランがリュックに詰めてた2か月分の食料がたった2週間しか持たなかった程に!




 「まず、こっから出せよもちろんガリィちゃんも一緒にだ」



 「冗談じゃな入れち! 狂戦士を野に放つわけにはいかんれち!」



 メイヤの言葉にガリィちゃんの表情がくもる。



 この餓鬼…俺のガリィちゃんになんて顔させんだ!



 今すぐ、ここを吹っ飛ばしてやりたい衝動を抑え俺はメイヤを睨む。



 「じゃぁ、俺も此処から出ねぇ…二人で出られないならそっちが赤ん坊を連れて来い! 後、飯もってこい!」



 「なっ そんな事するわけないれち!」



 ふぅん…この餓鬼、頭がいい方だな。



 ガリィちゃんと赤ん坊どっちか一人は必ず抑えとく構えか…まっ、お察しの通り三人揃えば確実に此処から逃げてやるけどな。




 「でもどうすんだ? 俺は此処から出ない、赤ん坊は腹が減って泣き止まない…付け加えるとアイツさ一日栄養とらなかったら衰弱する多分二日でアウトだ」



 「な ! あんしゃん…!」



 「『勇者』に死なれたら困るんだろ?」  




 メイヤは、悔しそうに俺を睨みつけ踵を返す。




 「ああ、後____俺の友達20人! 誰か一人でも死なせて見ろ…ただじゃおかねぇからな」




 ソレを聞いたメイヤは更に眉間に皺をよせふん!っと鼻をならす。



 可愛くねぇ!


 あああ!


 なんて可愛くねぇ幼女だ!




 「ごめんねコージ、ガリィの所為で…」



 「何でガリィちゃんが謝まんだよ! 失礼なのはあの餓鬼じゃんか!」




 ガリィちゃんは首をふる。



 「あの子の言うとおりだよ…それにお兄ちゃんが________」


 

 ガリィちゃんは、目からぽろぽろ涙を零す。



 「あっ! なんで! 泣かないでよ! もしかして見えちゃったの?」


 「うん…コージと繋がってるとき少しだけどコージの『キオク』がみえたの」



 たぶん、ガリィちゃんが言ってるのはレンブランが俺を騙した事。



 あちゃ~…気おつけていたんだけどな…ほかの事に気を取られて混線したか。




 「でもさ! 結果的にそうなっただけで、レンブランはそれだけガリィちゃんを_______」


 「でも! お兄ちゃんがコージの友達を先に探してくれてたら…こんな事にはならなかったでしょ!?」



 ガリィちゃんは、振り絞るような隠れた声で最後に『ごめんなさい…』と呟いた。



 「はは…ちょっと感受性を強く創り過ぎちゃったかな~…。 大丈夫! 霧香さんや比嘉ならきっとこの世界で三年くらい平気で生き抜けるさ、だって俺みたいなモブとは違ってあの二人は本物だから」



 「ホンモノ?」



 涙を溜めたままガリィちゃんは首を傾げる。



 「そ、俺がこの世界にいるのは殆ど事故みたいな物でさ…もしレンブランに出会えなければまず生き残れなかった…助けてもらっただけでもラッキーなのに何ももっていない俺に自分の知識全てをくれたんだ、お陰で生き残れるしこうやって二人を探せるガリィちゃんとも一緒だ! 感謝してるんだ恨むとかねぇよ」


 


 俺は、ぐずぐずになってるガリィちゃんの顔をシャツのすそで拭く。



 「はは~ボロ泣き顔もそそるけど、やっぱガリィちゃんは笑顔が似合うぜ?」



 『笑ってよ』ってお願いしたら、ガリィちゃんは涙を浮かべたままぎこちなく微笑んでくれた。



 …ああ、くそ可愛い!



 許されるなら今すぐ抱きしめたい!



 俺が脳内で煩悩をねじ伏せつつ背中をさすって慰めてりると、突然、ガツンと牢の格子が叩かれる。




 ガリィちゃんから視線を移すと外から俺たちを…いや、俺を鋭い眼光で睨みつける人影が一つ。



 それはそれは、ものすごく見覚えのある上腕二頭筋。


 それが、世界で最も硬い金属『ヤワラカクナイ』で作られたはずの牢の格子をもしかしたら破壊できそうな勢いで掴み血管を走らせながら口を開く。




 「やっと見つけたぞ『黒髪の男』…レンブランを何処へやった!!」




 レンブランの幼馴染、グラチェス・ノームはもはや全身の筋肉に血管を浮かべ今にも咬みつきそうな血走った眼光で大事な物を奪った黒い悪魔をにらみつけた!



 

 「あんた…あの時の?」



 「答えろ!」



 グラチェスは、牙を剥き牢の格子を殴りつけるがびくともしない。


 もし、この格子が『ヤワラカクナイ』で出来ていなければ戦闘は避けられなかっただろう…レンブランの大事な幼馴染と戦うなんて出来ればしたくないのだが。



 俺は、牢に入れられていることに少し感謝した。



 

 「頼む答えてくれ! レンブランは…レンブランは無事なんだよな?」



 グラチェスは、何も答えない俺を不安気に詰め寄る。






 俺に出来る事は、偽らないことだけだった。

 




 「……レンブランは死んだ…ごめん、俺どうする事も______」




 グラチェスの目が見開いたまま固まる。



 呼吸すら忘れ全ての動きを止めたその姿は、まるでそこだけ時が止まったようだ。 



 レンブランの死。



 その事実にグラチェスは、ようやく体の力が抜けたようによたよたと後ろに下がる。



 「嘘だ…レンブラン…そんな、じゃ その子はまさか! あああ! 何で!!!」



 グラチェスは、ガリィちゃんの姿を捉え発狂したように叫ぶ!



 「聞いてくれ! レンブランはガリィちゃんを救う為に戦って_______」


 「貴様の所為だ…!」




 低い声が、地を這うように俺を捕らえる。



 「レンブランが、あの森の結界を破ろうと長い間研究してた事は、この村の連中なら誰でも知ってた…しかし、それは無理な話だった筈だ」


 

 さっきまで、狂ったように泣き叫んでいたグラチェスがその一切を止めわなわなともたげた腕を伸ばし俺を指差す。




 「貴様が現れる前までは!」



 グラチェスの瞳には俺に対する憎しみが満ち溢れ、レンブランに向けられていたあの優しげな面影など何処にも無かった。



 「貴様さえ…貴様さえ…この村に現れなければ今もレンブランは…!」




 「コージ!! 伏せて!」



 突如、グラチェスに気取られた俺をガリィちゃんが藁の地面に押し付け何かを掴んだ!




 「ぺっ、ぺっ!! なんだ!?」



 ガリィちゃんの手に握られていたのは先端に羽根のついた細長い棒。



 これって『矢』だよな!?



 ソレを握ったまま、ガリィちゃんはグラチェスの方ではなく全然違う方向を凝視する。




 ヒュン ヒュンヒュン




 その方向から立て続けに矢が打ち込まれるが、その矢をガリィちゃんは難なく素手で掴む!




 「これ以上、コージを攻撃するなら…お前たちを殺す!」



 ガリィちゃんは、顔を矢の飛んできた方向に向けながら横目でグラチェスに殺気を放つ。




 

 「狂戦士! 邪魔をするな!!」



 グラチェスは、腰に手を回し短剣のようなモノを抜くと間髪いれず俺に向かって投げつけるのと同時に四方から矢も打ち込まれる!



 「うげっ!?」



 「このっ!!」



 バチッ!



 ガリィちゃんの体が黄色く発光し、ギリギリまで迫った飛び道具の群れがまるで殺虫剤食らった蝿の如く藁の上につから尽きる!



 ゲホッ! ついでに俺も感電した!



 「っち!」



 グラチェスは、顔を歪め今度は両手に忍者とかがもってそうなクナイのようなモノを三本づつ構える! 一体どこから取り出してんだ!?



 しかし、参った!


 これじゃ埒が明かない!




 「まっ 待ってくれ! グラチェス! グラチェス・ノーム!」



 クナイを投げつけようとしたグラチェスの動きが止まる。



 険しい視線が『何故名前を知っている?』と、無言の問いを俺にかけた。



 「知ってる…アンタの事もさっきから移動しながら矢を射ってくるアンタの妹のリラ・ノームの事…アンタらが幼馴染だって事も、全部知ってる」



 訝しげに眉を寄せるグラチェスの目を、俺は真っ直ぐ見た。




 「俺の頭には___________」



  俺が言葉を続けようとした瞬間、突如地面が縦に激しく揺れる!



 

 「うを!?」


 

 立ってられないほどの激しい揺れに、俺は思わずガリィちゃんにつかまる。



 「なんだ!? この揺れは!」


 「兄さん!」



 大地が揺れる中、何処からともなく姿を現した栗色の髪に弓矢を持った獣人の少女がグラチェスのもとに駈け寄り耳打ちする。



 「何!?」



 何があったのか、耳打ちされたグラチェスは血相を変えて慌てだした!



 「どうした? 何かあったのか!?」



 その問いに、弓矢を持った獣人の少女が眼光鋭く俺を見据え矢をつがえる!



 「煩い…ここで死ぬお前には関係ない!」



 今にも放たれんとする矢の前に、すかさずガリィちゃんが割って入り雷撃を放った!



 地面を叩く雷撃に、グラチェスが矢をつがえた少女を引っ張って回避させる。



 突如始まった揺れは、唐突に止み辺りはしんと静まり返った。

 



 「あなた…本当にガラリアなの?」



 此方に向かって、矢をつがえ引き絞る獣人の少女_____リラ・ノームは、鋭い眼光で自分を睨む金色を訝しげに見る。




 「だったら何!」



 ガリィちゃんは、パリパリと体中に電流を這わせグラチェスとリラに向って問答無用で雷撃を放つ!



 ノーム兄妹は、ガリィちゃんの放つ雷撃を回避しながら此方から視線を逸らさず間合いを保ちなおかつ矢とクナイを打ち込んでくるからたまったもんじゃない!



 狭い牢の中での武器と雷撃の応酬に、俺は情けなくガリィちゃんの後ろで藁に伏せる事しか出来ない!



 こーゆー時こそアレが使えたらと思うが、いかんせ条件が整っていないしなぁ~無理に出来なくはないがそれだと…。




 「っく!」



 突然、雷撃をぶっ放していたガリィちゃんが苦しそうな声をあげガクッと膝を折る。



 「ガリィちゃ!!」



 苦痛に顔をゆがめるガリィちゃんの太ももに、ぐっさりと矢が突き刺さりポタポタと赤い血が滴り地面の藁をぬらす。




 「そこまでよ! ガラリア! 気の毒だけど森から出るべきではなかったわね…」



 リラは、ガリィちゃんに目掛けて矢をつがえる。



 「貴女が狂戦士なのは、誰の所為でもないましてや貴女が悪い訳でもない…これは運命だったのそれに抗ってはいけなかった、それだけの事」




 『狂戦士は勇者の糧となる為死なねばならない』



 これは、この世界の誰でも知ってる伝承。




 パシュン




 乾いた音がして、リラのつがえた矢がガリィちゃんに向って放たれる!




 ドス



 牢の格子ギリギリから放たれた矢は、一瞬にして目標に到達…しなっかった。




 「コージ…!?」



 矢は正確にガリィちゃんの脳天目掛けて飛んできたが、そこに割り込んだ俺の肩に見事に突き刺さっている。




 いでぇ…くっそ!



 骨、骨に刺さってるよこれ!?


 


 「にぎゃぁ!! コージ!!!」



 ズボッ



 「いってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」



 突如、ガリィちゃんが止血も考えず乱暴に俺の肩から矢を引っこ抜く!


 今、骨、ゴリッっつた!



 痛い!



 めっさ痛い!!!




 「あう、あう…血、血、止まんない!!!」




 先ほどまで、狭い空間で無数に飛び交う飛び道具を顔色一つ変えずに捌いていたガリィちゃんが、俺の肩からとめどなく流れる血を見て明らかに狼狽する。




 「…だいじょ…ばねぇけど…落ち着けっ! 兎に角ここから逃げ_____」


 「コージ! コージ!!」



 予想以上の激痛に、言葉が上手く出てこない!


 お陰でガリィちゃんは更にうろたえる…不味い。



 リラは、もう次の矢をつがえその切っ先を此方に向けてた。



 「先ずはお前から殺してやる!」



 振り向いた俺を、憎悪に満ちたリラの瞳が捉え脳天めがけ無慈悲に矢が放たれるが________




 ジュッ



 矢は放たれると同時に瞬時に消える!



 いや、一瞬にして『蒸発』した!



 「なっ_______!?」




 ソレを見たリラは驚愕の表情を浮かべ、兄のグラチェスは何処から取り出したのかショットガンのような物を構え容赦なく俺に向ってぶっ放す!




 キキン キュン



 が、ショットガンから放たれた散弾と思われる弾丸は対象物に命中する事無く飛散し牢の格子に火花を散らした。



 ノーム兄妹は、引きつった顔で俺を睨み更に武器を構える。




 俺じゃない!



