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クロノブレイク0~可哀想な小山田くんの話~  作者: えんぴつ堂
鍍金の賢者
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鍍金の賢者

 賢者は、儀式・伝統に見向きせず真に守り受け継ぐべきことを知っている。


 それは、人が守らずとも、壊れず普遍なるものなり。



 賢者は、歴史から支配者の愚かさを思い虐げられた声なき民のせつなさを知る。


 賢者は、戦乱の世に民の愚かさをみて、民が喜ぶ政を行なう。


 賢者は、神を見て神を見ずその理を憂う。


 賢者は、理に嘆き知恵をもってそれに抗う者。



 少年は、その理と理を憂いた賢者よりその力を授けられた。




 水浸しの村に住人達が戻る。



 倒壊した建物に驚く者もいたが、それ以上に自分達が助かった事に全ての住人達が歓喜し村を救った少年に感謝した。




 身勝手だな。




 さっきから、村の通りを歩く度に住人等に話しかけられ感謝されるがそんな住人たちにもたげるのはやり場の無い怒りだ。


 こいつ等は『異形』であるだたそれだけで俺を魔王の手先扱いして討伐しようとしたし、狂戦士だからと一度は村を救ったまだ4歳だったガリィちゃんを結界を張った森に遺棄し俺を庇ったレンブランを追放した…こんな連中本来なら助けたくはなかったよ。




 「コージ! みんなコージに感謝してるよ! なんだか嬉しいね!」



 俺に向けられた賛辞に、ガリィちゃんは嬉しそうに手を叩く。




 ガリィちゃんが望まなければ、俺はあんな事はしなかった。



 この村の連中が本当に感謝すべきは、このクソ可愛な狂戦士なんだよ!



 ガリィちゃんの心底嬉しいってキモチが雪崩れ込んできて、俺は思わす顔を背ける。



 ああ、ヤバイ。



 この調子じゃ、俺の感情もモロバレだ!



 なんとかしないと以心伝心過ぎて心臓が持たねーよ!




 「ねぇ、コージこれからどこ行くの?」



 俺が理性と戦っていると、ガリィちゃんが小首をかしげながら尋ねる。



 ああ、そう言えば一人で行こうと思っていたからガリィちゃんには説明してなかったなぁ。



 今朝早く滞在先の宿から一人でそこへ向おうとしていた俺にやっぱり感ずいたガリィちゃんが、無理やり付いて来て現在に至る。




 「レンブランの家だよ」


 


 そういうと、ガリィちゃんの表情が少し強張る。




 「…お兄ちゃんの?」


 「ああ、これからの事考えるとどうしても寄っておきたんだ…辛いなら_____」




 『付いてこなくていい』そう言い掛けた俺の手を、ガリィちゃんが潰さないようにそっと握った。




 「ちがう! お兄ちゃんが死んじゃったのコージの所為じゃない! むしろ救って______」




 パシッ!




 俺は、思わずガリィちゃんの手を払ってしまった!




 「コージ…?」


 「あ、ごめん…やっぱ一人で行かせてよ…ガリィちゃんさ、赤ん坊についてあげてて」



 俺は、その場にガリィちゃんを置き去りにして駆け出す。



 読まれた、いや零れたのを拾われたと言った方が正しいな。





 …俺は、絶えず思っていたんだ。



 レンブランは、確かにループする時の中で悶え苦しんでいたけど俺にさえ遭わなきゃ死ななかったし、いつかは『答え』だって見つける事が出来たんじゃないかって。



 手を払った時の、ガリィちゃんの少し悲しそうな顔が目に浮かぶ。



 はは…さっき俺は上手く笑えてたなかな?



 つか、早いところなんとかしないとな…こんなのおちおち隠れて泣く事も出来ない。



 相変わらず、賛辞を送るうざい群集を掻き分けながら俺はレンブランの記憶を辿りそこを目指した。











 「はぁ…思ったより遠かったな…」



 一度来た事があるとは言え、その時はトイレから尻に向って特攻…いや思いだすのはやめよう…。



 兎に角、こうやって外から訪ねるのは初めてだ。



 俺は、爆発でもあったかのように見るも無残に倒壊したレンブランの家を眺めその敷地に足を踏み入れると足元にはこの世界の共通言語で『立ち入り禁止』を知らせる看板が倒れている。


 


 既に、あの三人が此処に来て色々調べたんだろうな…。




 俺は辺りを見回す…おかしいな。



 レンブランの『キオク』じゃ、この看板は文字道理『立ち入り禁止』を示すもので通常ならコレ事態に結界を張るくらいの魔力が込められる。


 また、触って壊したかとも考えたが違う。



 既に倒れていたし壊した感覚も無かっ______ああ、そうか。



 俺は、倒壊した家の残骸を覗く。


 そこから爆発したんだと思われるくらいの大穴と、そこから見える上にあった生活スペースとほぼ同じ広さのあるその薄暗い空間に俺は躊躇なく飛び込んだ!


 


 ザザザ




 ズダンと着地すれば、その衝撃で足が痺れる。




 「~~~~~っ!!!」




 うわぁ…格好つけんじゃなかった!


 多分誰も見られなかったことが唯一の救いだと胸を撫で下ろし、俺は『いつもの様に』戸棚からランプを取り出して手をかざすが_____。


 

 あれ?


 ああ、だよなコレじゃ無理だ。



 俺はほんの少しだけ、コードモードでランプの中に小さな『火』を構築する。



 すると、ちろちろと小さな火がランプの中で淡く光を放ち辺りを照らす。



 あ、やばいテンション上がってきた。


 ヤバイヤバイと、気分を落ち着かせようと頭を振ってついでに深呼吸もしてみる。




 あ~…このくらいでもかなり感情に影響でるんだなぁ…。




 レンブンランが、命がけで構築した理論が生み出した能力。


 それを体現できるのが、この世界と縁も縁も無い異世界人と言うだけでそこら辺に五万といるような只の中学生な俺。



 『妹を守って欲しい』



 レンブランの最後の願い。



 荷が重過ぎるが、レンブンランだってホントは自分でどうにがしたかったはずなんだ!


 

 俺は、頼りなく光を放つランプを片手に地下室であったそこを照らしてお目当ての品を物色する。


 特性の回復薬・解毒剤・携帯食料・調合試薬・その他軽量や解剖・縫合に必要な医療セットの補充など思いつく全てを背負ってきたレンブランの底なしの四次元リュックに詰め込む。


 

 痒い所に手が届くこの薬品・素材の備蓄…やはり、レンブランはこの事態を予測していたとしか思えない。



 それは、俺に出会った時なのかそれ以前のあの悪夢とも言える果てしなく繰り返し続けた時の中での願いであったのか…引き継いだキオクの中でも乱れた一部からそれを救い上げる事は難しい。



 標本や、内容が頭に入ってる書物類以外殆どをリュックに詰め終えた俺はさらに奥の部屋を目指す。



 予測が確かなら…いや、外の『立ち入り禁止』の結界が破壊されていたんだアレは確実に戻ってきてる筈だ。



 レンブランにそう躾られているからな。




 「なぁ、そうだろ?」




 コココココココココ!!!




 一見拷問器具のような物々しい器具の乱雑する更に暗い部屋の中、拉げた大きな檻の隅に少し衰弱した白く巨大な鶏は俺を見るなりその赤い目に血管を走らせ不機嫌そうに喉を鳴らした。




 コッカス、恐らくコカトリスの突然変異。



 コッカスってのはレンブランが森でコイツを見つけたとき、なぜか首から下げていた木製の筒にそう書かれていたのでそのまま呼ぶことにしたらしい。



 片羽を失い大量出血。

 

 

 普段ならそんな死にそうな魔物無視する所だが、レンブンランはそうしなかった。



 単純に可哀想と言うのもあったがそれ以上に『何者かに飼育されていた痕跡』のあることに酷く好奇心を掻き立てられ一緒に見つけた幼馴染のノーム兄妹に嘘までついて自宅に持ち帰ったのだ。




 基本的にと言うか至極当然の事ながら、魔物は飼いならされる物ではないらしい…。



 俺に与えられたレンブランの知識にも、そんな事例はこのコッカスを置いて他にはない。



 コッカスを連れ帰ったレンブランは、早速治療と称して失った片羽をかねてより研究していた俺の世界で言うところの飛行機的なものを作るために再現していた鳥類骨格を義肢などの理論を応用し作り変えた義羽とでも言うのかソレっぽいものを取り付けた。


 ほっとんど、マッドサイエンティストな実験に近かったしこの世界の常識から考えて魔物を治療しあまつさえ機動力を回復させるなど自殺行為に近かったがそこはレンブランの読み通りコッカスは自分の命の恩人である自分を襲おうとはせずそれどころか簡単な命令なら律儀に聞くようになったのだ。




 「ほんと、マジでムカつく鶏だと思ったけど俺もお前に滅茶苦茶興味がわいてんだよなぁ~」




 にやつく俺に、コッカスが警戒心を露に喉をならす。



 レンブランのキオクの影響だろうか?



