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第五話

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 アルドの言葉と馬鹿にしたような視線は、私のコンプレックスを強く刺激した。これは八つ当たりだと理解しながらも、口から滑り出した言葉は止まってくれない。

「端的に言えばですね。あなたの後ろのサメが大口を開けて突進してきたので食われるのかと思って抵抗するのに痺れさせたらあまりの恐ろしさに加減が出来なくって。あっさり失神したかと思ったらまたすぐ復活してこれが恋かとか言い出してあんたのその痺れはクラゲの毒のせいだって言ってるのに聞かなくて、じゃあんた先に電気うなぎに会ってたらどうしたんだとか異種間恋愛にも程があるだろうとか突っ込みたいのを怖いから我慢してたら王国の話が出てきて面白そうだからもののついでに一緒に行こうとしてるただの同行者なんだ私は‼︎ 誰が誰の嫁か! まず私の許可を取れ‼︎」 

 ひと息に喋ったせいで、脳に酸素が回っていない気がする。私を挑発したアルドは一気に吐き出された内容に気がそがれたのか、疲れた様子で呟いた。

「シャイフィーク様、誰に何を吹き込まれて…? あー、ニト。その、恋のくだりをもう少し詳しくって…くっそ、聞きたくねえ」

「どっちだよ。分かるけど」

 シャイフィークの様子を窺うとやはりショックを隠せないようで、 比喩でも何でもなく若干底の方へ沈んでいた。

「ニト、今も私が恐ろしいと思うのか?」

「いえ、とって食われるんじゃないかとかそういう風に恐ろしいとは思わなくなりましたけど。今度は別の意味で恐ろしいような気が…」

 私の答えを聞くとすぐにシャイフィークは、沈んでいた事実など無かったかのように浮き上がってきた。そして相変わらず距離が近い。海にはパーソナルスペースという言葉は存在しないのだろうか。

「うーん、いずれ食われるっていうところは、ま、ある意味正解なんじゃない?」

「アルドさんやめてください。ある意味も何も、私許可しませんからね⁉︎」

 人の姿ならニヤニヤ笑いながら、といったところか。尖った鋭い歯を覗かせながら、無責任な調子でアルドが言った言葉にぞっとする。

「へえー、そうかそうか」

「…むかつきます。アルドさん、ちょっと呪ってもいいですか?」

「うわっ、これのどこが呪いなんだよ⁉︎ 本気でやめろ‼︎」

 大型のサメも一撃必殺、私の毒手を見よ! とばかりに伸ばした触手は、アルドにあっさりと避けられた。油断しているように見えてもその動きは素早い。クラゲの姿では出来ない舌打ちを心の中で打ちながらアルドを睨んでいると、すぐ隣から覚えのある威圧感が重くのしかかってきた。

「仲が良いのだな…」

「いやいやいや、その目は節穴ですか? どこをどう見れば…あ、あの、すみません。ちょっと近いです、そして刺さってます」

 触手に触れさせないように気をつけてはいるものの、向こうから当たりに来るのはもうどうしようもない。そして意図せず刺さった触手に「これが恋の痛みか」などと震えるのはやめてもらえないだろうか。既に軽く引いていたアルドも、ドン引きしている。もちろん私も恐怖を忘れてドン引きだ。

「シャイフィーク様、いつの間にいらん扉開けてるんですか…?」

「…どなたか女王様の才能をお持ちの方はいらっしゃいませんかー⁉︎ 」

 精神的ダメージの大きい私たちを他所に、シャイフィークはうっかり触手を刺したままだった私を連れて、どこかに向かい泳ぎ出した。あれ、このサメ迷子じゃなかったっけ、と私が首を傾げるのと、アルドが慌てて追いかけてくるのは同時だった。

「シャイフィーク様、違います! 王都は逆方向です‼︎」



 ***



 王国には正式な国名は存在しないそうだ。ひとつしかないものに他と区別するための名前はいらない、ということらしい。便宜上、海の王国と呼称されることはあるものの、皆、単に王国とだけ呼んでいるとシャイフィークが教えてくれた。

 国を治める女王はロブスターの一族の最長老だそうだ。驚いたことに御歳五百にして未だ現役という魅力的なその女性は、年齢の事を言われるのをとても嫌うらしい。私にはどうにもロブスターの姿と、魅力的な女性という言葉が結びつかず、上手く想像が出来ないでいた。

「海には不思議が満ちている…」

「悟ったように何言ってんの。俺にはあんたの方がずっと不思議だね」

 呆れたような声音のままアルドが続けた話に、思わず目を見張る。自分の力で遊泳せず流されて漂う生き物は、クラゲも含めて全てプランクトンに分類されるらしい。そしてシャイフィークの種は、プランクトンを餌にする。つまり私の存在は端から見れば、シャイフィークが非常食を連れているように認識されるらしい。

「え、じゃあ食われるかと思ってうっかり攻撃したのも、正当防衛で許されるってことですか?」

「私はニトを食べようと思って声を掛けたわけじゃない」

「ああ、フィーは絶賛迷子中でしたね」

「おいニト、そこじゃないだろ。周りから非常食扱いされて平気なのか?」

「伴侶扱いよりはまあ、いいかなって思いますけど…まあ、想像してみてください」

 アルドに向かって内緒話をするように声を潜めて続ける。シャイフィークにも聞こえているだろうが、ここは気分だ。

「アルドさんもドン引いてたじゃないですか、あの『これが恋の痛みか』発言には。ああいう言葉を他が聞けばどう思うか。きっと下僕的な何かと女王様的な何かとのプレイにしか聞こえませんよ。そんな(よこしま)な想像をされるよりか、『あいつ、非常食携帯してるぞ。どんだけ食いしん坊なんだよ』って見られた方が、平和的でいいじゃないですか」

 もちろん、その平和的であるというのは私から見た場合のみの話だ。他からの視点は考慮しない。

「俺にはお前がその女王様的な何かにしか見えねえよ」

「やめてください。まだ新しい自分なんて知りたくありません」

「今までのニトも新しいニトも私は好ましいと思うが、アルドではなく私に見せて欲しいものだ」

 普通ならただの口説き文句として解釈すればいいのだろうが、相手はシャイフィークだ。今までの残念具合からすれば『女王様的な何か』という部分に反応した、が正解のような気がする。着々と階段を踏み外していくシャイフィークに、面倒になった私は魔法の言葉を使うことにした。使う自分にもダメージが跳ね返るが、成功すればリターンは大きい。

「フィー、アルドさんに張り合う必要は無いんですよ。今度そんな気持ちになった時はこう思ってください。『これは放置プレイだ』って」

「なるほど、敢えての放置か。新しいな」

「お前は俺の主をどこへ進化させるつもりなんだ⁉︎」

海の中、アルドの叫び声が吸い込まれて消えた。王都まではまだ遠い。










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