 俺は物理攻撃に対して抗う術などもってはいない…という事は…。



 

 「ウウウウウウウウウ…」



 うなり声に視線を落とす。


 ふわふわの金髪が重力に逆らい電流を流しながら逆立ち、金色の瞳には無数の血管が走る。




 「マジかよ!」



 ガリィちゃんの首につけた継ぎ目のない鎖の首輪が、今にもはじけ飛びそうな勢いでビキビキと音を立てた。



 嘘だろ!?


 レンブランが作って俺が上書きしたリミッターだぞ!?


 コレ壊れたらヤバイって!



 俺は、血走った目でノーム兄妹を睨むガリィちゃんの頭に右手で触れる。



 出来れば両手で固定したいところだが今は肩が上がらないので仕方ない。



 

 レンブランは、俺の頭に膨大な知識と記憶を強制的に焼き付けた。



 それは、この世界で言う所の魔法とか気孔とかそう言った類の物とは違う電気信号を使った情報の伝達。



 例えるならハードディスクに情報をダウンロードするというのに近い。


 剣や魔法の世界でこんな斬新な方法を思いついたのは、俺のスマホをこっそり分解して組み立てた時だと『キオク』は語る。




 繰り返す時の中で、レンブランは死ぬ事を運命付けら得た妹を救う為何度もその命を絶たれながらも救う方法を探し続けあらゆる学問を研究し続けていた。



 そこでレンブランが目に付けたのは、現在この世界で発展途上にある新しいものの考え方そしてソレを肯定する新しい学問。



 それは、俺たちの世界で言う所の科学や錬金術と呼ばれる物でその中でもレンブランの興味は時間や空間・原子などと言ったものに集約されていく。



 レンブランは、研究に研究を重ねた遂に理論を完成させたが、それは到底レンブランに扱えるものではなかった。



 ソレを実現する事が出来るのは、恐らくこの世界の『理』に一切関知されない存在で尚且つこの世界の干渉を一切受けないという条件が必要だったからだ。



 もし、そうでないこの世界の住人がそれを使おうとすれば運がよければ発動せず運悪く発動すれば抱えきれないほどのエネルギーが一気に流こみその肉体は弾け飛びそこら辺一体を巻き込んで灰塵と化すかもしれない。




 半ば自暴自棄になったレンブランの前に現れたのが、幸か不幸かその条件を全て満した俺。



 レンブランは、狂喜し口では謝罪しながらも容赦なくソレを実行した!



 



 うなり声を上げ、今にもリミッターである鎖の首輪を破壊せんとするガリィちゃん。



 頭に触れる右手がビリビリと痺れ、それと同時に俺の左目が熱を持ちあたりの景色を全く別の物に置き換える。



 真っ暗な空間に緑色の電子番号が、その物体の形に添って高速で渦巻く。



 今、俺の目には全ての物体が0と1に還元され表示されている。


 その羅列を見るだけで、それら特性・強度・魔力の有無など全ての情報が筒抜けだ。



 レンブランが組み立てた理論。


 かなり乱暴に説明すると、世界を0と1に置き換えその羅列の中からエネルギーを取り出すと言ったもので無論そこに組み込む事も出来る。


 つまり、何が出来るかというと…ほぼ全てだ。



 モノを生み出す事も、消し去る事も、魔力など使わずともその場に存在するエネルギーを無限に引き出すことも可能でしかもそれは魔法と同じ働きをさせることも出来るが魔法ではないので攻撃された側は魔力と同じ方法では防御しようがない。


 

 最強。



 但し、殆ど最強に見えるこの能力にも欠点はある。



 その場に、取り出せるエネルギーがない場合。


 例えば、氷山で火をおこしたくても氷ばかりしかない場所では目的物質のコードは得られないといった具合に万能ではない。




 俺はその理論に乗っ取り、あの果てのない白い世界に森と泉を出現させ精神崩壊した哀れな少女に新しい人格を与えあたかも魔力を使っているかの如く魔法のような物をぶっ放す事が出来たと言うわけだ。




 そして、今現在この腕の中の愛しい最高傑作は今にも狂戦士として暴走寸前という緊急事態だ!



 兎に角、今すぐ精神にダイブして書き換えられよとしているあの数字の羅列を修正しないとノーム兄妹は愚かこの村…いやこの近隣の国全てがガリィちゃんによって蹂躙されてしまうだろう。



 そうなったらガリィちゃんを守るどころか、自分が最初の被害者になりかねない!



 が、この現状でノーム兄妹はそんな暇を与えてはくれないだろう。



 この場から逃げ出そうにも、この場には取り出せそうなコードはない。



 となればやる事は一つ______無ければコードを作ればいい。



 だが、それは余りに危険だ!



 何が危険かと言うと_____!?




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ




 突然の地響きと、激しい揺れに俺の思考が現実に引き戻される!




 余りの揺れに、ノーム兄妹は武器を構えたままバランス取るのがやっとのようだ…今の内に少しでも!




 「がぁぐっ!?」


 「ガリィちゃん! しっかりしろ! 俺が分かるか!?」




 血走った目が俺を見るけどいまいち正気には程遠いが、その代わりガリィちゃんの思考が流れ込む!

 



 オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン オニイチャン 





 うん、だいじょばない!







 揺れが止まる。



 ノーム兄妹が、武器を構え俺達に照準を合わせる____くっそ!


 もう迷ってる暇は無い!



 「新規コー_____」


 「彼方達! 一体なにをしているの!!!」




 聞き覚えのある声が、響きノーム兄妹がビクリと肩を震わせる。



 二人の振り返った先に見えたのは、鮮やかな緑色の髪をポニーテールにした陶器のように白い肌高揚させた美しいエルフ____リーフベルとその後ろから殺気を放ちながら駆けて来る赤毛の巨人亜種_____。




 その、巨人亜種こと剣士カランカの頼もしいくらい鍛え抜かれた上腕三頭筋がうねり背中に差していた大剣を軽々舞わせ次の瞬間地面に突き刺しそのままリーフベルを抜き去り大剣の切っ先で地面を抉りながら一直線に此方に向ってくる!



 「リラ!」

 「兄さん!」


 

 ノーム兄妹は、迫り来るカランカに向け持ちうる火器を全てを投じて総攻撃をかける!



 「はぁぁぁぁぁぁ!!!」


 

 カランカは、自分に向って飛んできた矢や弾丸その他もろもろを気合のような物で弾いていく!



 ノーム兄妹には、もう打つ手が無いのかリラが地面にてを置きいつぞやの魔方陣が地面いっぱいに出現しそこから複数の手の形をした土人形がカランカ目掛けて襲い掛かるが_______。




 「地龍斬」



 カランカの大剣が、地面から振り抜かれる!



 その瞬間、地面から隆起した5Mほどはあるであろう大きな岩の『牙』がまるで生き物のように土塊の手どもを破壊しまるで津波のようにどんどん大きくなってこっちに向ってくる!



 って、待てコラぁ!???




 ミッシッ バッキ



 迫り来る岩の牙のビッグウェーブに、地面がずれ牢の格子がずれる!



 なんと、この世界最強の硬度を誇る『ヤラカクナイ』で作られたこの牢屋の格子はどうやら巨大な杭を地面に突き立てて四方を囲んだだけと言う簡単な造りだったようだ。



 全く!



 コードモードで数値化してみてたのにこんな単純な構造に気付けなかったなんて…恥ずかしくて吐きそう。



 

 牢の格子は、もう人が通れるくらいに隙間が開いてる!



 「よっ、よし! 逃げるよガリィちゃん…俺に掴まって!」



 ガリィちゃんの腕を自分の肩にかけようとしたら、さっき矢の刺さった左肩が尋常でないくらい痛むが今はそんな事に構ってられない!



 

 「っぐっ!!」



 俺は、バーサーク寸前のガリィちゃんをどうにか引きずり格子の隙間から這い出ようとし____。




 「おっと、何処いくんだい?」



 ジャキッと、脳天に突きつけられる大剣にがっつり目の合う。


 

 にゃりと歪む褐色の面______逃げ切れませんでしたね。 はい。



 大剣を突きつけたカランカは、ガリィちゃんの状態と左肩からぼたぼたと出血する俺を見て眉を顰める。



 「ずいぶん派手に…こういう時に魔法が一切効かないってのも考えモンだねぇ…狂戦士の方は何があったんだい?」


 

 カランカは、俺たちがすぐに動けない事を確認し大剣を背中の鞘に収め俺の襟首をむんずと掴みガリィちゃんを小脇に抱えた!




 「おう!? いでっっ!」



 「こら! 騒ぐんじゃないよ! 男だろ!」



 俺を軽々と、まるで猫の子でもつまむように自分の目線まで持上げプランと揺らしギロリと睨んで激を飛ばすカランカは正に頼りがいのありすぎる姉御そのものだ。



 いや! そんな事より、さっき迄俺とガリィちゃんを滅さんとばかりに攻撃をしていたノーム兄妹は________!




 あ。



 カランカの攻撃でボコボコになった地面に、植物の根のようなものが張り巡らされその先に植物の根やら枝に取り込まれるように拘束される人影が二つ。



 なにやら、その元凶に暴言を吐くが拘束は当分解かれる事はないだろう。




 その植物を操る緑の人は、俺のほうを見て複雑な表情を浮かべ背を向けて歩き出す。


 俺とガリィちゃんを抱えた姉御はそれに続くように、歩をすすめる。





 「え? いや、ちょっと待って何処いくんすか!? 今、ガリィちゃんやばいんすよ!」



 何処へ連れていく気かは知らないが、取り合えず早いとこガリィちゃんのメンテしないと世界が終わりますぜ? マジで!



 「今から部屋に案内する、そこに荷物も置いてあるしベッドもある…そこで狂戦士を休ませるなりなんなりしたら良い…その代わりあんたにゃ、ちょいとばかり働いて貰う」



 その表情と、破格と思われる待遇からどうやら赤ん坊の栄養補給以外の事態が起こっているのは明白だった。



 さっきから揺れまくっている地面と何か関係ある……よな絶対!



 嗚呼嗚呼! もう !やな予感しかしない!




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 アクセス…数値の書き換え完了。




 再起動。




 『ガリィちゃん、おはよ』




 「ん…コージ…? はっ!?」




 ガツン




 「うに"ゃぁ!?」



 ガリィちゃんは、涙目で額を押さえ窓を突き破り外の通りまでぶっ飛んだ兄の友人を目の当たりにする。




 「起抜けヘッドバッテング…嗚呼、王道がここに…」




 多分、八百屋と思われる露天で野菜? に埋もれながら喘ぐ俺。



 ガリィちゃんのメンテの為、額に手を触れたまま顔を覗き込んでたら急に起き上がられ額と額がバッティング。



 …嗚呼…コレがラブコメならば笑って『こいつぅw』とか言えんだろうが、どんなに可愛くても相手は世界を破壊しうる潜在能力を有する狂戦士。



 かなり制限をかけているとは言え、一般の男子中学生が無事であるわけが無い。



 『にぎゃぁぁ! コージ!!』と、叫びながら俺の全裸なけも耳Be My Angelが砕け散った窓を飛び越え駆けて来る。


 


 「ごめんなさい! ごめんなさい!」



 「が ガリィちゃん、胸っ…当ってる当ってるから…! いやいいんだけども! 服着て俺の上着あったでしょっ…!」



 生乳が!


 抱きしめられて生乳がむにって!!


 ええ天国てすよ!



 でも、出来れば野菜の汁と額からの流れる血まみれでなくこんなにギャラリーの多くないところが良かった!



 現在、行き成り露天につっ込んだ俺と全裸で泣きじゃくるガリィちゃんを恐らくこの村の住人たちと思われる獣人系の皆様と駐屯中の兵士と思しき銀色の鎧を着用した多種多様な種族の方々が野次馬と化して俺達を無言で凝視する。



 おふぅ…なにこの状況…誰か、誰かつっ込んでくれ!



 「何事だい!?」



 ああ、天の助けか…その頼りがいのある凛とした声に野次馬の群れがさっと引く。




 「なにやってんだい? あんた?」



 この場の救世主であるカランカは、全裸の狂戦士に抱えられる血まみれの俺に眉を顰める。



 うん、俺もそう思う!



 パリッ・・・



 チリチリと静電気のような物を感じて見上げると、カランカを見たガリィちゃんが『フーッ!』っとまるで猫みたいに警戒して少し毛を逆立ていた。



 カランカは、『チッ』と舌打をして背中の大剣に手をかける。



 ソレを見た烏合の衆が悲鳴をあげ、その場から雲の子を散らすように避難した!




 「あ、こら…! 『待て』」



 俺が、そう言うとアレほどまでに逆立っていた髪の毛がフシュンと音を立ててふわりとはだけた。



 「ふう!?」



 ガリィちゃんは、突然抜ける魔力に目を丸くする。



 カランカは、ガリィちゃんから魔力が抜けたのを見て背中の大剣から手を離しうでを組んで俺達を訝しげに見下ろした。



 …ご両人、何かしら引っかかる気持ちはわかるが早く此処から移動しないといつまでも変化のない事に避難してた野次馬どもが又もや興味を持ち出しわらわら集まってくっから!