 最近、空腹の他にもう一つなんだか良く分からない飢餓感に襲われる事が多くなった。



 …ガリィちゃんに感じるアレな感じとは全く違う、こう…なんていうか頭がぐわ~んって…例えるなら腹減ったみたいな感じで『頭減った』みたいな?



 そう、足りない…欲しいんだよ『知識』が!




 「ここにゃ器具が揃ってる、お前の『翼』直してやるよ…その代わり色々調べさせて貰うぜ? なぁ、コッカス?」




 俺は、天井からぶら下がったケーブルの付いた赤と青のボタンの付いた古ぼけたスイッチの赤いほうをガチッと押す。

 


 

 ぷい~ん…。




 っと、まるで悪の組織が改造人間を作るときに使いそうなネジやらドリルやらが生えたアームが天井や床から蠢きながら生えてくる…はっきり言って趣味が良いとは言えない。



 …レンブランって、役立つ物は作れても芸術品は作れないタイプだな…。




 コッ! コケッツココココ!!!



 コッカスが、明らかに脅えている。



 どうやら、前回その義羽を装着された時相当の悪夢を見たようだ…分かる!



 分かるぞ!



 その気持ち!



 俺も麻酔無しで腹と喉縫われたもん!




 脅えきったコッカスに触手の如くアームが巻きつき、攻撃を仕掛けようと開きかけた口ばしをアームから伸びた細い管が締め上げる!




 「さぁて…」



 すっかり拘束さて身動き取れない、哀れな鶏にいつの間にか薄汚れたエプロンに身を包んだにやつく黒い少年が近づく。




 「ま、初めてだけど知識はばっちりあるからドーンと任せろよ?」



 コケーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!

 ("?"ってなんだーーーーーーーーーー!!!)



 と、言いたげな鶏は叫び声を残して軽く解体された。



 あ、もちろんちゃんと組み立てたぞ?







 「肉でも捌いて売るのかい?」



 すっかり返り血を浴びたエプロンを脱ぎ捨てた俺に、背後から聞き覚えのある声。



 「まさか、レンブランの『トモダチ』にそんな事しねーよ」



 カランカが見たのは、鮮血に染まりぐったりしている魔物とそれをどう見ても解体していたとしか思えない物騒な器具を持ったこれまた返り血に顔面を染めた少年の姿だった。


 


 「コレは治療だよ、あんたが壊した翼を修理して縫合し_____」




 カランカは、呆然と俺を見つめる。



 なんだ?



 血まみれなんて、戦場を駆ける剣士様なら見慣れたもんだろうに?



 「目…アンタのその目…」



 「目?」



 そう言えば、この村に護送されてきたときもそんな事言ってたっけ?

 


 俺は、近くにあった試薬棚の方を見る。



 ガラス張りの棚の戸に俺とカランカが映って…ん?



 「なんだこりゃ?」



 そこに映った自分の顔に違和感を感じ、俺は棚に近づく。



 血の跳ねた眼鏡越しに映るのは、右目は黒、左目が緑の自分の顔。



 は?


 何コレ??



 此処のところ、命がけで駆けずり回っていたので結構久々に自分の顔を凝視したがわけだけど…。


 


 「目…変色してる?」


 「気が付いてなかったのかい?」



 驚く俺にカランカは、呆れたように言う。




 「気が付かなかった…」



 俺は、しみじみガラスにに映った顔の左目に手を伸ばす。



 「レンブラン…」



 コレは、見紛うことなくレンブランの目の色だ。




 が、その目の色はふっと消えいつもの俺の色に戻る。




 「あ…」




 多分、キオクやなんやを扱うときに影響されて変色するようだ。




 ジャッキ!




 背後に立っていたカランカが、折れたとは言え十分な長さのある大剣を俺に向ける。




 「なんだよ?」


 「アンタは一体何者だ!」



 当然の質問かも知れない。



 こいつ等にして見みたら、突然現れて大事な勇者をあんなことにしてあまつさえ自分達が把握していなかった情報や未知とも言える敵への対処そしてこの世界のあらゆる籠を受け付けずあるべき理を捻じ曲げる脆く弱い存在。



 さぞ、不気味で恐ろしいだろう。



 カランカの目に浮かぶのは、恐怖とこんな訳の分からないモノに勇者と世界の運命を握られた絶望。


 そして、殺そうにも手を出せない葛藤。



 「もう一度聞く! アンタの目的は何だ! 一体どれ程の事を知っている!?」




 殺気を放つ赤い目。



 

 「こんな狭いとこでそんなの振り回すなよ、どうせ殺すなんて出来ないくせに」




 そう言ってやると、悔しそうに唇を噛んだカランカが投げやりに剣を床に突き刺す。



 『答えろ』無言でそんな視線を俺に投げる。



 「多分、俺は何でも知ってる…これから何をどうすれば良いか、どうしたらあんた等の言うところの『世界を救う』ってのが出来るかも…コレは何千何万と繰り返されてきた茶番に過ぎないんだよ」

 


 俺の言葉に、カランカが息を呑む。


 どうせ、何を言っているのか理解なんて出来ていないのかもしれない。



 「俺は、こんな下らない茶番に巻き込まれたクラスメイトとそいつの姉さん…それにガリィちゃんや赤ん坊を絶対に救ってみせるんだ!」



 こんな非力で脆い俺だけど、その為ならなんだってするさ!



 ランプの光も弱くなった薄暗い部屋には、カランカの浅い呼吸だけが響く。



 「…なんでだろうね」


 

 少し沈黙していたカランカが、ふいに口を開いた。



 「アンタにあったのは、初めての筈なのにまるで何処かであったような妙な気持ちになるよ…」



 その目には、先ほどの混沌とした感情は無くあるのはまるで古い友人でも見るような穏やかなものだ。





 ああ、多分それは俺に向けられる物では無い。



 何千回と時を繰り返していたレンブラン、その中で彼は幾度と無く彼女達と旅をした。


 

 無論、妹のガリィちゃんを勇者に殺させない為上手く取り入り仲間として認められ女神に選ばれた訳では無かったがその全てを見渡す知識になぞらえこう呼ばれてた。



 『賢者』



 と。



 

 裏切り、殺し、血にまみれて、時は逆さに回りだす。



 レンブランが、どんなに血にまみれてもどんなに全てを裏切っても結局妹を救えずあの空間で絶命して気が付けば全てが終わりまた繰り返す。



 そして、彼女達もまた全てを忘れまた旅を始める。



 だから、カランカのコレは奇跡なのかもしれない。


 もしかしたら、俺が少し手を下したらカランカだけはレンブンランの事を思い出してくれるのかもしれない!



 が、そんな考えはすぐに消えた。



 …レンブランはそんな事望んでない。



 俺の手のに、生々しく駆けずる感触と霞が掛かったようなレンブランの悲鳴。


 

 冷たくなった仲間の屍を背に、自ら狩り飛ばした最愛の人の首を抱えて只々『コレで終わらせるから』と泣きじゃくる緑の目。



 俺は、喉まで競り上がっていたカランカへの言葉を飲み『へぇ、あっそ』と受け流す。



 伝えられたらどんなに良かっただろう、だがこれはこの"時"には全く関係の無い事だ。



 沈黙する俺を、赤い瞳が訝しげに見詰める。



 レンブランは、今回彼女に出会えたとき何を思っただろう?


