ファーストキス
サンライズ勇者シリーズをイメージしたロボット作品です。ですが既存の作品との関わりは一切ありません。感想、評価大歓迎です。ドッロプアウトした場合もどのあたりか記入していただければ今後の作品作りの参考になります。モラルの範囲内での辛口コメント期待しています。
ごくありふれた河川敷の原っぱだった。水面を赤く染める夕暮れ時。一人の少年を囲うように並び立つ学ランの男たち。一様に険しい面持ちの男たちに対し、中心にいるブレザーを纏った少年は怯えていた・・・いや訂正、困ってはいるが怯えてはいなかった。まあ瑣末な違いだろう今は。
「道あけてくれませんか、いそいでるんで」
少年は臆することなく控え目に言った。両手で胸に学生かばんを抱きかかえ指先に紙袋を持ったまま佇んでいる。
「あぁっ!!だったら早く出すもん出せよ。そしたら帰してやるよ」少年の正面に構える金髪の学生が目を細めてそう言った。眉間にしわを寄せあきらかに威嚇している。
「出すものって言われても今はおなかの調子いいし・・・」少年が告げた瞬間、一秒に満たない時間が止まった、ような錯覚がした。同時にその場の空気も瞬時に冷やついた。
「はぁ!?なめてんのか、てめぇ!!」
ひときわ大きな声が川原に轟く。不良たちはこめかみに青い筋を浮かべて少年ににじりよる。あわせるように少年も後ろへ後ずさる。防衛本能として両手を前に突き出したいが鞄を抱えているためどちらもあけることが出来ない。(なんだよ林のやつ、こうすればいいって言ってたのに)林とは彼のクラスメイトであるがその彼も当然冗談のつもりで言っていた。少年自身半ば冗談として受けっとっていたが誰かに原因を求めたい気持ちでいっぱいだったため心のうちでつぶやいたのだろう。(仕方ないなあ)無傷で帰るのを諦めた少年は意を決した。
「すいません、今は持ち合わせがあまりなくて」改めて述べることではないが彼はカツアゲに遭遇していた。
5人の不良に囲まれ、川を背に逃げ道を失った状況で少年、久門来人は困っていた。
「いいんだよ、んなこたぁ、とにかくもってるもん全部おいてけ!その紙袋もな」威圧的な言葉を浴びせられライトは紙袋をつまむ指に力を入れた。今現在彼に持ち合わせがないのは本当だ。そしてその理由はその紙袋である。男の一人が興味深げに紙袋に目をやる、しかしこの男が満足するようなものは袋のなかには入っていない。
「すいません、これはちょっと・・・」タバコをくわていた一人がライトに息を吹きかける。思わずむせる。「口答えしてんじゃねえ」またしても金髪の男が恫喝する。この男がリーダー格のようだ。率先してライトを追い詰める。「(こまった、今日は早く帰りたかったんだけどなあ。さてどうやって逃げよう)首を捻り背後を確かめる。後ろにも不良は立っており更に向こうは川だ。駆けだしても逃げられない。言うまでもなくライトに抗戦する意思もなければその術もない。この際殴られるのはかまわない、せめてこの紙袋だけはどうにかまもらないと、そう覚悟していたその時、
夕暮れの河川敷、温い風が南から吹き抜けた。あわただしく草が波打ち、水面がゆらめき波紋が出来る。思いがけない強い風に皆が目を覆った。
「待ちなっ!」高く力強い声が耳に届く。
風が落ち着きライトを含む男たちが声の主へ体を向ける。河川敷の原っぱその傾斜のその上にその影はあった。夕日を背にしてその影に逆光の為直視できず、またしても手で目を覆いながら視線を送る。そこにはウェーブがかった長い髪を風に靡かせ地に着くほどの長いスカートとセーラーを纏った女がいた。この距離では判別できなかったが、目と口には濃いめの化粧を施している。腰に手をあてて立つその姿はすごく堂々としていた。そこで再び温い風がやさしく原っぱを駆け抜けた。けれどさきほどより幾分冷たく感じたのは気のせいだろうか。
「(あれってスケバンっていうんだっけ?)」ライトは頭の中で以前見たテレビ番組を思い出していた。口をあけて呆けたままの男たち、けれど謎のスケバン女の言葉で我に返る。
「あんたたち!一人に寄ってたかって、情けない。それども男かっ!」