 「ごめんねコージ、大丈夫?」



 ベッドに寝かされ、血の噴出す額にギュっとタオルを押し当てながらガリィちゃんがうるうる詫びる。


 先ほど、窓を突き破りだいぶ風通しの良くなったベッドが一つあるだけで大分手狭に見える部屋に俺、ガリィちゃん、カランカまで入ると本当に狭い。




 「黒髪の男」


 


 ラブリーなヘッドバッティングにより、軽い脳震盪を起す俺にカランカが容赦なく話しかける。




 「俺の名前は、小山田浩二だっ…」



 頭痛のする頭を揺らして起き上がり、相変わらず腕を組み壁にもたれるカランカを見る。




 「分かった…オヤマダ、アンタには前にも言った通り勇者の従者として魔王討伐に参加してもらう!」



 「ふざけんな」



 俺は、身構えようとしたガリィちゃんを手で制して間髪入れず言い返す。




 「…協力するなら、少なくともあたしゃその狂戦士のは手を出さない…なんなら守ってやってもいい」



 まさかのカランカの申し出に、俺は眉を顰める。




 「…信じろって? 無理だろ?」



 このカランカや、リーフベル、メイヤは女神の啓示を受けた勇者を守る盾でありそれぞれがその聖なる力とやらの『鍵』としての役割を担っている…。



 つまり、そんな奴等が勇者のエネルギーの材料となる狂戦士であるガリィちゃんを生かすなんて事はしないしましてや守るなんてありえ______。




 「どっどうしたの!? 痛むの!?」



 不意に左目が熱くなり、思わず手で押さえた俺にガリィちゃんが叫び声を上げる。



 

 「_______大丈夫だ…」



 熱の引いた左目が、カランカを凝視する。



 マジかよ_______レンブラン?





 俺は、『キオク』のかたる何ともいいがたい真実を何とか噛み砕く。



 コレは、使える…だが_______。




 「_____考えさせてくれ」



 「コージ!?」





 「…選択の余地なんてお前さん達に無いと思うけどねぇ______まぁ、いいさ」



 カランカは寄り掛かっていた壁から離れ、ベッドに座る俺を見下ろす。



 狭い部屋で、踵の高いデザインのオリハルコンのブーツの所為か2mを超えてそうな長身のカランカは姉御オーラも手伝って威圧感が半端ない。



 

 「もう直ぐリーフベルが勇者を連れて来る。 食事も運ばせよう…その怪我と不安定な狂戦士を連れて逃げようだなんて滅多なこと考えんじゃないよ」



 それだけ言い残すと、カランカは部屋から出て行った。




 「コージ! なんで!?」



 カランカの足音が遠のいたのを見計らって、ガリィちゃんが俺に詰め寄る!



 「…今は、赤ん坊と合流するのが先決だ…それに_____」



 俺は言葉に詰まった。


 果たしてこの真実をガリィちゃんに伝えるべきだろうか?


 いや…伝えた所で『現在』とは何の関係も無い…ただ。




 「何? なんなの?」



 ぎゅるるるうるるるうるるるる~~。



 突如、主張を控えていた胃袋が悲鳴を上げた。




 「「あ」」




 俺の襟首を掴んでいたガリィちゃんが、『そうだよね、コージお腹すいてたもんね』っと言って俺を解放する。



 どうやら、さっきの発言は食料調達の為の作戦として見なされたらしい。



 「ごめんな、肩とかは一応自分で治療したんだけどさ俺ってなおり遅いしもう少し此処にいた方が得策なんだよ」



 勘違いついでに、適当に補足してガリィちゃんの理解を仰ぐ。



 実際、ノーム兄妹から受けた傷はまだ癒えてないが回復を待っていたらいつまで経っても此処から逃げ出せないだろう。


 

 あああ、俺って絶対この世界に向いてない!



 マジでなんとかしないと、いつか死ぬ!



 どうしよ__________。




 ふと、『キオク』がある場所の存在をしめした。



 ああ、そうだ…あそこ…あそこに行く事が出来ればもしかしたら_____・




 がちゃ



 その時、唐突にドアが開き赤ん坊を抱いたリーフベルとなにやらワゴンのようなものを押すメイヤがずかずかと部屋の中に入ってきた。



 

 モグッ ズズッ ムシャ ゴクッ


   ガツガツ クチャクチャ ゴクゴク……



 「ふぁ~」



 「品の無いやつれち…」


 「…」


 「あーうー!」


 

 ベッドの上で飯を貪る俺を、女子三名がポカンと見つめる。


 この世界の住人がどの位食べるのかは良く分からないが、俺の世界の基準で言ったらさっきお代わりを要求したのでゆうに50人分くらいの食材を食した事になる。



 ガリッ



 最初はちゃんとした料理だったのだが、俺があっという間に食ったため遂には調理が間に合わず野菜や果物が皮をむくことさえされずにベッドに転がされ始めた。


 確かに、この食いっぷりは自分でも引くくらいだがしょうがないだろ?


 多分、いま胃に詰め込んでいるこのカロリーだってそこでリーフベルに抱かれている飢えた獣に全部吸い尽くされる予定なんだから!



 リーフベルに抱かれた赤ん坊は、幼さに似合わない殺気だった視線で『よこせ! よこせ!』と手をばたつかせる。




 くっ! 早く乳離れ? させないと俺の身が持たない!



 「コレ、あともう二つ」



 ワゴン単位で俺が要求すると、メイヤが引きつった表情で叫ぶ!



 「もう、食材がモゲロ粉しかないれち!」



 「メイヤ、村の方に食料を分けてもらいましょう」



 リーフベルが諭すように指示をすると、ふあふあの銀髪を不機嫌そうに揺らしながらメイヤは部屋を出て行った。


 

 ゴクゴクゴク…



 俺は、ガリィちゃんが差し出したコップの水を飲み干しながら此方をじっと凝視するエルフの僧侶をみやる。



 美しく伸びた艶のある緑の髪をポニーテールにまとめ少し興奮しているのか、色白の透明な肌が少し高揚する…綺麗だ。



 それに加え、ゆったりとしたローブを身に着けているにも関らずその男を虜にする胸が白い布の下から自己主張している…アレは一体なにカップあるんだろう?



 俺的には約2週間ぶりの再会とは言え、3年とは女をここまで成長させるものなのか…正に神秘だ。






 「あーうー!まんまー!!!」




 嗚呼、飢えたラブリーな獣がなんか言っているぅ…。



 俺が食事の手を止めたのを見計らって、リーフベルの腕のに抱かれていた赤ん坊が激しく手足をばたつかせる。



 「あっ! 勇者様っ!」



 「ゲフッ…かせよ」



 両手を広げて見せると、赤ん坊がリーフベルの豊満な胸を足蹴ににしてまな板な俺の胸に飛び込んできた。



 …こいつ!


 極上の谷間になんたる仕打ち!



 価値がわかるようになったら絶対後悔するぞ!



 「まんまんんんんーーー!」



 Yシャツにしがみ付いた赤ん坊は、空腹で堪らないとよじよじと俺の顔目掛けて接近しまるで噛み付くように唇に吸い付いてくる。



 ああ…も、ヤダこれ。



 もう、公開ディープキスとか手馴れたもんで羞恥心なんて麻痺したけど折角摂取したカロリーが根こそぎ持ってかれる感覚は慣れそうに無い。



 あーもーまた腹減るよぉ~…。



 発光していた赤ん坊から光が消えると同時に、俺はプールから上がった直後のあの体の重いような疲労とまたしても空腹に襲われた。




 はぁ…取り合えずこれで…ん?




 ちゅちゅぺちゃぺちゃ



 「おっ めっ! いつまでっ…うぶっ!?」



 食事は終わった筈なのに、いつまでも口腔内を貪り続ける赤ん坊を無理に引っぺがそうとしたが舌に咬みつかれてどうしょうも無くなる。




 「ヘルプッ!」



 俺は、この勇者の従者である僧侶リーフベルに助けを請う為瞬きで合図を送るが_________。




 「あああ…いい…あ、いえ! 後5年…いえ乳児攻めも…み な ぎっ て き た!!!」



 リーフベルは、俺と赤ん坊の痴態に顔を目を潤ませながら顔を上気させ大量の鼻血を拭う事もせず白いローブを汚し薄気味悪い笑い声を上げなに何やら手帳のようなものに高速で羽ペンを走らせている。




 「ドゥフフフフ…フヒィッ…」


 


 その異様な光景に、狂戦士であるガリィちゃんも耳を畳んで後ずさる。



 なんてこった!



 コレはもう、『腐女子』なんて物では到底表現出来ない!


 

 俺はあの日、とんでもない化け物を作ってしまったようだ。


 


 元の世界じゃ漫画研究会なんて部活に所属していて、腐女子どもには一定に理解がある俺だが自分を使用した『乳児攻め』なる特殊ジャンルで妄想を走らせるエルフに戦々恐々としていると突如部屋の扉がガンガンと乱暴に叩かれた。



 「ほっ! 報告!!!」



 それは、焦ったような男の声でなにやら緊急そうだったがリーフベルは今絶賛乳児攻めの妄想中でその声が耳に届いてないようだ。



 「じゅぼっ! おい! だれか来てるぞ?」



 俺はようやく赤ん坊を引っぺがし、鼻血まみれの美しいエルフに声をかけるがいぜん夢の世界から戻ってはこない!




 「報告ーーーーーーーーーー!」



 なんだかドアの向こうの人が可哀想になってきた。




 「…ゴホン…なっなんだ? どうした?」



 俺は、出来るだけ高い声でドアの向こうの人物に答えてみる。



 幸いまだ声変わりをむかえていないので、その気になれば女の声に聞こえなくも無い。




 「はい! 魔物です! 先ほどの地震でできた地表の割れ目から魔物が出現しました!」



 若干俺の声に違和感を覚えたようだが、ドアの向こうの声は慌てたように____って! 魔物!?




 「お急ぎ下さい! 今、カランカ様とメイヤ様が交戦中ですがあまりにも巨大でこのままではこの村全体が取り込まれます!」



 村全体!? なにそれ? やばくない!?



 男の声は、そこで切れる。



 どうやら返答を待っているっぽい。



 「わっ分かった! さっ先に行っててくれ…直ぐすぐいく!」



 その言葉を聞いて、ドアの向こうの声は『はっ!』と多分敬礼でもして足早に立ち去っていく。



 「コージ…!」



 村が取り込まれるなんて物騒な事を聞いたガリィちゃんが、俺のほうを不安気に見つめる。



 ガリィちゃんやレンブランにとって、いくら良い思いではないといっても『故郷』に違いない…それなりに思うところがあるのだろう…どうしていいか分からないといった金色の瞳が小さな子供のように俺を頼る。



 そうだな、取り合えず。



 俺は。ベッドに転がっていた赤い実を齧る。




 「おい! そこの腐女子! いい加減戻って来い!」 



 齧った実を投げつけると、それが頭にクリーンヒットしたリーフベルが『ぎゃん!』と声を上げてようやく夢の国から戻ってきた。





------------------------------




 村を守るため迫り来るソレに対峙する、人影二人。



 「地龍斬!」

 

 「不浄なる者よりわが身を守れ!精霊の盾:フェアリア・ウォール!!」


 

 岩の牙が地面を削り、透明なシールドが逃げ惑う兵士や村の住人たちにこれ以上の被害を与えないように張り巡らされた!



 

 ごぼぼぼぼぼぼぼぼぐじゅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~。




 が、カランカの放った無数の岩の牙はそれに触れるとまるで溶けるように吸収されメイヤの張ったシールドはビキビキと亀裂が走る!




 「くそっ! メイヤ!」




 カランカは、斬激によって生じた地面から生えた15m程の岩の突起の上で体勢を立て直しながらシールドをギリギリの所で維持する小さな仲間を伺う。




 メイヤは、その小さな手を目いっぱい広げ苦悶の表情を浮かべ雪崩れ込んできたその魔物の全身を自分の魔力で張ったシールドのみで受け止めるがそれも限界に近い。


 もし、このシールドを突破されたら間違いないくこの村はこの魔物に飲み込まれるだろう。



 「一体こいつは何なんだい!」



 カランカは、眼下に広がる不気味な赤い液体を睨みつける。




 ゴポッ…ブポッ…




 赤い液体は、まるで意志でも持っているかのごとく蠢きメイヤの守る村へと迫りシールドにへばり付く!



 一見何処にでもいるようなスライムのような印象を受ける透明感のある赤いゲル状のそれは、兵士の報告によればその赤い液体は地震の発生した直後、村はずれの地割れから噴出したと言う。


そして、噴出すやいなやその量はとどまる事知らず遂にその規模はこの片田舎の村くらい平気で飲み込む位に肥大した・・・が、たかかがそれしきの事で勇者の従者である二人が出向いたわけではない。




 チチチチチ…



 蠢く赤いゲルの上を、宿り木をなくした白い鳥がすれすれに舞う。



 ゴボッ!



 それに反応するように、ゲルが伸び飛翔して避けようとする鳥を捕らえるが鳥はゲルに囚われながも飛翔を続け遂には空へ_____パシュン!