 全てを継承した筈の俺の脳裏に、それはぼやけて覗けない。




 「頼む、あたし達に協力しとくれ! アンタに取っちゃ茶番なのかも知れないけどねっアンタ無しじゃ勇者は成長できないしもし世界を救う方法を知っているなら_____」




 レンブランの愛した最愛の女性は、恥じも外聞もかなぐり捨て得たいの知れない少年に助けを請う。



 そんな彼女に顔色を変えず、全てを胸に収め口を閉ざした少年はにやりと笑ってこう言った。



 「それじゃ、取引といこうか?」 


 

 在りし日の賢者の言葉そのままに、赤い瞳を見返す緑の目は何処か優しげだった。





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 「っ!? おぶっ!? ぶじゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」



 最高に気味の悪い夢をみたような気がして飛び起きた筈の俺は、朝飯とばかりに特攻してきたラブリーな飢えた獣に唇を貪られそのまま雑魚寝していた板の間に後頭部を激しく打ちつけた!



 「いでって! こりゃっめ"って! ぷえっ! ちょっ! じゅるじゅる~~~」



 「うにゃぁ!? こら! 夜中も食べたのに! そんなに食べたらコージが無くなっちゃうよぉ!」



 俺の傍で擦り寄るように丸まっていたガリィちゃんが、異変に気付いて慌てて赤ん坊を引っぺがそうとする!




 無くなるとか…ホントにそうなったらマジで恐い!



 そんなぎゃぁぎゃぁとした騒がしい騒動を、鼻の下を伸ば…鼻血を吹きながら『腐女子眼』を発動させた聖なる女神に仕える僧侶にして選ばれし勇者の従者であるリーフベルはここぞとばかりに革紙にペンを走らせる。



 それを、諦めた表情で見守る外見幼女の最年長者で同く勇者の従者である魔道士メイヤに『そこには何も無い私は無だ』と言い聞かせる剣士カランカはしっかりと前を向き革の手綱を握った。







 良く晴れた青空の下。


 巨大な鶏に引かれた馬車は、ガタゴトと草原を進む。




 見ての通り俺はこの勇者一行に加わった。


 というか、目的を果たす為にこいつ等を利用するのが得策だと振んで計算ずくで取引したのだ。



 ホント、やってる事はレンブランと何一つ変わらない。



 が、何もかもがレンブランのキオクにある情報より遥かに早い速度で進行している…それだけは間違いない。

 




 まるで、誰かが慌てて事を進めているみたいに。





 「オヤマダ! 方角は間違いなのかい?」




 荷台を覗き込んできたカランカが、未だ赤ん坊に食いつかれたままの俺を呆れたように見る。




 「じゅぼっ! ゲホッゲホッ…ああ、そのままもうしばらくで見えて来るはすだ!」



 すっかり満足した赤ん坊の背中をぽんぽん叩く俺に、革紙に羽根ペンを走らせていた腐じょ…リーフベルが僧侶らしい真面目な表情で問う。




 「そこには何が?」




 俺は、『着いてからのお楽しみ』とリーフベルに少し笑って見せカランカの隣でハンドボール位の水晶玉を浮かべる小さな魔道士に視線を向ける。




 これから向う場所に俺が足を踏み入れるには、この魔道士メイヤの力が要るはずだ。

 


 小さな魔道士は、ふわふわの銀髪を不機嫌そうに揺らして浮遊する水晶を覗き『エンゲル係数がーエンゲル係数が~』とぼやいていた。



 ちなみに、エンゲル係数の計算法を教えたのは俺。



 メイヤの持ってた、魔道書を読ませてもらう変わりに何か教えろといわれたので多分旅の役に立つだろうと公式を教えたんだが結果露呈したのは現在このパーティーの家計は火の車であること…原因は俺…というか俺と赤ん坊にあった事が判明し何だか肩身が狭い。




 「しょ 食費れち…食費が半端ないいれち…」



 メイヤの背中に、ドス黒いオーラが立ち込める。



 そう、つまり構図としては





 赤ん坊→俺→大量の食料摂取→ノーマネー




 ってか、こいつら食料とか買い付けだけで狩猟とかしねーのな…。



 まぁ、世界を救うための旅をしている勇者一行だからこの世界を司る6大国つーパトッロンもいるしまた金貰えばって思ったがそうも行かないようだ。



 「こえ以上、どんな名目で申請すればいいれちか!」



 問題としては、俺とガリィちゃんがパーティーに同行しているのと赤ん坊がこの状態で有る事を勇者の従者達は6大国に伝えていなかった…てゆーか俺がとめた!



 だってさ、勇者と狂戦士と正体不明の俺だぜ? そんなのお偉方に知られたらソレこそ面倒なことになる!



 と、言うわけで必要経費の食料の部分は俺によって赤ん坊に供給するカロリーを生産する為消費されまくり当然通常より遥かに嵩みに嵩んだ!



 そして、怪しまれないようにあの手この手を駆使し申請書書きつづけていた訳だが…。


 



 村を出て早3日。



 ネタは尽きていた。


 


 「ん? ちょいと! 狂戦士は何処だい?」



 先ほどまで、俺から赤ん坊を引っぺがそうと騒いでいたガリィちゃんの姿が無い事に気が付いたカランカが焦ったような声を上げる。



 「ああ、それなら『ゴハンとってくる!』と言って出て行きました」


 

 答え様とした俺の声押さえリーフベルがカランカに答え又しても革紙に羽根ペンを走らせる…本日『腐女子眼』はまだ解放されていないらしい。




 「なっ…出て行ったって! 大丈夫なのかい!? また暴走でもしたら!」



 「それは、大丈夫っていったろ?」



 俺は、胡坐をかいた膝に満足げにピスピスと可愛らしいいびきをかいてる赤ん坊を乗せたままこっちを覗き込むカランカを見返す。



 「今のガリィちゃんは、安定してる…問題ない」


 

 俺は、自分の右の首筋をそっと撫でる。



 そこはあの時、ガリィちゃんに噛み付かれた場所で今はまるでジグザグとした雷のような傷跡になっている。



 そして、コレと同じ物がガリィちゃんの左の首筋に…多分、比嘉が使っていたコードを書き込んだ影響だと思うが俺たちは感情や魔力と言ったものを殆ど共有する事が出来るらしい。



 が、俺は魔力の共有は避けていた…もしそんな事したら赤ん坊が俺を喰う時にガリィちゃんまで衰弱してしまうし狂戦士の魔力を吸収した赤ん坊がどうなるか本当に予想がつかないからだ!

 


 出来れば感情の共有も解除したかったけど、それだけはどうやっても出来なかった…まぁ…もし今後ガリィちゃんが狂戦士に覚醒してしまってもコレなら遠隔でも直接意識下で抑える事が出来るからと自分を無理やり納得させことしか出来なかった。



 そして、その恩恵と言ってはなんだがこうやって目に見えない場所に離れても俺にはガリィちゃんの様子が手に取るように分かる。




 東の方向、5キロ地点。



 元気一杯に何かを捕まえた模様…大物かな? テンションがハンパない!



 「後1キロで沢があるはずだ、そこでガリィちゃんと合流したい」



 俺の言葉に、カランカもリーフベルも顔を顰める。



 二人とも『沢なんてあるのか?』そんな表情だ、確かにここら辺の地図には載ってないが『前に』そこで休憩を取ったんだ間違いない。



 少して、俺の言葉通り沢が見えてきた。



 「驚いたね…」



 カランカが、声を漏らす横でコッカスが口ばしを冷たい沢につこみココココ…っと喉をならす。



 俺は、馬車の荷台から降りて固まった背中をバキバキと鳴らして欠伸をした。



 コイツに喰われた後は、腹も減るけど兎に角眠いんだよなぁ~…。



 俺は、眠気を堪えながらリュックからキャンピングテーブルを取り出して組み立てる。



 ガリィちゃんが、なにか狩ってくれたみたいだしまず何か食べないと…。



 ゴトンっと、ファンシーなテーブルに置かれたそれをみてメイヤが眉をひそめる。




 さほど大きくないキャンピングテーブルには、ミスリス製のハンマーにノコギリにペンチと切れ味抜群のナイフなど物々しい器具が次々に並べられていく。




 ケッ!? ココココココ・・・!!!