「あんだと!このコスプレ女!」そういわれた瞬間ライトからはよく見えなかったが女の口がわずかに動いた気がした。一人の言葉で威勢を取り戻した不良たちはつづけざまに食ってかかり言葉を浴びせた。
「いまどき、んなかっこうしてるやついねえよ」「コスプレ、コスプレ!」すると不良たちの間でコスプレコールが湧きおこる。「「こ~すぷれっ、こ~すぷれっ!」そして互いに顔を見合わせると笑いだした。男たちは気づいてないようだがライトには女の体が少しだけ震えている気がした。けれどこの距離ではそれも確かではない。それよりもライトの心は面倒が増えたという思いが占有していた。とっさに、ライトはこの機に乗じて踵を返す。気配を悟られぬようゆっくりと、しかし。
「なに、逃げだそうとしてんだ?」意外にもその言葉を投げてきたのはコスプレもといスケバン女だった。そして踵を返したライトの正面には180はあろうかという思わず見上げるような大男が控えていた。極端に突き出した顎、開いているのかどうかわからない細い目でじっとみてくる。「おっとと、あぶねえかわいいカモネギが逃げちまうとこだったぜ」そのまま胸倉をつかまれる。「(普通ここはにがしてくれるとこじゃ)」そのライトの呟きが聞こえたかのように「情けない、この状況で逃げようなんてそれでも男か!」腕を組んで叱咤する女。しかしまあ傾斜の上からなのにこの原っぱまでよく通る声である。そんなことライトは思っていないが。「(この状況で男も女も関係ないだろ!!)」ライトは声高に叫んだ、心のなかで。千載一遇の好機を潰されたライトは、大きなため息とともに女に振り替える。胸倉を掴まれたまま。
「はぁ~・・・。なんなのあんた、助けに来たの?加勢に来たの?どっち?」人と比べてそう大きくもない声を張り上げて苛立ちを女にぶつける。けれどライトの怒りを気にした風もなく「あたしがこいつらの仲間に見えんのか」と返した。会話のベクトルが微妙に会ってない気がしながらライトは更に苛立ちを吐き出す。「見えんのかいって、おれはどっちでもいいんだけど!?この状況さえどうにかしてくれれば」掴まれた胸元を指さす。
ここでいままで二人の会話を黙って聞いていた、というより勢いに押されて割り込む隙を逸していた金髪男が割り込んだ。
「てめえら、こっち無視して話してんじゃねえ」続いてそばに立っていた長髪の男が金髪の肩に腕を乗せ
「で、あんた何なわけ。もしかしておれたちと遊んでほしいの」垂れ下がった目で女を品定めするようにねめつけ口角を卑しく釣り上げる。
「いいだろう、前置きはこのくらいにして相手してやる」堂々と女は言い放った。もちろん男とは違う意味で。そういうと女は傾斜の草の上を器用に、バランスを損なうことなくなおかつ勢いを殺さずそのまま滑り下りてきた。さながらフィギアスケーターのような安定感のあるその様は人によっては美しいと感じたかもしれない。見事に下まで降り切った女はゆっくりとした歩調でこちらへ踏み出してきた。歩く姿もほんと堂々とした女だ。心の隅でライトはそんなんとを思っていた。先陣を切るように長髪とさらにもう一人頭に剃りこみをいれた男がのっそりとした足つきで女に近づいていく。それでも歩調を変えずに女は進み、人二人分ほどまで距離を詰めると剃りこみ男が大きな動作で飛びかかってきた、両の腕を広げ抱きしめるように。
けれど女は焦ることもなくおもむろにひざを曲げるとふれあう直前で天にこぶしを突き上げた。その瞬間、セーラーとスカートのわずかな隙間から女性の健康的な肌をのぞかせていた。男たちにそちらに目をやる余裕はなかったが。右半身をしなやかに反って繰り出された一撃はそりこみのあごに見事にあたり男の勢いとは反対にのけどりふらふらと地に伏した。男は倒れたまま身動き一つとらない。昏倒したようだ。ついでに舌も噛んだようだ。あの勢いだ相当痛かったであろうことは想像に難しくない。仲間のありさまに目を奪われいる間に女は長髪の背後に回り込み髪のひと房をつかむと力の限り引っ張った。「男なら男らしいかっこしろっつうの!!」途端男の口から苦痛を告げる悲鳴がこぼれ出る。話し声よりもいく段も高い声で。そのまま女は男の背に足の裏を押し当て更に髪を引く、弓なりになるように。たまらず男は地に膝をつく。追いうちのように女は男の右側頭部に蹴りを放った。右耳に激しいしびれをきたし、先ほど同様この男も気絶した。この一連の流れを唖然と眺めていたライトを含む男たち。しかしこの結果すべてが女の能力である訳でなく男たち曰くコスプレをした、この女の奇怪さと女であることへの油断と隙がもたらしたことを数拍の後に不良たちもようやく気付いたようで。
