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第二話

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 強者の余裕なのか、サメの泳ぐスピードは遅いように感じた。


 こういう時に限って、何でもない曲が頭から離れなくなるのはどうしてなんだろう。生命の危機に現れる走馬灯だとしても、他に何かあるだろう、と自分で自分にがっかりしてしまう。

 サメと目が合ったような気がしたのはただの偶然に違いない。そう祈ってそちらを見ないようにしているが、相手の動向が分からないというのも不安になるものだ。

 気になる、けれども目が合うことは恐ろしい。そこで私は自分に出来る精一杯のさりげなさを演出することにした。サメの姿では無くその向こうの景色が気になるのだと言わんばかりに、間違っても視線が合わないように気を付けながら体の向きを変えてやるのだ。文句を言われたら『あら、ワタクシあなたなんか見てはいなくってよ。自意識過剰なのではなくて?』などとさりげなく教えてあげればいい。

 完璧だ、と自分に言いきかせながらビリビリと震える触手に気付かないフリをする。何とか踊る心臓を落ち着かせ、そっと体の向きを変えた瞬間、私は再度神を呪った。


「お前! ここはどこだ‼︎」


 いつの間に距離を詰められたのか。内臓まで全てまる見えになるんじゃないかと思うくらい大きな口が、私を飲み込もうとしている。命の危険を感じた私はとっさに身を守るように触手を突っ張った。

「ひっ⁉︎ ぎゃあー‼︎」

「ぐわっ落ち着け! 誤解だっ」

「ぎゃああっ! その口を閉じろー‼︎」

「ぐっ…話を聞い…て…くれ…うう」

 ぎゃあぎゃあと叫びながらサメの口を押さえる。自分でも何をしているのか分からないまま、とにかく無我夢中で体に力を込めた。サメも何事かを叫んでいるようだが、私にそれを聞く余裕など無い。飲み込まれまいと必死で抵抗している内に相手の力がふっと抜け、フェイントかと身を引けば。白目を剥いてサメが失神していた。


「…助かった?」


 ドコドコとお祭り騒ぎになっている心臓を落ち着けるため、私はゆっくりと息を吐いた。頭の中から離れなかった曲は、いつの間にか止まっている。どう考えても全く役に立たない走馬灯だった。

 どうやら私は毒が強いタイプのクラゲだったらしい。可能かどうかはともかく、少し加減する方法を考えたほうがいいかもしれない。触るもの全て傷つける触手なんて、ちょっとアレな感じで恥ずかし過ぎる。

 そういえば。最初に向かい合った時、サメは何か言っていなかっただろうか。恐ろしい印象ばかりで必死だったとはいえ、何だか過剰防衛のような気がしないでもない。

 まだ目覚めないサメを見る度に罪悪感がふくらんで、意味もなく浮き上がってみたり、触手をひらひら動かしてみたりした。


「あんた強えな! こんなでかいやつを仕留めるなんて!」

「クラゲかっけー‼︎」

「あんたがふらふら流されて行くもんだから肝が冷えたよ!」

「うお! ビリっときた」

「マジか! よし、俺も…うおお、すげえ」


 急に方々から声を掛けられたせいで、落ち着いた筈の心臓がまた騒ぎ出す。

 どこに隠れていたんだと不思議になるくらいの数の魚達が私を取り囲み、口々に話しかけてきた。中には気絶しているサメをつついてみている好奇心旺盛なものもいる。死んでいる訳ではないので、そのうち目が覚めると思うのだが、教えてあげた方がいいだろうか。


「あの、そのサメ気絶してるだけだから、もうちょっと離れた方がいいかもしれませんよ」

 私がそう伝えるのと、サメの意識が戻るのはほぼ同時だった。


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