 それを見たコッカスが、飲んでた沢の水を噴出しダッシュで馬車の荷台の影に逃げ込む…心の傷を抉ったらしい。

 



 「うえぇ~また、魔物の肉れちか…」



 「まぁ、仕方ないわよ…以外に美味しいから良いじゃない」



 げんなりしたメイヤをリーフベルが慰める。



 エンゲル係数問題が浮上してからの俺とガリィちゃんの役目、それは狩猟による食料の確保とその調理だ。


 まぁ、食料は99%俺が俺が消費しているのだからコレばっかりは仕方が無い。



 「あたしゃ別に、魔物の肉とかそんな事はかまやしないんだけどね…」



 カランカが、リユックからエプロンを引っ張り出している俺に溜め息をつく。



 「なんだよ…調理には問題無い筈だけど?」


 

 レンブランのキオクには、この世界の一般家庭の味から希少食材・毒や魔力をもった特殊食材の調理法まで正にそのまま店が出せそうなくらい豊富な知識が詰め込まれていた。



 お陰で、調理経験0の俺だったがこうやって人に振る舞え尚且つ美味いというのに何がそんなに不満なのか?



 「味とかそういうんじゃないんだよ…アタシが言いたいのは______」



 その時、遠くのほうから元気一杯のガリィちゃんが『こーーーーじーーー!見てみてぇ~~~~~!』と嬉しそうに叫びならが何やら大きな魔物をズルズル引きずりながら駆けて来る。



 多分獲物からの返り血だろう、ガリィちゃんはその金色の髪を鮮血に濡らし顔半分を滴った赤が染め上げそれが金色の目に映えて無邪気に微笑む笑顔が何処か妖艶に見える…いいな…そそるよ。



 ブカブカの学ランの上着も萌えるけど、やっぱ深紅がガリィちゃんには似合うな…服を何とかしろってカランカにも言われたし今度町に寄れたら______って!



 アレもしかしてベクトワームじゃね!?

 



 ベクトワーム:生息地は草原の地中、遭遇率は低くレア・美味



 よっしゃ!



 きたぁぁぁぁぁ!!









 ごりっぷちゅぅ…がりっべきっ!



 

「ふんふんふ~ん♪ 手足は無し、目は退化、口と排泄口は同じ♪ うほぉ? 心臓と胃袋…腸? 腸だな!」




 俺は、鋭い車輪のような歯以外殆ど筋肉で出来た食いでのありそうな15m級のベクトワームの喉? からナイフを一直線に入れその内臓や生殖器を丹念に切り分ける。



 勿論、食べる為でもあるが書物でしかキオクにないレアな魔物の構造を目にする事が出来るなんて…実写の知識の前にじゅるりと脳ミソが涎をたらしそうだ!




 「よかった! コージが嬉しいとガリィも嬉しい! 焦がさないようにコロスの難しかったんだけど頑張ったんだよ!」



 褒めて褒めてと擦り寄ってきた血まみれの頭を血まみれの手でくしゃっと撫でると、金色の目が細まってゴロゴロと喉を鳴らす。




 あ、ヤバイ。



 食欲と知識欲と性欲が込上げて脳内がカオスに! 落ち着け俺! 平常心平常心!



 俺は、心頭滅却とばかりにノコギリとナイフで車輪状の歯をメジッっと取り外す。



 へぇ…肉質は鶏肉に近い…。




 「やでちぃぃ! もうやでちぃぃぃぃぃ!」



 うわぁんとメイヤが、リーフベルのローブに顔を埋めシクシクと泣き始めカランカも溜め息をつく。



 はぁ?



 俺なんか変な事したか?




 「手つきが…手つきが調理の手つきじゃなんだよ! もう止めとくれ! それじゃ解剖だよ!」


 「食欲は失せますね…」



 リーフベルも何処か遠い目をしている。



 っち、失礼な奴等だな~…まぁ、殆ど俺が食うんだけどさ。



 昼も少し過ぎた頃、大量の血の後を残して15m級のベクトワームはその食べられない車輪状の歯だけを残して全て俺達…主に俺に美味しく頂かれた。




 「げっぷ」



 「行儀が悪いよオヤマダ」



 文句を言ってた割りに良く食べたカランカが、品悪くゲップした俺をまるで姉が弟を窘めるように言う。


 メイヤもリーフベルも、初めは躊躇するがいつもの様に食事を済ませティーポッドから注いだ紅茶を優雅に啜る。


 俺と同じく腹いっぱい食べたガリィちゃんは、沢で血まみれの体を流した後すっかり眠くなってしまったのかリーフベルの代えのローブに包まって赤ん坊と一緒に馬車の荷台で眠ってしまった。



 無邪気な二人の寝顔は、ほんと心癒されるのについ泣き叫ばせたいとか思う俺は何処かおかしいのかも知れない。





 「さぁて…と!」




 荷台の天使たちを存分に眺め終えた俺は、三人の勇者の従者が思い思い食後の休息を取るキャンピングテーブルの椅子にドカッと腰掛けた。



 「本題かい?」



 カランカがそう言うと、寛いでいたメイヤとリーフベルがティーカップをコースターに戻し俺に視線を向ける。



 俺が、このパーティーに同行するのに突きつけた条件それは…




 ・ガリィちゃん及び俺に手出しはしない事


 ・勇者たる赤ん坊をちゃんと『人"』して扱う事


 ・今後、旅の指揮を俺に取らせる事




 まぁ、大まかにはこんな所…全てが守られる可能性は低いと踏んでいたんだがこの従者共は大人しくこの条件を飲んだ素振りを見せている…上手く行き過ぎて何だかぞっとしない。




 「で? これから何処に向うんだい?」



 「ん…ああ」


 

 俺は、移動中に革紙に書き起したこの地方の地図をキャンピングテーブルに広げる。



 「現在地はここ、このペースなら後半日でカッサリン峠だ…そこを越えてエルフ領に入る」



 その言葉に、リーフベルがそのエルフ特有の尖った耳をピクリと動かす。




 「まさか…コレから向おうとしてるのは…!」



 リーフベルの『何故、アナタがそれを知っているのか?』と言いたげな顔を見据え俺はニヤッと笑う。




 「コレまで何体倒した? 5体くらいか?」



 その言葉に、テープルの空気が凍った。



 メイヤもカランカもリーフベルと同じくその顔を驚愕に染め、少しばかり恐怖すらも浮かべている。


 が、三人に共通する思いは同じ。



 『何故?』




 ああ、そうさ…俺は知っている。



 レンブランの『賢者』のキオクが教えてくれる…テンポが尋常でないくらいハイペースなのを除けば何千何万とパターン化されたもはや退屈としか言えないこのくっだらない消化イベント。




 「まっ待つれち! あんしゃんが何をしたいかは分かったでちが勇者もこの状態でそこへ行くなんて…そりに! あんしゃんも狂戦士もあすこへは立ち入れんれち!」



 俺は、理屈っぽく腹を立てるメイヤの木の葉のような小さな手をがっちり掴む。



 「そ、だから俺と契約してよメイヤ」

 


 可愛く笑ってお願いしたのに、メイヤの顔は青を通り越して白くになり獣人でもないのに喉を『きゅ~っ』っと鳴らした。





 三人の勇者の従者に、俺は歌う様に云う。

 



「勇者、ソレは世界を滅びカラ救うモノ。


 世界の糧となるモノ。


 『鍵』と定められし従者ハ女神のより授けられシ種子を持ち六つ国を巡ル。


 ソコに眠りシ精霊の獣を倒シ種子にソノ力を注ぎ実を成した時"勇者"は形作られるものナリ」




 『どうして…?』リーフベルが、口を利くことすら侭ならないメイヤに代わり俺に問う。



 「答えたいのは山々だけど、どうせ理解なんて出来ないさ…今回あの村に寄ったのも村長を通しての依頼もあったろうが、主な理由は狂戦士を倒して勇者の糧にする事とココへ向う事だったんだろ?」



 俺は地図の赤く丸をつけた場所を、トンと指で叩く。



 「精霊の国フェアリア。 この世界を象るのは6大国だが、この国はその国々とは違う…いや次元が違う7番目の『精霊』達がすむ国_____」


 「ちょっと! ちょっと待って!」



 言葉を続けようとしたら、リーフベルが待ったをかけてきて掴んでいたメイヤの手を強引に俺から引き離し震えるメイヤを抱きしめたまま捲くし立てる。



 「どうして! どうして、アナタがフェアリアの位置を!? コレは、同盟国であるわが国フリージアが_____」


 「あー知ってる、精霊の保護とか名目に首都の大聖堂の地下に『門』を保護? してるんだっけ? でもって、司祭とか貴族とかが精霊を引っ剥いだしては実験用とか愛玩(性的)用で売っ払てんだろ? 祈ってる対象がアレなだけに信徒も…て、あ、もしかして知らない情報?」