 逃れたと思った鳥は、その白い羽すら残さずまるで始めから存在などしていなかったみたいに跡形も無く"消えた"

 



 っち…化け物め!




 カランカは、湖のように眼下に広がる赤いゲルを忌々しげに睨んだ。 








 コレは、スライム何かじゃない_______。




 触れた物を文字通り『消滅』させる能力。



 こんな事は普通の魔物に出来る芸当ではないし、それにこの規模…こんなに巨大なスライムなんて聞いた事が無い!



 そして、何より自体を深刻にしているのはこの得体の知れない赤いゲルには原始的ではあるが意志があるという事____。




 ゴブッ ゴブッ…




 赤いゲルは、メイヤの張るシールドに波打ちまるで蛇が這うようにのぼり始める。



 その目的は、誰が見て明白。




 ______ハラガヘッタ_______奴は空腹なのだ。




 最初の被害者は、噴出したゲルをまともに被ってしまった哀れな兵士。


 体に違和感を覚えながらカランカに報告に来た巨人族の青年は、その目の前でまるで透けるように着用していらオリハルコンの装備を残し『消えた』。



 事態が飲み込めずパニックを起す兵士達を、食料を取りに戻ってきたメイヤと二人で落ち着かせ体勢を整えた時には既にあの赤いゲルは村の入り口まで迫っていた。



 もちろん、武器等の物理攻撃は無効。




 隊列を組み魔法攻撃を中心に応戦するが、それも全く効かずそれどころか大量に浴びせられた魔力を吸収されてしまい更にその体積を膨張させてしまう始末だ!



 苦肉の策で、メイヤがこの村をすっぽり覆うほどの巨大な魔力シールドを張り何とか赤いゲルの進入を防いでいるが余り長くは持たないだろう。



 

 カランカは、一人そのシールドの外からこの赤いゲルの弱点は無いかと探っているのだが…。




 「ふっ、アタシじゃ役不足ってことかぇ…?」



 この赤いゲルは、先ほどから繰り出す技は尽く吸収される場かりかカランカなど見向きもせず村を飲み込もうと波を立てながらシールドへ押し寄せる。

 


 



 屈辱。




 選ばれし勇者の従者にして『鍵』。


 そして何より一人の剣士として、相手に此処まで無視された事に打ち砕かれたプライド。




 「っ! アンタの相手はこのカランカ様だよ!!」



 構えた大剣に炎…いや、煉獄が宿る!




 「焼き尽くせ____極演……?」



 地獄の業火のように燃え盛る大剣を振り下ろそうとした時、カランカは視界の端に何かを捕らえた。




 「は? なっ!」


 

 カランカは、自分の目を疑った。



 その余りの愚行に、大剣に宿った煉獄が消失してしまうほどに狼狽する!



 この老人ばかりの過疎化の進んだ村クルメイラは、三年前あの黒髪の男ことオヤマダが勇者を奪い消息を絶った事から各国の王府で作る『世界連合』の決定により消えた勇者の捜索に当たるべく各国から派遣された兵の駐屯地として利用されている。


 しかも、幸か不幸かクルメイラはこの世界イズールを象徴する6つの大国の丁度中心に位置し各国ともこれほどにお互いを監視し合える好機は無いと兵と装備それに人口が増えることによる村の拡張及びインフラ整備が整えられ更には互いに他の国を見張る為村をグルリと囲む外壁は敵の侵入や内部からの思わぬ破壊に耐える事が出来る様に精霊の加護受けた"神木:マナ"と呼ばれる巨木が惜しげもなく使われもはや村や砦とは言いがたいほどその防御は高い。


 こんな予想だにしない規格外に大規模な特殊スライムもどきでも無い限り、それがゆらぐ事は無い…本来なら。




 パキィィィィィィン



 今、正にその揺らぐ事の無いはずの"神木の加護"とメイヤの張ったシールドが突如として砕け散った!




 「あの馬鹿が!!」



 恐らくその元凶と思われる黒い影を殺気に満ちた目で睨み、それと同時に消沈していた大剣に煉獄が戻りカランカは足場にしていた岩を蹴る!




 「焼き尽くせ____極演舞!」




 振り下ろされた大剣が、赤いゲルに触れると纏っていた煉獄が広範囲を一瞬にして蒸発させ青々とした地面を表すがそれは一瞬の事。



 直ぐに周りのゲルが集まり、まるで何事も無かったかのようにゴポゴポと蠢く。



 足場を無くしたカランカは、更に煉獄を放ちその反動で辛うじて大地に根を下ろす木に飛び込む!




 ゴボボボボボボボ…


 

 シールドが消えた事が分かるのか、先ほどまでゆっくりだった赤いゲルの流れが速くなる!




 オヤマダ! 一体何を考えてるんだい!!



 カランカは、飛び込んだ木の枝の隙間から村の様子を伺う。




 神木の加護が消え、シールドを失いゆっくりと大きなうねりとなって全てを飲み込もうとする透明な赤を村をぐるりと囲む巨木の外壁の天辺にたたずむ黒髪の少年がその左目の緑で見据えた。







------------------------------




 赤く透明な液体が、意志を持っているかの如くうねりまるで巨大な津波のように全ての防御を失った無防備の村にゴボゴボと不気味な音を立てながら押し寄せきた!




 「あんしゃん! 何するれちか!!!」



 小さな魔道士は、必死に張っていたシールドを含め神木の加護さえ打ち砕いた外壁の天辺にたたずむ少年の背中を睨みつける。



 「この村を囲うほどの規模の魔力なんて、直ぐには用意できんれち! 自分が何したか分かてるれちか!?」



 自分に背を向けたままの少年に、苛立ったメイヤはローブの懐から手投げようのナイフを取り出しその背中目掛けて投げつけようと振り上げた手が背後からガシッとつかまれた。




 「まって! メイヤ!」


 「放すれち! リーフベル!! この村はおしまいれち!」


 「それは…たぶん大丈夫よ…?」


 「なんれち! その語尾の『?』って!!」



 手を押さえ付けたまま視線をそらす僧侶のエルフに、メイヤはつっ込みをいれつつも何とかナイフを投げようと必死に抵抗する。



 「どうせ死ぬなら道ずれれちぃぃぃぃ!!」





 「おい、おまえ」




 メイヤは、不意にこえを掛けられヒュッと息を呑んだ。



 眼前には、金色の瞳に金色の髪の獣人の少女がそのぶかぶかの黒い上着の懐に『勇者』を抱いてまるでゴミでも見るような無機質な視線で自分を見下す。




 「い…いつの間に? 魔力の気配は無かったれち!」




 少女は、抱いていた『勇者』をメイヤに突き出す。



 「赤ちゃんは、おまえがみてろ。 ガリィ、コージのところへいく…それと」




 金色の目が、じろりとメイヤの背後でナイフを持った腕を掴んでいたリーフベルを見上げる。




 「コージが、言ってたことすぐにはじめろ」



 それだけ言い残すと、狂戦士と呼ばれた少女は地を蹴りあっと言う間に外壁の上に立つ少年の元へ向った。




 「ありが、狂戦士れちか?」



 抵抗する事をやめたメイヤの手を、リーフベルはそっと放す。




 「ええ、アレは狂戦士…いずれ」




 ___殺さなければならない_____






 



 赤い液体が、もう俺の眼前まで迫りゴボゴボと不気味に蠢く。




 「ブツブツ…010011100011011…11001…」



 もう少し…。



 「コージ!」



 スタッと、ガリィちゃんがまるで猫みたいに俺の直ぐ横の木の上に降り立ち視線は赤い液体を見据え着ている俺の学ランの上着越しにも分かるくらい体からパリパリと小さな稲妻を走らせる。



 今、俺達が立っているのはこの村をぐるりと囲む高さ約20m程はあるどっしりとした巨木の丸太で幅は大体学校の机を9つくつけたくらいの太さ。



 そんな木々が村の周りを隙間無くびっちりと囲み正面の門と反対側にある門を固く閉ざす。


 その防御は、『神木の加護』とやらも手伝って通常そこら辺の魔物や多少の天変地異くらいなら回避できてしまえる程高い。




 …本来なら。




 現在、大いなる神の加護とやらを受けた神木:マナと呼ばれた足元の木は何の変哲も無い『只の木』に成り下がり競り上がる赤い液体に触れその樹皮を黒く染める。



 切り倒されてもその加護が途絶える事が無く、高級素材としても名高い神木がそこいらの木と変わらなくなった原因はもちろん俺にあった。

 



 まさか、神の加護とかも触っただけで消えるとは思わなかった!


 何コレ?



 なんか俺って、全力でこの世界から嫌われてない?



 だってさ、ちょっと登って様子を見ようと思っただけだぜ?


 あの幼女が、結界的なの張ってたしゲームとかアニメ以外で動くスライムとか見たいと思うだろ?



 そう、俺は村に迫ってくる巨大スライムってのを一目見ようと見張りようの矢倉をつたってこの外壁の丸太の上に出て『手』を突いたんだ。



 ええ砕けましたね。



 そりゃもうパキィィィィィンと、感覚としてはガリィちゃんの閉じ込められてた森の封印を破壊した時と同じ感覚。



 一瞬、感じる喪失感その後に起こる崩壊と飛散。




 かくして、ついでに幼女の張った気合の入ったシールドまで全破壊して今正にこの村消滅の危機を迎え中なう。


 


 「ガリィちゃ リーフベル…は?」



 「うん、早く始めるように言った! 赤ちゃんもあいつらに持たせてきた」



 

 俺のどこか呆けた問いに、ガリィちゃんがはきはきと答える。


 


 …おk。



 ガリィちゃんもいい感じで安定してるな_______後は______。



 現在、俺はコードモードで全てを数値化してみている。



 真っ暗な背景にグリーンで表示された1と0が、それの輪郭にあわせて蠢く。



 うわっ、読みにくっ!!!



 岩とか鋼鉄とか無機質のものは比較的安定していて数字の羅列が分かりやすいが、このグネグネ動くスライムときたら輪郭が無く殆ど液体に近いから蠢くたんびに1と0の羅列がグチャグチャにかき回わされて読もうにも読めない場所がでてくる!




 「コージ! もうこっち来ちゃうよ!!」



 ガリィちゃんの焦った声に、俺はコードモードから通常モードに画面を切り替える!




 ゴボボボボボボボボボボボボボボ



 眼前に迫った赤い液体が、不気味な音を立て視界の端に映る元神木の外壁を次々に飲み込み村の中へと雪崩れ込む!




 「ガリィちゃん! 俺がいいって言うまで絶対にこの赤いのに触っちゃダメだからな!」



 「コージ!?」



 ドプッ



 自分に触るなと言ったくせに眼前に迫る赤い液体に躊躇無く手をつっ込んだ兄の友人を、ガリィちゃんは驚愕の表情で見つめる…いいねその顔そそるな。




 ボゴゴゴボボボッボゴゴゴボボボ!?



 俺の手をつ込んだあたりが、まるで驚いたみたいに泡立つ。




 「何やってるの!? 早く手をぬいて!!」



 慌てたガリィちゃんが、俺のほうに駆け寄ろうとしたその時!



 

 ブパッ



 迫り来る赤い液体の壁から、複数の触手のような物が伸び駆け寄ろうとしたガリィちゃんに迫る!




 「うにゃぁ!?」




 ビチャ ビチャ


 

 流石獣人とあって、ガリィちゃんは俺からしてみたら到底考えられないような反射神経で迫り来る触手たちを次々に回避するがいかんせ数が多くこのまま狭い足場で逃げ回っても捕まるのは時間の問題だ!



 「このぉ!!」



 ガリィちゃんは、得意の雷撃を放つもそれはスライムに吸収されてしまう。



 そして、遂に俺とガリィちゃんは赤い液体に囲まれ後は仲良くスライムの餌食に______とはならなかった。



 ぬらぬらと、俺たちを捕食しようと迫ってきた触手は急にその動きを止めピキピキと液体らしからぬ動きを見せ遂にポキンとまるでチョークをへし折ったときみたいな音を立てれ次々と崩れていく。





 びきっ ぼきっ



 「え? え?」



 ガリィちゃんは眼前ギリギリに迫っていた触手達がボロボロと崩れていく様を俺好みの少し脅えた顔で凝視していたが、それで終わりでは無かった。



 ゴブッ!? ゴブッゴブブブブブブブブブブ!?



 俺の手のつっ込まれたあたりの赤い液体が、更に激しく泡立つ!




 「…お前の構造はもう分かってんだよ…」




 ゴップ…ビキッ! ビキビキビキビキビキビキビキビキ



 赤い液体は、突き刺さった俺の手を中心にクリアなその赤色を急速に無くし粉っぽいピンク色のボロボロしたものに変わっていく!



 

 くそっ! 間に合うか…?



 万物全てに存在する微弱な電気信号、俺はその電気信号を使ってその物体のコードを書き換える。



 恐らくこの世界で最も非力な俺に、レンブランがくれた唯一の戦う手段。




 「コージ! 村が! あ!」




 外壁を乗り越え濁流のように逃げ惑う兵士や村人を飲み込もうとした赤いビッグウェーブが、一瞬にしてその艶を失いうねる波の形のまま静止する。




 「はっ はっ…! ゴホッ! _____ちっ!」



 今の俺じゃ、全部は無理ってことかよ!