「(おい)」金髪が残った二人に視線を送る。唐突に突き飛ばされるライト。そして言葉も交わさず3人の男は女に襲いかかった、奇声と共に。本気になった男たちを遠巻きでみるライトはさすがに女が心配になったが今からじゃどうすることもかなわず行く末を眺めていた。
自分に対し興奮しながら迫ってくる男たちを前に女の表情は変わらなかった。一メートル強まで迫ってきたところで突然しゃがみこむ、同じ手を警戒した不良は2:1にわかれ左右に広がり挟みこもうとする。けれどおんなはすぐさま立ち上がり右手に持った石を左から来る大男の眉間に、そして右の二人には左手に握った草を投げつけた。大男は痛みに悶えたが草は眼つぶしの効果が弱い。そのまま勢いよく突っ込んでくる男たち。女はそれでも焦ることなく回り込んできたことであいた正面のスペースに飛び込んだ、前転宙返りするように。いや飛び込み前転をした。その器械体操のような美しさにライトは思わず息をのんだ。そして女のいた空間に勢いよく飛びこんだ男たちは勢いを殺せずそのまま大男の胸に激しく鼻を打ちつけ悶え苦しむ。二人をしり目に一人向かってくる大男。女も相対するように駆けて行き、正面まで来ると右足を振り子のように引き抜きそして、垂直に振り上げた。結果、大男は男にとって耐え難い苦しみに襲われひざを折る。けれど間髪いれずに女は身をひるがえし男の太い首に正確な後ろ回し蹴りを決めた。2メートル近い巨体が河川敷に沈んだ。鼻を手で覆いながらふらふら近づいてくる男たち。それに対しおもむろに投球の構えをとる。力いっぱい振り抜いた手からはなにも飛び出さなかった。けれどそれにも意味はあった。先ほどの石、もしくは草に警戒した金髪ではない片割れが視界を塞いだ、十分だった。その男側から素早く背後に回り込み首筋に的確な手刀をたたきこむことで不良はすべて眠りについた。
そのドラマさながらの大立ち回りを目の当たりにしてライトはひとまず安堵のため息をついた。そして同時に自分が呼吸を忘れて魅入っていたことを自覚した。すると視界の外から同じくため息の音が聞こえた。あれだけの大活劇をすればさすがにため息の一つも出るかと視界の端で女を探すとその後ろ姿が目に入った。けれどその光景にライトはひどく違和感を覚える。(?)見間違いだろう、もしくは緊張感が抜けて目がぼけてるのか、ライトの目には女の背中が小刻みに震えているように見えた。その様は怖いものに怯えるただの少女のように。
彼女は強い。それはひとつの事実だがそれが勝因のすべてではない。先述の油断もそうだがこの不良たちは女を暴力で痛めつけることに抵抗があった。もちろんお仕置き程度には考えていたが拳を使うのも蹴りを使うのもためらいがあり、やろうと思った者もいただろうがそれでもわずかながら逡巡した。そのわずかの為に今こうなっている結果がある。つまり彼らは不良は不良でもそこまでの凶悪さを持ち合わせていなかったのだろう。
「あの・・・」おもわずそう声をかけようとした。声をかけずにはいられない背中だった。しかし、声が届くか届かないかの間際で気配に気づいた彼女は振り返った。その眼には曇りがなく表情全体からも先ほど感じた危うさとか弱弱しさはうかがえない。だから、ライトは気のせいだったのだと思うことにした。
おもむろに近づいてくる彼女、先ほどまでと変わらずしっかりとした足取りで。(ありがとう)そう言おうと思った。頭の中で言葉をめぐらす。
「えっと、一応たすけてもらったんだよね、状況だけ見れば、だから、あの、ありが・・・」最後の言葉は遮られてしまった。彼女に胸倉を乱暴につかまれる形で。当然のように動揺するライト。まさかこの期に及んで自分に矛先が向くとは露ほどおもっていなかったから。ライトに構うことなく少女は鼻先まで顔を近づけてくる。