 ミスった。



 強張った表情のリーフベルを目の当たりにして、俺は心の中で舌打ちをした。



 そうだった…『今』は『前』とは状況が違う。



 本来なら此処にいるべきは俺ではないし、レンブンランの暗躍により前回まではこの時点でもガリィちゃんは森を彷徨っているはずだった…本筋から外れ出した物語は明らかに先が不透明になりつつある。



 レンブランのキオクの中のリーフベルは、自分の国の高官や司祭達が同盟国の精霊たちになにをしているかそれを把握してそれでも『世界を救う』という壮大な使命を前にそれを黙殺していた。


 が、今のリーフベルはそれを知らない…。



 早すぎる。



 レンブランもそう思ったに違いない。



 俺は、改めて驚愕と恐怖そして少しの怒りに満ちた従者達を見る。



 若い…若すぎる…。



 メイヤの見た目は変わらないが、カランカもリーフベルも初見からあの空間で過ぎ去った3年をプラスしても見た目はまだ十代後半だ…俺が最初に会ったときリーフベルなんて多分タメだっただろう。



 しかし、レンブランのどのキオクを見ても彼女達は20代半ばの立派な大人だった…こんなに若いのはおかしい!



 それに、まともに考えたら世界が滅ぶかも知れない時にいくら女神に選ばれたとは言えまだ精神的にも魔力を放出するには肉体も成長しきっていない女ばかりのパーティーをよく旅立たせたもんだ!



 それも、世界の運命を握る勇者の種子を持たせて!


 俺が国とかのトップなら、そんな危険極まりないことはさせない!どうしてもって言うんなら大人の引率をつけ_______




 あ。



 そういやいたな…大人つーかなんてーか…。




 バン!




 キャンピングテーブルが、カランカによって壊れるんじゃないかと思う勢いで叩かれる。



 「今更、アンタがなんでそんな情報を知ってるかなんて聞かない…けれど何でそれがメイヤと契約なんてのに繋がるんだい? 大体メイヤにそんな事出来るわけないだろ?」



 リーフベルの腕の中で小刻みにふるえる小さな魔道士をチラリと見ると、『ひぅ!』と小さく脅えた声が上がる…まるで小動物だね。



 ああ…こーゆーの好きだな萌える。



 「できるよなぁ~…だって『精霊の血族』だもんな?」



 にっこり笑う俺に、メイヤに代わりリーフベルが捲くし立てる。



 「何いってるの! 確かにメイヤの種族は精霊の血族って呼ばれてるけどそんな精霊と同じ真似出来る訳無いでしょ!?」



 「出来るさ」



 間髪いれず言い返した俺に、リーフベルが言葉を詰まらせる…やっぱりな~知ってるんだろ?



 「何だい? 一体あんた達何の話をしてるのさ?」



 すっかり置いていかれたカランカは眉を顰め、リーフベルとメイヤに視線を移す。



 「なんだ? カランカには喋ってなかったの?仲間って割りに以外に秘密主義なんだな」



 『何だ? どう言う事だ?』と、詰め寄ってきたカランカに俺は答える。



 「『精霊の血族』ってのは、ガチで精霊の子孫なんだよ」



 それを聞いたカランカは、仲間に向き直り唇を噛んだ。





 まぁ、本来なら大した事じゃないだろう。



 精霊の血族が、本当に精霊血を引いてたところで勇者の従者としてなんら支障は無いはずだ。


 だから、カランカが腹を立てるのだって単に仲間なのに秘密を持たれてたって事位の物だろう…少し仲間と口論した後、その事とに気がついたカランカは俺に向き直る。



 「で? メイヤが精霊の血を引いてたとして何でアンタと契約なんて話になるんだい?」



 …カランカってホント頭はあまり良く無いんだな…レンブランが低脳て呼ぶだけの事はある。



 「今から向うフェアリアは、精霊の国だ外からは基本立ち入る事は出来ない…無論、勇者と従者のあんた等は女神の籠とやらで顔パスだろうけど俺とガリィちゃんはそうは行かない」

 

 「それなら、アタシらが戻るまで…」



 そう言いかけて、カランカはようやくことの重大性に気が付いたらしい。



 「…倒せない…このままじゃ、精霊獣なんて倒せないじゃないか…」




 ピ~ンポ~ン。



 correctだぜ姉御! ようやく答えが導けたのねパチパチ~。



 カランカが焦ったのも無理は無い、自分達は明らかに精霊の国にいる精霊獣を倒すには弱すぎる。


 だから、勇者の起動を必要とし狂戦士を倒そうとしていたはずなのにそこにいたのは得体の知れない技で攻撃してくる俺という未確認生物でうかつに手を出せば切れた狂戦士が世界を滅ぼさんばかりで暴れまくると来てるしそれを止める術を持った勇者は赤ん坊だホントご愁傷様。




 「くっ…こんな時に…クリス様」




 カランカが、まるで祈るように天を仰ぐ。



 クリス。



 旅をするには幼かった彼女等が、まるで姉のように慕っていた時と時空を司る女神から使わされた精霊。


 レンブランを何千回と死に追いやったあのクソ女を、俺が混沌の闇に沈めたと知ったらこの3人はどう思うだろう?



 「じゃ、話は戻るけど…俺と契約してよ!メイヤでないと先には進めないぜ?」



 リーフベルの腕の中の綿飴みたいな銀髪がぶるりと震えて、恐々顔を上げる。



 「あ…あんしゃん、契約がっ『精霊契約』がどんなもんか知ってまちか…?」


 

 知ってるけど?っと、答えたら真っ白になっていたメイヤの顔が今度は真っ赤に染まった。




 「やっ…ひっ!? ホントのホントに分かってまちか!?」



 「はぁ? 知らないで頼むわけ無いだろ? こうでもしないと俺たちは入れないんだから!」



 赤くなったり青くなったりしながら叫びまくる幼女に心の底からげんなりする…まぁ気持ちは分からんでもない…何故なら精霊契約って______



 「本気でちか! 精霊契約は魂の契約でち!!」



 メイヤの叫びにリーフベルも頷く。



 「本当にわかってる? そんな事したらソレこそ…いえ、それ以前に素養が____」



 「あー…はいはい、説明いる?


 精霊契約とは、お互いの心を通わせ魂を結合させる事によりその力を何倍にも跳ね上げたり普段必要な召喚詠唱や召喚陣といった手順を省略することが出来るとってもお得な機能だがその反面、契約した精霊とは死ぬまで一緒。


 おまけに心の声はもちろん精霊は契約者からあまり離れて行動することは出来ないので風呂もトイレもアレな時だっていつも一緒だプライベートも糞も無い。


 本来なら、精霊と契約するにはそれに相応しい『素養』が必要だが…俺にそういうの関係ないし______それに」



 視線を上げると、まるで変質者でもみるような目で此方を見る乙女達…何コレ?



 「あっ貴方! 異種族なのにメイヤの一生に責任とれるの!」



 小さな子供を俺から守るようにメイヤを抱きしめるリーフベル。



 んう?


 

 「そうだよ、オヤマダ!いつからそんな目でメイヤを見ていたか知らないけどね!この世には理ってもんがあるんだよ!」




 まるで、妹を守るように立ちはだかるカランカ。



 あれ? 


 何か壮大な勘違い発動中?


 

 「メイヤにも、都合ってもんがあるし互いに分かり合う時間だって…それ以前に異種族同士なんて女神様が許すわけないよ!」



 「いやいや、人の話最後まで聞けよ! 大丈夫だから! 解除できるから! 契約はフェアリアの精霊獣倒すまでで十分だから! 俺、ロリコンじゃねーし! ガリィちゃんLOVEだから! そこんとこよろしく!」



 俺の絶叫に、ようやく言わんとしている事が伝わったのかようやくその場が落ち着きを取り戻し始める。



 あぶねぇ…幾らなんでもこんな幼稚園児無いわー年上らしいけど無理だろ!?