 腕をつっ込んだ辺りがもうすっかり泡だたなくなった頃には、息が上がり体中から滝のように汗が吹き出る。



 どうやら、俺の体力に限界が来たらしい。



 「コージ! 大丈夫なの!?」



 息も絶え絶えの俺に、どう接して良いか分からずガリィちゃんはおろおろする。



 うん、クソ可愛いね!


 今すぐ抱き潰したい!




 「ああ…だい じょ ぶ? ふふふふふふふ…」



 ガリィちゃんが、ビクッと耳を伏せ着ている俺の学ランから覗く尻尾をボンと膨らませた!



 「コージ?」



 ガリィちゃんは、眉間に皺を寄せ警戒したのか一歩下がる。



 不味い、不味い、不味い!



 コレは予想以上だ!!




 「え~? 逃げないでよガリィちゃん?」



 ヘラヘラ笑う俺に、ガリィちゃんはより一層警戒を強め体に稲妻を走らせギッと睨みつけてきた!



 あはwその顔を泣きっ面に歪めたら最高だろうな~ww


 


 って・・・ヤバイ、どうしよう欲望が止まらない!



 予測はしてた、してたけど『反動』がこんな形で現れるなんて_______!



 

 「お前は誰だ! コージをどこやった!?」



 ガリィちゃんが、いよいよぶわっっと尻尾を膨らませ突き出した手の平に稲妻を集める。



 その表情に浮かぶのは、不安と恐怖…嗚呼…良い…泣き叫ばせたいくらい愛おしい。





 村を飲み込もうとした赤い液体は、その6割以上が石灰質に書き換わり残りはその遥か向こうで口惜しそうに蠢いている。


 

 ボコッ



 俺は、すっかりカスカスのそれからいとも簡単に手を引き抜いてふらふらした足取りでガリィちゃんに近ずく。




 「こっ、こないでっ! 恐い!恐いよ! ねぇ、コージなの!? やだよ! 元に戻ってよ!!」



 ガリィちゃんの金ぴかの目にうっすら涙が浮かぶ、無理も無い。



 世間一般からその死を望まれている狂戦士であるガリィちゃんにとって、実質兄代わりで現在唯一の家族といっても過言ではない俺があからさまに豹変し自分にあられもない感情をむき出しに迫ってくるのだ…もしその意味に気付いていなくても本能が危険を知らせ恐怖心を掻き立てるのだろう。



 「ガリィちゃん…俺は、お前の『お兄ちゃん』なんかじゃない」



 じりっと丸太の年輪を踏みしめ沸騰した俺の思考が本能の赴くまま口を開く。



 ダメだやめろ!



 まるで凍りつたみたいに立ち尽くすガリィちゃんの手に触れると、アレほどまでに凝縮された稲妻がバジュゥ…と花火をバケツにつっ込んだみたいに消えうせる。



 「ぅぁっ!」



 俺は左手でガリィちゃんの手首を掴み右手でそのきめ細かい頬に触れると溜まってた涙が柔らかい頬に沈んだ親指を濡らす…堪んないなぁ。



 

 「お前は俺んだ…その目も耳も尻尾の先も構築された精神もぜぇぇんぶ____誰にも渡さねぇ」



 恐怖に染まる金の目に、うっとりとした俺の顔が映るとガリィちゃんの喉が『くきゅう…』っと鳴った。




 もう逃がさな________。


 

 「極演舞!!!」




 あ。




 俺は思い切り後方へガリィちゃんを突き飛ばす!



 その瞬間、文字通り紅蓮地獄が視界を真っ赤に染め上げるがやはり全ての魔力が弾かれる俺に効果なくパシュンと間の抜けた音を立ててそれは消えるが朦々とした煙が舞い一瞬視界が奪われる!




 「おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 スパァァァアンっと走る、頭部への一撃!




 衝撃に視界がぶれるが、気絶するほどじゃない…けど!!!




 「いってえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!?」




 俺は一瞬、『割れた!?』と思うくらいの激痛に頭を抱えて年輪の上で悶絶する!




 「なんて事してくれたんだい!? 危うく村が壊滅する所だったじゃないか!!!」



 ダイナマイツバストが、オリハルコンのプロテクターから苦しげに揺れて悶絶する俺を見下す。




 「ありゃ事故だ! まさかこんな事になるとか思わなかったんだよ! それに_____」



 俺は、痛む頭を抑えつつダイナマイツなおっぱ____もとい!勇者の従者こと剣士カランカを見上げる。



 「それなりに作戦は立てて_____」



 仁王立ちのカランカの向こう側で、へたり込んでたガリィちゃんが立ち上がりふらふらこっちに向って歩いてきた…嗚呼、ヤバイ俺殺されるんじゃないだろうか?




 「こーじ…」



 カランカの脇をスルリと抜けて、金に輝く狂戦士が蹴躓いた俺の元にふわっと顔を近づけ食い入るように目を覗き込む!




 「待て待て待て! 話せば分かる! アレは何というか本心____じゃ無くて! 漏れ出した欲望って…わぁ!? ゴメンナサイ!!!」




 オワタ。



 俺の人生此処でオワ_________ぎゅうぅぅぅぅうぅぅ。



 

 ガリィちゃんが、渾身の力で俺に抱きつく!



 「良かった~! コージだ、コージにもどってるよぉぉぉぉぉ!!」


 「ふぎゅぅぅ!! だめ"っがりぃじゃっ!! しめないでっっ  でちゃう! 内臓でちゃっ うっぷ!?」



 状況の飲み込めないカランカが、俺の身の危険を察知し慌ててガリィちゃんをぴっぺがしてくれた。



 「一体何がおこってるんだい? あの赤い奴はなんだかアンタは知ってるのかい?」



 カランカが、学ランの襟をつかんでまるで猫みたいにガリイちゃんを持上げながら俺に問う。




 「…何が起こってるかは分からないけど、アレが何なのかは…わかったよ、多分」



 「多分?」



 怪訝そうにカランカが眉を顰める。



 そう、俺の中の『キオク』はアレを知っている。



 しかし、アレが本当に『キオク』道理のものなら…おかしい…明らかに『早すぎる』!



 まだ俺の…いや、『勇者』の前に現れるべき『時』ではないのに!



「で? これからどうすんだい?」



 カランカが、ガリィちゃんをぽいっと下に放して言う。



 「一応、書き換えた分はこのままだけど長くは持たない…アレはまた増えるから」



 「そうかい…でも、アンタはアレを知っていて対処の方法もわかるんだろ?」



 赤い目が、射るように俺を見る。



 「…知ってる」


 「ホント! コージ!?」



 目をキラキラ輝かせるガリィちゃんとは対照的に、カランカは今にも俺を斬り殺さんがばかりの衝動をギリギリ抑え付いているようだ。



 「だったら何故ソレを実行しない! もう既に兵士の一部とこの村の住人に被害が出てるんだよ…!」



 カランカは声を押し殺し、恨めしげに俺を睨む。



 「…勘違いするなよ…はっきり言って俺にはこの村やアンタの部下を救う義理なんて無いんだ、今だったらこのどさくさに紛れて逃げる事だって出来る」



 「アンタ!」



 カランカの右手が、背中の大剣に掛かる!



 けど、此処はレンブランやガリィちゃんにとっての故郷だ…どんなに理不尽な扱いを受けたとして、きっとレンブランが生きていてれば救おうとした筈。


 『キオク』とレンブランがくれた力あるからって、非力な俺に何処まで出来るかわからない…救うだ助けるだなんて確約は出来ないそれでも!



 「いいか? 俺はいつだってこんなの投げ出すことが出来るんだ、あんた等は俺に頼るしかねぇんだよ!」




 俺の張った精一杯の虚勢にカランカは気付かず、唇を咬んで悔しそうに俺を睨む。




 「作戦について多少変更する…アンタ、リーフベルにソレ伝えてきてよ」



 「なっ! このアタシに使いパシリしろって!?」



 「そうさ、急げよ時間が無い」



 カランカは赤い目をより一層険しく歪め、年輪を蹴って20mほど下の村の方へ飛び降りザザッっと地面に着地すると俺を一瞥して走り去っていく恐らく総本部となっている村長の家へ向ったんだろう。




 「コージ」


 

 俺のシャツの裾をガリィちゃんがぎゅっと掴む。



 ああ、やっぱりガリィちゃんには隠し事は出来ないな…多分、人格構成のときに大分深く潜ったせいだろう俺たちは互いに何となくだけど相手の気持ちが分かってしまう。



 「どうしよう…ガリィちゃん、俺めっちゃ恐い」



 少し震えた俺の手を、ガリィちゃんがそっと握った。



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 ゴポッ…。



 いつもの様にまどろんでいたソレは、見知らぬ声によって無理やり目覚めさせられた。


 まだ起きる『時』ではないのに繭は破られ外界へと放り出されたソレは、仕方なく本能に従いうねる。


 

 目や耳を持たない液体のような体は、遥か昔に定めた己の魔力の匂いを頼りに縄張りを巡り役目を果たす。



 

 ソレの役目は太古の昔から変わらない。



 『喰う』



 増えすぎてしまった世界のバランスを取る最上級の捕食者。



 ソレには、もともと感情と呼べるものは備わっていなかった。


 只あるのは、『喰う』『増える』と言うごく単純な本能のみ。


 通常なら餌にありつけないと分かった時点で他の場所へと巡ったであろうが…。



 ゴポッ…。



 ソレは、思考すら侭ならない愚かな頭に溢れる『ナニカ』。



 何だというのだ?



 久々に巡った縄張りの上に、旨そうなモノがいっぱい集まっていたので喰おうとしたら行き成りアレが現れて自分の体の半分以上を奪ったのだ!



 ごくごく小さな、本来なら自分の糧の足しにすらならないゴミのような『アレ』はどんな手段を使ったかは理解できないが自分の存在を根底から覆し…そう、殺そうとした…今までどんな物もどんな者も喰ってきたこの自分を殺そうとした!




 ゴポッ…ゴポゴポボボボボボボボボボ!!!






 愚かな頭に芽生えた『怒り』その怒りが赤い液体を漂う核から更なる液体を従来より多く生産させる。





 もっと…もっと早く。


 もっと増えなくては、アレを…アレを早く殺さねば喰う事ができなくなる。


 

 殺してやる。


 殺してやる。



 ゴポゴポゴポ…ゴポゴポゴポ…



 赤い液体はうねる。


 餌の集まる場所へ。



 全てを喰い尽し自分の脅威となるあのゴミのような小さな存在を排除する為に。

 



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 「もぎゅ、アレはズズ! 太古の昔からこの世界にあるモチャモチャ・・・ゴクッ 管理システムみたいなもんゲップ だ」



 そう言った俺に、リーフベル、メイヤ、カランカ、ガリィちゃんはそれぞれ頭に『?』を浮かべた。



 「聞いたことない呪文れち! 『しすてむ』ってなんれちか?」


 「世界の管理…そんな! 女神様が民を間引くようなモノを存在させるなど考えられない! 何かの間違いでは?」


 「喋りながらみっともない!! 食うか喋るかどっちかに出来ないのかい!?」


 「コージ! これ美味しいね! なにかな?」


 「まんまー!!」



 俺は、現在この村において総本部となっている村長の家の見事な彫刻の施された木目調のダイニングテーブルで大量の食料を頬張りながら作戦会議…と言うか一方的に『決定事項』を伝えた。




 「ゴクッ…村を捨てよう」



 その場にいた赤ん坊以外の全員が、俺に視線を集める。




 「それは困る! 此処は各国の出資によってつくられたもはや『砦』だ!そ うそう簡単に手放せるモノではない!」



 カランカが、声を荒げ抗議してきた。



 「知ったこっちゃないね、人命優先だ ゴクッ それとも魔王を倒して世界を救おうって言う癖に国だ金だの天秤に掛けて肝心の民を失ってもいいっての?」



 本末転倒だね、っと言ってやるとカランカはぐっっと唇を噛み黙り込む。



 「コージ…村はなくなるの?」



 赤ん坊を抱いたガリィちゃんが、不安気俺を見る。



 「ガリッ モギュモギュ…いや、悪魔で一時的にさ アレを退けるには モグモグ 一箇所に集めないと」




 バン!



 メイヤの小さな手が、木目のテーブルを叩く。



 「たとえこの村に、アレを集めたとしてどーやって倒すれち!」



 柔らかな銀髪が逆立ち、落ち着きなく興奮気味にメイヤが詰め寄る!