「アンタ、それでもオトコ!?情けないわね、あれくらい自分でなんとかしなさいよ」尻を叩くような言葉を浴びせられライトはただ戸惑うしかない。そしてライトは自分に彼女が怒りをぶつける理由を理解できずにいた。(なんでオレおこられてんだろ?)ただここで殊勝にそうだよねなんて言わない。
(ていうか)「そっちが勝手にやったころだろ!」
「うっ!?」負けず劣らずのライトの剣幕に、そして眼前での口撃に女はたじろぐ。ライトの言葉は続く。
「それに、おれは無駄な諍いは嫌いなんだ。逃げられるなら逃げるし」一拍置いて「それが無理なら適当に殴られて帰る」今度はどこかふてくされたようにそういう。そしてあさっての方向をみながら
「はなからどうにかなるともおもっちゃいないし、話してわかるようなやつらならだれが見てもわかるだろ!」お次は力説すように共感を求めたいがためか女の視線を正面から受けそう張り上げた。か細い声で「そもそもそういうやつらはこんなことしない」そこまで言った後に最後の最後に聞き逃してしまいそうな弱さで「おれはあんたみたいに強くない・・・」その眼はなにものにも焦点を合わせていなかった。、もしかすると一番言いたかったのはこの言葉だったのかもしれない。たった数拍、けれど今までで一番印象的な静寂が過ぎ去った。その間互いに口を動かそうとはしない。ライトは言い切った。女は。最後の言葉にか、それとも一連のライトの口撃にか、赤紫の世界が生む互いの陰で表情から感情を推し量ることは難しい。
この数拍を埋めるかのように、驚きから怒りに色を変え言葉を前のめりに
「ペラペラペラペラ男がいいわけばかり、あん、見てるだけでイライラする」苛立ちのまま少女は腕を振りかぶる。そしてライトの頬めがけて掌が吸い寄せられていく。
そして、乾いた音が草原に、響くことはなかった、いつまでも。少女は眼を疑った。彼女の掌はライトの左腕に阻まれ、反対の右手は手首をしっかりとつかんでいた。女の眼は信じられないものを見たかのようにこれでもかというほど大きく見開かれる。
「な、んで?」
「さっきはああいったけど、いまさら殴られるつもりはないよ」ライトの顔はどこか憑き物がとれたように晴れやかでにこやかだった。
そしてどこかいたずらっぽさを内包して。
ライトはもともと怒りっぽい方でも寛容な方でもない、有体にいうならば「普通」普通である。好き勝手に言いたい放題言われれば怒りもするが、さっきまでの口撃でその怒りも発散できた。
女は驚きのまま動かない。みかねたライトは
「なんで、だっけ」少し困ったように
(理由があるようなないような)
「とりあえず言っとくと、おれが君より強いなんてことはない。細々とした理由はあるけど・・・君が怒ってておれが冷静だったから?かな」意図せず疑問形になったのは彼自身明確な理由がないからだ。あくまで明確な。
女の手首を強く握ったまま
「けど、女の子がこんなことするのってどうかと思うぞ」倒れた不良たちを一瞥して諭すようにそういった。
【原文】
「なぁ!?」
むっと眉間にしわをよせ体勢をを変え腕を掴まれた状態で一本背負いが繰り出された。
「えっ!?わぁ!?」
ドスッ
見事に決まったかに思われたが
「きゃ!?」
投げ飛ばされたにもかかわらず必死に女の腕に食らいつく。無駄なあがきに見えるソレも意表を突かれたことで草に足を取られすべらせてしまう。
ゴン!
「いたっ!!:
「いつっ!!」
身を重ねるように倒れこむ二人。はずみで顔をぶつけてしまう。そして唇もまた重なってしまった。
名も知らぬモノ同士のファーストコンタクトは不幸なファーストキスに繋がる。
始まりの鐘の音が響く。
先までの喧騒から一変、静まり返る河川敷。空を染める赤と黒のコントラスト。家路を急ぐ斑な人の影。
夕暮れに唇を重ねあう一組の男女。見事に演出されたロマンチシズムも当人らには不幸でしかない。
「なっ!?」
「えっ!?」
重なりあって数秒、今の状況下で動くことも考えることもままならない。このままもう少し沈黙の時が流れるのかと思われた今、耳に飛来物が降ってくる音が届く。上空、彼らの真上。隕石を彷彿とさせるそれはまっすぐに来人を狙う。体に覆いかぶさる女をとっさの判断で突き飛ばし、自身も飛来物から飛び退る。
ドスンっ!!