 あ。



 身内にロリコンが一人いたな…本人は全力否定だったけど、あの人なら喜んだろうな…こんなツルぺたの何が良いのか俺には分からないけれど。





 「ううう…どうしてもれちか?」


 

 キャンピングテーブルを挟んで正面に座ったメイヤは、上目遣いに俺を見てごねる。



 「あんた等だけで精霊獣が倒せるならこんな事は提案しない」


 「そもそも、あんしゃんが勇者を起動しなけえばこんなことにはならんかったれちに! 偉そうでち!」




 俺は、もっともらしい反論をする年増幼女に無言で手を差し出す。




 「ううう…」



 差し出された手の平に、木の葉のように小さな手が乗せられた。




 「始めろ」


 

 言葉に合わせて、メイヤが目を閉じ魔力を高め俺はそれをコードモードで数値化する。



 が、



 「ブツブツ…01001000001100101101…っち! ちゃんとしろよ!」


 「ふぇ…ヤなもんはヤれちぃぃぃぃぃぃ!!!」



 無理も無いといえば無理も無い。



 本来、この手の契約にはお互いの信頼関係がモノを言うし、なにより相性の問題もある。



 まぁ、今回相性と言う点では俺に魔力なんてないしそれで拒否反応が起きるわけはないがやはり______。




 「こら! 後で解除できるっつてんだろ!?」


 「乙女心がわかってないれち! こんなの、こんなのあんまりれちぃぃぃぃ!!!」



 確かに、いくら世界の為とは言えこんな得体の知れない男に短期間とは言え心を全て曝け出さなくてはならないのは苦痛以外の何物でもないだろう。



 気持ちは分かる。



 が、こんな所ででぐずぐずしている訳には行かない…こいつらには悪いが俺はこんな世界どうなろうと知った事ではない。



 早く、一刻も早く、比嘉を霧香さんを見つけ出してガリィちゃんと赤ん坊もこんな馬鹿げた茶番から解放するんだ!



 俺は、ぐずるメイヤのローブの襟を掴みテーブルの上を引きずる形で自分に引き寄せる。



 「わきゃぁ!?」


 「ちょっと! なにすんだい!?」



 悲鳴もカランカの咎める声も無視して、メイヤの小さな口に親指をつっ込んで半開きにした!



 「ぶひゃ!?」


 「聞き分けねーから、直接書き込んでやんよ」


 


 ほんと、気は進まないが仕方にない。



 『ひぅ…!』っと、小さな悲鳴を上げる唇に喰らいつこうとしたときだった!




 「だぁめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 

 キャンピングテーブルを奔った黄色い閃光が、俺が喰らいつこうとした小さな体をかっ攫う!





 「!」


 「メイヤ!」


 「ちょと!!?」




 ぶちゅぅぅぅうぅぅぅぅうぅ!




 その場にいた俺、カランカ、リーフベルは状況が飲み込めずただ固まってソノ状況を見ている事しか出来なかった。



 からみあう金と銀。



 地面に組みひしがれた小さな体が驚愕のあまり固まり、ただされるが侭にその小さな唇を貪られる。





 ジジジッジ…ジジジ




 「っ!? てぇ!?」



 左目に走る痺れいるような痛み…まさか!



 あちゃ~マジかよ?



 地面で絡む二人をコードモードで確認する…ああ、間違いない________契約完了だ。




 「ぷはっ! なにするれち!? びっくりして契約しちゃったれちぃぃ!!」


 「コージは赤ちゃんのごはんなんだよ! いくら美味しそうでも皆が食べたら無くなっちゃうかもしれないでしょ!!!」



 『食べてみたいけどガリィだって我慢してるんだから!』と、明らかに俺を食料と見なす様な発言をしたガリィちゃんは代わりに自分を食えと言わんばかりに更にメイヤの唇に自分のを押し付ける!



 「ぶううううう!?」



 「うわぁお!? おk! ガリィちゃんもういい! 十分だから放してあげて!!」


  

 俺は、覆いかぶさるようにメイヤを貪るガリィちゃんを引っぺがす。



 「けふけふ! …ふええええええええええん!!!」



 なにやら色々なショックが重なったのか、その場で大声で泣き出してしまったメイヤにカランカとリーフベルがすかさずフォローに入る。



 『相手は女の子だから』とか『アレよりましよ』だのあまり慰めにならない言葉が飛び交う中、俺は捕まえたガリィちゃんをキャンピングテーブルに座らせた。



 「えと、大丈夫? なんか変わった感じある?」



 俺の問いに、ガリィちゃんは小首をかしげ首を振る。



 …直ぐには分からないか…って、ん?



 「ガリィちゃん、ちょっとごめんな」



 ちらりとみえたソレを確認すべく俺は、ガリィちゃんの着てるガバガバのローブの首元を胸の辺りまで引き下げる。



 あった。



 形良いBカップの谷間に500円玉程の大きさの円形の幾何学模様…恐らくメイヤにも同じ物が現れているだろう。 




 拒否反応が出ないといいけど…。




 ガリィちゃんと俺は、相互関係にある。



 だから、どちらかが契約すれば事足りるわけで…当初の予定とは違うけど目的は果たせたよな?


 


 「コージ」



 胸を眺めていた俺の顔が、ガシッと両手でつかまれグキッと強制的に上を向かされる!



 うほぉ! やべぇ! 煩悩読まれた!?



 と、一瞬、死を覚悟したが_______




 ベロリ



 顎の先から唇を這って鼻先まで湿った温かい肉が通過する。


 

 あまりの事に、言葉を失った俺の脳裏に感情が流れこむ。



 『思ったとおり…やっぱりコージは、甘くて美味しいなぁ…いつかガリィが全部喰い尽せたらいいのに』



 本能をギリギリの所で押さえ込んだ金色の獣は、美味そうな獲物を前に舌なめずりをしてニコリと可愛く微笑んだ。




 ゴトゴトゴトゴト、馬車は揺れる。



 とりあえず、昨日はあの沢の近くで野営してガリィちゃんの獲ってきた獲物で朝食をすませ半日がかりで当初の目的地カッサリン峠まで目の前と言うところまで来たんだけど…。



 「ふぅ…こんな所にまで魔王の力の影響が…」


 「ええ、本当になんて恐ろしい…」


 「早く、早く先に進むれちぃ…早くぅ…」


 「すごーい! うねうねしてるね」


 「ぶじゅぅぅぅぅぅっ! げほっげほっ! ちょ、っすとっぷ じゅるるるる~(捕食され中)」



 三者三様言葉に相違はあるが、意見は同じだ。




 どうしよう…。



 峠を目の前に控えた『森』は、蠢いていた。



 そりゃもう、まるで生い茂る木々にまるで意志でもあるみたいにベシベシ、バキバキと!



 そう、獲物を待つイソギンチャクみたいに!


 

 「オヤマダ! 何か策はなのかい?」


 カランカが、万策尽きたと俺に意見を求める。



 「ゲホッ! ハァハァ…コッカスを使って空から峠まで往復する事も考えたけどまだ義羽根と筋肉を繋ぐ金属がなじんでない…飛ぶのは無理だ」



 俺はカランカの問いに答えてから、不満げに手足をばたばたさせる赤ん坊を睨む。



 コイツ、最近喰い終わってからもチュウチュウと!



 「お前なぁ~喰うなら真面目に喰えよ遊ぶな」



 俺は、抱いていた赤ん坊をそっと荷台の板の間に下ろす。



 とりあえず今は、この森を突破する事を_____



 「こっじ、もっと」


 

 は?


 しゃべった?



 今まで、『まんまー』とか『あうー』とかそんな事は言ってたけどこんな風に会話として成り立つ文面を発したのは初めてだ…しかも、名指しで?


 ああ、何コレめっちゃ嬉しい!



 が、そんな喜びに浸れたのは一瞬だった。



 赤ん坊が…勇者が成長する…つまり、少しずつ魔王と戦う為に力をつけて来たと言う事。



 『魔王を倒した勇者は輪廻に還る』


 

 背筋に冷たいものが走り、脳裏にレンブランの最期の顔が浮かんだ俺は思わず赤ん坊を抱きしめる!



 …こんなに、こんなに小さいのに!