 「結界、障壁、無機物の壁、なんでもいいあれが入ったら村を囲む ゲップ」



 「そっ なんまっ力どっ…!!」


 「そんな魔力をどうやって集めるのですか?」



 リーフベルが、今にも飛び掛りそうなメイヤを押さえ代わりに質問する。




 「魔力の心配はない」



 俺の回答に、その場の空気が淀む。



 「なに冗談いってまちか? この規模の村を覆う魔力れちよ! このメイヤとリーフベルの魔力をもっても強度のあるシールドを張るにはそえないの準備がいりまいち!」


 「そうです! 今回一時的にメイヤがシールドを展開できたのは外壁に使われていた神木に宿った女神様の加護をもって魔力を増大させていたからです! その神木の加護ももう…」



 慌てたように抗議するメイヤとリーフベルとは違いそれを眺めていたカランカが、忌々しいと鼻を鳴らす。



 「あんたの話じゃ、アレは生き物を食うためにあるんだろ? 『餌』であるこの村の住人たちを非難させた所でそっちを追いかけるんじゃないのかい?」



 そうだ、確かにカランカの言うとおりアレは生き物を喰うために存在し本能の赴くまま縄張りを巡ってそれを繰りかえす。


 恐らく何らかの障害でそのそれが阻害された場合、あまり固執せず次へ移動していく筈なんだよ…通常なら!



 「どうなんだい! 答えな___」


 「問題ない」

 


 俺は、カランカの言葉を遮る。



 「魔力も、住人たちの非難も」


 「コージ…?」



 俺を見つめるガリィちゃんの目に、不安の色が浮かぶ。


 ああ、俺のビビリがダイレクトに伝わっているぅ~どうしようマジではずい!



 「今のアレの狙いは俺だ、村には俺だけ残ればいい」



 その言葉に、その場にいた赤ん坊を除く全員が一瞬事言葉を失う。



 「何言ってまちか! あんしゃんに死なりたら誰が勇者を成長させるれちか!?」

 

 「そうです! 貴方に死なれてしまっては勇者様は成長できず世界は滅びます!」



 ああ、うぜぇ。



 「こんな世界滅べばいいんじゃね?」



 ぎゃんぎゃん騒いでいたメイヤとリーフベルが、水を打ったように静まり返る。



 「じゃぁ、何かい? アンタはこの世界が魔王によって滅ぼされ多くの命が失われても何も感じないってのかい?」


 

 カランカの赤い目が、じっと俺を見据える。


 

 「ああ、はっきり言って俺には何の関係もないね…こんな、多くを救うためにとかって言ってガリィちゃんやレンブンランを切り捨てる世界なんて滅んだとして心が痛むとかないよ」



 比嘉や霧香さんは何と言うか分からないが、少なくとも俺はこの世界になんざ何の思いいれも無い。





 それどころか、俺はこの世界を憎んでいる。




 女神とやらは、あの精霊を使い何千回もレンブランを殺しガリィちゃんは力が目覚めると同時に『勇者』の為に死ぬことを義務付けられ勇者も勇者で魔王と戦って輪廻とやらに戻る事を定めらてれている。



 …それって、オブラートに包まれちゃいるが死ねってことだろ?



 その理由は推測するまでも無く、この世界を守る為だ。



 おかしい。



 こんな理不尽を何故良しとするのか俺には理解できない。



 もっと理解できないのは、その状況下に置かれた当事者のレンブランやガリィちゃんそれに勇者たる赤ん坊が自分を軽んじ世界やみんなの為とか言って自分の『生』を簡単に諦めてしまえるって所!



 俺から言わせれば、こんなの洗脳だ!


 

 マンガやラノベとか読んでて思うけどさ、世界やなんやを救うためその身を犠牲にするヒーローなんざ一番身近な残される家族や恋人の事を考えない愚か者に過ぎないってのが俺の持論だ!



 ガリィちゃんの膝の上で、俺の事を食料と見なした赤ん坊が飢えた獣のようなラブリーな目でこっちを見ていたので指でほっぺを突いたら食いついてきた…可愛いぜ畜生!


 


 うん、今後の教育方針は決まったな!




 カランカが、背中の大剣を抜き俺の眼前に突きつけた。




 「こんな作戦認めないよ! 避難するならアンタも一緒だ!」



 唯一この世界で勇者を成長させる事の出来稀有な存在である俺に何かあったんでは困る…ね。



 …たとえこの砦を失う事になったとしても、勇者の栄養源を危険に晒せないってとこか…まぁ有りでしょう。




 「あれあれあれ? ぼっくんのお話聞いて無かったかしら?」



 俺が可愛く小首をかしげて見せると、カランカ目が血走り今にも斬りかかりそうなくらい怒りを募らせる。



 「アレは、俺の事が狙いなんだぜ? そんなのを住民と一緒にしとくとか詰まってんのはそのお胸の脂肪だけですかぁ?」




 ブチッ!



 「駄目です! カランカ! メイヤも手伝って!!」



 大剣を振り上げたカランカを、リーフベルが必死に止める!




 「あらあらなんとまぁ! 頭に血ぃ登っちゃってさぁ~ww」




 俺は、飯を食う片手間に書いた何かの皮で作られた皮紙を必死にカランカを勇めるリーフベルに突き出す。




 「リーフベル、避難経路についてはコレに書いといたから読んどいてよ」



 「なっ、なんだいコレは!?」



 リーフベルへの皮紙をカランラが、乱暴に奪いまじまじと見詰めるが直ぐに眉間に皺を寄せた。




 「…」



 それは、明らかに内容が理解できてない顔だ…無理も無い。



 レンブランの知識に、多分この3人が把握していないこの村周辺の地形を利用した非難経路それに加え俺の世界の数学とか入っているからこの剣を振るうしか脳のない剣士様にはご理解頂けないのはまぁ想定の範囲ですよ~WW



 皮紙を見ていたカランカの額と腕に血管が走る!



 「せっ説明しなっ!」


 

 理解できない悔しさを堪え、必死に理性を保ったカランカが俺を睨みつけた。



 「あるぇ? そりが人にものを聞く態度ですかぁ~? やだよ、時間か無いっていってんじゃん!」



 睨み会う俺とカランカに、メイヤとリーフベルにガリィちゃんがおろろと見守る。




 「あんた、目上に対する態度がなってないよ…いい機会だ! 此処でその脆い体に『礼儀』ってやつを叩き込んであげるよ!」



 「はぁ~コレだから体育会系は~いいか? 確かに俺は誰よりも脆いし弱いけどこの状況を打開出来るのは誰だ? 下を向くのはあんた等の方だ!」



 チリチリと張り詰めた空気が、村長の家のリビングに漂う。



 「脆弱なくせに」


 「低脳に言われたくないね」



 カランカの体が炎を纏い紅く燃え上がる。



 「にっ逃げるれちぃ!!!」



 メイヤが叫ぶのとほぼ同時__________どごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!



 

 村長の家は、予期せぬ爆発に見舞われリビングからほぼ全壊した。



 「上等だ! 表出な! 糞ガキ!!」



 「ゲホッ! もうコレ表だろ!」



 俺は、ガリィちゃんと赤ん坊をかばいながら咳き込む。



 あぶねぇ!


 俺は平気だけどあんな魔力全開とか、仮にも勇者の赤ん坊がいるのに馬鹿なの?




 瓦礫の中に佇むカランカは、大剣を構える。



 「そうだったねぇ…アンタにゃこっちで相手しないと」



 マジか!



 頭に血ぃ登りすぎだろ!!




 「コージ!」



 背後にいたガリィちゃんが、ひょいと俺に赤ん坊を渡す。



 「お前の相手は、ガリィがする! このでかぶつ女!」




 ガリィちゃんがフーっと耳と尻尾を逆立て、パリパリと体中に稲妻を走らせカランカも炎を大剣に纏い高める!



 炎の熱と、雷の熱、二つの熱がいざぶつからんと正に一触即発!



 もし、この二人が本気でぶつかったらいくら制限の掛かった狂戦士の力とは言えこんな村くらい赤いスライムを待たずして内部から壊滅するだろう。



 え~とこれって…。




 「あんしゃんのせいれちぃぃぃぃ! 早くとめるれちぃ!!」




 積み上がった瓦礫の下からシールドを張っていたと思われるメイヤが飛び出し、涙目で抗議する。



 ええ~僕の所為ですかエンタルピー!




 「えっと~…あのマジでごっん"ん"!? ぶじゅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」




 取り合えず、謝ろうとした俺の口にラブリーな猛獣が吸いつき濃厚なディープをかましながら折角摂取したカロリーを根こそぎ吸い上げにかかる!



 あまりの激しいバキュームに、一瞬フッっと意識が途絶えかけそのまま瓦礫にの上に仰向けにぶっ倒れる!



 何コレ激しいぃぃ!? ドンだけ腹減ってんの!? 



 つか何でもう腹減ってんだよ!



 もしかして、三食じゃ足んないのか!? 腹持ちわるぅぅ!!



 ちょ! マジですいつくされ…



 助けを求めるように辺りを見回した所、それにがっつり目が合う!



 それは、瓦礫の隙間から目を血走らせ鼻から赤い液体流しながら高速で羽ペン動かす腐女子から進化した化物がはぁはぁ言ってる…ちっ!



 マジで滅べこんな世界!!




 ガンガン



 「報こ…!?」



 敵襲を知らせる為駆け込んだエルフの兵士は、一触即発の狂戦士と剣士、涙目の幼女魔道士に瓦礫の中から薄気味悪い笑い声を上げながら赤ん坊に口腔内を吸い尽くされている少年を大量の皮紙に描写する僧侶のいるほぼ全壊したリビングの有様に二の足を踏んだが、彼はめげなかった!


 話を全く聞いてもらえてないようだが、ここで自分が諦めてはなら無いと声を張り上げる!


 

 「敵襲!! あの液体が村の門に到達しますぅぅぅ?!!!」



------------------------------






「ふぅ、珍しいのねカランカ…貴女が、あんな試すような事するなんて」



 ざわめく群集をメイヤと手分けして、どうにか全て指定されたポイントまで集団転移させたリーフベルがその美しい顔に疲労を浮かべながら差し出されたカップを受け取る。



 白い陶器で出来たカップの中には、暖かいミルク。



 現在、この地域は四季で言うところの夏なのだがさんさんと降る二つの太陽の暖かさの中にありながらリーフベルの体は冷え切り出来ることなら着ているローブの上から毛布の一枚でも欲しいところだった。


 


 「こっちにも、おないのがほしぃれちぃぃぃ…」



 その場にへたり込んでいたメイヤも、頂戴頂戴と木の葉のような手を力なくひらつかせる。



 魔力の大量消費。



 それは、魔力と同時に体内の熱も奪う。


 もっとも、勇者の従者でありその"鍵"でもあるメイヤ、リーフベルは同じ従者で剣士あるカランカや"普通"のこの世界の住人に比べて個人レベルでの魔力の埋蔵量が桁違いだがそれを放出する肉体はまだまだ未熟だ。


 その為、大量の魔力の放出した際の熱の奪われ方が尋常ではない。


 普段ならその事も考慮し、どちらか一方が魔力を温存して置くのだが今回はそうのも行かなかった。


 

 余りにも早い襲来、村は一気にパニックに陥りかけた!



 その時、あの軽口を叩きながら群集を収めたのがあの正体不明の少年オヤマダ・コージだ。


 迫る群衆をのらりくらいりかわし、自分の立てた避難経路に上手く転がして誘導しまんまと自分たちごと村からたたき出すことに成功したのだきっと腹の中でほくそ笑んでいるんだろう。



 

 「まんまとしてやられたねぇ」



 この非難場所に指定された谷は村から大分離れてはいたが、魔力を使った転移などしなくてもカランカのその足なら十分に駆けていってオヤマダ少年を回収する事が出来たはずだが…。



 メイヤにもほっとミルクを手渡しながら、カランカは横目で赤ん坊の姿をした勇者を抱く狂戦士をみやる。


 金色の目、金の髪に覗く少しカールした猫科の獣人の耳そして身に着けているのは多分オヤマダの物と思われるここら辺に衣服とはまるで違う黒の長袖に金色ボタン胸元には赤い刺繍でなにやら生き物の形が縫いこまれているぶかぶかの上着の裾から不機嫌そうにフサフサの尻尾を揺らしながらその目は村の方角から目を放さない。




 選ばれし剣士は、舌打ちをする。



 カランカにしてみれば、今すぐにでも村まで駆け首根っこ引きずってでもオヤマダを確保したい気持ちでいっぱいだったのだが…。



 「剣士様、我々はどうなるのでしょうか? 村は? あの化け物は…」


 「お助けくだせぇ…従者様~」


 「勇者様は、まだ見つからないのですか!?」


 「嗚呼…女神様、勇者様、従者様ーオラたちのことたすけてくんろー!」



 不安に苛まれた群集が、カランカに縋りつく。


 メイヤやリーフベルが疲労困憊する中、自分が今この場を離れれば住人達は不安感から暴動を起こしかねない。


 そうなれば、兵士達だけでは穏便に事を収める事なんて出来ないだろう。



 それに______



 このパニック寸前にまで緊張の張り詰めたの群集が、狂戦士の存在に気付いたら?


 それこそ、狂戦士をこんな状態でこの場に残す訳には行かないし何よりアレは赤子の状態の勇者を手中に治めている。



 いずれ糧になる為死んで身を捧げなければならない相手だ、もしその気にさせてしまったらようやく座り始めた首くらい簡単にへし折られてしまうだろう。

 


 「大丈夫さ…あんた達の安全は保障するよ」



 誰が?