草を散らし、砂を巻き上げ河川敷に降り立った巨大な影。
「なっ!なんなんだよ!!」
いきり立つ胸の鼓動を抑え、不安定な息遣いで来人は吐き捨てた。
「なにさらしとんじゃあ!!このくそがきゃあ!!」
どすの利いた低い声。聞こえたのはどこから、隕石からだ。
いや、隕石ではなかった。次第に明るくなる視界にあったのは隕石でなく人、巨大な人だった。
「このガキぃ!ねえさんにうちの姐さんに、よくも」
その言葉の意味するところに瞬き二つで思い至る。
「え、あっ、あ~」
身の危険の前にはあれは瑣末なこと言われるまでは忘れていた。
「ぶち殺したる、骨も肉もなんも残らんくらいに粉々に」
来人ににじり寄る巨人の図。
「やめな!!」
その言葉に巨人はピタリと動きを止めた。
「しかし、姐さん!」
「やめなと言ったよ銀。アタシが言ったんだよ」
「すんません姐さん、せやけどこれだけはこれだけは。大事な大事な姐さんに手ぇかけよったこいつだけは生かしとくとできません。すぐ済みます、今すぐコイツを」
「銀!!」
女の制止を聞かず巨人はその大きな腕を弓のように静かに引き到達点で一気に振り下ろす。
ブゥウウン!
どこからか車のエンジン音が鮮明に聞こえた。巨人の挙動の僅かな隙間に届いたその音。巨人、銀が鉄槌を振り下ろそうとしたその時遊歩道から河川敷へ一台の乗用車が飛び込んできた。地面と別れを告げ滑空するそれは巨人の制裁を阻むように銀へ体当たりを見舞いする。
ドーン!
重機と重機のぶつかり合い。相当なスピードだったのだろう。銀は抗うこと敵わず派手に倒れ伏した。対する乗用車は華麗な滑空につづき見事なランディングを決め制動を殺しながらターンし停車する。
「大丈夫か、来人」
車から聞こえる声。それはドライバーが発したものではなく車本体から聞こえたものだった。それを証明するように運転席に人影はなし。
「ああ、なんとか助かったよ。ありがとう、ライド」
「それはよかった。怪我はないんだな」
「まったく、タイミング良すぎるだろう。狙ってたんじゃないのかおまえ」
「そんなはずはないさ。人の諍いだ、静観していたのは本当だが家に戻ったのはつい先程だ。状況が一般した際はさすがに冷や汗をかいたが」
「おまえが汗掻くわけ無いだろう。いつのまに洒落をおぼえたんだ。ってやべ、おじさんもう帰ってきてんの」
「ああ、もうすぐ夕食の支度が整うという会話が聞こえたが」
「そうなんだ、急いで帰んないと」
呆然と一人と一台のやりとりを見ていた女。たまらず割って入る。
「ちょっと、なんなの。なんなのよ、あんたたち」
顔を上気させて捲し立てる。
女とは打って変わって平然と言って返す。
「まあ、なんていうの、おたくらもウチと似た感じみたいで」
「似た、かんじって」
「う~ん、おれも説明できるほどわかってるわけじゃないんだよね」
「んなこたぁどうでもいい。さっきの続きじゃあ、ボケェ」
いつのまにか銀は身を立直し臨戦態勢に入っていた。興奮は収まるどころかより加熱したようだ。
「待ってもらおう、コレ以上続けるならば次は私が相手になる」
「どいつでもかまわん、いまはむしゃくしゃしとるけぇのぉ。そこのへんてこ先は良くもやってくれたな」
「いいわ」
鶴の一声が会話を断ち切った。
「今日はもう帰りましょう、銀」
「しかし、姐さん」
「同じことを何度も言いたくないの。いいわね、銀。これ以上私を困らせないで」
「うっ、はい」
言葉に窮して頷くしかできなかった。
すり抜けるように来人の横を通り過ぎるとそのまま夕日の中に消えていく二つの影。
河川敷に残されたのは少年足す乗用車。
「んっ!?」
「どうした、来人。やはりどこか怪我を」
「違う、落とし物だよ」
そう言って一冊の手帳を拾い上げる。
「学生手帳か・・・夢咲学園、っていえばあのお嬢様学校じゃんか。それがなんでここに?」
ペラペラとページをめくる。