 「うう?」


 「お前は、俺が死なせない…勇者になんか絶対にさせねぇ!」



 

 「オヤマダ!なにしてんだい?」



 馬車を降り仲間と蠢く森を眺めながら作戦会議をしていたカランカは、荷台を覗き込む俺を苛立った声で呼びつけた!



 ああ、そうだな…今は取り合えずこの事態を何とかしないと。



 俺は、抱きしめていた赤ん坊をそっと下ろそうと手を緩める。



 「こっじ、こっじ」



 メイヤなんかよりももっと小さな手が、Yシャツの肩口をキュっと掴みもの言いたげなライトブラウンの目が必死に俺を見上げあうあうと口を動かす。



 「…しょうがねーな~少しだけだぞ? これ以上は俺が寝込むからな!」



 仕方ないと、目をつぶるが_______ちゅ。



 「え?」


 

 いつもと違う場所に感じた感触に目を開けると、赤ん坊がふにゃりと天使の笑顔を浮かべてる。



 ほっぺにちゅう…?


 俺、てっきりコイツにゃ食料扱いされてるだけって…何コレ?


 ゲロかわいい!



 痺れをきらしたカランカに襟首をつかまれ引きずられるまで、俺は赤ん坊を凝視していた。







 小一時間。



 全員での作戦会議で俺たちが導き出したのは実にシンプルな方法だった。



 『邪魔なら、焼き払ってしまえばいい』



 堂々巡りの答えの出ない会議の中、すっかり暇になった俺の提案は手放しで認証された。


 

 まぁ、あんな蠢く森に生き物がいるとは思えないし斬新だけど環境破壊が半端ないこの作戦は予想以上に上手くいってる。



 ガラガラ…。



 コッカスに引かれた馬車は火の海の中を進むが、こんなにも炎が燃えさかっているというのに馬車には一切影響は無い。 






 歌が響く。



 「流石だな…」



 エルフ特有の詠唱。


 エルフの中でも、特に僧侶や司祭と言った神に仕える者が使用する詠唱法でイメージとしては俺達の世界で言う所の『聖歌』だ。


 恐らくリーフベルの『詠唱歌』は、同じエルフの僧侶達…いや現在の司祭なんかより遥かに強力で心地よい物なのだろう。



 言語はエルフ古語。



 レンブランの知識を総動員しても聞き取れるのはごく僅か、大気の精霊に力を借りソレを己の魔力で何十倍にも圧縮してこの馬車の周りをすっぽり覆う。



 お陰でこの大惨事にも関らず熱くも煙くも息苦しくもない至って快適なのだが、その大気の壁の向こうの蠢く森の木々達は己の体が焼き尽くされる事にもがきメキメキと幹をよじる音がまるで悲鳴のようでこの状況を例えるなら阿鼻叫喚と言うに相応しいだろう。



 ズパン!



 カランカの折れた大剣が、死に際の一撃とばかりに馬車に振り下ろされた燃え盛る極太の木の根をなぎ払う!



 「もっと! やりな! メイヤ! 狂戦士!! 焼き尽くすんだ!」



 カランカの激が飛ぶ。



 「うえっ! もうきつれち~ウップ」


 「しっかりしろ! もっかい飛ぶの!」



 メイヤから、情けない声が洩れガリィちゃんがそれを諭す。



 この中で一番の年長者であるメイヤだったが、この状況は確かに辛いかもしれない…何故なら現在メイヤとガリィちゃんは背中合わせに紐で固定されている。


 身長はガリィちゃんのほうがメイヤより高いので、背中を合わせた状態でメイヤがガリィちゃんにおぶさる感じでなんだがガリィちゃんがメイヤを装備してるみたいだなW




 「ぴぎゃぁ!?」

 

 

 ガリィちゃんが、メイヤを装備したまま地面を蹴り飛び上がる!


 その衝撃は地面が抉られるほど強力だ、メイヤを装備したガリィちゃんの姿はあっという間に遥か上空へ消える。



 コレでも狂戦士の力になんて殆ど頼っていないのだから驚きだ!


 

 素でそれですか…パネェ…!


 

 ジジジジジ。


 

 不意に、左目に空の青と燃え盛る森が映りこむ…まただ。



 「無意識かよ…」



 

 俺は頭を抱える。




 左目に映るのは、まるで空の上から見下ろしたような燃え盛る森。


 それは、見まごうことなくガリィちゃんの目に映る風景だ。




 ドンだけだよ比嘉!


 

 俺は、自身とガリィちゃんに刻んじゃったコードの製作者でクラスメイトの比嘉切斗に無言の悪態をついた。


 コードと言っても、俺が数値化して見ただけで多分何らかの契約とかそんなんだと思うけど…なんなの!?


 お前、あのオレンジの兄ちゃんとそんなにシンクロして何がしたかったの?


 つーか、やっぱりそっち系…いやいやそれ所じゃねーぞコレ!?



 確かに、確認もしないで使った俺にも非があるがまさかこんなにも全てを共有するような物だとは思いもしなかったんだよ!


 恐らく、ガリィちゃんは無意識に俺に同調してる…もしも俺が幾つかの回避コードを張ってなければ相互100%な上に意識や魔力の共有どころか五感までもリンクしてしまうだろう。


 

 そして、今は予想していたとはいえ更に厄介な事に…。



 「リーフベル、あと15秒でくるぞ」



 それが分かる俺は、歌うリーフベルに伝える。


 歌は、より強く魔力を一層高めそれに気が付いたカランカが馬車に駆け込む!




 ドゴォォォォォォォォォォォ!



 その瞬間空が真っ赤に染まり、炎の塊がまるで隕石のように落下してきて馬車を引くコッカスが歩みを止め反応的に地面に伏せる。



 これでかと言うくらいの熱エネルギーが、燃え盛る枝を振り上げた生ける木々を一瞬にして炭化する…メイヤの放った現在自信の使える魔法の中でも5本の指に入る破壊力を持つ「フレア」。


 本来なら無属性魔法だが、それにオリジナルの術式を書き込んで炎属性の魔法として全体破壊と蠢く木々を焼き払う。




 「わぁお」



 森は…いや、元:森はリーフベルが『歌』によって守ったコッカスの引く馬車の範囲以外の殆どが焼け焦げ元が何だったのかよく分からないくらいに炭化した木だったものと地面が馬車の荷台を引くには不向きな赤土むき出しのボコボコとしたモノに変わってしまった。


 ズダンと、空から金と銀が落ちてくる。



 ガリィちゃんは、停車する馬車を見つけるとすっかりグデングデンになったメイヤを背負ったまま笑顔で駆けて来た。





 「コージ! 見てた? 見えてたよね? ガリィがんばったの!」



 馬車の荷台に飛び込んできたガリィちゃんが、赤ん坊を抱いていた俺にぐりぐり頭を摺り寄せ遂にその間に割り込む!



 褒めて褒めて!と、俺と赤ん坊の間に頭を埋めるガリィちゃんは何とも可愛らしいが背中に装備されたままの哀れな魔道士はげっそりとした顔でうらめしそうに俺を睨らんだ。



「ウップ…吐きそうれち…う"ッ!」



 見かねたカランカが、ガリィちゃんとメイヤを固定していた縄を切り小さな体をひょいと持上げて荷台の乗り口から頭を外に出してやる。




 「うげぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 小さく可愛らしい外見からは普段聞けないような苦痛に歪んだ『漢』らしい声…無理も無い。



 この森を焼き払う為、上空からの魔法攻撃を段階ごとに10回ほど行なったのだがそのたびガリィちゃんの脚力による飛翔に伴う"G"が体に負荷を______うわぁ…絶叫系の乗り物NGの俺からしたら想像だけで吐けそうだ!



 回避コード張っててよかったぁぁ~!!


 現状況で相互100%だったらガリィちゃん経由でイメヤの五感までシンクロするもん!


 そしたら俺までゲロ祭りだ!



 「うっぷ!!」


 「大丈夫かい? 吐けるだけ吐いちゃいな…ほれ水も飲んで」



 カランカが、甲斐甲斐しくメイヤの世話を焼く。

 

 俺はそんな面倒見の良い姉御の背中を、ゴロゴロ喉をならす金の髪を赤ん坊と一緒にもふりながら眺める。



 レンブランは、カランカのああいう姉御肌な所が好きだったんだよな…。




 リーフベルの歌が止む。



 どうやら森には完全に燃え尽きたようで、リーフベルは深く溜め息をついて馬車の荷台を覗く。



 「成功したみたい…けれど_____」



 ゴゴゴゴゴゴゴ!