 たった一人で村に残って戦うあの非力で脆い少年か?



 不安がる群集を諌め兵士に指示して、下がらせたカランカは唇をかみ締める。



 込上げるのは、悔しさと虚しさ。



 何が、勇者の従者だ!



 『鍵』だ!



 あの赤いドロドロの前にはそんなの役に立たなかった!



 「カランカ…」



 ようやく体が温まってきたのか、リーフベルが握り締め血を滴らせたカランカの拳を取って治癒魔法を施す。



 リビングを吹き飛ばした時、あの少年は真っ先に狂戦士と勇者の前に立った。


 見越してはいたが、確信する。

 

 オヤマダと言う少年は、何だかんだ言っていたが恐らくはあの狂戦士と勇者を守るつもりなのだろう。


 それこそ、この世界が滅んだとして…いや、滅ぼしてでも。



 目の当たりにしたあの力にそれ程の事が出来るかは分からないが兎に角危険な存在に違いはない。



 が、現状として力を借りなければならなかったのが悔しいのだ。







 「いやぁぁぁぁぁ!!」





 突如、村の方角を見ていた狂戦士が叫び抱いていた勇者を地面に落とす!


 リーフベルが、すかさず抱き上げたが狂戦士の様子がおかしい。


 次の瞬間、雷を纏ったその少女は地面を抉るような衝撃を残して村の方角へ飛び去った!




------------------------------


 あー…。



 途中までは上手く行ってたんだよ…。



 そりゃもう、この赤スライムが予想より早く雪崩れ込んだ時はビビッたけどさ!


 その後の俺の氷の様な冷静さときたら、パニクッた村の連中を上手い事誘導してさぁ~『やっ! コージと一緒にいるぅ!』なんて、理性フッ飛ばしそうな可愛い殺し文句放ったマイエンジェルを気が引けたけどちょ~とだけ良い子にさせて、村人ごと赤ん坊と一緒に安全な場所まであいつらに運ばせて、俺ってテラかっけーwとか思った訳よ!



 「ごふっ…2時間前の俺 しね つか、も やば 」



 あはは~ったく。



 柄にも無い事するもんじゃぁない…いや、この場合俺しか何とか出来る人材なんていなかった訳だけど。



 うん。



 身の程を知るべきだった、いくらレンブランがこの力をくれたつったて良く考えたら俺は何処にでもフツーの中学生でフツーの容姿にフツーの身長・体重…此処にきて頭は大幅に良くなった気がするがそれ以外は、この世界じゃゴミレベルの雑魚キャラだ。


 しかも、この世界とは何の関係もない部外者中の部外者。

 


 モブにすらなれないイレギュラー。



 そんなのが、ちょっと力を貰ったからって何でも出来る気になって恥ずかしい…今なら羞恥心で死ねる!





 と言うか、今正に俺は死の縁に立っていますねコレは。




 赤スライムについては、大方予想通りの反応だった。


 最初に触れたときの感じだと、アレはまだ起きる時では無かった明らかに『誰か』によって叩き起された感じだ。



 その証拠に、エネルギー…魔力が決定的に足りなかった。




 捕獲なんて簡単。



 怒りに我を忘れた赤スライムを俺を餌に、ちょちょいと外壁に使われていた元聖木の情報を書き換えて無人の村に閉じ込める。


 たったそれだけ。


 幸いにも、この世界の生物ではない俺を喰う事は出来ないらしいしから後は自分が得体の知れない力によって書き換えられ絶命する恐怖を味あわせてやるだけだ。



 もし、レンブランのキオクの『本来の時』に目覚めたコレであったなら俺は一人でやれるなんて大それた考え持たなかったしガリィちゃんには悪いがこんな村なんてさっさと見捨てて赤ん坊と3人でとっくの昔にとんずらしてただろう。



 村の半分をゆうに覆うほどに増殖した赤スライムは、案の定俺を飲み込んだが消化する事は出来なかった。


 が、片栗粉を入れたスープくらいのとろみのある赤いスライムの体内はやっぱり息ができない。



 まぁ、それも想定の範囲だったから俺は焦らずコードモードに切り替え一気にそれを只の水書き換える!



 誰もいない無人の村で、幾ら感情が暴走しようが関係ないわけだけど…さて、何処だ?



 1と0が崩壊し泡立つ中、俺はお目当ての物体を探す。



 あった! あの凝縮された数字の蠢く球体!




 ゴボボボボボボボボボボボ!?



 数字の蠢く球体が、ようやく異変に気が付いたが遅いねw



 赤いスライムは、そのサッカーボール程の大きさの黒い球体だけを残しそれ以外を只の水に変化させ地面に力なく広がる。



 「ごほ! げほっ! はっ、ざまぁ!」



 通常モードに切り替え目の前に転がる球体に近づく。


 あ~…コレは核だ、ほって置けば又増殖して殺戮を繰り返すだろう。



 そんな事になる前に、破壊しておくに越した事はない。



 俺は、ソレを破壊すべくに手を伸ばし___________ドン!




 「うそ…ゴポッ」


 

 意図しないのに、喉に血が競り上がる。




 俺の胸。



 心臓の位置に突き刺さって背中に突き抜けるのは、腕ほどの太さの鋭い棘。



 それは目の前の球体が変形したもの。




 あ、駄目だこりゃ。



 最初に脳裏に去来したのは、そんなこと。 



 油断した…!


 

 「がはっ! うあぁっ…ぁ」



 激痛。


 

 悲鳴を上げようにも、それは直ぐに無駄に終わる。



 足の先が冷えて意識が混濁する。



 心臓が完全に潰れてる…血液が循環を止めそのダメージは思考を先に奪う。






 レン ごめ…約束   がりぃ……かあさん かえりた_____





 視界がぼやける、ねむい、ねむい…さむい…さみし…。





 ああ、しにたくない。









 もう! なにやってんの!小山田君~!








 意識の切れる瞬間、奴の呆れた声が聞こえた気がした。


------------------------------





 「間違いねぇのか?」



 少し長めの燃える様な明るいオレンジ色の髪を後ろで束ね髪から覗くけも耳が、訝しげにピコピコしながらその背中に問う。



 「ああ、間違いない」



 問われた背中の主は、その手に持った古びたノートを閉じ頭上を睨む。



 年の頃は、恐らく17か18位だろうか?


 黒く艶のある少し伸びた髪、前髪に普段は隠れているその黒曜石のような瞳が揺れその陶器のように白い肌はその人物が男であるにも関らず性別を超えた美しさを与える。



 相変わらずキレイだなっと、オレンジの髪の年の頃は同じと思われる獣人の少年は頭上を睨む黒髪の少年の横顔をみやる。




 その視線の先にあるのは、石造りの天井。




 パリッ!




 その時、天井がにわかに光り青白い稲妻のような物が無数に走る!




 「来るぞ!」


 「マジか!?」



 石造りの天井に浮かぶ円形の幾何学模様それは、恐らく魔方陣だが少年達はその形状と刻まれた魔法を初めて目の当たりにし体を強張らせた。



 浮かび上がった魔方陣にノイズのような物が走り、そこに人影が浮かんだかと思うとそれは重力に従い地面に向って落下する!



 「っち!」



 落下するそれを黒髪の少年が受け止め一瞬安堵した表情を浮かべたが、瞬時にそれは驚愕に変わり言葉を失った。



 「嘘だろ…!」



 覗きこんだオレンジの少年も、そのあまりの凄まじい状態に思わず耳を畳む。



 黒髪の少年に腕の中でぐったりと気を失っているのは、同じ黒髪をしたこれまた少年。



 ただし、体格の小さな所を見ると自分たちよりも年は下だろう。



 だが、それ以前に_____。



 「ひでぇ…」



 オレンジの少年は、思わず声を漏らす。



 ぐったりとした少年の胸にには、下手したら向こう側が見えるんじゃないかと思えるほど大きな穴。



 というか、コレはもうぐったりとかじゃない!



 コレは、大変申し訳ないがもはや生きているとは俄かには信じ難い。



 が、黒髪の少年はそんな血まみれ状態の少年の体をそっと地面に置きその致命傷になった傷に手を添え何事が呟き始めるとその手の平が紫色に輝き回復魔法と思われるエネルギーを傷に注ぐ。



 しかし、黒髪の少年の顔が険しくなる。





 紫の輝きは、もはや眩しい位だというのに傷も意識も戻る気配を見せない。




 「まさか…!」



 黒髪の少年は、ある可能性に行き当たる。



 が、もしそのとおりならこの少年を助けられるのは自分ではない_____



 「ガイル!」



 黒髪の少年は、呆然と此方を凝視していたオレンジの名前を呼ぶ。



 「頼む! 小山田を救えるのは今この場においてお前しかいない!」



 「うえ!?」



 突然の言葉に、オレンジ_____ガイルは怪訝な表情を浮かべる。



 「ちょっ、チョイ待ち_____」


 「僕の指示に従ってくれ…頼む! もう頼れるのはお前しかいないんだ!」



 普段、他人を利用する事はあっても絶対に頼るという事をしないこの少年の必死の『お願い』に緊急事態にも関らずガイルの背筋がゾクゾクと震える。




 「…オレが、お前の頼み聞かないわけなじゃんW」



 ガイルは、満面の笑みを浮かべ少年の傍に駆け寄った。


------------------------------





 ああ、はらへった。



 良く考えたら、俺ここに来てから殆ど腹減ってばっかだと思う。



 今日だって、折角喰ったのに根こそぎ持ってかれて空っぽの状態で赤スライムと対決ですよ?



 もう勘弁してくれって感じだ!



 全く、世の授乳期の赤ん坊を抱えたお母様方は偉いと思うよ…。



 もうさぁ、喰っても喰っても足んないの…そう…全然_____だからさっきから流れ込む『コレ』すげぇ美味い…久々に腹が満たされる。



 口から流れ込む暖かいソレは、そっと離れていこうとしたが俺はそれを捕まえそのままむしゃぶりついた!



 捕まえたソレは、驚いて呻き声を上げる。





 駄目だ、逃がさない  足りない もっと もっと   ハラヘッタ。




 捕まえたソレを枯渇させる勢いで吸い尽くそうとした時、なんと追加が投入された!



 外部からリンクされたみたいに、吸い付くソレに流れ込んだエネルギーは変換されて俺に供給される。




 「この底なしが! オレ達を殺す気か!!!」



 知らないような、知ってるようなどこか懐かしいような声が俺を罵倒したけど構わず貪る。


 


 _____だって、腹ペコなんだもっと喰わせろよ。





 ガリッツ!




 「ふざけんな!』っと、無理やり離れたソレの舌に思わず噛み付いてしまった。



 じわりと口の中に広がる血の味…それすらも甘く感じ______?



 ん? 血?



 なん______バシッ!


 

 やっと開けた視界が真横にぶれる!


 


 「って…!」



 頬に受けた衝撃に、俺は横目でそいつを見上げた。



 人の上に馬乗りになった明るいオレンジの髪に金色の目が、顔色悪く俺を睨みつける。



 ぷるぷる震える三角の耳を見る限り、多分ガリィちゃんと同じ猫科の獣人だ。



 そいつは、口元についていた血を手の甲でぐいっと拭きなおも恨みがましい視線で俺を見下す。



 なに…この人?



 上手く頭が回らない、まだフラフラする…それに口の中がやたらぬるぬるって______!




 「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」




 俺の悲鳴に、馬乗りになっている獣人は耳を押さえる。




 「なにすんの! なにすんの! なにすんのぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 「うるせぇな! 泣きてぇのはこっちだ! この死に底無いが!」



 嫌だ! 考えたくない! だってだって俺、始めてはガリィちゃんとって思ってたのに!



 「ちっ!」



 不機嫌そうに顔を歪めた獣人は、いつの間にかはだけていた俺のYシャツから覗く胸の中心にするっと触れてる!


 

 「うひょぉ!? なに! なに!!!? おっお兄さん! 俺そっちの気はありません!」


 「はぁ? 何言ってんだ?」



 更にするりと手を這わせる獣人! 



 ゾゾゾっと悪寒が走り鳥肌が駆け巡る!




 「_______よし、大丈夫…成功だ」




 そういうと、獣人は俺の上から退く。



 成功? 何が?



 あ



 熱い手が離れようやく思い出す…そうだ、俺っ!



 俺は起き上がり自分の胸、あの貫かれた心臓の辺りを弄る!



 あ、傷が…傷が塞がってる!


 と言うか、なんだが周囲から無理やり肉と皮を寄せ集めたみたいに埋められたようになっている。



 「不恰好だが我慢しろ、これが精一杯だったんだ」



 不意にそう言われて、俺は顔を上げる。


 オレンジの獣人の肩をかりようやっと立っているのが精一杯という様子の黒いローブに身を包んだ俺と同じ黒い髪に黒い目のその人はどこか安堵したように俺を見た。



 「え? あ?」



 顔色は悪いが間違いない。


 年だって俺より上だと思うけど、それでも間違いない。


 その超絶美人な面構えは、さらにその美しさを極め_______つーか、まるでコピーだよ霧香さんそっくりじゃん!