「姫野美咲・・・おしとやかなお嬢様なことで。けどなんでだ、ん~」
しばらく思案する。
「あっ、そうか」
「どうした」
「きっとあのスケバン女だよ。かつあげされた時にとられたんだなぁ、きっと。お嬢様も大変だな、ああいうのに目をつけられるってのも問題だ。かわいそうに」
再び考えこむ。
「今度返しに行ってあげるか、これなくて困ってるかもだし。相談できる人もいなくて一人思い悩んでるかもしれない。だとしたら不憫だ」
「考えがまとまったところで来人」
「ん?なんだい?ライド」
「君の様子から手荷物がないようだが今朝言っていた買い物はどうした」
「え?・・・あーーーーーっ!!」
「袋っ!紙袋!楓のぉ!」
血眼になって辺りを捜索した結果、大きなものに押しつぶされたように潰れた紙袋を見つけた。
三嶋家食卓
「来人、今日はいつもより遅かったね。制服も汚れてたし、まさか、悪い人たちに絡まれたりしてないよね」
来人の横にピタリと付いて話しかけてくる幼馴染の少女楓。来人が居候している三嶋家の一人娘で互いに生まれたての頃から知っている。
「大丈夫よ、楓。来人くんだって寄り道の一回や二回あたりまでしょ、ねぇ」
楓の母親のミユキおばさんは常に来人の味方をしてくれる来人にとっての母親代わりでもある。
「楓は愛しの来人が心配なんだよなぁ。年中無休で来人。パパより来人。来人、来人、来人、らいと、らいと・・・」
にやにや笑って来人達を茶化すのが日課の楓の父、大黒柱の三嶋桂一郎。
桂一郎と来人の父、久門綾人は古くからの親友同士で長期にわたって家を開ける夫妻に変わり来人の面倒を見てくれている。来人が三嶋家にご厄介になって早五年。中学三年の時分であるから今現在来人は十七歳の高校二年生ということになる。
「実はさ、これ、買いに行ってたんだけど」
おそるおそる取り出したのは銀の下敷きになり潰れた紙袋。
「なに、それ」
「うん、こないだ街に買い物行った時さ楓にどうかなって思ってたんだ」
「わたしに?」
「うん、そのつもり・・・」
「ありがとう来人、大好き!」
喜んで袋を受け取ると勇み中身を取り出す。
中身は原型を殆どとどめていない蝶を象った髪留め。ところどころ掛けてしまっていまはもうその名残はない。
「あはは、やっぱダメだよね。壊れてるし、何が何だか分からないし。また今度改めて買ってくるよ」
「ううん、これがいい。来人が私のために買ってきてくれたんだもん。私に似合うと思ってくれたんだよね」
慈しむように胸に抱きしめる。
「つけてみていい」
かろうじて髪留めとしての役割を残していたいつかの蝶。
「あ、うん。俺がつけるよ」
楓の髪を宿り木に羽のちぎれた蝶がようやく羽を休める。
「どう?似合うかな」
「うん、似合うよ。壊れてなきゃもっと、いやダメだ。また買ってくるよそれ」
「それは言わないの。もう、来人はぁ」
満面の笑みを浮かべ来人の腕に抱きつく。
「来人、大好き」
「ちょっと、楓。ごはん食べられないって」
「いやぁ~、ラブラブして青春だなぁ」
「おじさん、一般的な父親はここで嫉妬するんですよ」
「そうなのか?おれとしは二人の結婚が待ち遠しいくらいなんだがなぁ」
「冗談はよしこさんでしょ」
「冗談じゃぁないさ。そうなれば来人はれっきとした俺の息子。綾人とは家族になれるんだから、いいことづくめじゃないか」
高らかに笑う桂一郎。
「アハハじゃないでしょ?おじさん」
和やかに食卓を囲み、穏やかに時間が流れる。
今日も終わりを告げる頃、布団の中で来人は今日の出来事を思い返していた。その大部分を占めるのがあのスケバン。そして枕元には最後に拾った一冊の学生手帳を置いて眠りの中に埋没していく来人だった。
作品を読了していただきありがとうございました。ページを去る前に評価、感想をいただければ今後の作品作りの意欲につながりますのでご協力よろしくお願いします。