 突如、地面がゆれリーフベルの言葉が打ち切られる!



 どうやらおでましの様だ…ここまで徹底的に住処を破壊されたのではさぞご立腹だろう。



 「はっ! 本当に現れるなんて…アンタには全てが見渡せるのかい?」



 メイヤの背中をさすっていたカランカが吐き捨てるように言って、俺を鋭い眼光で睨む。



 

 カランカの殺気に、今まで気持ち良さそうに喉を鳴らしていたガリィちゃんが顔を上げスタッと俺と赤ん坊の前に立ちふぅぅぅ~と髪の毛を逆立て牙を剥き鋭い金色の眼光で睨みつつ臨戦態勢を取った。



 「なんだい? やるのかい? 狂戦士…!」



 地響きが止まない決して広くない馬車の荷台で殺気をぶつけながら睨みあう赤と金…濃いぃなぁ~気迫に当てられた赤ん坊が涙目だ。




 ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!




 今にも互いに飛び掛らんとした刹那、激しい揺れと何モノかの雄叫びがビリビリと空気を振動させる!



 「うぉ!? うるせぇな!?」


 

 馬車の荷台の中にいるにも関らず、この五月蝿さ!


 赤ん坊を抱いていた所為で押さえられなかった左耳がキーンって…げ!?



 俺は慌てて腕の中の赤ん坊を見る!


 ほっ、赤ん坊はその小さな手で可愛く両耳を押さえて眉間に皺を寄せている…ぐうかわ!



 嗚呼くそっ!!


 スマホが無事だったらぜってー写メ取ったのに!


 なにこのもどかしさ!!




 「カランカ! メイヤ!」



 リーフベルが叫ぶように仲間を呼び、その声にようやくカランカは睨みながらも臨戦態勢を解除し荷台から外へ出る。



 

 「…!」



 荷台から外へ出たカランカは言葉を失った。



 無理も無い。



 それは、余りにも巨大な………ブルンブルン。



 「う 牛さんれ…ちぃ?」



 具合の悪そうな顔をしたメイヤが、視線の先にそびえる直立二足歩行の20mはゆうに越していそうなお馴染のあの白と黒のシミ模様のそれの豊満な乳をわなわな震えながら指差す。




 森の番人。



 その巨大な乳牛は、本来ならこの森を護っている精霊の一種だが魔王の魔力の影響を受け森が変質したようにすっかりその姿を変貌させたらしい。



 ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!



 地面を揺らし空気を震わせる『憤怒』の雄叫びが、対峙するカランカ、リーフベル、メイヤの身を硬くする!




 「ちっ! なんて魔力だい!」



 発せられている魔力は、間違えば下位の精霊獣に匹敵するかと思われる程に膨張し今にもはち切れんばかりにブルンブンルンして!



 「ええい! 目のやり場に困るんだよ!!」



 カランカは思わず目を背け、メイヤがうぷっっと口を押さえ、リーフベルはそれから目が離せない。





 


 揺れる、揺れる…。


 それはそれはたっぷんたっぷんと。



 巨大な牝牛の巨大な乳。


 ほんのりピンクに染まり、搾乳してくれと懇願しているかのようようにビキビキと血管を走らせている。



 その光景は、思春期まっさかりの男子中学生に深刻なトラウマを植え付けるには十分な代物だ!




 キモイ! キモ過ぎる!!!




 「…俺、当分牛乳いらねぇ…」



 赤ん坊も眉間に皺を寄せ『あ~う』と、同意見のようだ。



 「好き嫌いはダメだよ、コージ! …お肉あんなにいっぱい…きっと美味しいよ! すぐ獲ってくるからね!」



 ガリィちゃんは、金の目をキラリと輝かせ学ランの裾をはためかせながら荷台から飛び出していく!



 喰うのかアレを!?


 なんと勇ましい…俺の嫁がワイルドすぎる件についてw




 「…今日の晩飯はサーロインステーキでいいか…?」




 取り合えず牛肉を使った料理をかたっぱしから脳裏に浮かべる俺を尻目に眉間に皺を浮かべたままの赤ん坊は、小さく『まんま…』っと呟いた。








 どごごごごご…ずがぁぁぁぁぁん!!






 数秒後、焼け焦げた大地がゆれ断末魔の叫びが響き渡る。



 雷撃。


 斬撃。


 炎撃。


 回復呪文。



 あらゆる攻撃が、直立二足歩行の巨大な牝牛を襲う!




 「あーーーだめぇ!? 焦がしたらコージが遊べなくなる!」


 「しったこっちゃないね! よーく焼くんだよ! 跡形も無く!!」


 「コレばっかりは食べたくないれちぃぃぃ!!!」


 「今日のお夕食…ミディアムレアでお願いしょうかな…」



 リーフベルは、サーロインステーキの為に火力を弱めているようだ。




 俺は、そんな四人の戦う乙女達を馬車の荷台かかる幌を捲って伺う。


 最初あの巨大な姿に慌てた面々だったが今はすっかり相手を翻弄し倒すのも時間の問題だろう。



 やはり、流石と言うべきだ。



 いくらレンブンランのキオクの彼女達に比べて実力的にも劣るとは言え、此処まで旅をしてきた実績は本物だ…聞けば倒した精霊獣は5体で残るは精霊の国に1体と未確認の闇の精霊獣だけとのこと。


 

 といっても、精霊獣の中でもこの二体はほかのものとは別格でとりわけ闇の精霊獣なんかお前がラスボスかってくらい強いらしいがそれでも後二体倒せば魔王に手が届くと言う所まで来ているのは間違いない。




 状況を整理すると、現段階はRPGなんかで言うところの物語としては殆ど終盤のほうでよほど突飛な事でもない限り魔王に行き着くには問題ない位にはあの従者3人は強い。



 通常のシナリオなら、狂戦士を倒し勇者を再生したあと精霊の国の精霊獣及び闇の精霊獣を倒し全ての精霊獣の力を吸収し完全体になった勇者によって魔王が倒されて世界が救われると言うトゥルーエンドを迎えるはずだった。



 が、突飛な事は起きてしまった。



 『俺』と言う存在だ。



 何千何万と繰り返してきた"世界を救う"プロセスのにおいて初めて現れた異世界からの訪問者と言う『分岐』。



 俺は、牝牛に向って嬉々として雷撃をぶちかますガリィちゃんを見る。


 この段階で、狂戦士は生存し既に再生されてた勇者は赤ん坊…レンブランの悲劇に目をつぶって考えてもこの状況は世界にとってありえない。




 『ああ、コージ…ボクの希望…そして世界の絶望』



 脳裏に刻まれた、レンブランのキオクに残る死の間際の喜びに溢れた感情。


 

 レンブランにとって、俺は奇跡のような存在だったのだろう。



 が、この世界からしてみればホント、俺なんていらない…余計な存在どころか破滅をもたらす危険分子だ!



 事実、俺はこの世界を救おうなんて一切考えてはいない。


 当然だ、なんせ俺とこの世界は全くと言って関りの無い場所で出来ることなら一刻も早く元の世界に帰りたいとさえ思っている!



 けれど…帰ろうにもその手段が見つからない、それにその手段になりえる筈の比嘉と霧香さんがこの世界の何処かに。




 それに、何より俺は約束した!




 稲妻を纏う金色が宙を駆け牝牛を翻弄する中、俺の視線に気付いてにっこり笑う。



 レンブランと約束した…ガリィちゃんを護るってせめて誰からも殺されなくなるまで…。





 「こっじ、こっじ!」




 片腕に抱いてる赤ん坊が、『こっちみて』っと言いたげに手足をぱたぱたさせる。


 


 「もちろん、お前のことも護るさ」




 柔らかいほっぺたをぷにっとしながら俺は、比嘉の言ってた事を頭の中で復唱する。





 "_____お前は魔王に会わなければならない!"





 全ては、魔王に会った時に分かる。


 俺は、その為にわざわざこのパーティーに加入したんだから!



 丁度その時、カランカの放った残撃が森の番人を跡形も無く吹飛ばした。






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