 「比嘉______」




 グオン




 久しぶりに会う美貌のクラスメイトに歓喜が込み上げようとした瞬間、頭上で何かが青白く光る。



 「え?」


 「くっ! もう時間が無い! 小山田!!」



 比嘉が叫んだときには、俺の体がふわりと宙に浮く。



 「へ? ちょっと何コレ、ひっ比嘉!?」



 抗う事も出来ず浮き上がる体、何とか留まろうとバタバタさせた手を慌てて獣人が掴んでくれたけど!



 ブシュっと噴出す血、俺の手を取った獣人の手の甲から肩までがバックリと何かに切り付けられたように傷を作る!




 「おい! あんた大丈夫かよ!?」



 俺の問いに、獣人は唇をかみ締めただけで反応は無いが聞かなくてもかなりの苦痛に違いない!




 「聞け! 小山田!」



 立つ事もままならない、比嘉が這いながら宙に浮かび上がった俺を必死に見上げる。




 比嘉が俺に向って何か叫んでる!



 が、青白い光の洪水と巻き上がるような風が吹き荒れ上手く聞き取れない!



 「____がせ、魔王を_____お前は魔王に会わなければならない!」



 へ? 何ソレ?



 「つか、お前っきっ霧香さんは!?」




 天井からの光が強まり、獣人に掴まれほぼ垂直になった俺を上へ上へと引っ張る。



 「くっ!」



 ブシャっと肉を裂く音がして、俺を掴んでくれいている腕が更に血にまみれ獣人が顔を歪め遂に血で滑った手がズルッと俺を手放してしまう!



 「比嘉ぁ!!」







 ___ごめん_____を頼む________





 青白い光の中で、比嘉の声が途切れる。



 あ、遠ざかる。



 やっと、やっと、会えたのに!




 待って、待ってくれ!




 助けなきゃ、二人を。



 湧き上がる感情に根拠は無かったが、比嘉と霧香さんを救えるのは自分しかいないと何かが確信させた。




 「待ってろ! かならず_______俺がお前と霧香さんを迎えに行くから!!」




 俺を見上げた比嘉の目が見開き、更に何かを叫んだが俺には届かない。



 遂に、視界が青白く染まり




 ぐにゃり




 後頭部の下の辺りが、握り潰されたように歪んだ気がして俺は吐き気と共に意識を手放した。






------------------------------





 _______きな_______



____________起きな_______




 う…いやだ、気持ち悪い_____もう少し横になりたい________。





 「起きろっつてんだよ! この馬鹿!!」



 バチィィィィィィィン




 「うぎゃっ!?」



 左頬に衝撃が走り俺は、まどろみの中から引きずりだされた!



 回る視界、揺れる脳ミソ、どうにか体を起すが…ぎも"じわ"る"い"…うぷっ。




 「吐くならさっさとしな!」



 肩で息をしながら呻く俺に、カランカが冷たく言い放つ。




 「ゲホッ…鬼っ!」


 「鬼? はっ! あれに比べればまだ可愛いもんさ! どうするんだい? アンタの所為だよオヤマダ!」



 不機嫌と言うか何処か切羽詰まったように落ち着かない様子で、捲くし立てるカランカ…なに…?



 俺の所為だ? 話がみえねぇな。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 真っ青な空に、突如雷雲が集まり稲妻が走る!



 ガシャァァァァァァァァン



 腹の底を抉るような、爆音に俺は思わず耳を塞いでそのまま地面に顔伏せる!



 「______っしたぁ~なん______」



 俺は、ようやく事態を把握する。


 水浸しの村に、何者かが無作為の破壊の限りを尽くしたと思われる無数の家や商店やその他の重要施設の残骸。


 しゃがみ込んだ俺の前に立つカランカは、後姿からでも察しがつくくらい満身創痍。


 構えている大剣は、その持ち手てを血で汚しながら半分をぽっきり失ってはたが戦うには問題ないとカランカが俺を遮りそれと対峙っする。



 だが、どう見ても相手が悪い。


 …コレはカランカには荷が重過ぎるだろう。



 逆立つ金髪、血走る金の目、むき出しの牙…ああ、戻ってる。



 狂戦士。



 暴走すれば、世界は灰塵と化しその命尽きるまで止まらない。



 しまった…まさか、完全に制限を突破されてないみたいだけど『ちょっと死んでた事』がガリィちゃんにこんな形で影響を?



 「…ちょっと! 何にやけているんだい!?」



 いつの間にか緩んだ俺の顔に、カランカが怪訝な声を上げる。


 

 え?


 だって、これってそれだけガリィちゃんが俺に依存してるって事なんだぜ?



 マジで、可愛いくない?



 つか、もう食べていいですか?(性的な意味)で!



 「がぁぁぁぁぁぁ!!」



 狂戦士はその体から、稲妻を放ちながら天に向って咆哮する。



 「くっ!」



 一瞬、それは正に稲妻の閃光。



 カランカは、光の速さで眼前に迫った金色の狂気を認識よりも早く動いた反射で普通の剣士では既に首から上が飛んでいるであろう一撃を辛うじて回避するが衝撃で派手に弾き飛ばされる!



 「ガリィちゃん!」


 

 血走る金色の目は音に反応して、俺の方を向いたがそこに理性なく己の目に映るのが誰なのかなんて認識しない。



 あるのは、破壊衝動。



 金色の閃光が、水びたしの地面を蹴り牙を剥く!




 ずざざっと地面に引き倒され、仰向けに仰ぐ俺の目に映るのは狂気に歪む可愛い娘。



 「おいで」



 仰向けの俺に跨ったガリィちゃんが、牙をむきだし________ガリッ。



 「オヤマダ!」



 弾き飛ばされ地面に這い蹲っていたカランカが、悲鳴のような声を上げた。



 「よ~し、よ~し…」


 「うう~う~!」


 

 俺の首筋に喰らいついたガリィちゃんが、うなり声を上げわなわなと震える。


 落ち着かせようと逆立った金髪の長い髪をもふもふ撫で付けてやると、それにあわせてファサっと肩に落ち全身を駆け巡っていた稲妻も少しずつなりを潜め始めた。



 「いてて…ごめんね、びっくりしたろ?」



 返答は無い。



 ただ、苦しそうな呻き声と首筋に牙を食い込ませる顎の力が増すばかりだ。



 っ…頚動脈から外れてるから何とか…でも、いつ食いちぎられても可笑しくねぇな。




 カランカが、狂戦士に首筋を咬まれいるにも関らず笑みを浮かべる俺のをまるで化け物でも見るかのような目で見ながらも体を起こし折れた大剣を構える。





 あ、やべっ。



 俺は、首筋に噛み付くガリィちゃんを抱える感じで体を起して今にも斬りかかってきそうなカランカに『待て』と合図を送った。



 何をする気なのか? と、訝しげに此方をみるカランカの目の前で俺は、ガリィちゃんの柔らかい金髪を避ける。



 

 出来るもんなら、あんまり見られたくはないんだけどな…。




 ギリッと食い込む牙。



 その痛みを感じながら、俺はその露になったガリィちゃんの白い首筋に思いっきり咬み付いた!




 

 さて、此処からは色気も糞も無い。




 コードモード。




 黒地にグリーンの1と0の世界。


 折角、女の子の首に噛み付いても感触とか鈍くなるし楽しくは無いね。



 ま、楽しんでる場合でもないけどさ。



 あちこち狂ったコードを片っ端から書き直す、かなり複雑な作業になる為いつもみたいな手かざしとかじゃ繋がりが足りない。



 出来るもんならガリィちゃんに傷なんかつけたくなかったが、此処まで接近されるとそのくらいしか選択肢がないっちゃ無かった。



 ええもう!



 欲望としてはこうさぁ! 行きたかったですよ『ぶちゅ』とさぁ~!



 浄化したかったですよ、さっきの悪夢を!



 つか!


 比嘉さぁ~なんなのアレどう言う事ですか?



 なんの恨みがあって…いや、助けてくれたんだよな…。



 比嘉は俺を救ってくれた。



 あそこが何処であの光は何だったのか何がどうしてなんて思考が及びもしないけど、もう待てない、待っているには時間が立ちすぎだ…やっぱあの異空間での三年はデカイ!



 すっかり大人っぽくなってたなぁ比嘉…待ってろ…必ず霧香さんとお前を迎えに行く。



 



 俺は、ギリッと更に強くその白い首筋に歯を食い込ませる。



 ずるっっと、俺の首に食い込んでたガリィちゃんの牙が抜け全身を駆け巡っていた稲妻がなりを潜めガチガチに力の入っていた体からようやく緊張が取れていく。



 うん、もう此処までくれば…。


 

 もっと手こずるかと思っていた複雑な組み換えと上書きが、こんなにもスムーズに進む!



 ホント、久々に腹いっぱいだから何だって出来そうだ!



 栄養って大事だな~すげぇ!



 頭が普段より冴え渡る…そうだ、あのお兄さんのコード使える!



 外部リンクあれ良いよな~…うっ!


 

 一瞬あの悪夢がフラッシュバックしげんなりしたが、あの時『追加』されたエネルギーは比嘉の物で間違いないだろう…つまりあの二人は…比嘉マジデスカ?



 あのお兄さんとそんな関係? 霧香さんも知ってんの? ブラジャー着用の時点でその気の可能っ? あれって誰の? 霧香さんのじゃなかったけ?



 

 なんか深く考えちゃいけない気がしてきた!



 うん、忘れよう!



 そして、使えるものは使おう!



 俺は、早速ガリィちゃんの深層にそのコード書き込み自分にも全く同じコードを書き込む・・・あ、そういや自分に何か加工するの初めてだな上手く行くかな? 




 バチッ!



 「きゃう!」

 

 「って!?」



 コードを適応した途端、俺は首筋に焼け付くような痛みと歯を突きたてたガリィちゃんの首筋からまるで乾電池を舐めたときのようにビリビリとした衝撃をもろに口に浴びて思わず呻く。


 

 ザザザザザザ



 何コレ?



 脳裏に走るノイズ。



 ザザザザザザザザ…金髪に畳まれたけも耳、丸々としたボディの人懐こい笑顔?



 小さな手が引かれ、放されていく。


 悲鳴のような鳴き声。



 『必ず迎えに行くから!』


 

 歪む視界。



 ああ、これガリィちゃんの?



 今まで、おぼろげにしか分からなかった感情がダイレクトに雪崩れ込む。



 まって、ちょっと! これ不味いよ!



 エネルギーの共有、感情の共有、リンクなんてもんじゃない!



 相互100%こんなの一心同体って奴じゃ…ちょ、比嘉!



 あのお兄さんをそこまで…って、言うかヤバイ!



 このままじゃ俺!



 俺は、慌ててガリィちゃんに書き込んだコードを消去しようとしたが_______




 「うそ!」



 消えない、と言うか消せない!



 コードは既に1と0に飲まれ探し出すには対象を破壊しなくてはならないほどに深く深く沈む____つまりソレは…。



 「や…だ」



 正気を取り戻したガリィちゃんが、震える手で俺にしがみつく。



 「とらなで…コージはガリィんだもん…お兄ちゃんみたいにどっか行くなんてヤダ」



 涙に潤む金の目が、縋るように俺を見上げる。



 あーあー。



 魔王に会って、比嘉と霧香さんみつけて全部かたがついてレンブランとの約束どうり君が殺されて仕舞う様な危険から全て回避されたなら手放してあげようって自由にしてあげようって思ってたのに。



 駄目じゃん、そんな目で俺みたいな奴に縋って馬鹿だね。



 はぁ、母さん。


 法廷の赤い悪魔。


 冷静沈着に勝利をもたらす凄腕弁護士、その実体は家族の為なら法すら犯して守り抜く。


 俺、その家族に対する狂愛っぷり見ててさ頭がおかしいんじゃないかって思ってたけど今なら母さんのやってきた事すげー分かる。

 


 やっぱり、俺は母さんの子だ。




 呆然とするカランカを尻目に、俺は所有物を抱きしめる。



 ガリィちゃん、君が悪いんだからね?




 ____ もう、逃がしてあげないんだから_____。






 「随分と乱暴だな? 可愛がってるじゃなかったのか?」



 「え? 可愛いよ! 愛してるもん! 見てて分かんないかな?」



 「死ぬ寸前まで追い込んだあげく、感動の再会かと思いきや頭かき回して強制終了でしょ? 何処に愛情が? 下手すりゃ壊れる…とても理解なんて出来ない」



 「コレもプロセスさ~僕等が出会うまでのね~」


 「できれば、永久に出会わない事を祈らずにはいられない」



 「うわ! 酷っ! そんな事言う子は消滅させちゃうぞぉw」


 「…」


 「いやんw 今のは冗談冗談w 大丈夫だって! ぼくちゃんお前の事も小山田君と同じくらい愛してるからぁ~拗ねないでよ」


 「…」



 「あ~そろそろお腹空いたんでしょ? だから機嫌悪いんだ~もう! 早く言ってよね~ww」



 『ほら、いっぱい食べて良いんだよ?』そう言ったソレはグイッっとその唇を押し付けてくる。


 気色悪いと思いながらも本能に負け、もう貪る事しかできなかった。

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